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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
三章
127/368

個人経営の宿屋

「っもう! いろんなお店があり過ぎちゃって、どこが宿屋なのかが全然わからないわ!!」


 未だに酔っ払ったままであるユノであったが。しかし、先程までのやり取りから少しもの時間が経過していたためか。その酔いはペロと共に、だいぶと収まりを迎えつつあったらしい。


 ユノによる方針の決定で。彼女の求める、未知なる宿屋を求めて拠点エリア:マリーア・メガシティの夜を歩き回る俺達。

 祝宴会を終えてからそれなりの時間を。そこから更に移動時間も含めれば、経過時間的に現在は既に日を跨いでしまっていたかもしれない。


 探索によって減少したHPの全回復、という効果のために。これまでの冒険において、夜更かしというものをあまりしない生活を送ってきた俺としては。慣れない真夜中に、今にも昏睡に陥ってしまいそうになる、なんとも強烈な睡魔に襲われてしまっていたこの状況下。


 ……ただただ眠気ばかりに気を取られてしまい、とても宿屋探しどころではなかったのが現状だった。


「ご主人様。どこか、お体の調子がよろしくないのですか?」


「ん、あぁいや……その、心配掛けてすまない、ミント。……どうやら、調子が悪いのは"俺自身"の方らしい。――ぶっ続けのゲームのプレイで、今、だいぶ眠い……」


 いくら楽しいゲームと言えども、やはり時間を忘れての長時間プレイは、さすがに神経の巡る身体にとてもこたえる。

 なんともメタなやり取りなのだろうと。そんなことを考えながらも、目の前では歩みを進めていくユノとペロに置いていかれないよう、続けて睡魔と闘っていく俺であったのだが……。


「……あらっ、あの看板――」


 ふと、ユノはそう呟くなり。アルコールの加わった好奇心による勢いのまま、おもむろと早歩きで路地裏に入っていってしまい。

 そんな、あまりよろしくない雰囲気の暗闇に飛び込んでしまった彼女を見失わないようにと、俺達もユノに続いて路地裏へと入っていく。


「ユノ。おいユノ――」


 僅かな街灯の灯る路地裏の、その途中で。

 何かを見上げては、釘付けとなるように何かを眺めているユノのもとに追い付く。


 じーっと。何かに取り憑かれたかのようにその場で留まっていては。ある建物の前から一向に動こうとしない彼女。

 そんなユノの様子に疑念を抱いてしまいながらも。こうして彼女が一点と集中して眺めている"それ"へと全員が見遣ると、そこには――


「……"大海の木片"?」


 その見慣れない言葉に、俺はつい訝しげに呟いてしまう。


「へぁ? おおうみの……もくへん??」


「"たいかいのもくへん"、でございます。ペロ様」


「おぅ、さすがだぜミッチー!! ……で、それって、どゆ意味?」


「はい。こちらの言葉の意味としましては。困難な状況の中において、思いもしない助けが現れること……又、望んでいたものが、都合良く手に入ること――という意味合いを含む言葉でございますね。大海で溺れてしまっているその状況下において、奇跡的にも水面に浮かぶ木片を見つけ。それにすがり付くことによって命が助かった――として考えると、覚えやすいかと思われます」


「ははぁん、なーるほど。…………っで、つまり、どゆ意味?」


「単刀直入に言ってしまえば、奇跡。で、ございますね」


「ははぁん! なーるほど!!」


 ミントの解説に、それを聞いていたペロと。彼の脇にいた俺までもが頷きながら。

 その、大海の木片という文字が刻まれた看板を一同で眺め続けて。しかし、それしか行っていないがために、それ以上の展開が訪れないことによる沈黙がこの場に流れる。


「……それで、ユノ。この看板がどうかしたのか?」


「どうもしたも……アレウス! この看板の下を、よく見てみなさい!」


 その瞬間にも、先程までの酔いがすっかりと覚めていたユノ。

 あれほどまでの酔いが一瞬にして覚めるほどの衝撃を受けたのであろう。そんな彼女に催促をされるまま、俺は視点を下へと向けて"それ"を確認する。


 この路地裏に広がっていたのは、多くの建物が列を成すように並ぶ、建物の行列とでも言えるであろう光景であったのだが。

 そんな列を成す建物の一つであり。現在、俺達の目前で建っているその建物の面にあったのは。……この大都市とはまるで釣り合わない、和風を意識したであろう明かりの灯る引き戸の扉。


