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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
三章
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ニュアージュと花園の絶景スポット

「すごいな……なんて綺麗な光景なんだ……!」


 歩を進めながらも無用心に辺りを見渡して。目にした鮮やかな自然の光景に言葉をもらしながら、俺はこの心が打ち震える感覚のままに上ずった感動の声音を上げる。


 早朝でのユノとの会話から、二日か三日が経過して。ユノを筆頭としたこの四人パーティーは今、標高の高い丘の上を横切っているその真っ只中であった。


「でしょー? ここは私が今までに旅をしてきた中でも、特にお気に入りの絶景スポットであってね! それでもって、あの黄昏の里の地域から、目的地であるマリーア・メガシティまでに通ずる道のりの中で唯一安全が保障されている、景色が綺麗な近道でもあるの! この丘の上で咲き誇る花々の姿は、正に天使の楽園を思わせる……んぅ、なんて豊麗な安息の地なのでしょう……! こうしてまた、この丘を眺められる機会が訪れるだなんて……ほんと、私は幸せ者だわ!」


 と、丘の上で両腕を大きく広げながら、花の香りが巡るこの豊かな自然の空気を吸い込んで堪能する案内役のユノ。

 

 それもそのはず。この丘はただ単に標高が高いことによる景観だけではなく。彼女が言うその通りに、ここは天使の楽園を思わせるほどにまで、その赤や白やピンクの花々が花園となって丘の大部分を占めているという素敵な光景が広がっている場所だった。


 足元を見れば、色鮮やかに咲き誇る大自然の彩色が彩りを演出していて。この目線を奥へと向ければ、そこには足元から伸びゆく花々の鮮やかさと、この地から凹凸に連なる山々が大自然という一つの地形を成していて。

 天気は快晴。モンスターの気配もまるでナシ。そんな都合の良い条件が多々と揃っているこの丘は、正に天使の楽園と呼ぶに相応しく。お世辞抜きに豊麗なる安息の地と豪語することができて。そしてメタい目線で言ってしまえば、こういったフィールド上には数少ないであろう安全地帯の一つであった。それも、素晴らしい大自然の景色を眺められるという豪華なご褒美付きの最高なエリア。


 ……そう、ここはなんとも都合の良い条件が揃った場所だった。

 鮮やかなお花畑。雄大な自然を眺められる標高の高い丘。モンスターの気配を感じられず。快晴も交じることで、その光景に大自然という称号が付けられる。

 こんな、あまりにも好都合な絶景スポットが存在すると言えば、その情報は瞬く間に世間へと伝わるだろう。そして、それ故に。俺達はある一つの問題とぶち当たってしまっていたのが現状であった――


「……ニュアージュ」


 この中で一番背の高い俺の背後に、その百七十二の身体を隠すニュアージュ。

 彼女の身体は小刻みに震えている。背中から伝わる心臓の心拍やその青白い顔色からして、それは標高による寒気によるものではないことが明らかであり。そして、そんな彼女が俺の肩越しから向けているその視線の先へと見遣ると……。


「……それにしても、やっぱりすごい観光客ね。ここ、すっごく綺麗な場所だから、こうして毎日のように絶えず観光客が訪れているのよ……正直、この道を選んだのは間違いだったかも……」


 ニュアージュの様子を見たユノが呟く。

 そのユノの言葉通り、俺の視線の先には花園を埋め尽くす大勢のNPC達がうろついていて。その個々に宿る生命が意思と意識を持ち、それぞれの行動を行っているものだから。

 ここは絶景スポットということもあり。この丘には現在、大勢の人間達がこの観光名所の雰囲気を楽しんでいたのだ。


「……ニュアージュ、大丈夫か?」


「だ、大丈夫です……問題ありません、足早にここを通り抜ければ……」


 そう言っては、小刻みに震える両手で俺の両肩を掴みながら、その抑揚だらけの震わせた声で答える。


 その勇敢なる精神を取り戻した彼女であっても。さすがに多くの人間達が入り混じる場所はまだ早過ぎたかと俺は心配を募らせてしまう。

 大勢という人間の集いに怯えてしまっているニュアージュ。その原因はやはり彼女と、同時に悲劇の運命を辿ったキャシャラトに存在する凄惨なる過去にあったのだ……。


「……ミント。あの大勢の中に、ニュアージュを敵対視する存在がいるかどうかをスキャンすることはできないのか……?」


「こちらのフィールドにおけるNPCの確認。で、ございますね。……あまりにも情報量が多いために、現在のワタシの技量では正常にスキャンすることができない可能性がありますが……施行を試みるだけ試みてみます」


