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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
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新たな未知を求めて

「アレウスー!! 早くしないと置いていくわよー!!」


 新たな未知に飢えたユノが、その限界を迎えた我慢に頬を膨らませながら大声で俺に呼び掛けてくる。

 その声を聞き付けては、大慌てで宿屋の階段を駆け下りて。ミントを連れながら廊下を走り抜けてきた俺は、宿屋のフロントの扉前で待機していたユノのもとに辿り着くなり、焦燥で絶え絶えの息をただただ吐き続けた。


「ハァ、ハァ……すまん、寝坊した……!」


「もー、日が出てくるその前に出発するって言ったでしょー? でもいいわ、遅れたところで死んじゃうわけではないし。寝坊は誰にだってあるものね、仕方のないことだわ」


「ありがたい……」


 その寛容な心に、ただただ感謝。


 昨晩は、遅くまでニュアージュと二人で話し込んでいたものだったから。会話を終えて宿屋に戻ってきたその時には、既にユノとミントは自室で就寝していて。あぁ、遅れを取ったなと思ったその矢先で寝坊してしまうというこの失態。


 そんな俺にやれやれといった爽やかな呆れ顔を浮かべながら。それじゃあ気を取り直してと再び未知への期待を込めた笑みを浮かべて微笑んでくるユノ。


「それじゃあ、新たな冒険に出発するわよ!!」


 その様子は、まるで遠足を楽しみにしていた子供のようで。とてもクールビューティな外見の少女が行うクールさの微塵も無い、とてもハツラツとした活力溢れるその姿。

 もはやそれに見慣れてしまっていたこともあって、あぁ、いつものユノだなぁという感想のみを抱き。同時に、この黄昏の里ともお別れなんだなと改めての寂しさを募らせていく俺。


 そんな俺達を見送りにきたのか。フロントのカウンターからにょろりと魚形を現したキャシャラトが、その姿を見せるなり浮遊しながらこちらへ近寄ってきた。


「君達とのお別れは実に心寂しいものを感じるよ。それにしても、本来であればニュアージュもここに居合わせられれば良かったのだが生憎深く眠ってしまっているものだからね。この前の出来事も出来事だ。きっとその疲労が未だに抜け切っていないのだろうから無理に起こさず静かに寝かせたままにしておくことにしたよ」


 その超が付くほどの早口は健在で。止まらず次々と発せられる言葉の連なりに対してはこの耳が慣れてきていたのか。最初と比べると、キャシャラトの言葉はだいぶ聞き取れるようになっていた。

 

「本人はとても悲しむことだろう。しかし慣れない環境や久方の真なる自身で参ってしまったその極度の疲労を癒すためにも致し方が無いと思っての判断だ。そんな彼女だが、最後にそのニュアージュの寝顔だけでも見ておくかい?」


「お気遣いありがとうキャシーさん。でもいいえ、それでアーちゃんを起こしてしまったら、せっかくの安眠が勿体無いわ。最後にお別れを伝えられないのは残念だけれども、でも、これは永遠のサヨナラってワケではないのだから。……きっと、いずれ、またどこかか……またここで会えるから。だからまた、この里に立ち寄らせてもらうとするわね! キャシーさんやアーちゃんと会うために!」


「ありがとうねユノお嬢ちゃん。そして、アレウス・ブレイヴァリー君とミントちゃんも」


 キャシャラトの朗らかな声音と笑顔に、俺も笑みながら頭を下げて軽く会釈する。


「……ところでユノお嬢ちゃん。君達はこれから、何処を目指して冒険をしていくんだい?」


「何処に行くか、ですって? ……ふっふっふ」


 キャシャラトからの問いを投げ掛けられては、得意げな顔をしながら返答を意図的に焦らしていくユノ。いや、そうとは言っても、彼女の返答はだいたいの予想がついているものだが……。


