その男のフラグ
「マジかよ……本当にいたよ……」
俺は、驚愕とは全く異なるベクトルの驚き。つまるところの、畏怖の念を抱きながらぼそりと呟いてしまった。
それもそのはず。半信半疑のまま、五感が優れていると自負するその男の言う場所へいざ赴いてみると。その男の言う場所そのままの、どんぴしゃとなる位置に。俺が追い掛けていたあのホワイトモンキーがいたものであったから……。
「へへっ、オレっちも逃げてばかりじゃないんだぜ?」
もはや畏怖の領域となる驚きを隠せずにいた俺に。ゴーグル越しでもよくわかるほどの得意げな笑みを浮かべるその男。
今まで散々な所しか見てきていなかったが。しかしこれは、そんな変人染みた彼だからこその特殊な能力だったのかもしれない。
今回のイベント対象であるホワイトモンキー。広大な丘のフィールド:楽園の庭にて、そんな広々とした高地で見失ってしまったやつの居場所を容易く当ててしまったその男に敬意を表し。そして、交換条件でもあった彼の護衛を、俺はどうやらこの感謝の念と共に果たさなければならないようだ……!
「正直、信じていない部分もあったんだが……おかげで助かったよ。ありがとう」
「へぁ? おいおい、信じてなかったって、そりゃねぇぜキミィ! ま、でもこれでオレっちの安全が確保されたわけだし? っつーことでチャラでいいわぁ、へへっ」
「す、すまん。でも、感謝は本当にしているよ。……それじゃあ――」
感謝を伝え、鼻の下を指で擦るその男を尻目に、俺は目前に存在するイベント対象の観察を始めた。
現在、俺達はホワイトモンキーからの視界に入らない岩陰にいる。見渡せばごろごろと点在する数々の岩場は、こうして姿を隠しながらの観察には実にもってこいな地形であった。そんな岩場に囲まれた、天高くそびえる丘の窪み。そこに、ホワイトモンキー"達"の姿があったのだ。
窪みの中を巣としているのだろう。丘という自然の天井と、防寒対策にでも敷かれた葉や木の枝の絨毯からは年期を感じられる。
その上には、あの白色の毛を全身に巡らせたホワイトモンキーの集団が。……集団と言えども、その数は六匹といったところ。しかし、六匹もいれば十分な脅威となり得るものだから、決して油断をしてはならない数だ。
「……あれは……」
バレないよう、岩陰から顔を覗かせながら呟く。
それは、各それぞれのホワイトモンキー達が、その手や周辺に食料となる食べ物を蓄えている光景を目にしての独り言。自然界であるために、貯蓄はまぁ基本かと思えたのだが……それにしても、その食料の種類がまた豊富であり。果物や野菜はもちろん、魚や生肉といった肉食が好む食べ物も蓄えているものであったから、その多種に渡る貯蓄の光景につい驚いてしまったのだ。
……って、それってつまり、あいつらは雑食ってことだよな。ということは、下手すれば俺も食われる可能性が高い――
「なぁなぁ、まだ行かないのかぁ? キミの用事、早く済ませてくれよ。じゃないと、オレっちが安全な場所に辿り着けないだろー?」
「ま、待てってば。背を押すな、背を! ……小動物と言えども、その正体はモンスターと同じようにこの自然界を生き抜く生命達だ。ましてや、そんなモンスター達が蔓延る地域にも生息地を広げている生命達。さぞ、その戦闘力や生命力は並大抵のものではない――」
「……えーっと。あぁ、まぁそんな難しい話はどうでもいいからよぉぉ! 頼むから、モンスターっていう単語は出さないでくれほんとマジで頼むモンスターは怖いんだよォォオ!!!」
「わ、わかったから!! すまん! わかったから大声を出すなバレるだろ!!」
どうやら彼の、モンスターという存在に対する拒絶反応を考慮しなければならないようだ。
突然の反応に、せっかくのターゲットを再び逃がしかねなかったことに焦りを覚えながらも。だが、俺達の存在には未だ気付かずといったホワイトモンキー達に一安心と安堵のため息をつきながら、観察を再開していく。
今回の目的は、飽くまでミントのおにぎりを取り返すこと。それは決して、やつらとの戦闘に勝利をすることというわけではないため、なるべく荒事を避けた目的の達成。つまり、スニーキングとなるものが攻略においての最も安全且つ最短となるルートであることは間違いないだろう。
目を凝らしてみると、その視線の先には一匹のホワイトモンキーが。巣に座り込み、休息を得ているようだ。
そんなやつの手元には、ミントから奪ったあの海苔巻きの白米おにぎりが握られていて。その、今回の目的の在り処にホッと安心をしたものの。同時に、俺の中ではある疑念が浮かび上がってくることとなった。
……それにしても、あのホワイトモンキー。いや、他のやつらに言えることであるのだが。近くには多くの食料が。しかも、中にはその食料を手に握り締めているものまでいるというのに。
……一体、何故やつらはその食料に食らいつこうとしないのか? それも、ああして食料を握り締めてまでいるというのに。腕を曲げて手を動かせば、直ぐに口へと運べるというのに、一体何故――
「…………オレっち、あの白い小動物達の食べ物を見ていたら、なんだか腹が減ってきた……」
俺の頭上から覗き込んでいたその男が呟き。そのセリフに、俺はフラグという良からぬ言葉を思い浮かべる。
その瞬間にも。俺の背後からは、地響きのような腹鳴りが響いてきて。
俺の後頭部を震わせ。それは辺り一帯の空間へと伝わり。そして、それは音量となって楽園の庭という自然へと溶け込んでいく。
「……マジかよ…………」
良からぬ汗が止まらない俺。
一気に巡ってきた緊張感と共に。その目の前の光景に、一方的な変化が訪れることとなった……。
『ウキャー!!』
『ウキャー!!!!』
岩陰から覗き込む俺達を発見しては、その六匹となるホワイトモンキー達が騒ぎ出す。
予期せぬ敵の存在に個々が鳴き声をあげて。突如として訪れた強襲に備えて、そのホワイトモンキー達は立ち上がり勢いよくこちらへと駆け出してくる。
「げェ!! オレっち達のことバレてね!?」
「見ればわかるよッ!! ……くそ! やるしかない!!」
所持品からブロードソードを選択して。どこからともなく取り出したブロードソードを片手に、岩場から飛び出しては俺も駆け出す。
双方が駆け出すその中で、ヒェェと情けない絶叫をあげる背後の彼をその場に放置しながら。一対六という動物との戦闘を迎えた主人公である俺。
その相手がモンスターではないと言え。しかし同様に、その自然界を生き抜く生命体であることにはまず間違いないから。
誰からの助けも無い、完全なるソロ攻略を前にして。心臓が飛び出そうになるほどの緊張を抱きながら。俺はブロードソードを握り締め、目の前から迫り来る集団に立ち向かっていくのであった――――




