至福の空間にて
「数日に渡る旅路と、それを共にした仲間達に。それと、その旅路の最中で出会いを果たした、ペロ君との運命的な縁に感謝の気持ちを込めまして~…………かんぱーいッ!!」
「かんぱぁぁぁぁいッ!!!」
「かんぱ~い!」
「かんぱーい」
「乾杯です」
ジョッキのぶつかり合う音が盛大に打ち鳴らされ。同時に、祝福を共有した仲間達と共に、手に持つジョッキを自身の口元へと運んでいく。
それに注がれていた酒を喉へと流し込んでいき。次には、喉と脳に訪れた爽快な刺激に、俺は堪らず息を漏らして今の至福をしみじみと体感した。
現在、俺はパーティーメンバー達と共に、この拠点エリア:マリーア・メガシティにおける酒場の中で祝宴会を行っている最中であった。
さすがは大都市の酒場ということもあり。その建物は、これまでに巡ってきた拠点エリアのそれを遥かに凌駕する、比較するまでもない程の大規模を誇っていた。
まず、内装が煌びやか。今までの、木や柱に囲まれた如何にもな酒場というその雰囲気に。そのマリーア・メガシティの街並みに相応しきプラチナの輝きが取り入れられていて、今もそれがすごく眩しく感じてしまう。
しかしその中で、酒場特有の、あの薄暗い照明がそれらしい雰囲気をこれまた絶妙な具合に醸し出していたためか。その内装は、この街の特徴をそのままに、酒場という他とまるで変わらぬフリーなコミュニケーション広場をものの見事に成り立たせていた。
また、屈指の大きさを誇る国の競技場と比較しても、それに負けず劣らずな広さが確保されているこの店舗。その中身こそは、至って変哲の無い酒場そのものではあるが。なんと、それだけで四階という階層を埋め尽くす、人混みが人混みを呼ぶとんだ大会場となっていて。
その隅から隅までが丸々と酒場であり。そして、そんな大会場も満員という大盛況で繁盛していることから、この大都市の活気が如何に活発であるかが嫌でもよくわかる。
それはもう、店内に入ったその瞬間から襲ってきたアルコールの匂いはとても強烈であったために。入店直後から空き場所への着席。そこからのオーダーからそれが届くまでの間にも、えらくひどい頭痛を起こしてしまっていた俺であったのだが……。
「……あぁ、もう、最高」
酒を口にしては、その今までの鬱が全て吹き飛んだ。
店内はガヤガヤと騒音だらけ。見渡せば、酔っ払い達がわちゃわちゃと盛り上がっていて。楽しそうにしている集団もあれば、喧嘩で殴り合っている輩もそこらに存在していて。
そして何と言っても、そんなお客達に対応する店員達が、それはもうすごく慌しい様子で動き回っているものだから。それらの光景というものは実に、どこの世界も変わらず同じなんだなと感想を抱きながら。
そんな光景を、ついついメタな視点で観察してしまっていたりしたものだ。
「っぷは~っ。っあぁ……なんて最高な一時なの……! 今まで、こんなに多くの仲間達と祝宴会をやったことがなかったから……もう……私、ほんとに嬉しくって嬉しくって……」
「へぁ? こんなに多くのって。はぇ~、ユノっちはてっきり、いろんな人達とこうして旅をしていたのかと思っていたわぁ」
「実はそうでもないのよ。少し前に、アレウスとミントちゃんの三人で、初めての祝宴会をやったばかりなものだから~」
「あら、まぁ。あれが初めての祝宴会だったんだ~」
まだ一口だというのに、既に酔いの傾向が見られるユノの様子と。そんな彼女の言葉に反応を示すペロに。この場に相応しくないほどにまでのお上品な存在感を放つニュアージュ。
もっと説明を加えるとすれば。俺の隣には、律儀な様子でオレンジジュースを啜るミントと。その少女の隣にニュアージュが。俺の向かい側にはユノがいて。その彼女の隣にペロが存在していて……といった具合であり。
