デンジャラスなご褒美
「大丈夫だ! 気にするなニュアージュ! さっさと通り抜けよう」
「はい……はい……うぅ、うっ……」
やはり、勇敢なる精神を取り戻したばかりのニュアージュにはまだ早かったみたいだった。
観光として訪れていた大衆の波を掻き分けて。ユノが道を開き、俺がニュアージュの手を引っ張っては、もう片方の手で顔を覆い隠す彼女を必死に先導する。
その間にも、周りからはニュアージュへの風当たりの強さを表す様々な声が飛び交っていた。
あまりにもひどい言い様であったために、敢えて説明を省いていきたい。ただ、それは確実に無実であるのに。その人々の信じる過去はただの噂という曖昧な事柄であるにも関わらず、彼女の存在というものは実にこの世界に受け入れられていないのだなと。ただただ悔しい思いが募るばかりの一時であった……。
「もう顔を上げていいぞ。大丈夫か、ニュアージュ?」
「……はい」
顔を覆っていた手をゆっくりと下ろして。怯えた様子で震えながら周囲を見渡していく。
この周辺にはユノと俺とミント。あとは、この地に訪れた数名ほどの観光客が丘の頂上へと歩いていくその光景が広がっていて。安心と共に、先程までの苦しみで滲ませた涙を頬に伝わせながら、ニュアージュは弱り切ったその精神で弱々しく俺達を見遣ってきた。
「……相変わらず、ひどい人達ね。ただの噂だと言うのに、どうしてこうもアーちゃんを目の敵にするのかしら。だいたい、アーちゃんは貴方達を助けるためにキャシーさんを呼んだというのに……!」
「いいの、ユーちゃん。もういいの……」
怒りで色白の肌を赤く染めて。顔を真っ赤にしながら頬を膨らませて怒るユノをなだめるニュアージュ。
本人がもういいとは言っているものの、俺もユノの言い分には同感であった。それも今回ニュアージュに強く当たってきた存在というものが、その人達の故郷であり、それでいてニュアージュの故郷でもあったその村の住民であったというあまりのタイミングの悪さであったから。
果たしてこれは運が悪かったのか。それとも、これは既に用意されていたフラグによるイベントの一つであったのか。真実はわからないままであったが……今、その過去の災難に巻き込まれた当事者と出くわしてしまったというのは、実に最悪なものであった。
……その当事者ということは、つまりニュアージュと同じ村に住んでいた者であるということで。ニュアージュは今、同じ住民だった人間に精神的な攻撃を加えられてしまったことになる……。
「……お怪我をなさっております。ニュアージュ様――」
「うん、でも大丈夫なの。ありがとう、ミントちゃん……」
その顔を覆い隠していた美しい手の甲には、何かをぶつけられたような擦れた跡が残っていて。それをミントに指摘されては、慌ててもう片方の手で隠して首を振り続けるニュアージュ。
「……それで、ユーちゃん。その、隠れ絶景スポットというものはどこにあるの?」
「えぇ、そうね……まだこの気持ちがむしゃくしゃして仕方が無いけれども。そんな仕方の無いことに腹を立たせていても、それこそ仕方が無いものね。……いいわ! それじゃあ、目の前の困難を乗り越えたアーちゃんを讃えて……これから、未だ誰も発見していないハズの、私の秘密の隠れスポットでランチタイムといきましょう!」
「いえ~、待ってました~!」
「待っていました」
天高く振り上げられたユノの健勝なガッツポーズに続いて、未だ青白でありながらも空元気な笑顔で応えるニュアージュと。ランチと聞いてそれにしっかりと参加するミント。
それぞれがそれぞれの活気でこの落ち込んだ空気を塗り替えて。今は既に日常的な平和を取り戻したこの空間に、俺も安堵を浮かべながら空気を読んで待ってましたと応えていく。
「うふふ、これから行く場所は正にとっておきの場所! でも、足元には十分に気を付けてね! 何せ、そこは急な崖が多々と点在しているから、落ちたらひとたまりもないわよ?」
「……え? 何だ、ユノ。そんなに危なっかしい場所なのか……?」
「当たり前じゃない! そういう素晴らしい場所ほど、それに相応しいデンジャラスなポイントがあるっていうものよ? これはお決まりなの! お・決・ま・り」
いや、そんなものは決まってなくていい。
そんなツッコみを心の中で入れていきながらも。これから辿るであろうデンジャラスなポイントに胸を躍らせ、ワクワクが溢れるその活気で元気よく喋り始めたユノの様子を見たその瞬間にも、俺はその時点で自然と諦めの境地に達してしまっていた。
……すっかり忘れていた。ユノはあまりにも未知を求め過ぎているが故に、危険な場所には目がないんだった――
「あと、その先はモンスターの生息場所として指定されている区域でもあるから、モンスターからの襲撃には気を付けてね! まぁ、私やアレウスやアーちゃん。そして、守護女神? のミントちゃんがついているから、何の問題も無いけれど!」
その、敢えて危険に飛び込んでいくユノの姿勢が一番問題だわ。
そんなツッコみを再度入れながら。それでも、既にノリノリであったニュアージュとミントは、ユノの言葉に何の疑問を抱くことも無く危険という言葉を飲み込んでいた様子であり。
……これ、本当に大丈夫なのかよと。一番レベルが低いからという意味で、おそらくこの中で一番危機感に敏感なのだと自負できる俺は冷や汗を流しながら。
そんな皆のテンション昂る調子のまま。ユノを先頭に歩き出した少女達の背を、俺は不安だらけの心情が枷となった重い足取りで追っていくのであった――――