「決まっているじゃない! もちろん、気の赴くがままに突き進んでいく!! ただそれだけよ!!」


「……で、ユノ。予定は?」


 俺も敢えて聞いてみたものの、そんな俺の問いに『え、信じられない!』と言った内心がよく伝わってくる驚愕の表情をこちらへ見せてくるユノ。


「予定? アレウスも、もう知っているでしょ? そんなものは不要よ! でもそうね、飽くまで強いて言えば。これからの旅路を歩んでいく私達を包み込み、優しく撫でるかのようにそよそよと吹いてくるそよ風が、私達を新たなる旅路へと導いてくれる道標になるわね!! 事前にでも旅路のことを知ってしまっては、未知を求める楽しみが半減、いえ、それ以上! それこそ、九割方の楽しみが無くなってしまうのだもの!」


 怒涛の口数と共に、段々と俺に押し寄せてきてはその興奮のままに次々と言葉を連ねていくユノ。

 互いの顔と顔が近いこのシチュエーション自体は、決して悪くはないものではあるけれど。しかしこの押し寄せてくる気迫にはつい一歩ずつ退いてしまう。


 しかも、こちらが退くと、その分を埋め合わせるためにユノも一歩踏み出して近寄ってくる……。


「アレウス? 私のモットーを忘れてなんかいないわよね? 『道を辿りて未知を知る』ッ!! 完璧な私クオリティの造語ではあるけれど。この言葉の意味の繋がりこそが、私そのものなの!! いい? 最初から決まってしまっている道を辿るだけだなんて、そんなの冒険なんかじゃないわ! それはただの遠足よ!! 遠足!!」


 その期待感に溢れているユノが、まるで遠足を楽しみにしている子供のように見えてくる。

 そんな思考をめぐらせながら、俺は気迫に押されるがままに頷いて。その俺の様子を見て頷いたユノは、太陽のような明るい笑みを浮かべては満足げに一息をつく。


「……じゃあ、目に見える道標や事前の目標を用意すること無く。ただ当ても無くその道を歩いていくとするか……」


「その意気よ! アレウス!」


 グッジョブと親指を立てた手を突き出してくるユノ。もはや、彼女を制御できる人間なんてこの世界に存在しないだろう。

 ……と、こんな騒がしいやり取りを、何かを伺うようにじっと眺め遣っていたキャシャラト。その如何にも何かを訴えたげな様子を目にして、あぁ、ちょっとうるさかったかなと申し訳無い気持ちを抱いてしまったその矢先で。ふと、彼の口がゆっくりと開いた。


「……じゃあこの先の予定が無いということなのだね?」


「ユノ曰く、そのようですね。……どうかなされましたか?」


 思いに耽っていたのだろうか。俺の問いにふと気付く素振りを見せて、少し目を逸らしては、また俺達の姿を見遣ってを繰り返し……。


「……いや、これ以上君達の世話になるのは申し訳無いと思ってはいるのだ。しかし、ニュアージュというワタシの大事な小娘を託せる人物が、今のところアレウス・ブレイヴァリー君、ユノお嬢ちゃん、ミントちゃんくらいなものだからね……」


「遠慮しないでキャシーさん。キャシーさんやアーちゃんのことであれば、私達はどんなことでも不審を抱くことなく聞き入れることができるわ」


「……すまない」


 ユノに唆される形で。いや、ユノの気遣いからなる先導によって、ようやくと踏ん切りがついたのだろうか。

 それでもキャシャラトは未だに申し訳無さそうな素振りを見せながら。しかし意を決したことによって、ついに彼は俺達にある話を始めた。


「……実はだね。ニュアージュは今日の午前中にも、ワタシのお使いを控えているのだ。それはいつものお使いとさして変わらぬ内容である上に、ああして勇敢なる精神を取り戻した彼女であれば、間違いなく問題は無いはずなのだがね。……しかしワタシとしては、やはり彼女の身というものが心配でならないのだ」


