NPC:ファン・シィン・グゥ=ウゥ
「わたシの名前ハ『ファン・シィン・グゥ=ウゥ』と呼ビます! 以降、オ見知りおきヲ!!」
余程なまでの喜びであったのだろうか。意気揚々とこちらへ自己紹介をしてきた、人型モンスターの女性及び、"ファン"というトロールの女性モンスター。
不慣れなカタコトと特有の訛りが混じった、とても独特で不思議な調子の女性の声。
そんな自分のペースを持つ彼女ではあるが。その実は、この個人経営と思われる宿屋:大海の木片を営むオーナーという想定外の正体を目の当たりにして。
この、ファンという目の前のモンスターこそが、俺の次なる冒険における重要な人物であることはまず間違い無いものではあるのだが。……しかし、そのキャラクター登場のタイミングというのも、また悪いものであったために――
「うっ……うぅ……ユノっち……誰か……助けて……あぎっ、あぎっ――」
モンスターに対して、生理的な拒絶反応を示すペロの震えが止まらない。
頼れる人物であるユノの胸元に死に物狂いで引っ付く彼の姿。相当を遥かに超えた次元で怯え続けるその様子を前にしてからというもの。
俺は、オーナーという重要人物との関わりではなく。ペロという、一人の仲間の存在を優先することにした。
「――そしテ! これガ、天ノ恵ミ? ト呼ばれル、奇跡ノ瞬間!! これヲ、一体全体ドうしたラ言ったカ…………? ……偶然ノ出会イ、感動ノ再会……ハッ! これガ、噂ニ聞ク、シャッターチャンス言ウもノッ!!」
「オーナー様。シャッターチャンスというものは、ジャストなタイミングで写真を撮る際に使う言葉っすよ? いつものように、大体は最初に言ってるもので合っているのですから、次からはそれを意識してみるといいかもですよー?」
「オーナー様ノ、最初に言っタもの合ってル? それハー……最初だかラ、天ノ恵ミ?」
「戻り過ぎです、オーナー様。偶然の出会いで大体おっけーっすよ」
「おゥ! 偶然ノ出会イ! 偶然ノ出会イ!! こノ瞬間の事ヲ言うのハ、偶然ノ出会イ!! まタ一個、わたシの頭ヲ強くしタ! 感謝だヨ!!」
「それを言うなら、また一つ、私は賢くなった。が正しいですよ? 強くなったというのも、まー、言いたいことはわからなくもないんすけどね~」
「おゥ、誤解ヲしていタ! 強くスるハ、賢くなル。教えてもらっテ感謝だヨ!!」
ファンからの言葉に、うーん……と首を傾げて渋い顔をしながらも。まぁいっかと、どこか諦観のままに苦笑いを返す女の子従業員。
これも、日常的なやり取りなのだろう。
そう思わせるほどにまで滑らかに進んでいく目の前の光景を尻目に、俺は引き続いてペロの様子を伺っていく。
「……ペロ、大丈夫か?」
「アレっち……このオレっちが、大丈夫そうに見えるか…………?」
「あぁ、見えないな」
小声で尋ね、まずは本人の状態を伺う。
そして、次に視線を上げては。そこで目が合ったユノと、小声でやり取りを交わしていく。
「結局どうするんだ? ここに宿泊するのか?」
「えっとね……ペロ君のことを考えて、他の場所に移動しようかなって思っていたのだけれど――」
「オーナーさんの、あの喜び様を見た後だと、今からお断りの声を掛けることに躊躇うよな。お客が珍しい個人経営の宿屋なものだから、尚更」
うん。と、小さくこくりと頷いては、困り顔で俺を見つめてくるユノ。
そうして、大体の状況を把握することができたために。俺は、次に自身が行うべき行動にある程度の目星を付けては、次へ次へと進んでいくイベントに再び臨んでいく。
「……それならバ、今ノお客さマ、ここモお客さマすル人間?」
ふと、くるりと振り向いてきては、ユノのもとへと見遣り言葉を投げ掛けてくるオーナー、ファン。
そのくりんくりんに丸く、桜色の、鮮やかなピンクのとても大きな目からは期待と喜びの感情を見受けることができて。今にも閃光が放たれそうなほどにまで輝かせたその瞳を見てしまっては、宿泊を断ろうにも、それがただただ申し訳無くなってきて躊躇が生じてきてしまう。
それによって、この場の空気に振り回されるユノ。困惑交じりのままに言葉を詰まらせて。しかし、これも仲間のためにと思い。目の前で大いなる期待を寄せる一人の女性に、心苦しくもお断りの言葉を返そうとしたものであったが……。
「せっかくのお客様っすからね! そりゃあもう、久しぶりに、腕に縒りを掛けてのサービスができるってもんですぁ!」
とてもやる気満々な、女の子従業員。
オーナーのファン共々、久しい客に笑顔が溢れる。
それにしても、なんて眩しい笑顔なんだ。その二人の様子から、この宿屋ならではの温もりや良心を容易く伺うことができてしまえる。
……だからこそ、俺も。ユノも。そして、助け舟を出せずに困惑交じりで見つめてくるニュアージュやミントは、彼女らを悲しませることなんてしたくなかったのだ。
故に。ここは、主人公である俺が何とかする場面だ――
「……ペロ? おい、ペロ。大丈夫か?」
それは、演技のようにわざとっぽかったかもしれない。
判り切っているその物事を、知らぬ顔で尋ねてみるその声音。まるで棒読みというか。如何にも間抜けな姿であったことにはきっと違いない。
「……ん、んぁ……アレっち、さっきも言ったろ…………オレっちのこれが、大丈夫に見えるわけがねぇ――」
「具合が悪いのか? そうか。……やっぱり、さっきの酒場で飲み過ぎたのかもしれないな」
「むしろ……まだ飲める――」
「飲み過ぎは、具合が悪くなるもんな。よくわかるよ。そん時は、外の空気を吸うのが一番だ」
ペロには有無も言わさず。自分らしくない強引さの元、迅速を意識した動作でユノの胸元からペロを引き剥がしては、ぐったりと俺の肩に項垂れるペロを抱えるように支えながら立ち上がる俺。
「俺とペロはどこかふらついてくるからさ。取り敢えず今日は、三人だけで宿泊してくれ」
「えっ? ……でも、アレウス――」
突然の行動を前にして、不思議そうに尋ねてきたユノを。人差し指を立てて静かに、のジェスチャーで制止させる。
「そちらのお客様、具合悪いんすか? なら、部屋でお休みになられた方が――」
「ほーら、ペロ。お前の大好きな外の空気だぞー??」
背後からの声も、もはやタチが悪いほどにまでの強引さで無理矢理と誤魔化して。
そうした俺の唐突な行動に、その場の女性陣がただただと不思議に見遣ってくる視線を浴びながら。俺は引き戸を開けて、逃げるようにこの宿屋から出て行く。
……それにしても、まぁ、俺は一体何をやっているのだろうか……。
あまりにも慣れないロールプレイングを展開する自分に、困惑さえしてしまえる。そんな、主人公にあるまじき何とも間抜けな姿を晒してしまいながらも。取り敢えずでも、ペロをファンから引き離せただけ、良しとした俺なのであった――――




