【第3章】宇宙艦隊オッパリオン087話「マーラの晩餐」
新年あけましておめでとうございます。
YOMです。
今年も一年始まりましたので、読者の皆様どうぞよろしくお願い致します!!
新年一発目のマーラ回がやって参りました。
今回のお話はマーラの晩餐会。
ヴァツルド皇太子に晩餐へと招待された翔平は皇太子と何を語るのか!?
そして、マーラとオッパリオン、地球はどこへ向かうのか。
運命は変わる!?
新年も宇宙艦隊オッパリオン、スケキヨ氏と共に頑張って参ります!!
【〇八七 マーラの晩餐】
翔平の支度がととのってしばらくしていると、部屋に呼び出しの通信が入った。リマが短い返答をすると、晩餐の準備ができたと伝えられた。
部屋を出たトリアルダ艦内の通路は宇宙艦の中とは思えない造りになっており、豪華なホテルのようになっていた。
「すごいな。宇宙艦の中とは思えない」
「今いらっしゃいます迎賓区画はこのような造りになっています。通常の戦闘区画は普通の宇宙艦と変わらない造りですよ」
「そうなんだ。全体がこうなのかと思ったよ」
「さすがにそれはありません、ふふふっ」
案内のために少し先を歩くリマは楽しそうに微笑んだ。
「ショウヘイ様の星にもこのような宇宙艦はありますか?」
「地球ではやっと宇宙遊覧ができるようになったくらいだよ。ここまで豪華じゃないけど、それなりには快適な遊覧船ができてるよ」
「そうなのですね。まだ星間航法はないようでしたね」
「ああ。オッパリオンやマーラの人たちから見ると相当に遅れてる文明だね」
「マーラの歴史を見ると一定の速度で文明を発展させてきましたが、それはマーラだからできたことで、他の星々の文明は一進一退のようです。ショウヘイ様の星も文明は進み、後退し、また進むというのを繰り返すのかもしれませんね」
思えば機動兵器の技術もマーラが発祥だと言っていたし、母乳機関の原案もマーラからもたらされたと言っていた。リマの言葉にもあるように、マーラの技術はオッパリオンのそれを上回るのかもしれないと、翔平は密かに思った。
廊下を進むことしばらく、リマは大きな扉の前で立ち止まった。
「この部屋です。今お通しします」
「ありがとう」
するとリマは扉に体を寄せ、手の甲側で二回ノックをした。
「ショウヘイ様をご案内いたしました」
『ありがとう。通しなさい』
「かしこまりました。――どうぞ、ショウヘイ様」
リマが扉を開けると、中は広さを感じる空間が広がっていた。
長方形のテーブルには真っ白のテーブルクロスがかけられ、奥にヴァツルドと、見慣れない男性の姿があった。二人とも立っている。
「ようこそ我が晩餐へ、ショウヘイ君。歓迎するよ」
「招待ありがとうございます」
翔平はそう答え、ぺこりとお辞儀をした。
「本来ならこの艦の各長も招いた歓迎をしたいところなのだけど、そこまで落ち着いた状況ではなくてね。艦長にだけ挨拶に来てもらったよ」
そう言ってヴァツルドはとなりに立つ男性に視線を送った。
「トリアルダ艦長のデトランスです。お目にかかれて光栄です」
艦長は壮年の男性で、礼儀正しくお辞儀をした。
「丹澤翔平です。こちらこそ、お世話になっております」
「当艦の設備を使い晩餐が開かれることも光栄に思われます。是非、快適な時間をお過ごしください」
「ありがとうございます」
「ではヴァツルド様、私はこれで失礼します」
「わかった。ありがとうデトランス。なにかあったらここに連絡を」
「了解しました。では、失礼します」
デトランスは再び翔平に一礼すると部屋を出て行った。
「さぁ、席についてくれたまえ。マーラの晩餐をはじめるとしようではないか」
ヴァツルドに促され席へと向かうと、リマが椅子を引いてくれる。
ヴァツルドのそばにもひとりのメイドがついており、リマと同じように椅子を引いていた。
「リマ、ひとつお願いがあるんだけどいいかな?」
