NPC:ニュアージュとの会話【進み続ける勇気を抱いて――】
「視界が鮮やか過ぎて、むしろ眩しいくらいだ……」
目の前の花畑を前にして、俺は彩色で眩んだ目を細めながら前方の光景を眺め遣る。
キャンプ地にて、ミントとの会話を終えた俺。
内容としては、あまり健全を思わせるものではなかったためか。未だに、その時の光景が脳裏にこびり付いていながらも。気を改めてということで、俺はもう一人のパーティーメンバーの元へと歩みを進めていた。
ナビゲーターであるミントの力を借り。その少女特有の能力である、システムの検索というメタな解析を介することで。ニュアージュというNPCの配置場所を割り込む。
そうして発見した彼女の居場所はと言うと。なんと、キャンプ地から離れた地点に存在する、小さな花畑のエリアというものであったのだ。
事前の情報が無ければ、まず見つけることが困難だったに違いない、ニュアージュの居場所。
……というか、人目のつく花畑に一人でいるだなんて……。ニュアージュというキャラクターの、この設置場所。一体、誰が考えたというのか……。
「……あぁ、いたいた」
赤と白とピンク。色鮮やかな三色の広がる、広大な花畑。
満天な青空に、朝日が差し込む目の前の幻想的な空間。これは正に、楽園の庭と呼ぶに相応しき美麗な光景だ。
そんな自然がもたらす、絵空事の如く美しき空間の中央にて。
その彩色に囲まれながら、ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズは一人静かにその地の空間を満喫していた。
「おーい、ニュアージュ~!」
「……あら、アレウスさん~。お~い」
ほんわかとした和みを思わせる、緩やかな調子で。
花畑の中央で優雅に座り込みながら。投げ掛けられた声に反応しては、ニュアージュはまったりと手を振ってくる。
にしても、ニュアージュの優雅なその姿。周囲の花畑と絶妙に溶け込んでいることから、その様子はまるで、この楽園の庭に住まう天使かと思わせるほどにまで、素晴らしく美しいものであった。
よく、昔の絵画などで。美しいとされていた人物がキャンパスに描かれていたりするものであるが。今のニュアージュも、随分と様になっていたために。この時にも、その美しさを絵として残しておきたい。という、昔の彼らの気持ちがよくわかったような気がする。
「どうかされましたか~?」
「いや、まぁ。別にどうもしないんだけど、ニュアージュの姿が見えなかったもんで探していたんだ」
「あら、まぁ。心配をお掛けしてしまいましたか?」
「いやいや、とんでもない。それにしても、とても素敵な場所にいるじゃないか」
座り込む彼女に近付いては、ほんわかやんわりと、柔らかい雰囲気で話し掛けてくるニュアージュ。
心行くままに満喫しているのであろう。絶えずに見せてくる笑顔からは、ユノと似たような活発さを伺える。それは、ニュアージュにとってはとても珍しいことであったために。なんだか新鮮味を感じて、ついつい彼女の顔を眺め続けてしまう。
そんな風に、俺はニュアージュの顔を眺めてしまっていたものであったが。ふと、彼女の手に意識を向けると。そこに、この地ならではの彩色が綺麗に並んでいたことに気付く。
「その手に持っているのは?」
「あぁ、はい。これは、ここのお花さんで編んだ花冠でございます。広大に咲き誇るこのお花畑の中で、儚く散ってしまっていたお花さんを使用して作った冠です」
そう言って、手に持っていた花冠を俺に差し出してくるニュアージュ。
それを受け取っては、近くで眺めてみる。
……美しい。この作品は正に、このフィールド:楽園の庭の美しさをものの見事に表現している最高傑作だ。
「この子達も、以前まではこうして美しく咲き誇る皆さんのお仲間であったはずなのに……こうして散ってしまっては、せっかく雄大に咲き誇っていたこの子達の美しさがそれまでとなってしまい。そのままではこの子達がとても可哀相だと思ったために、こうして、花冠という形で再び美しさを引き出してみたというものなのですが……安易に慣れないことをしてみるものではありませんね。わたしの能力では、この子達の美しさをとても引き出すことができませんでした……」
