第182話 カアレの楼閣にて
カアレの町の一角、楼閣の見晴らし台――。
レイラは眼前に広がる街の情景を見下ろす。
街はいつもと何も変わらない。
レイラが今どのような心持でここにいるかなど、誰も気にはしていないだろう。
しかしそれは、街の人々がただ、自分たちの日々の営みを今も続けているだけに過ぎない。
(わたし、必要ないって言われた――)
レイラの短い人生において、「必要ない」といわれたことは無かったと記憶している。
カイン様のところに預けられた後、しばらくしてギルドの仕事を始めた。ギルドでは担当冒険者の個人記録、特徴、経歴などをすべて把握し、その冒険者が次にしたいことを予測し、すべきことを提案し、適度に休むことも進言し、多くの冒険者たちから「感謝」されていた。
トールさんの担当になった後も、トールさんへの適正依頼の提案なども、順調に行っていたはずだし、他の冒険者と同じように「感謝」もされていたと思っている。
(どうしてこんなことになっちゃたんだろう――)
トールさんたちのパーティに入ったのは、一義的にはカイン様が命じたから、だが、その話を聞いた時、レイラは心が高揚するのを否定できなかったのだ。
『一緒にいれば、トールさんの成長をずっとそばで見ていられる』――。
そう思うだけで、心が躍った。
トールさんは少し変わった冒険者で、新人にしては年齢が高すぎた。だけど、成長速度はとてつもなく早く、実績をあっという間に積み上げて、気がついたら、『白金級冒険者』にまで、あと少しというところまで登り詰めてきている。
そして――。
――『勇者』。
それを目指すと、この間みんなで話した時に言っていた。
『魔人戦争』の終結――それがラムさんの目的で、トールさんはラムさんの計画に協力していると。
(――やっぱり、ずっと見ていたい)
ラムさんが『魔王』、トールさんが『勇者』になれば、これまでとは違った世界が本当にやってくるかもしれない。
『ホムンクルス』であっても、『人間』として受入れられるような世界がくるかもしれない。
「レイラ!!」
背中の方からレイラを呼ぶ女性の声――やや幼めのこの声はジュエレーさんだ。
「――こんなところにいたのか。街中探し回ったぞ?」
「わたし、を――?」
「急に飛び出していくから、後を追って拠点を出たんだけど、な。お前、足速いから――拠点を出た時にはもう、姿が見えなかった。それで、駆けまわって探してたってわけさ」
「す、いません――、なんか……」
「ん、あ――、そんな事より、だ。私たちの話はどこから聞いてた?」
「え? えっと――、ラムさんが、わたしにパーティを抜けてもらう、って言ったあたり、ですね――」
「――そうか。ならどうしてそうするかという話は聞いてないんだな?」
「どうしてって、私が皆さんより弱いから――でしょう?」
「まあ、極端に言えばそうなんだが――。ラムがそうすると言った真意は、お前の身を案じてのことだ。今日、私はバーミエッタの刺客に襲われた……」
「え? バーミエッタって、『魔将』の、ですか?」
「ああ、そうだ。刺客二人にこのカアレの街路で襲われたんだ」
「この街中で、ですか!?」
レイラの表情に一瞬緊張が走った。そして、
「それで、その刺客は――」と、恐る恐る聞き返す。
「死んだよ――。もう終わったことだ。それより、この先私たちと一緒に行動していたら、次に狙われるはお前かもしれない――」
「それが理由――ですか……。それなら、もう遅いですよ――」
「――――」
「わかってるじゃないですか。だから返事が返せないんです。ここでジュエレーさんが襲われたってことは、私が一緒にいるってことはすでに察知されてるはずです。だったら、パーティを抜けたところで、結果は同じです」
「――――そう、だな。そうかもしれない……」
「だから、理由はそれではないんです。――わかってます。ジュエレーさん、私がどうして『白銀級冒険者』だったか、分かります?」
「――いや」
「私、諦めたんです――。カイン様について行こうと思ってカイン様みたいになろうと思って頑張ったんです。でも、戦闘能力の伸び方が、どうやっても致命的に遅いんです。私、『白銀級』までに、5年もかかったんですよ?」
「そう、なのか――」
「そうなんです。だから自分が戦闘に向いてないと思って、カイン様の薦めでギルド職員になりました。でも――! 今度は、諦めたくないんです! わたし、頑張って、もっと強くなります……だから――私を置いて行かないで……おねがい……」
レイラはとうとう涙を堪えきれなくなり、目から大粒の雫を落とした。




