地雷女子の事情聴取②
「未有ちゃん、お腹空いたでしょ? 一緒にお昼食べよ」
重箱を抱える織部の顔が浮かないのは見間違いではないだろう。
夕木の机は、昼休みが訪れても空席のままだ。伊澄も含めた三人でスマホを寄せ合い、何度かメッセージを送ってみたが、返信どころか既読すらつかない。織部に至っては半狂乱でスタンプを連打していた。逆にブロックや通知切りを食らう引き金になりそうだったので、「あんま刺激すんな」と言い含めておいた。
あたしの机に重箱が広げられていく。申し訳なく思いながら、そそくさと椅子を引いて席を立つ。
「悪い、あとで食べるから残しといてくれ」
返事を待たず、一直線に原村寧の席を目指す。だが、そこにはもう目当ての人物の姿はなかった。目だけを動かしてさりげなく周囲を観察すると、ちょうど教室から出て行こうとしている一団の中に、原村を見つけた。
「今日のランチさ、屋上いかない? ようやく涼しくなってきたしさ」
「ヤバエモ! 青春じゃん!」
「テンション上がるわー!」
神宮寺が率いるグループが、小ぶりな弁当箱を携えてちんたらと歩みを進めている。原村は彼女らに縋りつくようにくっついていた。殻にこもるみたいに首をすくめていて、ただでさえ小さい原村の背中が一層小さく見えた。
「あ、ああ、あの……」
楽しげに談笑する三人が作り上げたトライアングルに、原村が震える声を投げかける。
「屋上、確かにサイコー! ……って感じですよね。で、でも、ええと、鍵とかかかってた気がする、んですけど」
「鍵ならあるよ?」
神宮寺が自身のポケットを軽く揺すると、金属製の何かがチャリ、と音を立てた。その微かな響きにすら、寧は敏感に肩を跳ねさせる。
「え……でもそれって、先生方しか持ってないはずじゃ……」
「センセが快く貸してくれたの。神宮寺さんなら悪用しないだろうって。寧もそう思うよね?」
「は、はい……」
「ぎゃはは! とかいって、ねいちゃーだって弁当持って、屋上付いてくる気マンマンのくせしてさ」
「ごしょーばん? にあずかる? わけだから、もっとアカネに感謝した方がイイって!」
いよいよ背中を丸めて俯く原村。下品な笑い声をあげる取り巻きに合わせるように、短く吐き出される息をどうにか笑い声に似せようと必死なようだった。
友人同士のイジリという線引きを優に越えた圧迫感。クラスメイトたちは遠巻きに知らないふりをしている。面倒事に関わりたくないのだろう。ただでさえこのクラスは男女の溝が深い。半数は根っこから味方ですらなく、もう半数は惨めな思いをしたくないから神宮寺に逆らえない。
神宮寺アカネには、それだけの存在感とカリスマが備わっている。
居場所なく押しつぶされそうになっている原村を、あたしは呼び止めた。
「なー、今日の昼はあたしと食べねーか?」
「え……」
恐る恐る、といった様子で原村が振り向いた。泳いだ瞳でなんとかあたしを捉えると、何度も首を左右に振っては神宮寺の表情を伺っていた。
当の神宮寺は、飄々とした涼しい顔のままで目を細めた。
「誘われてよかったね、寧。それも深窓の令嬢で有名な黒河さんのお誘いとか、レア中のレアすぎてSSRって感じじゃない? せっかくなんだから付き合ってあげたら?」
「え、でも……」
「ウチらはウチらで食べるからさ。じゃ、二人も休み時間楽しんでね。──それでさ、今朝の写真だけど……」
「あ……」
神宮寺たちは意にも介さず、といった態度で廊下に消えていく。原村はその後ろ姿に、弱々しく手を伸ばしていた。前かがみで顔を覗き込むと、原村は焦点の合わない目で誰もいない廊下を凝視していた。
沈黙を意識して気まずくなってしまう前に、あたしは身体を原村の視界内へと滑り込ませる。
「たまには別のヤツと過ごすのも悪くないだろ。それともあたしじゃ不満か?」
「……そ」
原村は小さく呟いたのち、ばっと顔を上げた。
「そんなわけないじゃないですかぁ黒河さんったら! ねいちゃーはもちろん常時ウェルカムの大歓迎ですとも! どこで食べましょか?」
誰の目にも明らかな空元気は、見ているこっちに痛みを転嫁してくるかのようだった。
一部始終を見ていただけのあたしにすら分かる。こいつは神宮寺のそばにいる腰巾着以下……金魚のフン程度にしか思われていない。
そんなことは彼女自身が一番分かっているはず。神宮寺たちとの関係も含めて、じっくりと掘り返していく必要がありそうだ。
(場所か……どうせなら誰もいないところのほうがいいだろうな。原村的にも人に聞かれてうれしい話にはならねーだろ)
他の学年も含めればかなりの人数が詰め込まれている校内に、そんな場所があるだろうか。
「あのー? 黒河さん? どうかしました?」
「いや、ちょうどいい場所が思い浮かばねーと思ってただけだ。どうせなら二人だけのところがいい」
「えっそれって……」
原村が大げさに口元を押さえる。わざとらしく声のトーンを落とすと、いつもの調子を取り戻したかのようないたずらっぽい笑みを浮かべた。
「……ねいちゃーのことサシで口説こうって算段だったりしますか!? それはさすがに恐れ多いというか、ねいちゃーなんか釣り合わないと思いますよ物理的に! 天秤にかけたらねいちゃーが思いっきし跳ね飛ばされて、宇宙の彼方で考えるのをやめてしまいます!」
「んなことしねーよ……あたしは至ってノーマルだ」
「ねいちゃーもです。愛の形はひとそれぞれ自由だと思いますが」
「んで、そんな場所に心当たりは?」
あきれ顔で尋ねれば、原村は答えるよりもパタパタと駆けていった。
廊下に出たところで身を翻した原村は、小さな唇に人差し指を当てていた。
「ではでは~……黒河さんには特別に、ねいちゃーの秘密の場所をお教えしましょう」