「……扉があるな」


「そう! 扉があるの!!」


 いや、それは見ればわかる。


「そして、その扉の先! 中の様子は見えないのだけれども。この雰囲気と、あの看板の感じでよくわかるわ! ……ここは、そう――宿屋よ!!」


「……宿屋?」


 彼女の口から現れた単語に、思わず聞き返してしまう俺。

 

 それもそのはず。こんな真っ暗闇に近い場所に。しかも、ここは大都市であるにも関わらず。この路地裏には俺達以外の人影さえも見えないというこの一本道に、冒険の疲れを癒す憩いの場が設けられているだなんて、とても思えなかったために。彼女の言葉に、ただただ疑念ばかりが募っていく。


「でも、この建物の物らしいあの看板に書かれている名前の最後に『イン』って付いていないじゃないか」


「『イン』? ……あぁ、それはね。その地域の人々から認められた、正式な宿屋という証拠として。名前の最後に、正式の証となる定められた名前を宿屋に名付けたりするの。今までアレウスとミントちゃんと巡ってきた旅路の宿屋は、どこも正式な宿屋ばかりだったというわけなのだけど。……でも、こうして人が多い所。それこそ、大都市といった人口の多い場所は。それだけ宿屋の数も増えてしまうものだから、こうして正式ではない宿屋も現れてしまうというわけなの」


「へぇ……なんか、いろいろと複雑なんだな」


「そっ。いろいろと複雑なの」


 要は、その地域に宿屋というお店があまりにも増え過ぎてしまったがために。その全てが、その地域に認められし宿屋というわけではないというわけか。


「こういう人口の多い場所には、こうした個人経営のお店がいっぱいあるのよ。目の前のここも、その個人経営である宿屋の一つ。つまり、法的には何の問題も無し! ……ただ、宿屋の個人経営っていうのは。それで食べていくのには相当なまでに大変なお店の一つであることから、恵まれていたり、良心的な宿屋の数が少ないのと。正式な宿屋と比べると、ちょっと悪質なお店もあったりするものだから。個人経営の宿屋を利用するのは、飽くまでも自己責任で。という、ちょっとアブない香りを感じる場所でもあったりするのよね」


 それ、むしろ問題の方が目立つじゃないか……。


 そんなユノからの説明を聞いて、不安を抱いてしまった俺であったのだが。

 ……こうして、悪質という言葉に震え上がっていた俺とは真逆に。そんなアブない香りを感じるというお店へと、真っ直ぐな瞳で興味津々と視線を向け続けているユノ。


 ……って、おいおい。この流れって、まさか――



「……私の、未知を求める探究心が、何かを訴え掛けてくるわ……ッ。――うん、決めたわ!! 今日は、ここに泊まりましょうッ!!」


 嫌な予感は、ものの見事に的中する形となって。


 完全に酔いから覚めている状態で、突然とそんなことを言い出してきたユノ。

 安全が保障されていない、正式ではない宿屋に泊まるという。リスクばかりが目立つこの、目の前の宿屋を前にして。


 まるで危機感の無い、チャレンジャー精神昂るこの勢いのまま。

 ……そう宣言し、ユノは歩き出すなり。目の前の引き戸に手を掛けて、そのまま開けて入っていってしまったのだ。


「あら、まぁ。……でも、さすがはユーちゃんね~。この大胆さ……わたしも見習わなきゃ……!」


「正式じゃないってことは、やっぱアブねぇかもってことなんだろ? ……でも、まっ、ユノっちやニュアっちがいるから、何かあったとしてもオレっちは大丈夫だろうよ。へへっ」


 そんなことを言いながら、ユノに続いて宿屋に入っていくニュアージュとペロの二人。


 ……って、それにしてもホント。このゲーム世界のNPC達って、モンスター以外の事柄に関しては、本当に危機感というものが無いな。

 ――いや、この場合はむしろ、メタな知識という現実を知ってしまっている俺の感覚がおかしいだけなのか……?


「…………何もありませんように」


 フラグという、覆し様の無い絶対的なる運命を前にして。ただただ、そんなことを祈り続けながら。


 このゲーム世界における主人公である俺は。隣で律儀に佇立をしていたナビゲーターのミントと共に。

 自動的に進んでいく展開と、それによって行動を起こしていくパーティーメンバーに続く形として。疑り深い心理のまま、俺も目前の宿屋に入っていったのであった――――

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