青空の向こう
テレビのローカルニュースでは、台風の影響を放送している。冠水はあったが、人的被害は出なかった。
最悪の事態も想定されていたことを考えれば、無事にやり過ごせたと言っていいだろう。
「なんか荒手で工事って言ってて怖かったけど、台風大したことなかったね」
「百間川があるから、この辺洪水しないし」
病院内のコンビニで、パジャマの入院患者と見舞い客が話している。
その信頼を守れたことが誇らしくもあり、そんなふうに思う自分が少し恥ずかしくもあった。
入院生活が長引いて暇なので、今回の体験を書き留めようと、ノートを買った。
報告書には入れていないことも書いているので、日記のようなものだ。
どこにも出すつもりはない。けれど、いつかどこかでこの体験が必要とされたときに思い出せるよう、記録しておこう。
ダンジョン攻略に関わったメンバーが、お見舞いに集まってくれた。
黒瀬たちは様子見のために一日だけ入院して、翌日退院できたのに、一人だけ残っている。
特別室なので、周りを気にせず過ごせるのはうれしい。
「三浦ちゃん、ええ部屋じゃなあ」
「異常空間対策庁が払ってくれるそうです」
「豪勢じゃな」
どういう風の吹き回しか分からないが、入院費用はあちら持ちになったのだ。
ダンジョンなのに、河川安全事務所に丸投げだったからじゃないか、と上司は言っていたが、多分掛け合ってくれたのだろう。
危険手当ももらえそうだ。ただし、その理由はダンジョン攻略ではなく、台風下での河川維持のため、となった。きっと河川安全事務所側の公式文書に、あのダンジョンのことは記録されない。
「まだしばらく入院ですか?」
「もう平気なんですけど、慣れないことをしたので、少し疲れが出たようです。あと、向こう持ちだから、もうちょっと入院しとけって上司が言ってるので」
高原が心配してくれているが、おぼれかけたことの影響はもうない。
けれど、ここのところの無理に身体が悲鳴をあげた。もともと探索者と一緒に行動できるような体力はなかったのだ。
それに、すぐに仕事に復帰しなくていいという、上司の気遣いなのだと思って、甘えている。
「三浦さんが退院したら、みんなで金甲山にドライブに行きませんか?」
「美咲ちゃん、ええわ、それ。行こう!」
「よければ、田嶋さんのお子さんも一緒にどうです?」
「古代の瀬戸内海、見たかったです……」
古代の人たちも家族や仲間と、児島にある金甲山から瀬戸内海の島々の景色を楽しんでいたに違いない。
そんなことに思いをはせながら見ると、いままでとは違ったものが見えそうだ。
「で、コア破壊の報酬の話なんだけど」
「それは異常空間対策庁に」
「それが、あのハンマーなくしたから、差し引きゼロだと」
異常空間対策庁が、川底に沈んでいないか調査しているそうだが、まだ見つかっていない。
あの状況で持って帰ってこられなくても、仕方がないだろう。ちょっと理不尽だ。
「ダンジョンというより、治水の一環だから、河川安全事務所か地元にもらえばって言われたんだよな」
「交渉してみますが、河川安全事務所には予算がありません……」
「私も頑張ってみますが、市は財政難で……」
「知ってたよ……。地元だからな」
黒瀬ががっくりと肩を落とした。
命を懸けてくれた人に、ちゃんと報いたいが、ない袖は振れない。なんて世知辛い。
黒瀬もダメもとで言ってみたようだが、上司には掛け合ってみよう。
「そうだ、これ、作業服のポケットに入ってたんですけど、もしかしてレアメタルですか?」
「おお? ダンジョンのドロップ品に似とるが、どうじゃろ」
「初めて見る。鑑定に出さないと分からないが……ドロップ品にしては大きいな」
青緑で、表面はつるりとしている。金属にも石にも見える、親指の先ほどのものだ。
いったいいつポケットに入ったのか分からない。ダンジョンの中なのか、外なのかも分からない。
汚れた作業服を洗濯しようとしたときに、気づいた。濡れた服は病院に着いた際に脱がされて、ビニール袋に詰められていたので、ポケットに入ったのは、救急車に乗るよりも前だ。あの大渦に巻き込まれたときだろうか。
「きれいですね。ちょっと龍の鱗っぽいですよね」
「私にも見せてください! うーん、鱗はもっと平べったい気がしますけど、でも色はそれっぽいです! これ、龍神さまからのごほうびじゃないですか?」
白石らしい言い方に、温かい笑いが病室を満たす。
頑張ったごほうびなら、素直にうれしい。
「黒瀬さんたちに差し上げます。価値があるか分からないもので、申し訳ないんですけど」
「いやいや、さすがにもらえない。こちらから鑑定には出すが……」
「でえれえ価値があったら、どうすんじゃ?」
「とんでもない値段が付いたら……」
一人一人の顔を見回す。
相良の地図がなければ、あの広いダンジョンを進むことができなかった。
田嶋には、命を救われた。
黒瀬は、ダンジョン攻略の要だった。
白石の知識がなければ、コアにたどり着けなかった。
高原のサポートに、ずっと心を支えられていた。
「山分けしましょう。龍神さまのごほうびなら、みんなで分けるべきですよ」
一人では成しとげられなかった。
このメンバーだったから、頑張れたのだ。
病室の窓から外を見る。
台風など忘れたような青い空。そこに浮く一本の白い雲が、空を駆ける龍のように見えた。