「なんでしょう? 何なりとお申し付けください」
「俺はマーラの作法がわからない。だけど失礼がないように晩餐を進めたい。だから食事とかマーラの作法を教えてくれると助かるんだけど……」
「わかりました。その都度わたしがお教えしますのでご安心ください」
「ありがとうリマ。助かるよ」
「ほう、良い心がけだね。そういう気配りができる人間は育ちが良い。この晩餐はキミの星の礼儀で構わないのだけどね」
「いえ、招待されたのですから合わせるのが礼儀だと思います。少なくとも、自分の国にはそういう考えがあります」
「良い文化だ。好感が持てるよ。こちらももてなす甲斐があるというものだよ」
「いえ――」
席に着くと卓上には大きな白い皿と、地球でも見るナイフとフォークのようなものがいくつも置かれていた。
マーラの文化は欧米のそれに近いのかと翔平は思ったが、不思議なことでもある。奈菜が見たら感激しただろうし、なにか意見があったのかもしれないと思った。今度会った時に詳しく話そうと決める。
そしてヴァツルドの座る背後には大きめの絵画が飾ってあり、灰褐色の曇天の下の街並みが描かれていた。おそらくはそれがマーラ星の景色なのだろう。
そんなことを思っていると、リマがグラスを翔平の前に置く。
「食前酒になります。マーラの晩餐は食前酒からはじまります。ヴァツルド様と同じタイミングで飲み干してください」
「マーラの歴史ある方法で作られた軽い酒だよ。キミの星にも酒はあるのかな?」
「あります。自分の国ではまだ飲める年齢ではないのですが、もてなしの席なら付き合います」
「ふふ、良い心がけだ。好奇心もあるようだね」
ヴァツルドと自分のグラスに赤ワインのような食前酒が注がれる。たくさん注がれたらどうしようかと思ったものの、その心配はなく、小さめのグラスの三分の一くらいが注がれた。
「ではショウヘイくん。この出会いに感謝していただくとしよう」
ヴァツルドがグラスを差し出したので、乾杯のような文化かと思い翔平もグラスを差し出した。
特にかけ声はなかったが、その後ヴァツルドがグラスに口をつけたので翔平も倣う。
赤ワインのようなものは柑橘系の香りが強く、オレンジのような味がした。酒と言われたがアルコール感はほとんど感じられず、ジュースのような飲み口だった。
「口に合う味かな?」
「なじみのある味がしました。美味しいです」
「それは結構。マーラは食にも関心を持っていてね。銀河中から美食を蒐集しているんだよ」
「銀河中……」
スケールの大きいことではあったが、それはつまりマーラ帝国が侵略した星々のことを言っているのだと思った。
そうしているとひと皿目の料理が運ばれてくる。途中まで運んできた給仕係からリマが皿を受け取り、翔平の前にあった大皿の上に皿を乗せる。
ハーブのような香りがする、ピンク色のテリーヌのような練り物が置かれ、鮮やかなグリーンのソースがかけられている。
空になっていたグラスが下げられ、新たなグラスが置かれる。そしてそれにはオレンジ色の液体がやはり三分の一ほど注がれた。
「マーラでは料理に合わせて飲み物も選ばれる。少量ずつではあるがもし好みの味なら追加してもらっても構わないよ。逆に合わない味なら無理に口を付ける必要はない。晩餐とは楽しんでもらうためのものだからね」
「わかりました」
「食事を進めていただいて大丈夫です。食器は外側のものからお使いください」
「わかった」
この辺りのマナーは地球のそれによく似ていると感じた。もしかしたらマーラの星と地球の文化にもなにか関係があるのではと思ってしまう。
ヴァツルドの行動を見ているとテリーヌ状のものを小さく切って口に運んでいたので、翔平もそれに倣った。料理は柔らかく、ナイフでスッと切ることができた。味はハーブの香りがし、それが強すぎることもなく、肉のような味と調和していて美味しかった。
