NPC:ミントとの会話【CERO】
「ゼェ、ハァ……ったく、ユノのやつ……朝っぱらから、なんて激しいことを……」
これは飽くまでも、彼女の日課である朝のジョギングを意味しての言葉である。
へとへととなった身体で、ふらふらと足を引きずるように歩きながら。
脈打つ身体中の血管に通う血流で、未だ興奮が冷めないまま。ユノよりも先にキャンプ場へ引き返してきた俺は、疲労し切ったこの身体を休めるためにドシンと腰を下ろす。
勢いよく尻を打って。痛ぇと自滅を織り交ぜながら。疲労でぐったりと無気力に座って、燃え尽きたかのように上半身を前へと傾げて休む俺。
そんな、このゲーム世界の主人公とは思えぬ格好の悪さで休息を取っていると……。
「お疲れ様です、ご主人様」
「うぉっ!?」
急に、背後から声を掛けられて驚く俺と。驚いた俺に、驚くミント。
表情を変えず、ビクッと反応を示しながら。申し訳ありませんと謝罪を口にしたミントに、そういうつもりではなかったんだと必死になだめる俺。
「……なんか、前にも似たようなやり取りをしたような気がするな……」
「前回の驚きは、拠点エリア:黄昏の里の宿屋:やるせな・イン内で交わした会話内でございます」
「……よく覚えているなぁ……」
「このミント・ティー、一度インプットした情報は、ナビゲーター管理:記憶の抹消を選択しない限り決して忘れることはございません。こちらの情報の数々は、ワタシにとって実に有意義となる知識や思考の糧となっております。主としましては、ご主人様への、今後のより良いナビゲートのためにと重ねる日々の研究に欠かせない資料として、有効的に活用させていただいております。そのために、これまでにご主人様と共にした場面の数々から、アクションの一つ一つまでをもより細かく記憶し、この脳内に保管しているのです」
「……なんだか難しい話ではあったが……要は、ミントは日々の努力を欠かしていないということなんだな。……つまり、ミントは頑張り屋さんってことだ。いつも、その努力で俺を支えてくれてありがとうな、ミント」
「――ッ。……こ、このミント・ティー……ご主人様からのお褒めに与れることなど、決して行っておりません……。ご主人様の苦悩や努力と比べましたら、この努力の数々など、とんだ微々たるものにしか過ぎない故に。頑張り屋という、屈強なる精神を宿す、折れぬ挫けぬ立派且つ断固たる意思を持つ人間にまでは。このミント・ティーは到底至ってなどおりません……」
いつになっても、やっぱりお堅い部分は抜けないか。
これがミントの性格であり、これが少女の個性というために致し方ない部分ではあるのだが。やはり、この、控えめで真面目な部分というものが、俺にとってはとても気になってしまって仕方が無かった。
それでも、まぁ、表面上は遠慮ばかりしているミントではあるが。その実は、すごく嬉しそうな様子を見せている。いつになっても、とても真面目で、とても素直な少女だ。
……それにしても、だ。何故、ミントはこれほどまでに、堅苦しいほどまでの真面目な性格であるのだろうか……?
……そして一体、少女の"何"が、ここまでの個性を成り立たせているのであろうか――
「……あぁ、それで。ミントは今、何をしていたんだ?」
そんなことを考えながらも、それはまぁさて置いてとして。
取り敢えず、今はまず会話を始めようということで。画面上に出てきたであろう選択肢のセリフで、目の前のミントに尋ね掛けてみた。
「NPC:ミント・ティーとの会話、ですね。それでありましたら、現在のミント・ティーは。先程までは、キャンプ場にて睡眠をなさっておりますペロ様の見張りを。そしてこれからは、ワタシ固有のアクションであります、排熱を行おうと地点の移動を開始したところでございました」
「ペロの見張りと、排熱……?」
「左様でございます」
答えながら、側へ視線を向けるミント。
それに沿って同じ方向へと見遣ると。そこには、今朝まで俺が睡眠を取っていたテントに寄り掛かりながら。片足で立ったまま、両腕を前で組んでは俯き熟睡をしているペロの姿がそこにあって。
寝息一つも立てずに、まるで"自身の気配を消しているかのように"睡眠を取っているペロ。いや、それにしてもだ……昨夜、外に出たっきりペロのやつは帰ってこなかったものであったが……まさか、こんなところで寝ていたとは……。
テントの中というすぐ近くで夜を過ごしていたというのに。この光景の一部として、ものの見事に溶け込んでいたのか。こうしてミントに言われるまで、俺は彼の存在に全く気付くことができなかった。
「……なんか、本当に変わったやつだな……」
冷風吹き抜けるこの地にて。何故、彼は敢えてテントの外で寝ているのか。それに、やつのキャラクター性からして。てっきり睡眠時には大きないびきでもかきながら寝るものだとも思っていたものであったから。