……そんな目の前の光景に、改めて、パーティーメンバーという存在に居心地を見出す俺。
それは、今までの中では一番とも言える大人数ではあったものだが。しかし、周りの来客達と比べたら、あからさまに少人数な方であって。そんな彼らからすれば、俺らはだいぶ見劣りするちっぽけな集団にきっと違いなかった。
しかし、この人数だからこその、この空間なのだ。そう考えると、なるほど。パーティーというものはよく、最大人数として三人から五人の間で設定されていたりしているものであるが……確かに、その通りなのかもしれない。
何故なら、その人数は、我々操られる側であるゲーム世界のNPC達からしたら。それは、とても快適な人間関係を築ける、良好且つ最適な数字であったものであったから――
「ったく、マジかよぉ。そん時からアレっちはハーレムを築いていたってわけかぁ? そんな冴えない顔に、一体どんな魅力があるって言うんかねぇ全く」
「ハ、ハーレムって、おいおいペロ……それに、冴えない顔とは失礼だな……」
「……? はーれむ?」
「あぁユノ、これはなんでもないよ」
ペロの言葉に、首を傾げて俺の方を見遣るユノ。
きょとんとした表情を見せてくる彼女であったのだが。それは次第に、探究心によって瞳を輝かせていくと共に、段々と真剣な顔付きへと変化していき――
「……なに? なになに? アレウス、もしかして何か隠してる? ねぇちょっと教えて! アレウス! はーれむって何? はーれむって何なの!?」
「え、えぇ……いや、それはちょっと……」
「なんで隠すの!? あぁっ未知だわ!! これは、未だに私の知らない未知だわ!! あぁっ何としてでも知りたい!! だったら、ペロ君でもいいから!! ねぇペロ君! はーれむって何?? はーれむって何なの!?」
「おっほ、ユノっち、そんなにハーレムというものを知りたいのかい? それならば仕方ないよねぇ。ここまで聞かれちゃったら、そりゃあもう素直に洗いざらい説明するしかないよねぇ。っんじゃ、よく聞いてなぁユノっち。ハーレムっていうのは――」
「おいおい……」
酒が加わった目の前の光景は最早、俺の力ではまず止めることができない。
そんな目前に圧倒された俺は、これはもう、もはや何も言うまいと全てを投げ出して。赤面しながら、新たな未知におぉ~っと納得しているユノ……とニュアージュの感嘆を聞きながら、手元にあった酒をやけっぱちに喉へと流し込んでいく。
……にしても、だ。我ながら、キャラクターメイキングには自信があったんだけどな……。そんな中での、冴えない顔って……なんだかショックだわ…………。
「……ご主人様」
「ん……どうした、ミント」
「そのお顔は、何かに思い詰めてしまっている際に浮かべる表情でございます。……何か、気に障ってしまうことがありましたか?」
どうやら、なんだかショックだなぁという気持ちが表情に表れてしまっていたようだ。
さすがはナビゲーターという、内を見抜かれたことによる感心を抱きながら。しかし、投げ掛けられた問い掛けへの返答に、つい困ってしまう俺。
……せっかくの、この意気揚々とした楽しげな空気の中にいるというのに。俺のせいで、繊細なミントに、これ以上もの余計な心配を掛けさせるわけにはいかない……。
「いや、なんでもないよ。ミント」
「左様……でございますか……?」
空元気に笑い掛ける俺に、何かしらの疑念を抱いた様子でこちらを眺め遣ってくるミント。
そんな俺の様子に、何か引っかかっているのだろうか。そう言うなり、どこか不安そうな面持ちのまま。その眉をひそめては、俺の様子を伺うようにそう答えるミント。
……って、あれ。もしかして、余計に心配を掛けさせてしまった――?
