既知を辿る旅路にて
「次の目的地として向かっている『マリーア・メガシティ』っていう場所にはね、その大都市という区域の名に違わないあらゆる物が売っているのよ! そのマリーア・メガシティに本店を置いているあのブランド店にはカッコイイお洋服がたくさん用意されていたりするし。あの場所に構えているゲームセンターで稼動しているUFOキャッチャーには、とってもカワイイぬいぐるみの景品が多くてね! あとあと、あれの隣で開店しているアイスクリーム屋さんの三色アイスが、それがもう最高に堪らないの……!!」
「お洋服……! ぬいぐるみ……! わたし、実はつい先程までは不安でいっぱいだったのだけれど……ユーちゃんの話を聞いてから楽しみになってきちゃった……!」
「アイスクリーム……。このミント・ティー、ユノ様から発せられた言葉に交じっていた七文字の食べ物に、追求という心からの欲を感知しました。……この高揚感。とても抑え切れません……!」
ニュアージュという一時もの新たな旅の仲間を加えて。俺という主人公は同じパーティーメンバーであるユノに導かれるまま、ナビゲーターであるミントを連れて新たな旅路を辿っていた。
フィールド:哀愁平原・ハードボイルドに存在していた拠点エリア:黄昏の里を出発して数時間。その道中が見晴らしの良い穏やかな平原ということもあってか、爽やかなそよ風を受けながらのこの旅路は実に平和なものであった。
「それにしてもユノ。そのマリーア・メガシティっていうところに何度か行ったことがあるんだろう? しばらくはそこに滞在するということで話がまとまったものの、もう既に知っているその大都市はユノが求めている未知ととても掛け離れているように思うんだが……良いのか?」
「あら、私の意を汲み取ってくれてありがと、アレウス! でもそれであったら、その心配は全く必要無いわ! 何せ、そこは大都市とあって売り物が日替わりでコロコロと替わるものだから、毎日滞在していても全く飽きないの! 新たな売り物との遭遇は、新たなる未知との邂逅! 好きなものであれ嫌いなものであれ、私はその出会い自体に喜びを感じるの!」
「そ、そうなんだ」
ユノの目的は飽くまで、その未知との遭遇に趣を置いているらしい。
まぁ、ショッピングにしろ見物にしろ、売り物を見て回るというのは楽しいものだ。そこから喜びを見出すというのはまぁユノならではというものの、楽しみ方というものは人それぞれ。
当分はそこに滞在することになるであろうし、ならば俺もその地でこのゲーム世界の物品やシステムを把握しておこうと新たな目的地での目的を計画して。
そんな平和な思考に浸り、ただただ次なるその地に心を躍らせていた俺達であったが……。
「…………ッ」
ふと、ニュアージュがその顔に憂いを表す。
ちょっとした変化に全員が気付いて。彼女が向く方角へと視線を投げ掛けると、そこには四名ほどの商人の団体が対から歩いてきていた。
それはこちらにも気付いて。こちらの中に混じっていた彼女の姿を見つけては嫌悪を露わにし、同時に警戒と後退りを行い出すその団体。
口の動きは、化け物という一つの言葉を作り出していて。嫌悪的な雰囲気に包まれたこの状況とニュアージュの様子に、つい俺は怯んでしまう。
……どうするべきか。悠長にもその場でここから切り抜ける方法をめぐらせていたその時にも――
「ニ、ニュアージュ」
この停滞した空気の中。先陣を切って前進という行動を起こしたのは、隣にいたニュアージュであった。
眼前の存在とは一切と目を合わせず。通り抜けようと俯きながら早歩きで進んで行く彼女に俺もついていき。そこから同じく気まずい雰囲気に怯んでいたユノとミントも続いていく。
商人の団体を通り抜けて。そんな横を抜けて行く彼女や俺らを、蔑みを含めた警戒の眼差しで忌々しく見送り。
……そのまま前へ前へと道を辿っていっては団体と距離を離していって。しばらく歩き進めた後にふと立ち止まっては顔を上げたニュアージュに追い付き、そこから俺とユノとミントは彼女の様子を伺う。
