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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
三章
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『命を懸ける』 ということ――

『グオォォォォォオオオオォォォッ!!!』


 大気を震わすその咆哮は、あの時に出くわしたオオカミ親分を想起させて。

 しかし、歴戦たる覇気を纏っていた、あの憤怒の雄叫びとはまるで異なり。今、目の前に対峙している巨大なホワイトモンキーのそれは。自身の縄張りに侵入してきた無法者へ向ける、威厳を纏った威嚇の雄叫びであった。


 そう、それはただの威嚇であった。だが、その巨大となる体格とそこから放たれる音圧のそれは、まさにモンスターの蔓延るこの自然界を生き抜く強者であることを意味していて――


「ギェエエエェェェ!! なんかすげェおっかねェ"動物"が来たァ!! アアァァァァアアアアァこのままじゃあオレっちも喰われるゥアアアアァ!!!」


 ギャアアアアァと断末魔のような叫び声をあげるその男を尻目に。俺は相対した眼前の巨大ホワイトモンキーへと手に持つブロードソードを構えて戦闘態勢に入る。

 ……だが如何せん、その驚異的な威圧感を前に。俺は今、心底からの恐怖と緊張によって堪らずこの身体を震わせてしまっていた。


 目の前の敵がいくら動物と言えども。その凶悪な風貌は、モンスターといい勝負。いや、下手したらそれ以上の凶暴性を伺えて。そんな殺伐とした強面からは、この自然界の生存競争を生き抜いてきたことを証明する、威厳のある風格を醸し出している。


「おいおいマジかよ…………」


 正直、生きて帰れる気がしない。


 ゲームオーバーという最悪のバッドエンドを予期して。それに加えての、これまでとは異なる趣である完全なソロ攻略からなる孤独感が、俺の恐怖をより一層と増強させていく。


 震える身体で、腰を深く据えながら構える俺。手元でカタカタと金属音を鳴らすブロードソードの剣先を眼前のそれへ向けて。それと共に、相手の様子を伺う……素振りをして、その実は一刻の逃走ばかりを目論む思考をめぐらせて。


 吼える巨大ホワイトモンキー。

 歴戦たる多くの傷跡を刻んだ顔面で俺を威嚇し。そして、咆哮を大気に轟かせては。ついに、その巨体で俺へと飛び掛ってきた――


 ――その瞬間であった。


召喚(モン・パルト)(ネール)黒き獣(『ジャンドゥーヤ』)ッ!! 召喚士スキル:黒き(エクレール・ド)稲妻(ゥ・パルトネール)ッッ!!!」


 俺と巨大ホワイトモンキーを遮ったのは、漆黒と鮮紅の稲妻。

 辺り一面を地獄色に染め上げ。その漆黒なる黒煙と、空間を迸る鮮紅なる電流が周囲へと広がり出して。

 同時に、巨大ホワイトモンキーを凌駕する悪魔の如き咆哮を轟かせながら。黒と紅を纏いしその獣が、遮断するように俺と敵の間へと降り立った。


「ジ、ジャンドゥーヤ!」


 圧倒的な魔法からなるスキル攻撃に巻き込まれながらも。なんとか無事に済んだ俺のもとへと振り向くその黒き獣。

 まるで悪夢だ。超が付くほどにまで心強い味方であるジャンドゥーヤの姿を見る度に、俺は毎度毎度と同じような感想を抱いている気がする――


「アレウス!! あとは私達に任せて!!」


 漆黒と鮮紅の煙が晴れていくその中で。背後からの声で振り向くと、そこには腰に両手を添えた、自信満々な表情を見せるユノの姿。

 ……と。彼女の背後には、必死な様相で怯えた様子のままユノにくっ付くその男の姿があった。


「危ないところだったわね……! ホワイトモンキーが生息しているということは、その子達の面倒を見ている親が存在しているということ。今まで、この楽園の庭にはホワイトモンキーなんていなかったのに。今もこうして、この世界に生息地と勢力を広げているあの子達は、この自然界を生き抜く相当な実力を持つ野生の動物達! ……迂闊だったわ。そのことにもっと早く気付いていれば、こうしてアレウスを危険な目になんて遭わせていなかったのに……もうほんと、ユノのバカ!」