……まぁ、女の子に対しては調子の良いペロのことだし。テントの中で男二人きりという、男だけのむさい空間が、それほどまでに嫌だったのかもしれない……と、考えられるものであったが。まぁ、わからないものをこうして考えていてもしょうがないな――
「……それで、ミントの、その……排熱というのは一体何なんだ?」
「あ、はい。……ワタシの排熱、それほどまでに気になりますか?」
ペロのことは、ひとまずいいかと。そんな半分投げ遣りな気持ちとなって、俺は次へと疑念を向けていく。
そうして、次なる疑問としてミントに尋ねてみたものであったが。俺の問いに答えるなり、何やら急に頬を赤く染めて、目を逸らしながら恥ずかしそうに答え出すミント。
そんな少女の姿を見て、俺は何か、尋ねてはいけないものを尋ねてしまった気がしてならなかった。
……それにしても、この様子は。……いや、待てよ。もしかして、排熱って――
「……本来でありましたら、これは人目の無い場所で行う行為ではあるのですが……あいにく、既に限界値にまで達してしまっております故、もう……我慢ができないのです……。……他の皆さんには、内緒にしてくださいね……?」
そう言うなり、もじもじと落ち着かない様子のまま、その場でゆっくりとしゃがみ始めるミント。
……いや、待て。待て待て。それってもしかして――
「アクション:排熱。加熱部分の冷却――完了済み。限度値にまで蓄積された熱気の噴出を行います。火傷の危険性を伴うため、周囲の状況を確認の上で行いください。検出された問題は――無し。安全を確認できたため、これより、排熱を行います――」
「ま、待て。ミント――」
少女の用が目の前で行われる。それによる焦りのままに、慌てて視線を逸らそうとしたその瞬間であった――
「アクション:排熱。始動――」
瞬間。ミントの両耳と鼻から、蒸気が噴き出してきた。
プシューと勢いよく噴出されたそれには熱気がこもっており。流れてきた蒸気を軽く触れただけでも、それは火傷を思わせるほどにまでとても熱いものであって。
あまりにも唐突な展開に。いや、それでもこの、ミントの機械染みた光景というものは、これまでにも見てきていたものではあったが。
……それにしても。これほどまでに、人間味から掛け離れた光景を見せられてしまったために。
そのあまりにも急な光景を前に、俺はその様子を困惑交じりに眺めることしかできずにいて……。
「――――排熱、完了。こちらのアクション:排熱に関しましてですが。このワタシの身体及びナビゲーターという身体の仕組みとして。情報の解析などで内部に溜まった熱気を蒸気として噴出し、外部への放出による定期的な換気を行わなければならないというものがあるのです。……それにしましても、お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。これが、ユノ様がおっしゃっていた、『これじゃあもう、お嫁に行けない!』というものなのでしょうか……?」
蒸気の余韻を周囲に漂わせながら。
困惑気味に見遣る俺を見つめながら、恥ずかしそうに尋ねてくるミント。
……いや、お恥ずかしいところをって……。まぁ、蒸気を耳や鼻から噴き出すところを見られるのは、確かに恥ずかしいのかもしれないが。いや、そんな経験なんて全く無いものだから、実際はよくわからないのだけれども。
というか、ユノ。ミントにどんな言葉を教えているんだよ――
「……どうかなされましたか? ご主人様」
「え? い、いや。別に、どうもしないけど……」
「……不快な所をお見せしてしまいましたよね。我慢の限界であったとはいえ、やはり、体外への排出というものは、人前で行うべきではありませんでした。……本当に、申し訳ありませんでした……」
「え、いや……体外への排出って……」
至って真面目に謝罪をし、深々と頭を下げてくるミント。
そんな少女に、そんなわけではなかったんだと。自分でもまるで意味のわからない慰めばかりを口にして、気にやまないよう必死に声を掛けていく俺。
……それにしても。NPCとの会話とはいえ、こんなのが会話におけるちょっとした特殊なイベントだなんて、と。ミントの唐突な行為以上に、そちらにばかり意識が向いていってしまう俺。
これほどまでに、誤解を招きかねないであろう不健全な内容に。そして、それを予期し。実のところ、ほんのちょこっとだけ胸の高鳴りを感じてしまっていた自分自身を思い返して。
――あぁ、なるほど、と。これは、少年少女の健全な心のためにも、と。
ゲームのパッケージによくある、対象年齢という、ターゲットや適正である層の区分を表す表記があるものではあるが。
この瞬間にも、その対象年齢という表記について、色々と考えさせられた俺なのであった――――