「これはボラージュという料理でね。マーラの料理の中で前菜としては定番のものだよ。香草を使っていて、この香草には消化を助ける薬効があるものが使われている」
ヴァツルドはどこか誇らしげに料理を紹介してくれた。香りこそ独特のものがあるが、翔平にとって嫌なものではなかった。気品のある、上品な味わいは翔平にとっても美味しく感じられる。
「とても美味しいです」
「口に合うようで良かったよ」
「材料はマーラ星で採れたものを使っているんですか?」
「ふむ、それは良い質問だ。そして今日の晩餐でキミに伝えたいことの本質にも近い」
そう言うとヴァツルドはグラスに口を付け、注がれた酒をひと口飲んだ。
「今のマーラ星のことをキミに知ってもらおうと思い今日の晩餐を開いた。今日、出てくる料理の材料にマーラ星で採れたものはひとつもないんだ」
「え? それはどういう……」
「マーラ星は病んでいる。星として、自然が失われているのだ。今のマーラでは家畜を育てることも、作物を作ることも、魚介を採ることもできない。自然はすべて死に絶えている、それがマーラ星なんだ」
「じゃ、じゃあそこに住んでる人たちは……?」
「食糧などはすべて輸入しているね。私が生まれた頃はすでにそうだったのだけど、人々は空気清浄機のある建物の外に出る時は呼吸装置を付けなければならない。でなければ有毒な空気で体を病んでしまう。呼吸装置の装着が義務化されているとは言え、多くの人がこの大気汚染の影響で死んでいるよ」
淡々と語るヴァツルドの言葉に、翔平は料理を運ぶ手が止まってしまった。
「大気を清浄にしようと各都市に限らず、マーラのいたるところに大型浄化装置が設置されているが、その効果は年々乏しくなっていくのが現状なのだ。マーラ星の汚染は進む一方で改善されない。もう星がもつ自浄能力の限界を超えてしまっているのだ」
そう言うと、ヴァツルドは背後にあった絵の方へと体を向けた。
「この絵を見たまえ。これはマーラの風景を描いたものだ。私はこれが普通な景色だと思っていたのだが、マーラの異常が常態化しているのがわかる一枚だ。わかるかな?」
そう振られた翔平は困惑した。そこに描かれている曇天の景色の中に、なにがあると言うのだろうか。
「自分にはわかりませんが……」
「ふむ、異星のキミならわかると思ったのだけどね。――この空の色だよ。マーラ星では晴れていても、空はこのような色をしている」
「空の色……」
それは曇天を描いたものではなく、マーラの晴天だということだった。ラメルでも空の色は青かったが、マーラでは灰褐色となっている。
「大気と水質の汚染で、マーラの青空は失われている。大分前にね。私の生みの母の頃はたまには青空が見えたらしいが、私が物心ついた頃にはすっかりと見えなくなっていたよ。視察で植民星に行った時に見た青い空が、はじめて見た青空だった。その時はひどく感動したものだよ。キミの星にも青空はあるのかな?」
「あります。かつては大気汚染も深刻化した時期があったようですけど、改善されたと聞きました」
「それは素晴らしい。キミの星の人間は節度を守ることができたんだろうね。しかしマーラは違う。贅沢すること、消費することに美徳を見出すマーラ人は節度を持つことができずに産業のみを発展させてきた。その結果が星を蝕むこととなったんだ」
ヴァツルドがグラスを軽く持ち上げると、給仕のメイドが酒を注ぎ直した。
「今でも多くのマーラ人は星のことなど気にかけない。兄上たちが推進しているのは移民だよ。住めなくなった今のマーラ星を捨て、別の星に移り住むという計画だ。キミはベールヌを見たと思うけど、あの星のように今のマーラ星もまた捨てられようとしている」
「ベールヌのように……」
翔平はあの灰褐色の星を思い出した。あそこで出会ったロボットも言っていたが、マーラ人は他の種族を置き去りにして資源を吸い尽くした星を捨て、去ったのだと。