 ニュアージュの存在を知る厄介者が、彼女の存在に騒ぎを立てる可能性が極めて高い。そんな無害な少女に対する風当たりの強い現実を前にして、俺はなんとかこの打開策を見つけるためにとミントに頼んでみる。


 そんな俺からの命令を受けたミントは、自身の周囲にホログラムを出現させてはその中で多大なる情報量を整理させていって。

 このゲーム世界で言う非現実的な光景を目にして、つい視線を釘付けとさせているユノやニュアージュに見守られながら。周囲に浮かび上がっていたホログラムが消失していくその中で、ミントはふぅっと落ち着きのため息をもらしてからゆっくりと口を開いていく。


「スキャン――完了。それで、こちらのフィールドにおけるNPCの確認。で、ございましたね。それでありましたら……ワタシの技術が足りたことによって、無事にスキャンをし終えることができました」


「ありがとな、ミント……! それで、どんな結果が出たんだ?」


「……申し上げにくい内容ではありますが。結果を言ってしまえば、設置されておりますね。ニュアージュ様の存在を忌み嫌う者の存在が。それも……憎悪の念をも感知させます。どうやら、ニュアージュ様が愛しておられた故郷と、なんらかの関係を持っていた存在かと思われます……」


「そうか……。それも、この場所で居合わせるとは……ここに来るタイミングが悪かったといったところか……?」


 ミントからの報告を聞いて、その身体を今まで以上に震えさせるニュアージュ。

 そんな彼女の手の甲に、俺は掌を乗せながら。目の前の光景を見てからユノへと視線を向ける。


「確か、この道が唯一の安全な道……みたいなことを言っていたよな。ということは、ここ以外にも他のルートがあるわけなんだよな……?」


「アレウスの言いたいことはわかるわ。私も、それが可能だったら最初からそっちにしていたのですもの。でも……その他の道というのが、とても険しい山岳地帯でね……私、そこに一度足を踏み入れたことがあったのだけど……その当時では初めての経験だったわ。あれほどまでに死を予感させる場所は……。それほどまでに、とても危険なモンスターが住み着いている場所なのよ」


「過去のユノが踏み入れて危険な目に遭った場所か……。過去とはいえ、未知を求めて冒険をしているユノが死を予感して。更にこうして迂回のルートを検討するほどまでに危険だとは、ほんとに余程の場所なんだろうな。とすると、とても通れそうにない、か……」


 悩む俺。考えるユノ。思考をめぐらせるミント。

 各それぞれがこの場の打開策を考えていくものの、しかし結果としてはこの道を辿る他に手段が無くて。


 ……そして、本人もそれを把握していたのか。その震える身体を必死に抑え込みながらも、青白くなった顔色で強気の表情を浮かべるなり。

 俺の背から離れ。眼前の大衆のもとへと、ニュアージュは歩き出し始めたのだ。


「ニュアージュ!」


「心配なさらないでください……わたしはもう、以前までのわたしではありませんから……!」


「でも……」


「……それに、今のわたしにはアレウスさんと、ユーちゃんとミントちゃんのお三方がついていてくれています。皆さんと一緒であれば、どんなものが目の前にあろうとも、なんだか大丈夫な気がするんです」


 明らかに無茶をしていたニュアージュであった。

 だからと俺は必死に止めようとしたのだが。しかし、そんな俺を制するかのようにこちらの脇を通り抜けていくユノの姿を見て、あとは任せようとこの口を噤む。


「アーちゃん。本当に大丈夫なの?」


「……大丈夫。まだまだ皆に甘えてしまう弱さがあるけれど……でも、もう今は過去のわたしじゃない。乗り越えたいの。この、過去に怯えてしまう自分を……! だから……わたしに経験させて。……こうして皆が傍についていてくれているその安心感と一緒に……目の前の現実に立ち向かう、心の強さを鍛えるための訓練を……!」