「そのアーちゃんのお使いは、いつもの変わらないものなのでしょ?」


「あぁそうだ。……しかし、問題はその距離と目的地の環境なんだ。というのも、今日から赴くお使いというものが、数日にも及ぶ長期の出張であってね。短期ならともかく数日にも及ぶ長期のお使いというものは彼女自身、初めてのものなのだ。本人はもう大丈夫ですからと。過去の自分自身を克服したために心配など要りませんよとその依頼を受けてきたものだが。やはり孤独と現実との戦いになるその出張は、彼女にはまだ早過ぎたなと今更後悔してしまっていてね……」


 いくら消極的となってしまっていた自分を克服できたからといって、目の前に蔓延るあらゆる現実に立ち向かえるかと言うと、きっとそうではないことだろう。


 かなりの前向きな性格へと戻ったニュアージュではあったものの。今度はそれならではの問題が起こってしまっていた。

 それは、何事にも全力で立ち向かってしまうという、危険を顧みない性格になっていたこと。前に進む勇気を取り戻したことによって、何事にも彼女が自ら出向いて行ってしまうために。不満こそは無いものの、それに対してキャシャラトはそれならではの不安を抱いていたらしい。


「……アーちゃんの目的地は何処かしら?」


「目的地は『マリーア・メガシティ』と呼ばれる、この世界でも屈指となる有数の大都市でね。その人波でごった返す溢れんばかりの活気の中を、あの小娘一人で歩かせるのはまだ忍びないと思えるし。距離もここから相当に離れているために、道中における心配事もとても不安だ……」


「……うーん、マリーア・メガシティね。確かにまだアーちゃんには早いかも。……私、そこに何回も行ったことがあるから、案内役として一緒に同行していってもいいわよ?」


「……いいのかい?」


 ある意味では、この流れは既に予測できていた。


 ユノの返答に、不安がっていたキャシャラトに再び朗らかな笑みが戻る。


「えぇ、もちろん! えっと……ここはあの山岳地帯の途中で。あの井戸から出るとあの地域に出るから……そうね。ここからだととても複雑な道のりになってしまうから、きっと初めて行くにはかなり大変だと思うわ。そんな困難な道のりで挫けて、せっかく芽生えた勇気がポッキリと折れてしまってはアーちゃんが可哀相だわ」


 まるで自分のことのように。

 ニュアージュという一人の知人に寄り添う姿勢を。そんな少女を気遣って。自身に与えられた自由の時間を消費してまで、他人の事に尽くしたいというその博愛の心は。さぞ誰よりも長けた、ユノという人物の長所にきっと違いない。


「いいわ! 決定!! それじゃあアーちゃんを送ったそのついでとして、そのマリーア・メガシティを私達の次なる遠足の目的地といたしましょう!!」


 あぁ、飽くまでその旅路は遠足になるんだなと。そんなユノの言葉を拾い上げては彼女らしいと呟く俺。


「度々と頼み事を押し付けてしまって申し訳無いと思っている。しかしこれは君達にしか頼めない、ワタシ達の真相を知る君達を信じての頼み事なのだ。……だからどうか、ニュアージュをよろしく頼む……!」


 目の前に現れた一つの希望に、キャシャラトはただただ頭を下げて感謝の言葉を述べ続けていく。きっとそれほどまでに、すごく不安としていた心配事だったのだろう。


「そうと決まったら、アーちゃんの起床が待ち遠しいわね! でも、ただじっとしているだけだなんてのも勿体無いわ! ……アレウス! ミントちゃん! 次の遠足に向けての精力をつけるために、今の内にでも朝食をお腹いっぱいに詰め込んでおくわよ!!」


「あ、あぁ……わ、ちょ――」


 とても寝起きの人間とは思えないハイテンションのユノ。

 喋っているその内にも既にその身体は行動を起こしていて。俺の腕を鷲掴みにしては強引に引っ張り出し。そのままミントの背後に回っては、少女の背に優しく手を添えて押し始めて。そんな活発過ぎる彼女に誘導される形で流れるように酒場へと連れて行かれる俺とミント。


