第12話:切り株
二人は森の中を歩いていた。
森の奥深く、辺りは薄暗い。歩くのに、快適といえる環境ではなかった。しかし、セリスは最適なルートを選び、難なく歩みを進めていた。
ミナのカスタマイズされた専用スーツには、高感度センサーが多く取り付けられ、AIが安全に進めるルートを示していた。
セリスにそのような装備は無かったが、自然を肌で感じ取り、歩く姿は軽やかだった。ミナはセリスのすぐ後ろから驚きと共に見守っていた。
”セリスの歩くペースが全く乱れない……まるで自分の庭を歩いているよう”
セリスは後ろからついてきてるミナに合わせ、歩調を調整してはいた。だが、彼女はユグドラシルのことが気になって仕方がなかった。
森に入ってからの道中、セリスは無言だった。焦りや緊迫感などはなく、表情に怯えた様子もない。
”ユグドラシルの異変は必ず私が見つける”
彼女の心から恐怖心は一切消え去っていた。
やがて、二人の目の前にユグドラシルの幹が現れた。
「へぇ、第1区画の本体からかなり距離あるのに、こんなに大きな根を伸ばしてるんだね」
「そう、この根から伝わってくるの。ユグドラシルの力が……」
ミナはふと、この時のセリスの言葉が気になったが、少し情緒的になっているのかと思い、ミナは何も言わなかった。
「……」
ミナは、リストを操作して周囲のスキャンを開始する。
カスタマイズされたスーツのセンサーが、周囲を入念にスキャンする。だが、特に異変は何も見当たらなかった。
「ミナ姉、こっち……」
「あぁ、今いくよ」
セリスは迷うことなく、例の洞窟の入り口の方へ案内する。まるで導かれるように、セリスが歩みを進めていく。この時ミナは、妙に落ち着いたセリスの方に違和感を感じていた。
──それからしばらく幹の沿いを歩き続けると、その入り口は姿を現した。
「ここが、例の洞窟?」
ミナの言葉に、セリスは無言でうなずいた。
「AI、周囲をスキャンして」
『周囲のスキャンを開始します──』
ミナのスーツに内蔵されたセンサーから放射された光が地面をなぞる。光は周囲の物体をスキャンし、その結果をリストに表示する。
『異常なし。地形、気温、湿度、土壌成分に特異な変化は検出されていません。動物の動きも特に異常はありません。安全確認を完了します』
彼女は、”よし”と心に叫び、胸を張って足を踏み入れた。
薄暗い空洞が彼女たちを静かに迎え入れる。
セリスは一歩ずつ慎重に足を踏み入れ、冷たい空気が肌を撫でるのを感じた。壁に触れると、湿った樹皮のような感触が伝わってくる。
リストに点灯するライトを洞窟の奥に向け、周囲の様子を探る。静寂の中、二人の息遣いが妙に大きく感じられた。
足元の石は滑りやすく、時折小さな水滴が落ちる音が響く。
「ここが、ユグドラシルの根に続くのね……」
ユグドラシルの根にあたる部分が僅かに発光している。それは命の脈動を感じさせるようだった。
”綺麗……たしか、以前来た時もこの光が”
──その時、セリスのライトが急に消えた。ライトだけではなく、リストのAIがシャットダウンする。
「えっ!?」
セリスの表情が凍り付く。
「落ち着いて!……私がついてる」
ミナの手がセリスの肩に触れた。
セリスは、ミナの存在のおかげで落ち着きを取り戻していた。
「セリス、大丈夫?深呼吸して」
「えぇ、ありがとう……」
『Life Link Support AI 再起動を開始します』
リストの急なシャットダウンは不思議だったが、無事に再起動が進んでいた。
”なんで、セリスのリストだけ……”
ミナも当然不思議に思ったが、その言葉は口に出さずにいた。
セリスは気を取り直し、周囲を改めて見渡した。
肩に添えられた手がガタガタと震えだした……。
「え、ミナ姉どうしたの?」
「セリス……それ」
ミナの視線は、起動したセリスのリストに向けられていた。
主人であるセリスに似たホログラムがいるはずのそこに、不鮮明な影のような顔のホログラムが、無言でセリスをじっと見ていた。
セリスは叫んだ──
ミナにしがみつき、左腕を遠ざけるようにピンと伸ばしている。
ミナも、咄嗟の出来事に驚愕し、セリスを抱きしめることしかできなかった。
『セリス』
ホログラムがしゃべった。なんか、声が優しい。二人は同じことを思っていた。
「……え?」
『こんにちは』
彼女たちは一瞬顔を見合わせ、ホログラムに目を向ける。
すると不鮮明だったその姿は徐々に変化し、可愛らしい顔をした切り株が姿を現した。
『こんにちは、セリス。恐れずに、耳を傾けてほしい』
「……えっと、リストの不具合かな?」
『ううん、違うよ。キミのAIは、今眠ってもらってるよ』
切り株くんは短い手を一生懸命に使い、身振り手振りでセリスに訴えかけている。
二人は、的を得ない切り株くんの話しに首を傾げた。
リストのAIは使用者の好みで姿かたちを変えられるが、こんな可愛い……もとい、ふざけた姿のAIは見たことがない。
切り株の姿をしたホログラムは、ふわふわと揺れる小さな葉っぱの手を振りながら、にこにこと笑顔を見せながら話はじめる。
セリスは少し戸惑いながらも、思わず笑みを浮かべた。
その可愛らしい切り株に、彼女は心を開き始めていた。ミナは、その背後で警戒心を解いてはいなかった。
”こんなAI、見たことない”
ミナは、後ろからセリスをスキャンする──
一見、異常な動きは見られない。しかし、その瞬間ミナはセリスの違和感に気づいた。
”起動してない……”
セリスのリストは起動しておらず、AIも停止している。セリスのリストと通信もできない。
ミナが叫ぶようにセリスに言った。
「セリス、油断しないで!そのリストは何者かに操作されている」
セリスは、ハッとした様子で切り株を見つめた。
『ボクを怖がらないで』
「ミナ姉……」
ミナは護身用のテーザーガンに手をかけ、ホログラムに問いかけた。
「答えなさい、あなたの正体はなに?」
『……ボクは、ユグドラシルだよ』