 

「……無理だと思ったら、すぐに言ってね。私達が必ずなんとかしてあげるから!」


 ユノの言葉に、意を決した表情を浮かべながら無言で頷くニュアージュ。

 彼女は覚悟ができている。それは、目の前の現実と向き合うという、耐え難い苦痛を目の前にしてでも。尚怯えたくないと、自身の精神的な強さを鍛えたいがための強がりであって。


 ……同時に。過去から逃避してきた自身との決別を決心した彼女の、本来の勇敢なる姿でもあったから――



「……決まりね。そうと決まれば、さっそくいきましょうか。……ところでだけど。せっかく来たこの絶景スポットではあったけれど、こうしてすぐに通り抜けてしまうだなんて、なんだか勿体無い気持ちになるわよね? ……ふふっ、でも安心して! そんなときにこそ、こうして未知を辿る冒険で蓄えられた私の記憶が役に立つ時だわ!」


 急に胸を張って声を上げてきたユノに驚きつつも。どうしたんだと尋ねては、その問い掛けを待ってましたと言わんばかりに喉の奥で笑いながら得意げな笑みを浮かべて。そこから焦らすようにちょっと間を作ってくるユノ。


「ふっふっふ。せっかく、こんな綺麗な絶景スポットに来たのだから、この景色を存分に楽しみながらのランチを堪能したいわよね?」


「あぁ、そうだなぁ……。こんな綺麗な景色、俺は初めて見たもんだからな。こんな綺麗な景色を眺めながらのランチなんて言ったら……最高だろうな」


「でしょ?」


「だが、大勢の観光客がニュアージュにプレッシャーを与えてしまうもんだから。そんな悠長なことなんてしていられないよな……」


「実は、そうでもないのよ?」


「そうだよな。そうでもないよなぁ…………え?」


 流れるような一連のやり取りに、俺はお決まりとも言える反応でユノを見遣る。

 そんな俺からの視線を。そして、ミントやニュアージュからの視線を浴びて。腰に両手を添えて胸を張るユノ。その自信に満ち溢れた顔をしながら思い切り腕を振り上げるなり、大勢のいる方向へと指を差したのだ。


「実はね、人気が少ないながらも、あの絶景を存分に楽しめる隠れ絶景スポットがあるのよ! 過去にこの豊麗なる地に眠る未知を求めて、この周辺をくまなく探索した際に見つけた場所なの! 多分、ここを知っているのはこの私だけのはず! そう言えるほどまでの、とんだ隠れ絶景スポットなの!」


「本当か!? それなら、周りの目を気にすることなく、ニュアージュも落ち着いてこの地を満喫できるじゃないか!」


「その通りよ! 場所は、あの大衆の先! だから、アーちゃんが苦しい思いをしてしまうことには変わりが無いのだけれども。でも、その頑張りの先にご褒美が用意されているとなれば、また話が変わってくるんじゃないかしら? アーちゃんの頑張りを皆で応援して。そのお疲れ様会として、その人気の無い絶景スポットで四人だけの秘密のランチにいたしましょう!」


 さすがのユノだ。その未知に飢えた探究心、その行動力が故に様々な土地の知識をもっている。

 そんなユノの言葉に、ご褒美が用意されているという楽しみによって目を輝かせるニュアージュ。……と、ランチという言葉に目を輝かせるミント。


「決まりね。それじゃあ、ファイトよアーちゃん! 苦しい一時になると思うけれど、その分の見返りがそれ以上に大きなものであることを意識してみて! そうすれば、その恐怖も少しだけでも和らぐはずだから!」


「う、うん……! ありがとう、ユーちゃん……! わたし、頑張る……!」


 恐怖で強張っていながらも。それでも先程までの勇敢なる精神をなんとか取り戻したニュアージュ。

 やる気満々な彼女を見て、こちらもまた安心からなる活力が漲り。ユノの知識によってもたらされた活気が原動力となったことで、その低迷した空気が瞬く間に覆された。


 そうしてユノの提案で活力を取り戻した俺達は、これからチャレンジを控えたニュアージュの傍に寄り添いながら。彼女の内なる闘いの奮闘を、心で支えながら見守ることにしたのであった――――

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