低レベルの主人公と、高レベルの仲間達――
「ソードスキル:エネルギーソ――」
「召喚士スキル:黒き稲妻ッ!!」
逆立つ漆黒と鮮紅の彩色に身を包んだ悪魔の如き獣。その場で大気を震わす狂暴且つ禍々しい咆哮を轟かせては、その頭部に生えた堅牢で狂猛な二本の角から黒と赤のエネルギーを蓄積し始めて。
まばゆき暗黒と紅の閃光を周囲へ放ち。そのエネルギーが一つの球形を成しては、次に黒き獣が荒々しい豪壮なる動作で首を振り動かすと。球形のエネルギーからは爆発が引き起こされると同時にして。その飛散した黒の飛沫の中を、巨大な稲妻が迸り始める。
『ギャァァアアアァァァ!!』
六体というオークの集団に落雷した、漆黒と鮮紅の稲妻。それを眼前で目撃しては、その集団へ切り込もうと構えた体勢のまま俺は硬直してしまう。
召喚士であるユノの召喚獣。黒き獣、ジャンドゥーヤが解き放った強大なる力を前にして。それによる戦慄が背筋から全身へと駆け巡り。
このまま突っ込んでいたら、まず間違いなく俺は瀕死状態へと移行していただろうという、味方の攻撃に対して命拾いの念さえも抱いてしまうという始末。
目の前で見据えた標的を失ったことで行き場の無くなった、この振り上げたままのブロードソード。MPを付与したことで放つ鮮やかな青の光源も、先程の漆黒と鮮紅の稲妻を前にしてはただの装飾とまるで変わらなくて。
せっかく消費したMPが路頭に迷い。じゃあこれの行き場は一体何処かと辺りを見渡すと、五体ほどのオークの群れがまたしても周囲から湧いて出ていたようであったから。
振り返っては地を蹴って。新調したばかりの圧倒的なリーチを誇るブロードソードを構えては、今度こそと俺は腹から声を出して誇らしくスキル名を宣言した。
「ソードスキル:エネルギーソ――」
「魔法使いスキル:ジェラート・ランスッ!!」
五つもの水縹の魔法陣が生成されては、その円形が宙へと滞空して。回転を帯びた魔法の陣を確認し、同じく目前で回転を帯びながら宙を滞空していた水縹のロッドを払うように手で掴むニュアージュ。
その動作と共に響き渡ったのは、辺り一面を凍らせんとばかりに空間を伝った冷凍の甲高い鋭利な音。冷凍音が空間に響き渡ったその時には既に、水縹の魔法陣からは凍てついた氷山の如き巨大な氷柱が伸びていて。バキバキと高速の冷凍を響かせながら、それは新たに現れたオークの集団をことごとく貫いていく。
『ギャァァアアアァァァ!!』
もはや、聞き慣れてしまった断末魔を眼前で眺めながら。俺の目の前を掠るように抜けていった氷柱を見送っては、鼻先に感じる氷結の冷気がこの背筋と全身を凍えさせる。
この短期間の内で周囲を駆け巡った、様々な強大なる力に囲まれて。
漆黒と鮮紅の稲妻。水縹が織り成した凍てつく氷柱。狂暴な猛威を振るう黒き獣に、水縹の杖から生成されていく氷結纏いし魔法の数々――
「これで全部かしら? ……えっと、残党はみんな逃げていったみたいだし、ひとまずはこれで安泰ね。お疲れ様、みんな! そしてお疲れ様! 私の愛しき相棒、ジャンドゥーヤ!」
「お疲れ様~。ユーちゃんのジャンドゥーヤ、すごく強くてわたしビックリしちゃった~」
「えへへ、でしょでしょ? ジャンドゥーヤは私の、大が付くほどの自慢の相棒なの!! ねっジャンドゥーヤ!」
時刻が夜ということもあり、辺りは薄ら暗闇に包まれていたものであったが。それでも、尚明かりの無いその空間の中でも一際黒く、そして紅く存在していた黒き獣、ジャンドゥーヤ。
その全長三メートルからなる、熊とライオンを融合したような巨体で。その尻から生えた巨大な尾を蛇のようにうねらせては、抱き付いてきたユノの身体を包み込む。
その顔も、悪魔の番犬のような狂暴な顔付きではあったものの。しかしよくよくと見てみるとどこか愛嬌を感じてしまえるものだったから、このジャンドゥーヤという召喚獣は割と女性人気が高い。
ニュアージュもまた、その虜となった人気の一部である故に。ジャンドゥーヤのもとへと駆け寄っては頭を優しく撫でてと、先程まで戦闘を交わしていたとは思えぬ平穏な夜を、こうして迎えたわけではあったのだが…………。
「……俺、何もやってない」
俺は今、悲しみに打ちひしがれていた。
「お疲れ様です、ご主人様。今回の戦闘も無事に終えられましたね」
「あぁ、ほんとにな。……主に、ユノとニュアージュのおかげで」
ブロードソードを手から落としては、その場で膝と手をついて全力の悲しみを表現する。
それもそのはず。この戦いで俺が倒したオークの数は僅か二体のみ。そして、たかがオークとなめて掛かってしまったのが俺の失態だったのかもしれない。
