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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
三章
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お待ちかねのランチタイム……?

「わぁー! 素敵な場所ですね~!」


 先に尖がった岩場の先端に立ちながら、その目の前の景色に歓声をあげるニュアージュ。

 彼女の後ろからは、自慢げな表情を浮かべたユノが。次に、球形の妖精姿から少女の姿を成したミントがその岩場に着地をして。


 最後に、か細く至極不安定な足場に終始手こずり続けた俺が、磨り減らした精神でへとへとな様子のまま皆のいる岩場に到着。その先に広がる雄大な壮観に歓喜し歓声をあげる女性陣とは別に。その場で座り込んでは、息を切らしながら必死に休憩を行う俺の姿はさぞショボい男に見えたことだろう。


 彼女らとのレベルの差による、個々の内に存在するステータスの差が形となってはっきりと現れていた。

 彼女らよりも断然とレベルの低い俺は、その内に設定されているHP同様にまた。身体能力としての体力、すなわちスタミナが少なかった。それもあってか、不安定な足場を辿ってきたにも関わらず元気が有り余っているユノやニュアージュとは違って、俺は既にボロボロな状態という有り様である。


「ユノ様の仰っておりました地点に到着いたしました。こちらの岩場が、現在設定されておりました寄り道の目的地でございます。お疲れ様でした、ご主人様」


「あ、ありがとう……ミント……」


 うずくまりながら、独り言のように答える俺。そんな俺の様子を心配してか、寄り添ってきたミントに背中を摩られる。

 いや、まぁ、別に気持ちが悪いとか、そういうのではないんだけどなぁ。と、思っている以上に俺の様子が深刻に見えるんだなと思いながら。しかし、こうしてミントに背を摩られるのも悪くはないなと。今までに無いシチュエーションにちょっと元気になる俺。


 ……にしても、岩場の先端でキャッキャと盛り上がっている少女二人に対して。そんな中で、こんな具合悪そうにしている男って実際どうなんだ……。


「それでは、お待ちかねのランチといたしましょう! この岩場から見るあの絶景は、正に私達だけが知る秘密の絶景スポット! 危険な道のりを辿ってきた迷える探求者をこうして迎え入れてくれた未知なる絶景に感謝をしながら。その未だ誰も知らないであろう特別な景色を眺めながらのランチを、存分に堪能していきましょう!」


「やったー!」


 ユノとニュアージュのやり取りを聞いていて。そろそろかと動き出してはミントと共に彼女らへと寄っていく俺。

 そんなへとへとな俺の様子を笑顔で見遣り。お昼ご飯にしましょうと伝えながら差し伸ばしてくれた手を取りながら。


 その場で腰を落ち着かせ。花園と高所からの景観を眺めながらの、いつもとはちょっと違う四人だけの特別な昼食を過ごすことになった――




「っン~。っンン~」


 聞き慣れない声音が聞こえてきたかと思えば、それは真横で律儀に正座をして座っていたミントから発せられていた音であることがわかった。


 振り向くと、そこには珍しく鼻歌を歌っているミントがいて。

 "たのしみ"という高揚感を全身で味わっているのだろう。その表情は、いつもは見せないニコニコなものであり。抑えきれないワクワクで身体を左右に揺らしながら、その鼻歌を歌っている。


 へぇ、そんな一面も見せるのかと。今までに無いミントの姿に新鮮味を感じながら。

 これも、彼女に感情のことをいろいろと教えてきたからによる自然な動作なのかなと、今までに立ててきたフラグの進展を実感しながら、その動作をつい眺め続けてしまっていた。


「っンン~。フッフンっン~」


 ご機嫌な少女がおもむろに取り出したのは、ある一つのタッパー。それを手で持っては、奏でていた鼻歌を上ずらせながらニコリと笑んで。そんなワクワクな気持ちがもう抑えきれないと、躍り出す高揚感のままにタッパーを開けてはそこから一つのおにぎりを取り出す。

 それは、海苔が綺麗に巻かれた、まるで見本のような三角形を模る白米のおにぎり。そのあまりにも几帳面というか。手本をそのまま形にしましたと言わんばかりの綺麗な造形は、ユノの手によって作られたものであることを示唆していた。


 危険を顧みず、常に未知を求めて冒険をしている危なっかしい性格のユノ。しかし、そんな彼女が作る料理はどれも、見本をそのまま作り上げたかのような。従来に沿った、とても規則的な出来具合という意外な一面が存在していた。

 ハツラツとしているその性格からして、その料理の腕は粗暴なんだろうなという俺の想像を良い意味で裏切った彼女の料理。その味もまた規則的というか。その見たまんまの味をしているために特段不味いといったことが今までに一度も無い。むしろ、決まって美味しかった。


 そんな意外な一面性を持つユノによる手料理。それはあまりにも規則的な見た目をしているがために、今回のおにぎりもまた、あまりにも規則的なその形をしているからか一発でユノの手料理だと把握することができたというもの。

