新たなフィールドへ
「……んで。それで、だ。そんな旬を迎えている君達に、ぜひお願いしたい頼み事があるのだよ。現状では、君達とユノちゃんのペアにしか頼めそうにない、とても困難な依頼となってしまうのだが……それでもよかったら引き受けてみないかい? 無論、礼は弾んじゃうよ?」
宿屋のオーナー、アイ・コッヘンからの依頼事。
依頼の受注という一連の流れは今までと同じだ。だが少しして、ゲーム世界の人物の口から『とても困難な』とセリフが付け加えられていたことに俺は気付いた。
アイ・コッヘンのセリフから、そのメインクエストが如何に高難易度として設定さているのかが容易に伺える。さすがはメインシナリオの進行に関わる内容だ。これは心して挑まなければならないやつにきっと違いない……。
「はい。俺でよければ、引き受けさせてください」
「なんと! いやぁありがたい! 困難だと聞いても、尚こうして引き受けてくれる君に感謝を表明するよ! さすがはワタクシ並びにこののどかな村一同が認めた新米君だ!」
喜びを見せ、頭部であるフライパンの独特な金属音を反響させながら俺の手を握り締めてきた。
お礼の言葉を並べるアイ・コッヘン。彼の言葉には感謝の意が込められている。だが、同時に緊張の調子としても聞き取れる、どこか強張った只事ならぬ雰囲気も醸し出しているように感じ取れた。
「それじゃあさっそく、依頼内容の説明といこうじゃないか。いやぁね、こうして宿屋を経営するオーナーを本職としているワタクシではあるのだけどね。実はね、ワタクシこう見えて、こののどかな村を代表する一流のシェフという称号を持つコックさんという副業も兼ねているのだよ」
こう見えても何も、その頭部であるフライパンを見ればある意味一目瞭然だ。
「それでね、君にはある食材の調達を依頼したいのだよ。その名も、"ワイルドバードの卵"だ」
そう言い、XLサイズを凌駕する黒のジャケットの胸ポケットから、一枚の写真を取り出して俺に手渡す。そこに写されていたのは一つの卵の写真。
普通の卵の大きさを遥かに上回るそれは、一目見ただけでもダチョウの卵よりも大きいと思わせるほどのものであった。なるほど、これがワイルドバードとやらの卵か。
「たかが食材の調達と言えば、されど食材の調達とも呼べるこの依頼。残念ながら今回の依頼に関しては、圧倒的に後者のされどに当て嵌まるであろう困難な依頼内容となっていることを、まず君には把握してもらいたい。何と言ってもこの食材、この世界でも特に中々のレア度を誇る珍しいアイテムの一つなのだよ。相当のレア度を誇るということは、それだけ入手に困難を極めるという結論が存在している。もちろん、運が良ければすぐに見つけ出すことができるだろう。だが、もしも運悪く容易に見つけることができなかったら……」
その胡散臭い調子に低音を織り交ぜるアイ・コッヘン。
その場の空気が変わった。流れに変化が訪れた今、一体彼の口からどんな言葉が飛び出すのか――
「……まぁ、見つけ出せなくても構わないさ。何せ、レア度の高い食材だからね。運が悪ければ見つからない。当たり前さ。だから今回の依頼に関しては、結果を重視せず気軽な面持ちで挑んでもらっても構わない。むしろフィールドワークついでにワイルドバードの卵を探してもらえれば、それでいいのだからね。人生というもの、その大半は運に全てを委ねるしかないという、なんとも理不尽な永遠の一時。良い時はただただ良い。悪い時はただただ悪い。運命という不可抗力の輪廻には、神でさえも抗うことができない。そんな神にも勝てないもん、我々のようなちっぽけな存在では敵うはずも無いに決まってる。だから見つけられなくても安心したまえ。そう、緊張することなく安心した状態でこの依頼に臨んでもらえたら、それだけでワタクシは十分なんだ。何も、重要なのは結果だけじゃないということさ」
俺の肩を叩いてから、ゆっくりと受付カウンターへと戻るアイ・コッヘン。
ペン立てからペンを取り出し、手元にあった一枚の紙にスラスラと何かを描いていく。少しして何かに納得するように頷いた後、アイ・コッヘンは再び俺の前へと移動し先程の紙を手渡してきた。
礼を言って受け取る。そこに描かれていたのは、この地域の周辺を示す簡易的ながらも的確なメモが添えられた広大な図であった。
「この村の周辺に広がるガトー・オ・フロマージュの豊かな地をひたすら北へ向かっていくと、ある一つの山地に辿り着くことになるだろう。その山地こそが、今回のターゲットである卵を産み落とすワイルドバードの生息地となっている。そして今回の依頼は、この慣れ親しんだ地から離れてもらい、フィールドワークを兼ねた新天地の開拓をメインとした探索に集中してもらいたい」