この地域の平均レベルが高く設定されていたのだろうか。俺の攻撃力に対して、相手の防御力はやけに堅く、とてもしぶとく生き残るものだったから。
だからと、何もかもを惜しみなく。全力を注いで目の前の敵とぶつかったというのに。俺の全力による連撃も虚しく掠り程度のダメージにのみ留まって。そして、あれだけ一苦労して倒していった敵の残る個体全てを、彼女達がいとも容易く葬り去ってしまっていたものだったから……。
「心情はお察しします。ですが、こちらの結果がこの世界の概念であり、摂理であり。又、このゲーム世界における自然の成り行きでございます。その人物が例え主人公という特殊な存在であろうとも。何事も、まだまだ駆け出しである人間が。長らくその物事に打ち込んできた努力で成り立つ人間へと追い付くことに多大な時間を要することは、まず避け様の無い現実であることに間違いありません」
どんな物事であれ、まだまだ冒険を始めたばかりである俺も。主人公という特殊な概念で成り立っている身であったとしても、その実はただの駆け出しの新米冒険者そのものであることもまた事実。
主人公だから、何から何まで完璧にこなせると。主人公だから、例えあらゆる危機が迫ろうとも逆転からのハッピーエンドを迎えられると。そんな主人公という特殊な設定に、何事も結果的に上手くいくといった確信に浸っているようではまだまだ未熟といったところか。
現に、俺は主人公という身でありながら。その今まで迎えて来た展開というものは、ほぼ助けられてばかりなものだったから……。
「ユノ様は、少なくとも数年以上前もの頃から、未知を求める命懸けの旅路をジャンドゥーヤと共に辿り続けており。ニュアージュ様も、過去に乗り越えてきた様々な苦難が実力となり。こうして今、形となって現れております。お二方は、ご主人様がこの世界に降り立つその前から努力と経験を積み重ねておられていたために、その戦闘力に差がでてしまうことは致し方の無い事実かと、このミント・ティーはそう思えます。……そうですね、このゲームシステムで成り立つ世界の言葉で例えてみますと……そう、経験値。ユノ様とニュアージュ様のステータスには、ご主人様を遥かに凌ぐ数値の経験値が蓄積されております。経験値が溜まり、そちらが一定の数値にまで達しますとレベルアップをいたしますね。お二方のレベルアップの回数は、現在のご主人様のそれを遥かに上回っております故に、こちらはそこからなる当然の結果……と言ったところでしょうか」
努力と経験。それはよく、天才や才能といった完璧を表す一言で丸め込まれる、能力の糧を意味する言葉。
完璧を求めるがあまりに、日々の積み重ね。日頃からの蓄積。そういった地道且つ地味な作業に対しては、どうしても消極的な印象を受けてしまいがちだ。
だからと言って、天才や才能を叩きたいわけではない。むしろ、その天才や才能といったものはあると思える側の人間だ。それも、それらが物事の大半を占めていると豪語できるほどの。
……だがそれらは、飽くまで特異的な例に当て嵌まる相手にのみ使用する言葉だ。それが他の多くの人間に当て嵌まらないからこそ、その特異性を如何に表すためにと、その言葉が用いられているというだけのものであるから……。
「……ありがとな、ミント。そうだな……仕方の無いことに悔やんでしまうなんて、情けないな俺……」
天才や才能といった表現で表されるその特異的な能力は、飽くまでもその人間を成り立たせる特徴の一つでしかない。それはその人間を成り立たせる特徴であるが故に、その人間にしか宿らない特殊な能力なのだ。
だから、自分にはそんな才能が無いから、と。自分はそんな天才ではないから、と嘆く必要は全く無いんだ。
……だって、そんな特殊な能力が誰にでも身に付いてしまっていたら。今頃はその天才や才能といった、特異的を意味する言葉が生まれてきていなかったに違いないから。
……それほどまでに、最初から完璧である天才や才能というものは、ごく僅かの人間にしか存在していない――
「……俺は主人公としてこの世界に存在しているというのに。仲間であるユノやニュアージュ、それにミントの役に立てていないこの現状が、なんだか悔しかったんだ。ユノやニュアージュとは、経験の差で劣ってしまっていることはわかっている。そう、頭ではわかっているんだ。……だが、俺はこのゲーム世界の主人公であるし。ましてや、彼女達は女の子なもんだから。男である俺が前線に立って守りたいと、そう思って戦ったのに……このザマだったもんだから。……だから、なんだか悔しくなってきて……同時に、なんだか悲しくもなった」
「……ご主人様」
俯いていた顔を上げて、ジャンドゥーヤと戯れているユノとニュアージュの姿を見据える。