ゆっくりとため息を吐いていくニュアージュ。
深呼吸を終えて。フッと息をつきながら、ニュアージュはおもむろにこちらへと振り向いてきた。
「大丈夫です、問題ありません。もう、以前までのわたしとは違いますので、ここで挫けたり憂いな思いに耽ることはございません。……わたしの過去の冤罪は、知らない内にも裏で手を回していたキャシーさんが引き受けてくださいました。なので、現在のわたしにあるものは、故郷であるあの村に主犯のモンスターを呼び込んだという噂話のみです。無実として扱われた今はただの噂話として留まっている故に、この身を捕らえ国に突き出しても意味を成さないことから彼らはわたしの存在を快く思っていないのでしょう。……こうしてわたしのみが外界に出られるのも、全てキャシーさんのおかげですね……」
その声音は、緊張で震えていた。
しかし、過去の自身に宿っていた勇気を取り戻した今。それでもニュアージュは悲劇の運命を前にしても引けを取らなかった。
未だにニュアージュとキャシャラトへの風当たりが強いこの現実がまた、真相を知る者にこうしてやるせない気持ちを抱かせる。
どうにかして、彼女と彼を悲劇から解放することはできないのだろうか。なんとかして、キャシャラトが人と馴染めて。人間へ抱いたその憧れが叶うその瞬間が訪れないだろうか。……そして、ニュアージュとキャシャラトが安心して、この外界に燦々と溢れてくる日差しの下で暮らせるようにならないだろうか……。
キャシャラトとニュアージュをなんとかしてやりたい。そんな思いを抱いては、しかしどうすることもできないこの目の前の現実に悔しさばかりを募らせてしまう。
行きましょうとこの停滞した空気を変えるために歩き出したニュアージュの背を追い掛けて。だが、このやるせない思いは依然として収まることがなく。ただただ、俺は心から二人のもとに安寧が訪れることを願い続け――
「…………っ!」
――その瞬間、ふと俺はある違和感に気付いた。
それは、この歩を進める足の動きが。歩みと伴って振られていた腕の動きが。そして、ニュアージュの背を見据えた前方の視覚が突如としてカクつきだし。それと共にして、周囲にいた彼女らもまた、俺の動きやこの世界の時間同様に動きが角張り始めて――
……ふと、全てが滑らかになった。
「アレウス? どうしたの?」
「……んぁ。い、いや、なんでもない」
「そう? ……まぁ、気持ちはわかるわ。私だって、何だかやりきれない気持ちでいっぱいなのだもの。だからこそ、私達がアーちゃんを。キャシーさんを守っていきましょう。それが二人の幸せに繋がることを願いながら……」
「あ、あぁ。そうだな。俺達にできることはやっていきたいな。悲劇を共にした二人が、幸せになれるように……」
俺に気を掛けたユノが、その胸の内に抱いた思いを打ち明けて。それを互いに確認し合っては、俺と共に改めての決心を共にする。
もちろんユノの言葉に賛同するし。俺もニュアージュとキャシャラトに、生きていて幸せだ、と。悲劇の運命を乗り越えてきて、本当に良かったと心から思ってもらえるような最高のハッピーエンドを与えたい気持ちでいっぱいだ。
……しかし。それにしてもなんだ、今のカクつきは?
次第に強くなった思いと共に訪れた馴染みの無い現象に、ただただと首を傾げる俺。
それでもここはゲームの世界だしまぁいいかと。これも何かのイベントの一つだったのだろうかと。プログラムで成り立つ世界だし、多少もの読み込みか何かで動作が重くなるのもこの世界における自然の摂理の一部なのかなと。
……そんなゲームという言葉で全てを納得しては、やはり首を傾げながらニュアージュとユノのあとを追って歩き出す俺。
一体なんだったのだろう。そんな疑問に浸っていたがために、俺は周囲への気配りがままなっていなかったものだが。……確かに、俺の隣を歩いていたミントもまた、俺同様にその首を傾げていたような気がしなくもなかった――――
「……今の反応は……? スキャン――完了……ッこれは――――」




