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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
三章
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宿屋:大海の木片

「――っうぇ!? お、お客様!? う、ぁ、ぁああいらっしゃいませぇぇぇえ!!」


 余程なまでに、この宿屋は客という存在と無縁であったのか。

 カウンターでゆったりとくつろいでいたその矢先で、ふらっと現れたお客様を前にして。手に持っていた冊子を驚きで投げ捨てながら、慌てて接客へと駆け出す女の子の従業員を目にして。


 おいおい……と。その様子に、思わず不信感を通り越した不安さえも感じてしまえた。



 個人経営と思われる、拠点エリア:マリーア・メガシティの宿屋の一つ。宿屋:大海の木片に入った俺達。

 ユノ曰く、『この宿屋から放たれる未知』というものに引き寄せられるまま入ってしまった彼女を先頭に。それに続いて、ニュアージュとペロ。そして、俺とミントも宿屋の中に納まる。


 その内部としては。広くなく、狭くなくといった、横に伸びる長方形な和風テイストのラウンジであり。

 目の前には受付カウンター。左右の空間には、コタツのような四角形のテーブルや、座布団の敷かれた椅子が並んでおり。また、お手入れを加えられているであろう、和みを与える和風の庭やら。様々な種類の鯉が泳ぐ池が設けられていて。

 床には、紅葉を思わせる紅の絨毯。そして、受付カウンターの双方には、奥へと続く廊下が伸びている。


 その構造は、これまでの宿屋とまるで変わらぬものではあったが。しかし、その雰囲気や設置物は各それぞれによって全く異なるために。

 見慣れた構造であるにも関わらず、新鮮味を感じてしまえるその光景を前にして。先程までの不信感は、目前に広がる和みによって綺麗さっぱりと取り払われてしまっていた。


 ……それにしても、正式な宿屋に負けず劣らずと整えられた空間だ。ここが本当に個人経営の宿屋であるとは到底思えない。


「どぁ、ぁああぉお客様ぁ!! ぇ、ぇぇえらっしゃいませぇ!! ぇぇと、とぉぁ今日はどどのような、どういったご用件でぇ!?」


 ガチガチに震えた、勢いのある大声と。絵に描いたように強張った表情で接客に臨む女の子の従業員。

 その様子は、あからさまに新人といった雰囲気を醸し出していて。もし万が一そうでなかったとしても。その様子を見るからに、お客との接待という経験がまるで足りていないのだなという印象を抱かせる。


 その女の子の従業員も、ローズの暗いピンク色の髪に。浴衣とミニスカートを織り交ぜた業務服と白色の三角巾という、和風テイストの宿屋に相応しき服装をしており。何気無く捲り上げた袖がまた、その緊張で強張る様子とはまるで裏腹な、しおらしい雰囲気を醸し出している。


「私達、この宿屋で宿泊をしたいと思ったのだけど……それにしても、すごく良い雰囲気の店内ね。この店内の様子であれば、きっと繁盛もしていること間違いナシだろうから……もしかして、お部屋はもう空いていなかったりするかしら?」


「……ぉぉお客様、今、宿泊とおっしゃいましたかっ!? 今、宿泊とおっしゃいましたかっ!!? それ、本気ですか!!? マジですか!!?」


 宿屋の従業員が、そこで驚くのかよ。


 あんぐりとおっぴろげた大口を開けて、心の底からの驚愕で思わず聞き返してしまっているその女の子の従業員。

 そんな彼女の様子からして、どうやらこの宿屋はそれほどまでに客の数が少ないらしい……?


「いぃや、そりゃあもうお客様は大歓迎ですぁ!! そ、そそそそれじゃあ宿泊の手続きを行いますんで、ささっこちらに!! ――あぁぁ信じられない。こんなの何時ぶりだろうっ」


 嬉しさと久々の接客で、未だに緊張で震え上がっているその女の子の従業員にカウンターへ催促されるユノ。


 そんな様子を一旦尻目に置いておき、俺はこの宿屋の内部へと目を移す。

 というのも、何だかんだで、この宿屋の雰囲気が気に入った俺は。今日はこの宿屋に宿泊するのかと、段々と湧き上がってきた期待でワクワクと胸を弾ませていた。


 ……ところであったのだが――



「…………あれぇ、おっかしいなぁ……」


 ふと、カウンターを挟みユノと向き合う形で手続きを行おうとしていた女の子の従業員が、頭を抱え出す。


 そんな彼女の様子に、首を傾げて眺めているユノと。そんな様子に、一体何事かと後ろから見守る俺達であったのだが――


「……ぁぁいや、そのぉ……あ、あれっす。その……お、お客様ぁ!! お、お疲れのところすんませんがっ!! あ、あたし……お客様の来店というものがあまりにも久しぶりすぎて、宿泊の手続きのやり方を忘れてしまいやしたぁっ!!!」


「え、えぇ……」


 自身の失態を包み隠さず宣言し。次には、正々堂々と真正面から頭を下げて全力の謝罪を行い出したその女の子の従業員。


 その勢いといい、その行動といい。女の子の様子は、もはや何かの一線を吹っ切っており。

 そんな、一種の躍動感さえも感じさせる前方の圧に押され。そうして謝られた側である俺達もまた、困惑交じりの苦笑いを浮かべることしかできないというこの始末。


「っということなんでっ!! その、誠に、本当に、マジで申し訳ありませんがっ!! ここの宿屋の"オーナー"さんが帰ってくるまで、そちらの椅子に腰を掛けてお待ちいただけないでしょうかぁ!!?」


「え、えぇ、わかったわ……」


 その女の子の従業員の勢いに、あのユノでさえも苦笑いという。未知を求めて、数々の冒険を経験してきた熟練の冒険者さえも圧倒するという謎の気迫を纏うものであり。

 本来であれば、業務が勤まらないというのは従業員にとって致命的なミスであるはずなのに。それを、その女の子従業員の個性でもあろう圧倒的な勢いで全て払拭してしまったその辺りに。


 ……その、目の前の女の子従業員もまた、何かしらの意味を持つNPCなのだろうかと。至って普通のNPCにしか見えぬデザインに秘めたその個性に、そう思えて仕方が無かった俺なのであった――――

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