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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
三章
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NPC:ユノとの会話【少女に繋がれた、目に見えぬ枷】

「寒い」


 朝方。テントから出た際の、最初の一言であった。


 自然の緑や大空の青を一望することができる観光スポット、フィールド:楽園の庭。

 この観光スポットから眺める大規模な景色は、正に圧巻の一言であるのだが。そんな雄大且つ美麗な光景も、この標高があってこその眺めであったために。


 真上に手を伸ばせば、雲に手が届きそうな気がしてくるこの丘にて。絶景を背景とした、この自然溢れる素晴らしき高地にて。

 さすが、それだけの標高を誇るこの環境。それだけに、この地には、瞬く間に鳥肌を立たせる飛びっきりの冷風が吹き抜けていた。


「状態異常:風邪になっても、何もおかしくないな…………んっ?」


 防具越しから全身を撫でてくる冷風に吹かれながら。しかし、それ以上に、特にこれといった展開が起こらないことに疑念を抱いて。

 次に、俺は察することとなった。……そうか、今は自由時間か。と――


「……また、パーティーメンバーであるNPC達と、他愛も無い話でもしようか……」


 ダンジョン:忘れられたピンゼ・アッルッジニートの峡谷の件以来だろうか。まだ、アイ・コッヘンがパーティーメンバーとして加わっていた頃に行った、配置されているNPCとの会話をしようかなと。

 今回は、皆とどんな話ができるのかなと。そんな束の間の、フラグからの解放に心を弾ませながら。


 絶景を背景に。冷風に吹かれながら、俺は自由のままにあても無く歩き出した――




「ん、あそこにいるのは……」


 キャンプ地から少し離れた、今にも土砂崩れが起こりそうな岩場の急斜面。渡るだけで冷や汗が止まらないであろう、危機一髪を思わせる不安定な足場のその先には。この標高ならではの雄大な自然を自由に展望することができる、都合の良い平らな足場が存在していて。


 その足場から、身を乗り出すように景色を眺めているユノの姿が、そこにあった。

 ……にしてもまぁ、また危険なことを躊躇いなくやっているなぁ……。


「おーい! ユノー!」


「んっ。あっ、アレウス~!」


 その大人びたクールビューティな外見で。太陽のような輝かしい乙女の笑みを見せながら。


 振り返ってきたユノが、お~い、とこちらへ手を振ってくる。

 彼女の背には、手すりも無い崖がそこにあって。それでも天真爛漫な笑顔を浮かべながら、こっちこっち~と危機感も無く手で招いてくるものであったから。


 ……相変わらずのメタな視点から考察するに。この、ユノというキャラクター。条件として絶対、放っておくと死んでしまうキャラクターだよな……。


「わ、わかったから、ちょっと待ってくれ! ……うぉっととと、思った以上に危ない足場だなこりゃ……」


 ユノに急かされる形で。急斜面の中に点在する、僅かに平坦な地形へと飛び移っていきながら。

 やっとの思いで到着した、ユノの傍ら。落ちたら間違いなく即死という地獄への誘いに、冷や汗を流しながら。そんな困難を何とか乗り越えた俺は、笑みを浮かべたままの彼女に迎えられる。