「……え? いや、全然そうでもないよ! いや、もう全然……というか、すげぇよこれ!! すごく綺麗で、とても美しい花冠だよ!! まるでニュアージュのように!! ……あっ」
「あら、まぁ。うふふ、アレウスさんったら、お上手」
ニュアージュの言葉を聞いてからというもの。抑え切れない気持ちのままに、つい俺は突拍子も無いことを言い出してしまう。
そんな俺の様子を見て、ニュアージュは優雅に微笑む。それにしても、すごく美しい人だ……。
「……あー、それで……ニュアージュは何をしていたんだ?」
恥ずかしい。先程のセリフでそんな気持ちを抱いてしまい、つい視線を逸らしてしまいながらも。
その次に現れたであろう、画面上の選択肢を。それを選択しては、画面上の言葉をそのまま連ねて俺は会話を開始することとした。
「はい。わたしは今、この鮮やかに咲き誇る自然をこの身で実感し、心行くままに満喫をしている真っ只中でありました~。ユーちゃんが教えてくださったのですよ~。こちらのお花畑もまた、私が見つけた秘密の花園だから、人目を気にすることはない場所だよ~。って」
そう言いながら、ニュアージュは周囲の景色を眺めていく。
恐れを抱かずに、外界の花園を満喫することができるその安心感のままに。美麗な笑みを見せながら、俺から返してもらった花冠を頭に乗せて今を心行くままに楽しんでいた。
――っとここで、そうして会話をしていた俺とニュアージュに割って入るかのように。ふと、ある一つの生命が姿を現した。
「……あら、あれは……」
ひらひらと舞うように飛来してくるそれに、ニュアージュがぽつりと呟く。
その彼女の声で、俺もそれに気付いて。その小さな生命を二人で眺めていては、ふと、それはニュアージュの頭に乗せられた花冠の上に着地した。
「……シロワタリチョウチョ。とても珍しい虫なのに、こんな簡単にも見つけてしまえるだなんて。うふふ、今日は良い事がありそう~」
「シロワタリチョウチョ? とても珍しい……?」
ニュアージュの説明を聞いて。俺は首を傾げながら、その変哲も無い小さな白色の蝶々をじっと見遣る。
「シロワタリチョウチョ。その名前の通りに、白いお花を求めて世界を渡る蝶々ですね。こんなにも小さくて可愛らしい姿をしているシロワタリチョウチョではありますが。白いお花を求めて世界を横断するその姿は、数え切れぬほど存在する生命の中でも、特に強靭な生命力を思わせる。とても優雅で。とても強い虫です」
「へぇ、なるほど。小さな身体をしているからと言って、その生命は弱い……というわけではない、と。それでいて、虫だからと言って、その生命は至って脆く儚い……というわけではないってことかな」
「ですね~。虫さんにも、とても強い生命力を持つ種類がいますからね。このシロワタリチョウチョだって、世界を横断するほどの体力を持つ虫ですし。……虫さんという生き物の生命力には、とても目を見張ってしまうほどの力強さがありますね」
そう言いながら、花冠にくっ付いていた白色の小さき生命を指で摘むニュアージュ。
……それにしても。人間の中には、虫が苦手という者が少なからずいるというその中で。さすが、過去に悩まされていた餓えの対策として虫を食料としていただけはある。
彼女は何の躊躇いを見せることなく、至って平然とその手を伸ばし。羽を傷付けないよう優しく摘んでは、シロワタリチョウチョを俺に見せてくるという芸当を披露するニュアージュ。
……しかも、ニュアージュという麗しき少女に掛かってしまえば。虫を摘んでいるその姿さえも、美しく見えてきてしまうという不思議体験。さすがはニュアージュだ。