新天地の開拓。フィールドワークを兼ねたという部分から、今回の依頼主であるアイ・コッヘンの真の意図を読み取れたような気がした。
俺に期待しているということらしいが、きっとこのアイ・コッヘンはそんな俺にこれまでとは違う経験を積んでもらいたいという、新たな冒険への支援を趣としているのではないか。と、そう思える。
でなければ、まだ新米な俺にレア度の高いアイテムの収集へ向かわせたりはしないだろう。さすがは序盤に訪れる村。そして、この村で多くの新米冒険者を見てきた人物だ。
……と、勝手な仮説を立てながら俺は地図を眺めやる。
「今回の依頼の舞台となる地の名前はずばり、"セル・ドゥ・セザムの勝気な山丘"。山という険しい環境で育ったモンスター達は、今まで以上の実力を誇っていると思ってもらっていい。そう言った意味でも、今回の依頼は難易度がとても高いかもしれない。だが忘れてはならないよ? これはあくまでフィールドワークだからね。命があってこそのフィールドワークだからね。自分にはまだ危険だと思ったら、すぐに引き返してもらって構わない。君の死は、この世界の損失だ。おっと、プレッシャーをかけるつもりは無かったんだ。すまない」
誤魔化しのフライパン鳴らし。宿屋に反響音が響き渡る中で、俺は周囲からの期待に答えるべく依頼達成に向けて意気込む。
新天地か。思えば、確かにこの地からは一歩も出ていなかった。新たなフィールドへ行けるというこのワクワクは、きっと誰もが抱くであろう未知なる好奇心への欲求そのものに違いない。
「ありがとうございます。それではさっそく行ってきますね」
「おおう行動が早いね。君の行動力には目を見張るものがある。が、見落としは禁物だよ。くれぐれも、回復アイテムの調達だけは忘れないように。それでは頑張っておいで。ワタクシ達は全力で君達を応援しているから」
宿屋から出てアイ・コッヘンと別れた俺。
さすがはメインクエストなだけある。たった一つの依頼だと言うのに、今までにない重みを感じてしまって仕方が無い。
ここからは一段と難易度が上がるのだ。これまでのゴリ押しはなるべく避けた方が良いだろう。あとは回避のステータスでも上げておくか。それと、そろそろスキルでも割り振っておかないとな。
気になった支度を端から済ませた俺。思いつく限りの行動を起こし、準備が万端といったところでフィールド:ガトー・オ・フロマージュの豊かな地を颯爽と駆け抜ける。
数々の見慣れたモンスター達を尻目に、俺は目の前に広がる目的地の山地に視点を向けたままひたすら走り続けた。
そして到着した山地の入り口。
今までの緑が一面に広がる光景とは異なり、灰色を中心とした寂しげな光景に新鮮さを感じる。
そんな山地に侵入するべく歩みを進めていくのだが、俺が辿っていた正規ルートの山道の途中に、警告を促す看板が貼られたフェンスを発見。
「この先、ワイルドバードの巣窟あり。危険。用心せよ……ワイルドバードって警告が出されるほどまでに危険なモンスターなんだな」
「スキャン――完了。ワイルドバードは気性が荒く、縄張り意識が極めて強い危険なモンスターです」
俺の後についてきていた、銀色の淡い光源を放つ一つの球体。
俺が看板の文字を読み上げると同時に人間の形を形成する球体。それは発光すると瞬く間にミントという少女を形成し、地上に着地するや否やすぐさま解説を始めた。
「この先はフィールド:セル・ドゥ・セザムの勝気な山丘へと移行します。このフィールドは以前までとは比較にならないほどの高い難易度を誇っておりますが……まぁ、ご主人様の実力であれば、何の問題も無いかと思われます」
ここにきて、俺の地道な稼ぎでひたすら稼いだ経験値が活きてくる。
無意識に溜めていた経験値はレベルを上げ、知らぬ内に俺自身を鍛えていた。その点に関しては、今回の新たなフィールドのモンスターも特に問題は無いかと思われる。
「よし、それじゃあ行くか」
「このミント・ティー、ご主人様専属のナビゲーターとして不足の無い徹底的なサポートを尽くしていきます」
頼れるサポーターと共に、俺は覚悟を決めて新たなフィールドに続くフェンスの扉を開けた。
新天地に待ち受けるイベントは一体何なのか。この先に張り巡らされたフラグが、一体どんな展開を引き起こすのか。未知なる好奇心と仲間と共に進む、俺の新たな冒険が今、始まる――