「あら、アレウス。汗でびしょびしょじゃない。どうしたの? もしかして、朝のジョギングでもしてきたの?」


「ヒィ……ヒィ……激しい運動はこれっぽっちもしていないが……今の心拍数は、それに匹敵するくらい――いや、もう、それ以上のものだと思う……」


 胸に手を当てて。ばくばくと脈打つ心臓の鼓動を掌に伝わせながら、俺は過呼吸気味の息遣いで答えていく。

 そんな俺の様子を、とても不思議そうな顔をしながら首を傾げて眺めてくるユノ。全く、相変わらず、この少女は危機感というものに鈍いな……。


「……ユノも、この急な坂を渡ってここに来たのか?」


「あぁ、いいえ。私はあの坂を下りてここにきたの」


「え、あの坂……?」


 言われるままに、上の方角へと向けられたユノの指を視線で追い掛ける。


 その先には。この急斜面を遥かに凌駕する……というよりも、ほぼ垂直に等しい壁のような崖の絶壁がそこにあって。

 どうやら、その先はここよりも更に標高の高い丘らしい。天に上るように上へ上へと続く山の光景を見て。次に、またその垂直の絶壁を眺めて……。


「……それ、下りたというより……落ちたと言うんじゃないのか?」


「そうとも言うかも? でも、私としては、ただ下りただけの感覚だったわ。こんなの、よくあることですもの」


 よくあってたまるか。


 すかさず心の中でツッコみを入れていきながらも。一向に危機感を思わせない彼女の瞳の輝きを見てしまっては。

 まぁ、ユノだからな。そんな一言で、諦めに近しい結論で全てを済ませてしまった俺は。それじゃあ改めてと、早速アクションを起こすことにした。


「ところでユノ。今、何をしていたんだ?」


 画面に、選択肢として出てきたであろうセリフを投げ掛けては。それに反応を示したユノは、興奮のままにワクワクとした表情を浮かべながら話を始めてきた。


「今? 今はね~……ほら! あれ! ねぇアレウス、あれを見てみて!」


 そう言われるなり、ユノが指で示すその先へと視線を移す。


 それは、この観光スポットであるフィールド:楽園の庭の、絶景の一つであり。この地とは比較にならぬほどの、雲を突き抜けんとばかりに天高くそびえ立つ山々の光景が広がっていて。


 その周囲には、目に見える形で渦を巻いている大気が不規則に漂っており。天に上っていくにつれて、段々と薄暗く。また、山々の表面も陰に包まれていき、それは尋常ではないほどの不穏な空気を感じ取らせる。

 その光景から。あの山々は間違いなく、極悪な難易度を誇るフィールド又はダンジョンなのだろうと。そんな感想を抱く、とても禍々しい景色がそこに広がっていた。


「何か、ただならぬ雰囲気を感じる山だな……」


「そう! それなのよ! さすがアレウス! 私が見込んだ通りに、中々に鋭いわね!!」


 まさか……。

 悪寒が背筋に迸り。この次に発せられる彼女のセリフがとても恐ろしく思えてきて。

 まだ耳にしていないものの、既に、聞かなかったことにしたいなと思ってしまっていた俺であったのだが――


「それでね。あの山々……の、てっぺん辺りをよく見てみて?」


「え? てっぺん?」


 ユノのことだからてっきり、あの場所に行きたい! とでも言い出すのかと思えば。

 期待を裏切られたことに安堵をすると同時に。彼女の指が向けられたその箇所へと視線を移すと……。


「ほら、あれを見て。あの山々のてっぺんにある連なり。見た感じとか、とてもとげとげとしていて……見た感じの質感とかも、どこか鱗っぽく見えて……。まるで巨大なドラゴンが、あの山々のてっぺんで寝そべっているように見えてこないかしら?」


 ユノの言葉を汲み取りながら、それを視界の情報と照らし合わせて把握をしていく。


 山々のてっぺん。そこには確かに、山々を横切るかのように引かれた黒い線が存在していて。その上部分は、どこかとげとげとしているように見えて。黒の線の表面も、言われてみれば鱗のように見えなくもないというものであったから……。


「……なるほど。確かに、言われてみればドラゴンに見えなくもない……か。左から右へと、段々と線が太くなっていくものだから、きっと、右側に頭が向いていたりしてな」


「そう!! あぁ、こんな、絵空事として誰とも交わせなかった会話を、こうして心置きなく語り合えるだなんて……!!」


 そんなものなどあるわけない。と、夢を見る少女に散々と浴びせられてきた、ロマンを否定する輩との関わりがほとんどだったためにか。

 俺という、絵空事を真剣に且つロマンを交えた熱を持って話し合える仲間が増えたことにより。ユノという少女の姿は、以前よりも、より一層と輝いているように見えてきた。


 ……にしても何故、ユノはこれほどまでに、"未知"という事象を追い求めているのだろうか――


「こんなのに、よく気付くなぁ。俺は、こうして言われてみないと全くわからなかったもんだから、ユノの観察眼は本当にすごいよ」


「えへへ~! そりゃあもう、未知を巡るために冒険をしている私の、心からの憧れなのですもの! 例え吹雪の中、嵐の中であっても。ああした未知を思わせるものは、必死に目を凝らして見つけ出してみせるわ!」


「……前々から気になっていたんだけどさ。ユノのその、冒険をする理由に直結する、未知という事象への憧れって。一体どこから湧いてきているんだ? どうしてそこまでして、未知というものを追い求めるんだ?」


 以前から、ずっと気になってしまっていたその疑念。

 それを思い浮かべていた次の時にも。俺はつい、疑問として本人に尋ね掛けてしまっていた。


「……あ、えっとね。……そうねぇ~」


 俺からの質問を耳にしてからというもの。ユノは、何かから逸らそうと、その目をキョロキョロと右往左往させて。唐突の質問に驚き。しかし、同時に、躊躇いを思わせる苦笑いを見せながら。