「また、シロワタリチョウチョの羽に付着している麟粉を採取し。どこかしらの川の底に沈んでいるせせらぎの魔法結晶と呼ばれる結晶を掬い網で掬ってきた後に、その二つを調合でよくかき混ぜますと。白色の閃光を放つ印を打ち込むことができる、マーキング・ホワイトとなる発出式の判子を生成することができるのですよ? そちらの閃光は、シロワタリチョウチョの生命力のような、力強くも小さく。そして、淡く儚い光源を発するという類を見ない稀少な特徴を秘めておりまして。その独特な美しさを放つマーキング・ホワイトという代物を求め。全世界の閃光マニアが、そのコレクターとしての目を光らせながら、シロワタリチョウチョを探し回っているのだとか……」
「へ、へぇ。そうなんだ……」
この、シロワタリチョウチョという、どこにでもいそうな見た目をしている白色の小さい蝶々。しかし、その実は、至極稀少な種類であることがわかり。俺は今、内心でひたすら仰天をしていた。
……それにしても、閃光マニアって……。
ゲーム世界の中であっても、そういった変り種な物や事を追い掛ける人々は存在しているんだなぁ……と、今のニュアージュの話で、しみじみとそう考えてしまえた。
「……虫のことや、その調合のことに詳しいんだな。さすが、虫を捕まえることが得意なだけあるよ」
「あら、虫取りが得意であることを、覚えていてくださったのですね」
そう言い、意外にも、意外そうな表情を浮かべるニュアージュ。
きょとんとしたような、小さな驚きの様相を見せてきて。次には、ニコリと喜びを感じさせる微笑を浮かべながら。そのままニュアージュは、意気揚々と喋り始めた。
「……そうです。以前にも言ったかと思いますが。わたし、虫を捕まえることでありましたら、誰にも負けない自信があるのです。過去に、貴重な食事として虫を必死に捕まえていた際の、努力の賜物でございますね。……このシロワタリチョウチョという虫もまた、本来であれば、最高級の虫取り網を使用しても、捕まえることには困難を極めるとされる虫界屈指の兵なのですよ?」
「…………え? でもニュアージュ、そう言いながらも普通にそうして手掴みをしているし。それに、流れる動作で、あまりにも普通に捕まえているように見えたもんだから――」
「うふふ。さっきも言いましたように、虫を捕まえることでありましたら、わたしは誰にも負けない自信があるのです~」
ニュアージュには珍しく。眉をキリリッと引き締まらせながら、得意げな表情で答えていく彼女。
誰にも負けない。そんな、自信を持てる自分の隠れた特技の披露に、さぞご満悦な笑みを浮かべて。
その様子に、俺は思わず感心までしてしまった――
「……さて、それではそろそろ皆さんのもとへと戻りましょう。ユーちゃんが、出発を待ち望んでいるかもしれませんからね~」
そう言い、ニュアージュは優しく摘んでいたシロワタリチョウチョを手放す。
リリースをしたことで、ひらひらと舞うように飛んでいく白白の小さき生命を見送って。
その姿が青空に溶け込んでいく様子を眺めて。完全に見えなくなったところで、それじゃあキャンプ地へ戻ろうと、二人で歩き出したその時であった。
「……あら、まぁ」
ふと、思わずと声を漏らしたニュアージュ。
彼女の、どこか思うところを感じさせる声音を聞いて。ニュアージュの向けるその目線の先へと、俺もまた視線を移していく。
……そうして目撃したのは、こちらの様子を伺う一匹のウサギの姿であった。
「……ウサギ…………」
何かが抜けていくような調子で呟くニュアージュ。
目の前の動物に、どこか思うところがあるのだろうか。こちらの存在を察知して、すぐさまと逃げ出す茶色のウサギを見送っては。……小さく息をついて、ふと、ニュアージュは静かに語り始めた。
「……とても懐かしい動物です。幼い頃に、お姉さまが大好きだと言い、日頃から愛されていた動物でございました」
「幼い頃……お姉さま……?」
「……未だに、色褪せることなく思い出すことができます。……まだ、村を追い出されるその前に――それも、襲撃の日……そう、追放を受ける二日ほど前にも、それについての会話を交わしました。……ウサギについての、お姉さまとのやり取りを」
花園に吹き抜ける風が、ニュアージュのアッシュ色の長髪を静かになびかせる。