 自身の判断に悔いる表情を見せては。全てを吹っ切るかのように顔を振り上げて、目前の光景へとその真っ直ぐな瞳を向ける。


「ありがとうユノ! おかげで助かった! ……ジャンドゥーヤもありがとう!」


「褒められちゃったわねジャンドゥーヤ! これはご褒美として、戦闘の後におやつをあげないとだね! ……ところでアレウス。その、あの……」


 ジャンドゥーヤへ笑顔を向けるものの。次には、自身の背後にいる存在に困惑を伴い出すユノ。

 ……まぁ、そりゃそうだわな。そりゃ、急に見ず知らずののっぽ男にくっ付かれたら、それは驚くに違いない。それも、その様子が尋常ではないほどの恐れによって震えているものだから。突然のボディタッチに驚くというよりは、その様子にむしろ心配を抱いてしまうというものだ…………。


「……って、あれ?」


 ふと、この停滞した場面に。俺は疑念を抱いて前方へと視線を向ける。


 漆黒と鮮紅の煙が晴れた今、現在の状況は先程のように見晴らしの良い高地へと逆戻りを果たしていて。

 状況は良好。故に、戦闘日和。な、この緊張感漂う光景を目にして、俺はある一つの変化と向き合うこととなった。


「……あの巨大なホワイトモンキー。何もしてこない……?」


 目の前で対峙する、その巨大なホワイトモンキー。依然として、その凶暴な強面で威嚇を繰り返すものの。しかし、その動作からはどこか違和感を感じ取れて。

 余裕ができたことによる状況の観察によって俺は、その巨体に数々の真新しい傷跡が生々しく刻まれているのを発見して。そんな満身創痍な敵の状態に、俺は思わず躊躇って退いてしまう。


「顔面や体に、新しい傷がたくさんついている……。これは一体……?」


「……確か。確かだったのだけれども――」


 後ろから聞こえてきたユノの声に、俺は振り向きながら彼女の言葉に耳を傾ける。


「ホワイトモンキーのボス、『ドン・ホワイトモンキー』。その巨体と威厳に違わない、相当な実力を持つ動物であることは間違いないのだけれども。でも、確か……ドン・ホワイトモンキーは、他のモンキー種のお頭やモンスターとの縄張り争いによって、日々の闘争に明け暮れていると聞いたことがあるわ」


「毎日、そういった外部の脅威と戦っているのか……?」


「えぇ、その日々と生涯を戦闘に費やし。怪我や絶命を恐れず、自身の子供達を守るその姿は正に、白き番人と呼ばれることもあるみたいなの」


「白き番人……」


 その屈強な巨体に。内に宿す凶暴性が一目でわかる威厳の風格。

 ……そして、数多の傷によって無闇に動けず、その場でじっと留まっている様子を踏まえると……なるほど。そう言われてみると、確かに白き番人という呼び名が似合う動物だ。


「毎日を闘争に費やし消耗したその体力は、ドン・ホワイトモンキーにとってはさぞ、絶好ともされてしまう拭えない隙……。そんな日々の闘争で衰弱した親を気遣ってなのか。その子供達は、一刻もの親の回復のためにと、各地や周囲からあらゆる手段で食料を調達してくるという習性があるみたいなの」


「食料を調達してくる習性……」


 俺は、ホワイトモンキー達の後ろに存在する巣へと意識を向ける。

 そこには、つい先程まで疑問としていた、一向に食さない食べ物の数々が転がっていて。次に、貯蓄というやつらの特殊な習性を鑑みて。俺は納得した。


 ……なるほど。だから、やつらはあれだけの食料があるにも一切口にせず。そして、横奪という手段でミントから海苔巻きおにぎりを奪ってきたというわけなのか……。


『ウ、ウキャー……!!』


 子供ホワイトモンキー達が鳴き出す。

 それは、目の前で自身らを守ってくれる親を気遣ってのものであるのか。はたまた、海苔巻きおにぎりを奪還した俺への、食料を乞うものであったのか。


 俺はモンキー種に限らず、動物の言葉などまるでわからなかったために。その鳴き声からは何を察することもできず。

 ……しかし、その鳴き声というものがまた、必死であり、儚げな調子に聞き取れてしまったため…………。


「……そうだよな。そりゃ、自分達を命懸けで守ってくれる親のためであれば。自分達もまた、命懸けで親を支えたいと思えてくるよな。……弱肉強食。食料の奪い合い。これは自然の摂理で、仕方の無いことだということはわかってはいるが……俺にはダメだ……。子供達の様子に、とても耐えられそうにない……」


