4-2 地形変化の恐怖
なんとか、児島湾大橋に到着した。
「こちらダンジョン班、これから児島湾大橋を渡ります」
『本部了解。干潮まで、あと一時間』
まだそんなに時間があったのか。全員が、大きく息を吐きだした。
洪水から逃げ回り、見えているのに遠回りを余儀なくされるフラストレーションから、やっと解放された。
橋はコンクリートでできているので、ヌートリアはいない。
「行くぞ。向こうで降りても、おそらくヌートリアがいる」
「そうでした……」
「頑張るしかないでしょ。じゃなきゃ、ヌートリア地獄を抜けた意味がない!」
呼吸だけを整えて、児島半島へ渡り、コアの対岸へと急いだ。
「なんとか間に合ったな」
「一時はどうなることかと思いました」
周りでちょろちょろしているヌートリアは、こちらは気にせず、浜を掘っている。
気をもんでいるだろう本部に連絡を入れよう。
「こちらダンジョン班、コアの沖合で待機中」
『本部了解。干潮まで、あと十五分だ』
石碑を背に、船が現れるのを待っている。干潮の少し前に舟は現れるので、そろそろのはずだ。
やっとこれで終わる。
どこからともなく現れた小舟を見つけたときに湧き上がったのは、そんな感情だった。
けれどそれは、近づいてきた舟を見て、絶望に変った。
「ヌートリアが乗っている……。かじられてる……!」
「やばいぞ!?」
堤防だけじゃなくて、船をかじるなんて、どれだけ嫌がらせなんだ!
「修理いそげ!」
「でも板なんて、どこに……」
「穴を塞げればいい。あの岩までもてばいいんだ」
田嶋がリュックから取り出したもので、応急処置をしていく。材料はビニールやガムテープ。なんでそんなものを持っているのか分からないが、いまはありがたい。
「俺だけで行く」
「ですが」
「下がってろ!」
台座は完全に姿を現している。
珠を片手に持った黒瀬を乗せた小舟は、勝手に台座へ向かい、そして沈み始めた。
「やばい、浸水してる!」
ここの水に触れた外部からのものは、どこかに消えてしまう。補強した部分が消えてしまい、船が沈んでいく。
「黒瀬さん!」
「下がれ!」
黒瀬が小舟から浜に向かって飛ぶのを見た瞬間、田嶋に腕をひっぱられて、訳の分からないまま、石碑のところまで駆けあがった。手をひっぱられているので振り返ることもできず、田嶋に遅れないように、必死で走った。
やっと田嶋が立ち止まったので、後ろを振り向くと、そこにはいままでとは違う景色が広がっていた。
海が一気に広がり、児島が完全な島になっている。児島湾だったところには、海の流れが発生している。
そして、岡山市街地のほうの陸が、とても遠い。
「古代に戻った……」
黒瀬がつぶやいた。
東の地平から光が差し込む。
橋を見ると、すでに消えていた。
しばらく、誰も何も話せず、呆然と古代の海を眺めていた。
大きく息を吸ってから、吐き出す。それを二、三度繰り返してから、無線機を手に取った。
「こちらダンジョン班。攻略失敗。攻略失敗です」
『……本部了解』
そんな暗い声で返さないでほしい。こっちだって必死だったのに。
「……全部パーかよ。もうちょっとだったのに!」
「時代に負けました……」
「しかも、あんなもふもふ撃つん、罪悪感にかられるじゃろうがぁぁぁーーー!」
行き場のない怒りとやるせなさに、がっくりと肩を落とす。
みんなそれぞれ違う方向に向いて、気持ちを吐き出している。
『えっ……じゃあ避難指示……無駄だった?』
おそらく聞かせるつもりはなかっただろう高原の声が、無線から聞こえてきた。
市民との最前線に立って、避難指示に対して文句を言う市民に頭を下げてきた彼女に、申し訳がない。
しばらく、誰も動けなかった。
『本部です。帰還してください』
「古代児島に取り残されましたので、夜まで戻る道がありません」
『……本部了解』
帰ってきて説明しろと言いたいのかもしれないが、戻る道がないのだ。
だが、帰ってすぐになじられないのは、逆にいいのかもしれない。
「帰る道がなくなりましたね」
「だな。一日食料なしか」
「どうしましょうか?」
夜まで、このままここで待つか。何かするか。
「せっかくだから、朝日に照らされる古代瀬戸内海でも見に行くか」
「……そうですね」
「ええなあ」
身体はとても疲れているが、一度座ったらもう立ち上がれない気がする。
黒瀬たちについて、橋があったところまで戻った。
「ん? この灯篭あったか?」
「見たことありませんね」
仕事モードに戻った相良も、腰の高さくらいの灯篭の周りを確認している。
そして、黒瀬が意を決して触れたが、特に何も起きない。
「ただの遺跡か……」
遺跡にしては、違和感がある。
「それ、変じゃありませんか?」
「何がだ?」
「時代が合いません。いまって、古墳も消えている時間ですよね」
「たしかに……」
さっきまで現代だったので、見過ごしそうになったが、古代の時間帯に合わない。
古墳はただ石を積んだだけに見えるが、この灯篭は石を切り出して作ったように見える。
ダンジョンが設置した石碑と同じ匂いがする。
ここにきて、また謎が増えた。
「これ、この丸いところに玉を置いたら、橋が架かるんじゃないか?」
「え? そんなことあるんですか?」
「ダンジョンでは、よくあるギミックだ。見ろ、このいかにもな凹み」
灯篭を見ると、確かに宝珠をぴったり置けそうなくぼみがある。あの台座と似ている。
だが宝珠は日の出とともに消えてしまったので、試せない。
「現代じゃなくても、児島に渡れる……?」
「だろうな。条件が厳しすぎると思っていたが、ここでこんな隠しギミックがあるとは」
「でも向こう側、そもそもたどり着けませんよね?」
「……だな」
あのあたりは干拓で広がった土地だ。そもそもたどり着けない。
それともまた船が用意してあるのだろうか。
「おそらく、これを発見して、橋を渡った児島にコアがあると分かって探す。それが一般的なシナリオだろう」
「コア探知機と白石さんのおかげで、この橋をすっ飛ばして、答えにたどり着けてしまった」
「だろうな」
きっとこの橋のギミックに気づくまで時間がかかり、そして第二の石碑を見つけるまで、コアのありかには気づけなかった。
このダンジョンには、攻略させる気が一切ないように思える。
「でもどうして、いままでなかったのでしょうか?」
「調べるにしても、夜まで時間はたっぷりある。まずは観光に行こうぜ」
「観光って」
「この状況で、他に何楽しみにすればいいんだよ」
そこに、そこからそっと手が出てきた。その手のひらに乗るのは、半透明の白い塊。
「水は少しだが、砂糖なら」
「田嶋、でかした!」
探索者なら、これくらいのサバイバルは慣れているのか。
氷砂糖を一つ取って、口に入れる。その甘さが、身体に優しい。
「甘いですね」
「砂糖だからな」
少しずつ、落胆から動きを止めていた頭が回りだす。
「観光に行きましょう」
黒瀬がこちらを見た。こくりとうなずく。
「行こう」
「こっちに歩けそうなところがあります」
相良が、南側が見渡せる場所をドローンで探してくれた。
田嶋がリュックから取り出したロープをかけ、森の斜面を登った。
そして到着した尾根からは、瀬戸内海の島々が見渡せた。
「これが古代の瀬戸内海……」
瀬戸内海に朝日が当たり、海の青と島の緑が輝いている。
言葉が出ない。
誰も言葉を発しないまま、その景色を見ていた。