 言葉を選んでいるのだろうか。えーっと……と、どこか忙しない様子でしばらく思考を重ねていっては……。


「……でも、まぁ……アレウスになら、話してもいいかな」


 視線を逸らしたまま。気まずそうに、こめかみ辺りをぽりぽりと指で掻きながら。

 ぽつりと呟き。次にユノは、その山々の光景を眺めながら。どこにあてるわけもなく、しかし、どこかに喋り掛けるかのように話を始めたのだ。


「……私、型に嵌ってなんかいたくないの。全てがお手本通りだなんて、そんな。既に先が判ってしまっているものを追い掛けるだなんて、私にとっては、ただつまらないだけだから……」


「型に嵌っていたくない……?」


「そっ。……変だよね、そんなの。だって、誰だって、それを求めて努力を積んだりするというのに。……でも、そう思えてしまう日々を送ってきてしまったものだから。……それでつい、未知というものを探し求めてしまう……の、かもしれないわ。これは……そう。私の、悪い癖のようなものかしらね。アハハ……ハァ……」


 まるで、自分に言い聞かせるように。ため息交じりにそう言い切るユノ。


 ……それにしても。型に嵌っていたくない、か。

 これを聞いたその瞬間にも、俺は彼女の料理を思い浮かべていた。


 それは、まるでお手本のように綺麗な見た目をしており。味の方もまた、決まって美味であったものだったから。

 

 型に嵌っていることで、安定感のあるユノの技術と。そんな彼女の内側に宿るのは、安定からとても離れた不安定な事象、未知を追い求める潜在意識。

 彼女の中には、相反する二つのものが存在していた。それは、自身の身体に染み付いている、安定を作り出す能力と。そこからの脱却を目指して活動を行う、不安定を求める彼女の意思が交錯しており――


「……でも、たまに、自分のしていることに疑問を感じてきてしまうの。……私、どうして未知というものを追い求めてしまっているのだろうって。そりゃあ、型に嵌っていた方が安定するだろうし。……何より、それを築いてきた人達から喜ばれるというのにね…………」


 わなわなと震え出す、か細くも鍛え抜かれた彼女の身体。


「……やっぱり。あの時、感情のままに行動なんてしていなければ――」


 震える両手を握り締めて。

 唇を噛み。何かに悔いる様相を浮かばせては。俯き、目を細め、何かを堪え出す。


 その姿は、苦痛に囚われていたという表現が合うだろうか。

 彼女の身体からは、繋がれた見えない枷の姿を感じ取ることができて。そんな、定められた形式という鎖に繋がれ。そこからの脱却をと、囚われの身から必死に抜け出そうともがき、足掻いているように見えてしまったものであったから。


 ……苦悶に苛まれる少女の姿を前にして。俺はただただ、その様子を伺うことしかできずにいた――



「……いえ、なんでもないわ。……だって、これはきっと、そんな大したことなんかじゃなかっただろうから……」


 我に返り、首を左右に振りながら。自身に言い聞かせるように呟いていくユノ。

 次に、両手で頬をペチンと叩き。自身の気持ちに喝を入れたのか。ビンタで真っ赤に染まった頬のままこちらへと振り向いては、そのほのかな熱を帯びた顔で活き活きとした微笑を零し。


「これから、いつものように朝のジョギングを行うつもりだったのだけれども。アレウスも、良かったらどうかしら?」


 その時には既に。いつも通りである、太陽のような明るい姿を取り戻していたユノ。

 手を伸ばし、俺を朝の日課へと誘う。


「あ、あぁ。それじゃあ、ついていこうかな」


「そうこなくっちゃ! それじゃあ、今から出発ね! ルートは、私の、気の赴くがまま! 休みたいときには、いつでも言ってね!!」


 そう言うなり。……いや。もう、そう喋っているその間にも、彼女の足には速度というものが発生していて。


 気付けば、既に走り出していたユノ。その快活な様子は、健全というユノらしさを実に表現しているものであったのだが。……いや、だからと言って――


「お、おい! 待ってくれ!!」


 急斜面の不安定な足場を、その走り出した勢いのままにぴょんぴょんと飛び移っていくユノの姿を目撃して。

 こんなに危険な場所を、そんな速度で抜けていくのかと。これから自身に降り掛かってくる困難の数々と、まるで危機感というものを感じさせないユノの姿に不安を抱いてしまいながら。その間にも段々と離れていく彼女の背を追おうと、一歩踏み出したその時であった。


「……ん?」


 ふと、俺は何かを察して振り向く。

 

 だが、そこには特に何も無く。その先には、先程までユノと一緒に眺めていた山々の光景が広がっていただけというものであって。

 …………いや、待て。待て――――


「……何も、無い……」


 先程まで、ドラゴンみたいだと、ユノと冗談めかして眺めていた。あの黒い線。

 それが、今振り向いたその時には忽然と消えてしまっており。次に俺が見たものは。それらしき黒い線がゆらゆらと揺らぎながら。ゆっくりゆっくりと天へと上昇していく一つの光景というものであった――――

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