ヴァツルドはそのこと知っていた。
「マーラ星では多くの人が父上や兄上の進める移民計画を支持しているのだよ。マーラの技術を駆使すればそれも可能だと。実際に可能なことなのだけどね。しかし私は思うんだ。星を食い潰して他の星へ移り住むという行為が果たして、宇宙で最も尊い我らマーラ人のやることなのかと。自らの住まう星すらも使い捨てるという行為は尊い者のとるべき行動には相応しくないと考えたんだ」
「それは俺も――僕もそう思います」
「ほう?」
ヴァツルドは翔平に興味深そうな視線を向ける。
「自分の星も環境の保全には細心の注意を払っています。自然と共生することが大事だと教育されますし、自分自身もそう思います。人間に限らず、生物は自然がなければ生きていけないので、自然を守ることは大事だって考えてます。これは僕だけじゃなくて、地球に住んでいる人の多数が考えていることです。なので――ヴァツルド殿下の言っていることはわかります」
翔平は言った後に、わきまえない発言をしてしまったかと思ったが、ヴァツルドは満足そうな笑みを浮かべた。
「キミの星ではそういう教育をしているのか。私からすればそれは素晴らしいと思えるが、一派的なマーラ人からすると愚かな考えだと思われるだろう」
「マーラの人たちは自然と生きようとは思わないのですか?」
「それは少数派だよ。なくしたものは奪ってくれば良いというのがマーラの考え方であり、方針でもある。物資を贅沢に使い、優雅で快適な生活を送る、それがマーラ人だ」
ヴァツルドはそこで言葉を句切り、料理に口を付けた。翔平もそれに倣い、料理を口に運ぶ。
会話の内容とは似合わない、優しい味わいが口に広がっていく。
「この艦の内装も、言ってしまえばマーラ人の見栄のようなものだ。他の植民星の者などを招き、マーラの威光を見せつけるためにあるようなものでね。まぁ、おかげでこうしてキミをもてなす晩餐も開けるのだけどね」
「ありがとうございます」
皿を空にすると、リマがスッと皿を下げる。
「キミの星の文明の発展が遅いのは、環境の保全をしているせいかもしれないね。マーラは環境のことなど考えずに技術を進歩させてきた。その過程ではいくつも、取り返しのつかない事故も起こしている。それが著しく環境を破壊し、人々の生活の場を狭めている原因にもなっている。しかしマーラは省みない。技術の発展こそが正義と信じて疑わない」
「ヴァツルド殿下もそう考えているのですか?」
「私はマーラの中では異端でね。マーラの現状に懐疑的なのさ。そもそもマーラは異星の文化になど興味を抱かず、それを良しとはしない。私のように他の星の文化に興味を持つ者など、マーラでは悪趣味と言われる」
ヴァツルドは自嘲するように笑んだ。
「おかげでZリーヌンスという存在を知り得たわけだけどね」
翔平はこれまでのヴァツルドの言動から、この人物は自分が思い描いていたマーラ人とはどこか違うという違和感を覚えていた。
異端だと言っていたが、それはつまりオッパリオンの人たちを拉致し、侵略を企てている人たちとは違うということなのではないだろうかと。
「あの……失礼でなければ僕からも聞きたいことがあります」
「ほう、なにかね?」
「ヴァツルド殿下は僕から見てもとても聡明な方に思えました。こうして人をもてなす優しさもある。でも、どうしてそんな人が海賊なんかを使って強引に僕を連れて来ようとしたんですか? 話し合いでも良かったのではないですか?」
「それは簡単なことだよ。僕が単独でオッパリオンとの交渉ができなかったからさ。通常の外交ルートを通さなくてはオッパリオンとの交渉はできない。それにキミを手に入れることは当初、兄上や父上には知られたくはなかったことだからね。強引ではあったが秘密裏に進める必要があった。――が、一度目の失敗で私のもくろみは露見してしまい、ドロアズのような兄上の刺客を送り込まれることとなったがね」