 その見た目からして、そのおにぎりもまた決まって美味いのだろうなと思いながら。しかし、そう言えば俺にはおにぎりを手渡されていなかったなと。彼女から手料理を渡されていないことによる寂しさと共に、つい視線が釘付けとなってしまっていて……。


「いただきます。あ~ん――」


 律儀にも恵みに感謝をして。そのワクワクでウキウキな様子のまま、ミントが幸せそうにおにぎりを頬張ろうとしたその時であった――



『ウキャーッ!!』


 騒々しい上ずった鳴き声が響いてきたかと思えば。それは一つの影となってミントの頭上から降り掛かってくる。

 突然の出来事に警戒をする俺とユノとニュアージュ。それとは一方に、あまりにも唐突な出来事による驚きで呆然としてしまっていたミント。


 おにぎりを持つ手を止めて、目の前から降ってきた一つの影を見遣る。しかし、そうして眼前に意識を向けたその瞬間には、手元に触れていた"それ"の感覚が無くなっていて。


 ミントから取り上げた"それ"を持って、即座に岩場から飛び降りる白色の生き物。その一部始終の間もずっと上ずった鳴き声を発していた突然の来客に、ランチタイムの和やかな空気が一瞬にして振り払われることとなった――


「あれは……"ホワイトモンキー"の子供……!? 今まで、この地にモンキー種はいなかったハズなのに……!?」


「あっ……あっ――」


 予期せぬ出来事を前にしても、尚立ち上がりながらの冷静な分析で岩場から降りていく生き物の逃走を眺め遣るユノ。

 ユノに続いてニュアージュも立ち上がっては水縹のロッドを取り出して辺りを警戒し。そのニュアージュに続いて俺も立ち上がっては辺りの警戒に務めようとしたのだが……。

 

「ミ、ミント! 大丈夫か!?」


「あっ……あぁ――」


 身体を震わせているその様子にただならぬ変調を思わせて。明らかに今までとは様子がおかしいミントに心配の声を掛けたものの――


「……おにぎり……。ユノ様のお手製おにぎり、楽しみにしていたのに…………」


 どうやらそれは、楽しみを奪われたことによる虚無感からなる悲しみで震えていたらしかった。


 少女の手元は空を握っていて。つい先程まで掴んでいたおにぎりの姿がどこにも見当たらず。

 ミントのセリフと先程の出来事。それらを合わせて考えをめぐらせると、今回の出来事の全貌を容易に想像することができた。


「……なるほどな。突然現れたあの生き物に、楽しみにしていたおにぎりが奪われてしまったのか……」


「あぅ……ぁ……」


 楽しみが瞬時にして消え失せてしまったことによる喪失感。

 限界にまで昂っていたのであろう高揚感が空回りし。この悲しみをどこにぶつけることもできないという不運な出来事を前にして。


 ……終いには、ミントはぽろぽろと涙を零しながら泣き出してしまった。


「ユノ様の特製おにぎり……楽しみにしていたのに…………」


「ミ、ミントちゃん! 大丈夫! 大丈夫よ! また私が作ってあげるから――」


「ですが……あのおにぎりに入っていた梅干が、現在持ち合わせている最後の梅干でもありました……」


「むっ、そう言えばそうだったわ……またどこかで梅干を買わなきゃ……!」


 もはや、食い意地という領域に留まらない何かを思わせる、ミントの食に対する高揚感溢れるその思考。


 あの白米に加えられた海苔というアクセントに。その白の恵みに包まれた究極のおかずを前にして。さぁ食べるぞと、その手で持ち。その小さな口に、口いっぱいにまで頬張ろうとしたその矢先で起こってしまったアクシデント。

 昂る高揚感の行く先が路頭に迷い。同時に、高揚感の到達地点を奪われてしまったことによる喪失感が少女の悲愴をものの見事に演出していたものだったから……。


「梅干入りの海苔巻きおにぎりか。……確かに。それを奪われたとなれば、事は重大だな」


「ア、アレウス……?」


 その理由付けは、傍から見たらただの戯言だったに違いない。

 しかし、せっかくの楽しみを奪われてしまったミントがあまりにも可哀相だったために。俺はこの梅干入りの海苔巻きおにぎりという少女の楽しみを何としてでも取り返したくなって――


「……大丈夫だミント! 俺が今すぐに取り返してきてやる! ……てことで、俺ちょっとあの盗っ人を追っ掛けてくるわ!!」


「あ、ちょ、っと――アレウス!? おにぎりなら、また作れる――って、ちょっと……ねぇ! あ、足元には気を付けてね!?」


 たかが梅干入りの海苔巻きおにぎりのために危険な急斜面の岩場を下っていく俺へ、困惑交じりの声を投げ掛けていくユノ。


 そんな困惑を抱かれるような不思議な行動に出た俺の行動をただただ見守る少女達。

 そんな三人のパーティーメンバーに見守られながら。それでも、俺は何としてでも今ミントの高揚感を取り戻したいがために、一人でこの岩場だらけの丘のフィールドに飛び出していくのであった――――

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