ユノもニュアージュも背が高くて。ユノはしっかり者ではあるけれど、しかしそれ以上に危なっかしい場面が多いもんだから。ニュアージュも強くて穏やかで美しい人だけど、でも恐れを克服したことによってブレーキが利かなくなってしまっているその性格がまた危なっかしいもんだから――
「……主人公だからって、必ず特別な力を持っていたり。そのゲームのメインとなる存在だからって、特殊な生い立ち、特殊な才能を秘めているわけではない。そもそも、その物語の主人公だからって、その全てが特殊というわけではないんだ。もちろん、それに当て嵌まらない天才や特殊となるキャラクターも存在していて。それにはそれの存在価値や生き方が設定されているもんだから、それはそれでとても面白い存在だ。……だが、どうやら俺はそうじゃないらしい。特殊な生い立ちどころか、そういったこれまでの過去も設定されていないし。特別な能力を思わせる天才の片鱗もとても伺えない。俺に宿る特殊な設定は、この世界の行方を定めるフラグを立てていくという、まだ主人公らしい影響力のみ。……要は、ひたすら経験値を溜めて、あとは自力で強くなるしかないってことだな」
地面を押し退けるように手を叩き付けて。その勢いで起き上がっては、こちらを同情の眼差しで見つめてくるミントに微笑んでみせる。
しかし、この笑顔には力が無かったのか。結局は余計に心配を掛けてしまうというダメ主人公っぷりを見事に発揮しながら。しかし、今はそれでも良いと無理矢理に自分を納得させて――
「アレウスー!! ミントちゃんー!! 今日はここにキャンプ地を立てるから、ちょっと準備を手伝ってほしいのー!! 」
「わかった! 今行く!」
呼び掛けに返事をしてから、ミントに振り返ってはちょっと視線を逸らしながら自身の思いを呟いてみる。
「……主人公という肩書きがあるものの、そんな俺も所詮、このゲーム世界で生きるNPCの一人に過ぎないってことだな。俺のことを不思議な人間として連れ回してくれているユノの期待を裏切るようではあるけれども。俺は主人公だからって、別に特別なキャラクターというわけじゃない。俺は飽くまでも、このゲーム世界に住まう人間の一人なんだ。……だからこそ、このゲーム世界に相応しい方法でこれから強くなっていきたい。まだショックから立ち直れてはいないものの。才能ある天才という設定の施されていない俺は、その分を努力と経験で補いながらこの先も主人公を演じていきたいなと、ミントの言葉でそう思えた……かな」
俺の話を、律儀な佇立と姿勢で真っ直ぐと向かい合いながら静かに聞いていくミント。
一通りを話し終えて。しかし何かが足りないなと思い。あと一つ、何か言葉を付け加えるべきだと思考の中を模索しては、ある言葉を見つけ出して。
……でも、ちょっと恥ずかしかったがために。俺はどうしてもミントに目を合わせられないままではあったけれど、それでも少女に手を伸ばしては勇気を振り絞って言葉を発してみた。
「……だから、さ。だから……俺はこれからも負けたり挫けたりといった主人公らしくない場面ばかりを見せてしまうかもしれないけれど。でも、それでも頑張り続ける俺のことをこうして励ましてくれたり、これからもナビゲーターとして支えてくれると嬉しいなって……。俺、多分ミントがいなかったら、とっくに死んでしまっていたと思うし……だから――」
「ご主人様。このミント・ティーという存在は、こちらの世界にて主人公を担う存在であるアレウス・ブレイヴァリー様のナビゲートをお務めする、ただそれだけのために生まれた存在である故に。このちっぽけな命が果てようとも、この使命を胸にワタシはこれからもご主人様をお支えし続けます。でありますために、例えそのお姿が泥に塗れようとも、このミントはご主人様という存在に付き従い。戦意を消失し挫折に屈しようとも、そのお姿に失望することなく永劫にこの身を捧げサポートを施し続ける所存です」
俺の伸ばした手に、その僅かな温もりを帯びた小さな掌を乗せながら。
こんなダメダメな俺についてきてくれる存在に、俺はなんだか救われたような気がして……。
「……ありがとう、ミント」
……これじゃあ、どっちが主人公でどっちが攻略対象のキャラクターなのかがさっぱりわからない状況なと。そんな思考をめぐらせてしまう場面が繰り広げられてしまっていたが。
しかし、仲間に支えられたことによって、俺は落ち込んでいた気持ちを少しだけでも回復できたような気がした。
……これからでも、少しずつ強くなっていこう。そう自分自身へと誓い、俺はミントと共にユノとニュアージュのもとへと歩んでいった――――