 その行動は活発過ぎるが故の、中々の強引さではあったものの。しかしこの強引の中にはきちんと、相手に対する人並みの心遣いが存在していたのもまた事実。


 ユノに強引と連れて行かれながら。そんな俺達の様子を眺めて、安堵を伺える朗らかな微笑みを浮かべていたキャシャラトに軽い会釈をしてから。俺はユノとミントと共に、酒場でニュアージュの起床を待つこととなったのであった――――




「これまでに経験の無い長旅となりますが、こうしてわたしの行動範囲を広げるためにも。そして、黄昏の里のこれからのためにも。わたし、精一杯に頑張ってきます」


 準備を万全にして。旅立ちの時を控えたニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズは見送りをするキャシャラトに一礼をする。

 

「……しばらく帰ってこないというのが、とても心寂しいものだね。……なるほど、これが親離れというものなのかな。確かにとても寂しく、とても不安なものだ……」


「心配は要りませんよキャシーさん。今のわたしであれば、あらゆる現実を受け入れ、様々な現実に立ち向かえます。今回のお使いも、必ず成してこちらへ帰ってきますから、今回のお使いも安心してお任せください」


「なんて心強い子なんだ。あの頃よりも更に成長したな、ニュアージュ……」


「キャシーさん……」


 その尾で少女の身体を包み込み。その頭を撫でて、一時もの別れを惜しむキャシャラト。

 そんな優しい温もりに包まれたニュアージュもまた。大事な人との一時の別れを惜しんで、自身を取り巻く尾を抱きしめる。


「……それでは、行ってきます」


「あぁ、行ってらっしゃい。……彼らと共に、良い旅を」


 キャシャラトから段々と距離を離していって。別れを惜しみながらも、ニュアージュは意を決して彼に背を向ける。


 向かい合った扉に手を掛けて。しかしその動作は、ある思考をめぐらせていたために非常に遅く……。


「……アレウスさん。ユーちゃん、ミントちゃん。……皆、もう遠くまで行っちゃったかな。最後にお別れを言えなかったの、とても寂しかったな……」


 同時として惜しんでいたもう一つの物事を思い浮かべながら。

 その思いが非常に強かったために、ニュアージュはそれを無意識に口から零しながらも。しかし今に叶わないその思いと共に、外と隔てる眼前の扉をゆっくりと開け払うとそこには――


「アーちゃん!! 待っていたわよ!! さ、早く来て! 目的地はマリーア・メガシティ! そこまでの道のりはとても大変なものだから、今回はそこまで私達も一緒に同行することになったの!! だから、これから辿るマリーア・メガシティまでの旅路を一緒に歩んでいきましょ! よろしくね、アーちゃん!!」


「…………え?」


 想像だにしなかった展開を前にして、ただただ唖然とするニュアージュ。

 扉を開けた彼女の先には、もう待ち切れないと既に外で待機していたユノと。そんなユノに連れ出された俺とミントの三人が立っていて――


「またよろしくな、ニュアージュ」


「こうして再度ニュアージュ様のサポートを務めることができ、このミント、心からの"よろこび"を感知することができます。改めてまして、どうぞよろしくお願いいたします」


「……え、皆さん……? どうしてここに……?」


 未だに現状の整理がつかないニュアージュに手を差し伸べるユノと。その活力溢れる仲間達を目にして困惑を抑え切れないニュアージュ。

 思いもよらない再開を果たし。……既に芽生えてしまっていた寂しさから解放されたことによって。


 ……目の前の光景を目にして。ニュアージュの中では、途端に溢れかえってきた感動の気持ちが形として流れ出し――


「……皆さんと、お会いしたかった……ッ!!」


「え? あ、ちょっと……アーちゃん! 大丈夫!?」


 あまりの感動を前にして。ニュアージュは堪らずその場で座り込んでは、大粒の涙を流し始めた――――

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