「……ふふっ、まだ、その時よりも幼かった頃にはお姉さま、大きくなったらウサギになりたいんだーって。お父さまとお母さまと……特に、妹であったわたしにしょっちゅうと宣言していたものでした。それが長年と続いて、そうして追放を受ける二日ほど前に交わしたやり取りでは。将来はウサギに変身することができる魔法を開発してやるんだ、と。アタシは絶対に、ウサギになってみせるんだ、と。幼き頃よりも、より壮大な夢を抱いて、随分な意気込みを語っていたものです」
風に乗って吹かれていく花吹雪の中、青空を見上げて静かに語っていくニュアージュ。
懐かしさを実感し、最初こそは柔らかい笑みを浮かべていたものであったが。その笑みは次第に、固くなり。……そして、彼女の顔から、活気が失せていく。
「……そう張り切っていたお姉さまの姿を、今も色褪せることなく思い出すことができるのです」
仰いでいた視線は、下へと向いていき。
……目元には、潤んだ雫が光に反射して輝いていて……。
「……でも、今のわたしにはキャシーさんがいてくださっていて。それに、黄昏の里の皆さんも寄り添っていてくださっていますし。そして、ユーちゃん、ミントちゃん、……アレウスさんが、傍にいてくださっております」
自身に言い聞かせるように呟いていくニュアージュであったが。
その言葉は、次第と力を帯び始め。それは漲る活気として、段々と彼女らしい前向きな調子を取り戻していく。
「……わたしはもう、大丈夫です。これも全て、皆さんのおかげですね。こうしてわたしを慰めてくださった、全ての皆さんへの恩返しとして。これからはわたしが、皆さんの支えになれるよう、精一杯頑張らなければですね……! そのためにも、まずは世界を知って、自分自身の成長を促し。そして、いずれかは――」
溢れ出す思いを抑え切れなくなったのか。
何かから吹っ切れたかのように、勢いよくこちらへと振り向いてきては。
その潤んだ瞳で。ニュアージュは俺に、今まで溜め込んできていたのであろう自身の理想を宣言した――
「――ここまでわたしを支えてくださったキャシーさんへの恩返しとして。キャシーさんが安心して暮らせる外界の村を、わたしが築きたいと思います……!!」
それは、これまでに支えてくれた命の恩人への、精一杯な気持ちを込めた最大級の感謝の形。
自分の村を築く。それは、至極困難なものであっただろう。
しかし、それ以上もの困難を乗り越え、精一杯の自信をつけたニュアージュをもってすれば。それは、遥か天の彼方ともなる遠き夢とはならず。
今の彼女の手に掛かれば。命の恩人が求めに求め続けた理想郷を築くことは、十分に実現可能な範囲の計画であったのだ。
「……皆さんに支えられてきたからこその、今のわたしだと思います。ですが……それでも尻込みをしてしまっていたわたしの背を後押ししてくださったのは……アレウスさん、貴方様です。……アレウスさん。貴方様と出会えたことに、心からの運命を感じます。……わたしというちっぽけな存在に、勇気という最大限の自信を与えてくださり、本当にありがとうございました…………ッ!!!」
俺の方に向き直っては、全力の礼で俺への感謝を表現する。
その目の前の光景に慌ててしまいながらも、その次に訪れた照れに頬を赤に染めてしまう俺。
照れくさそうに、つい視線を逸らしてしまいながらも。お、おう……と、彼女からの感謝を否定することなく、素直に受け止めると……。
「……ふふっ、お互いに照れてしまいますね~。ですが、これはアレウスさんがお相手であるからこそ、できることなのです。……さて、それでは、キャンプ地に戻りましょうか」
そう言い、ニュアージュは俺の腕に絡み付いてきて。
そのままの、腕を絡ませた状態で歩き出すニュアージュ。そんな突然の展開に、更なる照れを感じてしまいながらも。まぁ、でも、むしろ嬉しいかも……と、自分の気持ちにも素直になっては、彼女の歩調に合わせて歩き出した俺なのであった――――
「……わたしの、ニュアージュの村が築かれた際には、真っ先にキャシーさんと、黄昏の村の皆さんと、アレウスさん達をご招待いたします。その時には、ぜひともわたしの村にいらしてくださいね!」