「ドロアズ……黒騎士のことか……!」
ヴァツルドの兄が送り込んだ黒騎士。彼は執拗に自分の命を狙っていた。
このヴァツルドは兄との間にも確執があるようだと翔平は思った。
そう考えていると、次の料理が運ばれてきた。今度は黄色い、ポタージュのようなスープだった。
「アルドーというスープ料理です。右手側のスプーンを使ってお召し上がりください。半分ほどをそのまま味わい、もう半分は後ほど運ばれてくるトクルを付けてお召し上がりいただくのが、マーラの食べ方になります」
リマがそう説明してくれた。トクルというものはまだ運ばれて来なかったので、どういうものかはわからなかったが、翔平はパンのようなものを想像した。
「わかった。ありがとう」
「アルドーは私の好物でね。退屈な晩餐での唯一の楽しみと言ってもいいのだけど、今日は他にも楽しみがある、実に良い晩餐だよ」
ヴァツルドはそう言うと早速ひと口、口を付けた。翔平も飲んでみたが、地球で飲むコーンスープにそっくりな味がした。
「どうかね?」
「自分の星にあるスープと同じような味がします。なつかしいです」
「それは良かった。さて――キミの質問に対して私の答えは納得できたかな?」
「見つかりたくなかったということでしたが、それはどうしてですか?」
「それは――キミをここに連れてきた核心になる部分だ。私はキミの力、Zリーヌンスの話をオッパリオンのスパイから聞いてね。なんでも、星を救う力を、オッパリオン人は知っていると。そして、それを求め旅立つ準備をしていると聞いた。そこで私は考えたのだよ。Zリーヌンスによって、つまりはキミに、マーラ星を救ってはもらえないだろうかと」
翔平は思わず手を止めた。そして、息まで止まりそうだった。
「マーラ星を……僕がですか?」
「そう。Zリーヌンスが星を救う力であるのならば、今まさに息絶えようとしているマーラ星をよみがえらせてはもらえないだろうかとね。破壊されつくしたマーラ星の自然を元通りにし、今度はそれを破壊しないように共生する。――それが私の願いだよ。私はマーラ星に青空を取り戻したい。我が故郷たる星を健全な姿に戻し、そこで生活がしたいのだ」
翔平は言葉を失った。
マーラ帝国が自分を欲しがる理由は単純に覇権のための力が欲しいからだと思っていた。そして自分を排除しようとしていた黒騎士たちも、その邪魔になるからだと言っていた。
だがヴァツルドの考えは翔平には想像もしていないことだった。それは切実であり、純朴であり、容易には否定できない願いだった。
「マーラの人々も変わる必要がある。快適さだけを求める生活や、植民星から搾り取れるだけ搾り取るやり方では駄目なのだ。我々は宇宙において尊い存在として、共生を考えねばならない。星を使い捨てるなどという思想では、マーラ永遠の発展もいずれ頓挫し、破滅するだろうと思えてならないのだよ。だからショウヘイ君、キミのその力を貸してはもらえないだろうか。今の、キミをもてなす料理の材料すら揃えられない無様なマーラ星を救ってもらいたい」
ヴァツルドの言葉は重たかった。そして、その願いこそがZリーヌンスの本懐であるようにも感じられた。
ベールヌで会ったロボットも言っていたが、Zリーヌンスとは本来は再生と創造の力である、と。ならば、ヴァツルドの願いこそ、Zリーヌンスの使い方として相応しいものとなる。
「それは……もし自分にできることなら、力をお貸ししたいと、自分では思います」
「おぉ……」
ヴァツルドは翔平の返事に感嘆を漏らした。
「でも、僕ひとりの力ではZリーヌンスも真価を発揮することはできません。Zリーヌンスは母乳力と合わさることで真価が発揮されると聞きました。星を救うほどの力となれば、必要になる母乳力も大きくなるでしょう」