「……あの、ご主人様。……それほどまでに、このミント・ティーの混じるハーレムが嫌でございましたか……?」
「――――えっ?」
オレンジジュースの入ったコップを律儀に両手で持ち上げていながら。しかし、まるで、アルコールを摂取した後のようにその顔を赤く染め。ただただ湧き上がってくる不安定な感情のままに、とても不安そうな様相で恐る恐るそう尋ね掛けてきたミント。
その、あまりに唐突な問い掛けに、つい度肝を抜かれ戸惑ってしまいながらも。しかし、そんな少女の様子を見た際の、その瞬間に巡った胸の高鳴りについ口を滑らせてしまって。
……いや、むしろ嫌じゃないよ、と。そんな言葉を口にしては、俺とミントは互いに恥ずかしがり合いながら共に俯いて。
そんな、その自然な流れに任せるがまま。俺達の間には、会話を一旦終わりへと運んでいく空気が流れたのであった――
「――ってなもんでなぁ!! そりゃあもう、オレっちはずっと同じような光景を背に、ひたすら逃げまくる毎日を送っていたもんなのよぉ!! いやぁ!! ほんっと、もう、ユノっちやニュアっちやミッチーと出会うまで、ほんっと、もう、毎日が苦痛だったっつーもんでなぁ!! そりゃあもう、ぺいん、えぶりでぃだったよ!! ぺいん、えぶりでぃ!!」
「そうだったのですね~。……ペロさんは、単なる災難を経験なされただけではなかったと。……毎日が闘争……ならぬ、逃走の日々を送っていらしたとは~」
「おっほ!! うまいなぁニュアっちィ!! なんだよ、そんな綺麗な見た目をしちゃってぇ!! 実はそういうの、結構イケちゃう口だったり~?」
「……でも、ペロ君……それって、ただ道に迷っていただけよね。五感が鋭いって言っていたものだったから、そんな一面があるだなんて、ちょっと意外だったかも。……なんだか、面白くって興味が出てきちゃったなぁ~。ペロ君って、実は方向音痴だったりするの?」
「へぁ? ほーこーおんち? ……へへっ、ユノっち。それはなぁ、随分とオレっちを見誤っているぜ? ……実はな……オレっち、歌にはめちゃくちゃ自信があるのよ……っ!!」
「えっウソ!! ちょっとペロ君歌って歌ってッ!!」
「へへっ。オーダー一丁!! ……オレっちの歌声に聞き惚れて、感極まって涙が止まらなくなっても知らないぜ?」
……それにしても、まぁ。アルコールが入っている分だけ、いつも以上に凄まじい内容の会話を交わしているものだ。
コロコロと変化していく三人の会話を聞きながら、まだかまだかとディナーの到着を待ち続ける俺。……と、ミント。
たまに、隣の少女の腹部辺りから腹の虫の音が聞こえてくるその中で。このあまりにもな混雑の中、ようやくとこちらのテーブルに運ばれてきたであろうディナーの気配を何となく察知し。あぁ、ここに運ばれてくるなぁと。そんな淡い期待のまま、それの到着を心から待ち構えてい……たものであったのだが――
「あー、あー……ん、ゴホンッ。あー、では、オレっちのパーフェクトリサイタルの開演へと洒落込もうか――って、ギィヤァアアアアアァァァァアッ!!!」
唐突の、断末魔の如きペロの叫び声が辺りに響き渡る。
……尤も、ただでさえ騒がしいこの空間の中では、ペロの叫び声は溶けていくかのように瞬く間と消え失せてしまったものであったが。
いや、違う。明らかに、問題はそこではなかった。
「あラー、ビックリさせちゃエてごめんなさいネー」
それは、不慣れなカタコトと特有の訛りが混じった、とても独特で不思議な喋り方をする女性の声であって。
そんな、側から聞こえてきた女性の声の方へと視線を向けると。そこには、こちらがオーダーしたディナーの品々を、銀色の大きなお盆に乗せてやってきていた店員の姿がそこに――
「…………え?」
思わず、俺は仰天交じりに言葉を零してしまった。
――この瞬間にも俺が目撃したそれ。
……それは、まんま人間の形を成していた、紛れも無き一匹のモンスターの姿であったのだ――――




