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第15話:試作品

 居住区の郊外、緑に囲まれた静かな一角に、まるで大きな木の幹と一体化したような建物がある。

 レンが営む雑貨店に隣接する形で、彼のラボは併設されていた。

 その外観は独特で、まるでファンタジー世界の魔法使いが住んでいそうな雰囲気をしている。このラボのデザインも、彼のこだわりの一つだった。


「ボクの秘密基地へようこそ。ユグドラシルの研究員を招くのは初めてだよ」

「……」

 ラボの中は、色とりどりの薬草が棚やテーブルの所狭しと並べられている。乾燥させた葉や根、鮮やかな花びらがガラス瓶に詰められ、独特の香りが空間を満たしていた。



 窓際のテーブルに案内されたセリスは、虹色に輝くミルクレープに釘付けになっていた。

「ふふ、ちょっと待ってね。セリスちゃんは、紅茶でよかったかな」

「……え、えぇ。すみません、お代はお支払いします」

「いいんだよー。それ試作品だからさ、ぜひ感想聞かせてもらえるかな」

 レンはくすっと笑いながらお茶を淹れている。

 温かくほのかに甘いその香りに、セリスは森の中にいるような自然の息吹を感じた。

「……紅茶、すごくいい香りね」

 セリスがそう呟くと、レンは微笑みながらカップを差し出した。

「どう?この紅茶、ユグドラシルの薬草を使ってるんだ。もし気に入ってもらえたら、商品化しようかな」

「いや、私に委ねられても……」

 セリスの困った表情を見て、レンは笑いながら答えた。

「ごめんごめん。参考に聞きたいだけだからさ、率直な感想を教えてよ」

 セリスは紅茶を口に含むと、静かに目を閉じた。

「……不思議な香り。でも、すごく優しい感じがする」

「リラックス効果によく効く配合を試してみたんだよ。狙った通りでよかった」

 レンはセリスの表情を見ながら満足した様子だった。



 セリスはゆっくりとミルクレープに手を伸ばした。

 一口頬張ると、ふわりとした生地の柔らかさが心地よい。セリスは少し驚いたような表情をした。

 薬膳ケーキというから薬草独特の風味を想像していた。けれど、苦みはほとんど感じなかった。

「……美味しい。甘さはひかえめなのに、苦みはほとんどないのね」

 レンはあえて何も言わず、じっと様子を見ていた。

「少しだけハチミツの香りを感じる。でも、それだけじゃ苦みはごまかしきれない……。薬効は、低温で時間をかけて抽出したのね」

「そうだね。風味を残して苦みを減らす工夫さ。でも、薬草の成分をそのまま配合するとどうしても苦み成分が残るんだよ。だから、色々な素材とのバランスを試して、苦みを感じさせない配合を見つけたんだ──」


 レンは嬉しそうに薬膳ケーキの工夫を語り続けていた。その話す姿を見て、セリスは彼の試行錯誤の努力を感じるのだった。

「美味しかった、ごちそうさまでした。……ごめんなさい、大したことも言えなくて」

「いいんだよー。あ、じゃあさ、一つだけ聞きたいことがあるんだ。紅茶のおかわり淹れるから、ちょっと待ってね」


 セリスは内心少し申し訳ない気持ちになった。試作品といっても、紅茶もケーキも既に商品にしても十分なクオリティに感じていた。自分から何かアドバイスできるとは思えなかったから……。

 しばらくして、レンが紅茶を持ってテーブルに戻ってきた。

「セリスちゃんってさ、植物に話しかけるけど、何か聞こえたり感じたりするのかな?」

全く違う角度からの質問に、セリスはきょとんとしていた。

「……え、えぇ」

 植物に話しかけていると、周囲の視線が気になることはある。けれど、植物の反応を肌で感じ、何か答えてくれている気がして、その行為が変なことだとは思わなかった。

「聞こえるわけじゃないけど、子どもの頃から植物のことがわかるというか、感じる気がするの」

「なるほどね。そういう感覚って周りには理解されないけど、確かに大切なものだと思うよ」

 いつもの雰囲気と違い、レンの表情は真剣なものだった。

”なんでこんな質問を……。まさか、彼も植物のことを感じるの?このラボはその研究のために……”

「じゃぁ、何か精霊のようなものを見たりしたことはあるかな?」

 バンッ!と両手をテーブルに突き、セリスが立ち上がった。



「先日、ある森の奥で、リストのAIが停止したの。ホログラムに何かが映った」

「……驚いたなぁ。急にどうしたのセリスちゃん」

 その言葉とは裏腹に、レンは全く驚いた様子を見せなかった。だが、セリスにそんなことはどうでもよかった。

「そのホログラムは、私に何かを伝えようとしているように感じたわ。あなたにも同じような経験があるの?」

「……」

 レンは紅茶をすすりながら、穏やかな表情を浮かべていた。けれど、その目はセリスを真っすぐに見ていた。

「あるのね……。教えて、あの現象はいったい何なの」

「それは、ユグドラシルの声なんじゃないかな」

「あなたは、ユグドラシルの声が聞こえるの?」

「うん、少しね」

 セリスは言葉を失い、唖然とした。

 二人の間に沈黙が流れた……。



 ユグドラシルは汎用人工知能と融合している。たしかに、言語を理解する知性を持っていても不思議ではない。

 しかし、ユグドラシルの本体はあくまで樹木であり、会話ができるなんて聞いたこともない。ましてや、リストのAIにアクセスしてホログラムを映すなんて……。

 中央図書館で調べたり、研究所のデータベースにもそんな事例はなかった。

 セリスは時間の感覚を失っていた。沈黙の時間が短かったのか長かったのかもわからなかった。


「セリスにも、いつか聞こえるさ」

 レンはすっと立ち上がり、セリスを店の方に促した。

”この人、何か知っている──”


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