「……そういうことか。それでオッパリオンにだけZリーヌンスの伝承が残っていたということか……」
ヴァツルドは納得したように頷き、スープに口をつける。
「それに僕自身もまだ未熟なんです。Zリーヌンスの力も思うようには使えないですし……すぐにはマーラ星を救うことはできないと思います」
「なるほど。だがキミにマーラ星を救う意思があるということを知れただけでも私は嬉しく思うよ。できることならゆっくりとキミの力の成熟を見守りたいのだが、あいにくそれも難しい状況でね」
「マーラ星がそんなに危ないということですか?」
「それもある。だがそれ以上に……ふふ、私はどうやら追われる身になっているようでね」
「それは……オッパリオンの人たちから狙われているということですか?」
「いや、兄上に、帝国にだよ」
「え?」
翔平はヴァツルドの言っていることが良くわからなかった。
兄との間に確執がある様子ではあったが、追われるとはどういうことだろうか。
「兄はZリーヌンス殲滅を狙っていてね。私がその力を使ってなにかすることを快く思っていない。しかもZリーヌンスは宇宙を滅ぼす力だと思っていてね、なんとしても殲滅しようと考えているんだよ。だからそれを利用しようとする私はマーラ帝国の繁栄を阻む国賊というわけだ」
「そんな……」
「さっそく追撃の部隊を出しているようだよ。まぁ私も兄を出し抜いてZリーヌンスを手に入れて行き先を伏せているのだから兄に反逆と思われても仕方がないのだけどね」
「話し合いはできないんですか?」
「それは無理だ。兄上や父上は私とは違い生粋のマーラ人だ。他の星の文明を頼るなどはもっての他だと思うだろう。そもそも星を使い潰すことにもなんの抵抗も疑問も抱いていないのだからね」
ヴァツルドの口調は穏やかで物静かなのだが、兄と父に向けられたその言葉には怒りの念が混じっているように感じられた。
「このアルドーは豆から作られたスープなのだが、その豆はマーラ原産のものを植民星の土地を改良して育つようにして作られている。マーラはそのように、他の星も使い潰していくのだよ。それを良しとしている。その中心にいるのが父上であり、兄上だ」
「……では、ヴァツルド殿下はそのお二人と戦うと?」
「はははっ、いくらなんでもそこまで勇敢ではないよ。帝国を相手に自分の部下たちだけで勝てると思うほど、私はオッパリオン人のようにロマンチックではないさ」
ヴァツルドは笑う。
「しかし、マーラ星や周辺の星には少なからず私の意見に賛同してくれる人はいてね。帝国内では弾圧される、再生派と呼ばれる人たちだよ。だからもしも私が実際に星の再生をやってのけたら世論は私を支持することになるだろうね。そうすれば帝国の体勢も変わるかもしれない、という望みはあるよ」
それは随分と消極的な意見に思えた。
ヴァツルドはなにかもっと、心の奥に本心があるのだろうとも思える。
「私自身、覇権を取りたいとか帝国を支配したいとかいう欲はあまりないんだ。マーラ星が再生し、人々が考えを変えて平穏に過ごすようになってくれればそれが良いと考える。しかしそのために私が帝国を支配しなければならないのであれば、そう行動するのも辞さないとは考えているよ」
どうやってそれを実行するのか気になるところではあったが、ヴァツルドにはすでに考えがあるようにも思えた。
追われる身と言っていたが、このヴァツルドからは常に余裕を感じる。
翔平がそんなことを思っていると、リマが隣から皿を差し出した。それにはまん丸の茶色にパンのようなものが三つ乗っていた。
「トクルです。これをアルドーにつけて残りをお召し上がりください」
リマはそう言ってトクルというパンを差し出す。
「手で小さくちぎって食べるのが食べ方になります。柔らかいので手で簡単にちぎれますので」
「わかった。ありがとう」