 その子らの姿に、完全に同情してしまった俺。

 儚げな様子に押し負けてしまい。俺は所持品から海苔巻きおにぎりを取り出しては、地面に置いて踵を返した……。



 そのままユノのもとへと振り向くと、彼女の陰から顔を覗かせていたその男と目が合う。


「へぁ? お、おいキミィ! ……何をやっているんだ??」


「何って、ホワイトモンキー達に食料を返しただけだよ」


「返すって。へぁ、返す? 返すって、それキミが命懸けで食べたかったやつなんじゃないのか? せっかく手に入れたのに、いいのかよ??」


「別に、俺が食べたかったわけなんじゃないんだが……まぁ、その。今の俺に至っては、多分これでいいんだ」


 正直なところ、俺自身もこの行動の意味がよくわからなかった。

 ……ただ、この瞬間に出会った何かに、心が打ち震えた。と言えば、それっぽく聞こえるだろうか。


 それは、目の前に対峙した、あのオオカミ親分とはまた異なる凶暴性によるものであり。しかし、その力の使い道というものが、それとはまるで方向性が違っていたから。


 命を懸けてでも、守りたいものがある。

 それは勇敢という、目の前の現実に屈さぬ強い精神力や。無謀という、行方の知らぬ現実へ突っ込んでいく自棄な行動といった精神論では語れないものであり。この、命を懸けてでも守りたいものがあるというのは。生き様という、心底から貫きたいと思える、一種の湧き上がってくる使命感のような本能を思わせるものであったから。


 命懸けで子供達を守る親と。そんな親を、命懸けで支えようと奮闘する子供達。そんな、過酷な自然界を共に生き抜こうとする一つの家族の姿に、俺は無意識にも敬意を表していたのかもしれない――



「へぁ?? どういうこと?」


 俺の行動と返答に、ただただと不思議がるその男。

 そんな、首を傾げる男に反応を示したのは……。


「アレウス――彼はきっと、自身の中で何かを見出したのよ」


「何かを見出したって、何をだ?」


「さぁ? でも、彼は何かを見つけたみたいね。それはきっと、自身が未だに発見したことの無かった、新たなる未知にきっと違いない……のかも」


「見つけた? 発見? 新たなる未知?? ……はぇ~、オレっちにはよぉわからん難しい話だなぁ……」


 何かに頷いては、真っ直ぐと俺の姿を見つめるユノと。彼女から投げ掛けられた数々の言葉に、未だと首を傾げ続けるその男と合流して。

 背後からはジャンドゥーヤが。そうして様々な形で合流した仲間達を前にして、俺も頷き。次に、ユノへと視線を向けた。


「また、ミントにおにぎりを作ってやってくれないか?」


「もちろん、そのつもりよ! ……それにしても、もぉ、私びっくりしちゃったわよ……。突然飛び出していったかと思えば、おにぎりのためにああして命さえも懸けてしまうだなんて……! ミントちゃんを想うその気持ちの強さはすごくわかったけれど。でも、それで死んでしまったら全てが終わりなのよ?」


「あっははは、わりぃ」


 戦闘という画面を終えたことによって、後ろからの気配は段々と遠ざかっていって。

 フィールド:楽園の庭という、絶景を背景とした一つのイベントが終わりを告げたことを悟り。同時に、俺はこのイベントで得た経験をもとに、まるで自身を言い聞かせるかのようにセリフを発していく。


「ミントの喜ぶ顔を取り戻したかったからとはいえ、今回は俺も迂闊だったな。ちょっとしたことが命取りとなるこの自然界。……もっと大事な存在のために、この命を懸けていきたいもんだ」


 安易の死は許されない。ここはゲーム世界であるが、しかし、この世界にはゲームオーバーというやり直しの概念が存在しない。

 一度きりの、この人生。であれば、この命は大切にするべきであり。モンスターと動物による激烈な生存競争の中を共に生きるためにも、これは大事なものを守るために残しておかなければならない。


 今回のイベントによって、命懸けという大切な心意気を知り。

 それも、モンスターからではなく。そんな物騒な生物らが蔓延る自然界を、力強く生き抜く動物達から教えられたことによって。


 ……直接的なレベルアップはしていないものの。しかし、内面におけるレベルアップは成したなとしみじみ感じながら。

 俺は、ユノとその男と共に、ミントとニュアージュの待つ場所へと無事に帰還を果たしたのであった――――

第二部から、設定として用いていたユノのセリフ「召喚・黒き獣」のフリガナを、『イル・ミオ・バディ・ジャンドゥーヤ』から『モン・パルトネール『ジャンドゥーヤ』』へと。第三部から用いていたセリフ「召喚士スキル:黒き稲妻」のフリガナを、『バディ・ディ・フラッシュ』から『エクレール・ドゥ・パルトネール』へと変更いたしました。

どちらの読み方も、前者は『私の相棒・ジャンドゥーヤ』と、後者は『相棒の閃光』と、意味合いは同じ(のハズ)です。

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