平穏に溺れし主人公
「うにゃぁ! もぅ、ちょっとペロ君しっかりと前にぃ歩いてぇよぉ。じゃないとぉ、私の足がフラフラのフラちゃんでぇよく前に歩けにゃいんだからぁもぅ!」
「へにゃぁ! ユノっちこそォ、その小さな身体でェしっかりとォオレっちを支えてくれよォ!!」
「うにゃにぃ!! 私が小さな身体にゃんですってぇ!? これでもぉ私はかにゃり背が高いことでぇ悩んでいた時期があったのよぉペロ君!!」
「んなァ、オレっちから見たら小せェよォ。だからァ、そんなユノっちがァ超可愛いぜ??」
「キャァー!! もうペロ君ったらぁ大好きぃ~!!」
「ナハハハハァッ!!!」
酒の力によって、目の前の二人はもう完全に出来上がってしまっていた。
酒場の中で行われた祝宴会を終えた俺達。そこでは豪勢な料理や美味い酒をたらふくと味わい、皆それぞれが至福の一時を過ごしたことであろう。
今、目の前で、互いの背を支え合いながら歩いている二人も、その内の二人だ。祝宴会におけるハイテンションのままにありったけと酒を飲んでいたために、ご覧の通りにも完全に出来上がってしまっている状態に。
ベロンベロンに酔っ払ったユノは、まるで叩かれた後のようにその色白の肌を真っ赤に染めていて。対してペロはと言うと、彼もまた顔を真っ赤にして、ユノと共にハイテンションのまま可笑しいやり取りを交わしている。
……にしても、ユノはともかくとして。ペロは酔っ払っても、通常と然程変化が無いように見えるのは俺だけか……?
「アレウスさんは、それほど酔ってはおられていないようですね」
「――ん、あぁ、そうだな」
ふと、脇から言葉を投げ掛けてきたニュアージュ。
俺と共にその歩を進めており。又、俺の隣にはミントが。そのミントの隣にニュアージュ、といった並びで。俺は現在、その三人で、気の赴くがままに進んでいく目前の二人の背をゆっくりと追い掛けていた。
「実は俺、いざというときのためにと思って、あまり飲んでいなかったんだ。ここがいくら大都市と言えども――いや、大都市だからこそ、その身近に危険が潜んでいるかもしれないって思ったら。なんか、酒に手を出せなくて……」
「あら、まぁ。そうだったのですね~。わたし達のために、わざわざ気を遣ってくださって……わたしも、アレウスさんの心意気を見習わなければなりませんね~。こうしてわたし達のことを見守ってくださり、本当にありがとうございます」
「いや、そんな。気を遣う……ってほどでも無かったよ。これは、俺が良かれと思ってやっていたことだったから。……モンスターが存在するこのご時勢。一体、何時、何処で何が起きるかが判らないもんだからね。……まぁ、これは俺の考え過ぎなだけかもな。――ニュアージュこそ、その様子だと、あまり飲んでいないように見えるが……」
「あ、はい。わたし、お酒にすごく強いのです。これでも、ユーちゃんやペロさん以上にお酒をいただいてしまっていたのですよ~?」
「そ、そうだったのか……」
何一つの変化を見せないニュアージュの調子に、思わず静かに驚愕した俺。
そんな、一人で驚きを表していた俺の袖を、突然と控えめに引っ張り出してきたミント。
少女がこうして、俺の袖を控えめに引っ張り出したその時というのは大概。何かしらのイベント進行に関する報告をする時の、合図のようなものであるために。
その感覚を感じ取っては、ニュアージュとの会話を一旦切り上げてすぐさまミントへと視線を向ける。
「ん、どうした、ミント?」
「報告がございます、ご主人様。この先に、複数もの蔓延るフラグを感知いたしました。それも、一度切りのみ、その姿を現す特殊な反応――どうやらこちらは、メインシナリオに関わる、この先のストーリーを構築する重要な選択肢であるようです」
「……メインクエストの進行か」
ナビゲーターからの報告と共に、一気に駆け巡ってくる。主人公のみが背負いし、膨大な緊張感。
それを感じ取っては、俺と同様に緊張の面持ちを向け出すミントと。そんな俺達の変調に、ただただ首を傾げては眺め遣るニュアージュ。
……メインクエストの進行。ミントからの報告によって、再びとこの目の前の現実と向き合ったその瞬間にも。――早速と、俺はいくつかの選択肢を迫られたのだ。
「んにゃぁ、みんなー!! これからぁ今日宿泊する宿屋を探すわよぉ!! この街にはぁいくつも宿屋があってぇ。どこも良い所ばかりだからぁみんなで決めちゃってー!!」
ペロと共にフラつきながら。酔った調子で俺達のもとへと戻ってくるユノ。
そんな彼女の言うそれは、宿屋の選択という内容のフラグであることを聞き取れる。
このゲーム世界におけるメインクエストの進行の鍵を握るのは、その宿屋のオーナーという設定が施されているために。今回こうして現れた選択肢は、この拠点エリア:マリーア・メガシティにおける、今後のイベントの数々と。その先で構築されるメインシナリオの展開に影響を及ぼす大事な場面であることがわかった。
……だが、こうしていくつもの選択肢が急に現れてくれちゃあ、どれを選ぼうとしても、その選択の判断基準がまるでわからなかったために……。
「……そうだな。ユノのオススメは、どこの宿屋かな?」
まずは、選択肢を絞ることにした。
……のであったのだが――
「私のオススメぇ? っうーん。そうねー。……私ぃ、未知を知りたいッ!!」
「……え?」
「それじゃあ、探そぉ!! きっと、新しい宿屋が増えているに違いないわぁ!! そうと決まればぁ、出発よぉ!! ゴーゴー、レッツゴォー!!」
「うっひょぉぉお!!! ゴーゴーレッツゴォォォオッ!!!」
酔った勢いのままに、ずんずんと前へ歩き出してしまったユノとペロ。そんな二人を見失わないようにと、歩みを再開した俺達なのであったが。
……待て。これってもしかして、より良い選択肢を選ぶために伺った様子のまま、メインクエストが進行してしまった……?
それはつまり……俺は今、『オススメはどこだ?』という"選択肢"を選択してしまったことになる――
「……ご主人様。この場におきまして、新たなフラグの反応を感知いたしました。こちらは、他を圧倒する力を放っているその具合から、どうやら、メインクエストの進行に関わる重要なものであることがわかります。……今後の展開に影響を受けますこのご決断。それを、この短時間で判断を下したご主人様の、勇気ある行動に。ワタシは改めて敬意を表します。さすがです、ご主人様」
「えっ。あ、あぁ…………」
……いろいろと、思ってしまう所が多すぎる。
重要な選択肢を、何気無く選択してしまう。それは、この手のゲームでは割とありがちなあるあるだと思う。
だからこそ、こういう繊細な場所にも気を遣うべきであったのだ。
そう。俺は、このゲーム世界のキャラクター達だけでなく。このゲーム世界そのものにも気を遣わなければならない。それが、その世界の行く末を定める、多大なる影響力を持つ主人公という特殊な存在であるものだから。
……どうやら、俺は完全に平和ボケをしてしまっていたようだ――――




