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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
ある衛士の引退

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三つの戦術

 多重階層都市ソラリス。あの大規模侵攻の爪痕から奇跡的な復興を遂げつつある都市の裏側で、衛士隊の心臓部たる総監部の一角は、連日張り詰めた熱気に包まれていた。


 衛士としての前線勤務を退いたあと、一ヶ月の休暇を経て衛士隊の「訓練部参謀」に着任したエルザ。

 新調された参謀用の制服に身を包み、広大な執務室のホログラムスクリーンを見つめていた。休暇中に訪れた下層の青空や、かつての戦友たちとの穏やかな時間は、彼女の心に見事な活力を与えていた。しかし、前線から退いた彼女に課された初仕事は、極めて冷徹で、かつ重い現実の打開だった。

 大規模侵攻。そしてソラリスは生き残った。

 だが、その代償として少なからぬ衛士の命が失われていた。前線の戦力立て直しは一刻を争う。エルザに命じられたのは、今後の衛士隊の運命を左右する「次世代衛士訓練計画」の立案だった。


「机の上のデータだけで、次の世代を育てる教本は書けないわね」


 エルザは小さく呟き、端末に部隊長を招集する申請を入力した。彼女が求めたのは、あの地獄を生き抜き、現在の衛士隊を文字通り牽引している現場の「生きた意見」だった。


 二日後、エルザの執務室の重厚な扉が開き、三人の女性が姿を現した。

 衛士隊全部隊の中でも最強クラスの攻守バランスを誇る、第3独立遊撃部隊「ヴィクトリア」の隊長マヤ。

 先ごろ開発されたばかりの新戦術システム『精神同調(シンクロニシティ)』と、それを可能にする固い絆で売り出し中の、第7独立遊撃部隊「ノヴァ」の隊長リナ。

 そして、兵装先行評価部隊として、変形機構付き最新鋭兵装「アグライア」を駆使し独自の限界駆動で道を拓いた、第8独立遊撃部隊「インノヴァーレ」の隊長エレナ。


「第3部隊マヤ、招集に応じ参上いたしました、エルザ参謀」


 マヤをはじめとする三人は、かつて前線で都市の盾として聳え立っていた偉大な先輩に対し、一糸乱れぬ動作で最上級の敬意を込めた衛士礼を捧げた。


「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。全員、掛けなさい」


 エルザは優しく微笑み、三人に着席を促した。


「単刀直入に言うわ。侵攻によって私たちの戦力は大きく削られた。現在、訓練学校にいる候補生たちを、一刻も早く実戦に耐えうる衛士へと育て上げなければならない。そのための新しいカリキュラムについて、あなたたちの部隊が持つ独自の『戦術論』から意見を聞かせてほしいの」


 最初に口を開いたのは、最も実戦経験の長いマヤだった。彼女の直剣は、五年間の修羅場によって研ぎ澄まされている。


「私は、何よりも『個人の絶対的な技量』の徹底追及を提案します。大規模侵攻のような混戦下では、通信が遮断され、陣形が容易に瓦解します。頼れるのは己の刃の精度だけです。個々が独立した強者であれば、どんな泥濘の防衛線であっても単独で持ちこたえることができる。基礎の刺突、基礎の防壁展開――それらをミリ単位で完成させる孤高の訓練こそが、新兵の生存率を最も高める論理的最適解です」


 圧倒的な超人主義。個の強さで戦場を支配してきた第3部隊らしい意見だった。

 すると、その言葉に真っ向から、しかし静かな闘志を燃やして異を唱えたのはリナだった。


「マヤさんの仰ることは理解できます。でも、全員がマヤさんのように才能に溢れているわけではありません。私は、部隊内の『絆と精神の同調(連携)』を最優先した集団戦術訓練を取り入れるべきだと考えます。個人の力が小さくても、アリアの目、モモの掃討、クロエの刺突のように、お互いの弱さを補い合い、信頼で繋がったチームワークがあれば、個人の極限を遥かに超えた大火力を生み出すことができます。新兵に必要なのは、孤立に耐える強さではなく、隣の仲間と歩幅を合わせる信頼の訓練です」


 チームの精神同調システムによって勝利を掴んできた、第7部隊ならではの血の通った戦術論だった。

 二人の意見を聞いていた第8部隊のエレナが、不敵な笑みを浮かべて髪を払った。


「精神論も連携も、道具の進化の前には効率が悪いわね。私は『最新兵装の適応訓練』への完全移行を具申するわ。第8部隊が証明した通り、変形機構や自立ビットを搭載した最新鋭のエーテル兵装は、一人の戦闘力を数十倍へと乗数的に引き上げる。技量の不足や精神の未熟さは、高度なテクノロジーがすべてカバーしてくれるわ。これからの時代に教えるべきは、古典的な剣術や槍術の反復じゃない。最新のシステムを完全に脳波と同期させ、限界駆動オーバードライブさせるための訓練よ」


 技術による絶対的な効率化。最新兵装のテストベッドたる第8部隊の誇りがそこにはあった。


 圧倒的な個人技量の第3部隊。

 隊員の絆と連携の第7部隊。

 新型兵装の第8部隊。


 三者三様の、どれ一つとして間違っていない、現場を勝ち抜いてきた者たちだけの崇高な思想の衝突。

 エルザは、ホログラムスクリーンに三人の意見をプロットしながら、その瞳に深い知性と満足の光を灯していた。これこそが、彼女が求めていた「生きた戦場の現実」だった。


「素晴らしい意見をありがとう、全員。……あなたたちの言葉を聞いて、新しい教本の骨組みが見えたわ」


 エルザは立ち上がり、三人の若き隊長たちを頼もしそうに見つめた。彼女の胸の金色の参謀バッジが、人工太陽の光を反射して鋭く、美しく輝いていた。

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