実際にトクルを手に取るとそれは驚くほどに柔らかく、簡単にちぎることができた。
それをアルドーにつけて食べると、パンのような味なので良く合った。
「トクルはこれから先の料理でも合わせて食べますので、なくなったら補充させてもらいますね」
リマはそう言うと一歩下がる。
ヴァツルドも同じように食べていた。
「ふむ……Zリーヌンスはこうして手に入れたわけだが、問題は母乳力か。ただ母乳があれば良いというわけではないのだろうからね」
「そうですね。言ってしまえば、オッパリオン人の協力が不可欠になります」
「それは困った。オッパリオンにスパイはいるものの、自由になる母乳力が手元にあるわけではないからね。それに強力な母乳力ということは、母乳力の主も選ばねばならないだろう」
ヴァツルドは母乳力についてもある程度の情報を持っているようだった。
「まったくあてがないわけではないのだが、簡単にはいきそうにないものだね」
そう言った頃、ヴァツルドも翔平もアルドーの皿が空いていた。リマは翔平の皿を下げると、すぐに次の料理を持って来た。
白身の肉に、鮮やかな赤いソースがかけられたものが運ばれる。肉類のソテーのように見えた。
「これは魚介の料理です。ミルペックという魚を焼いた料理です。そちらのナイフとフォークでお召し上がりください。少々味が濃くなっているのが特徴で、一緒にトクルも召し上がっていただければと思います」
リマは丁寧に説明してくれた。
そしてグラスには新たな酒が注がれる。
「そういえば酒の説明をしていなかったね。マーラで飲まれるのは主に果実酒になる。マサーニという果実を熟成させて作るもので、色によって味も香りも変わるのが特徴だね。マルドラと呼ばれるもので、大衆向けの安価なものからここで出している高価なものまであるよ」
「ワインみたいなものですね」
「キミの星にも似たようなものがあるのだね。私はそれも飲んでみたいと思うよ。マーラ人にはしてはめずらしく、ね」
今度注がれたのは薄い紫色の酒で、先ほどとはまた違った、ゆずのような香りがした。魚介の料理には合いそうな香りだった。
そして料理に口を付けてみると、タラに似た身質の魚で、ソースは香辛料の利いた塩気のある味だった。リマが言っていたように、たしかに味が濃かった。翔平はトクルをちぎって口に運ぶ。
「そう言えばキミに知ってもらいたいマーラ星の現状がもうひとつあってね。キミはミィアルーンという人物の名をオッパリオンで聞いたことはあるかな?」
「博士ですか? 良く知っています」
「ほほう、それは話が早い。彼女は我々にしてみれば帝国を裏切って他国に技術を流した重罪人だ。彼女の命には賞金もかかっているほどだよ」
「そ、そうだったのか……」
賞金が出ているとは翔平もはじめて聞く話だった。
「しかし彼女のとった行動も、マーラ星の現状を表しているのだよ。ミィアルーンには並々ならない才能があってね。母乳転換炉開発や機動兵器開発、艦船の開発にその才能を遺憾なく発揮して帝国に貢献してくれたよ。でもね、マーラ星では女性は評価されない」
「え?」
「女性はどんな功績を挙げようとも評価されることはない。マーラの文化では男性こそが社会の中心であって、女性は社会に出るべきではないと考えられている。だから女性の仕事というのはとても限られていてね。こうして貴族の使用人になるくらしかないのが現状なのだよ」
「それは……意外です」
翔平は思わずリマを見た。リマは目を閉じ、ジッと立っている。
「私はそれもどうかと思っていてね。能力があるのであれば男性だろうが女性だろうが重用すべきだと思っているよ。しかしそんな意見は浸透せずに、ミィアルーンはマーラ社会に嫌気が差してオッパリオンへ逃亡することになったのだと思っている。彼女はマーラにおいて強く批難されているが、内心で彼女に同情しているものも少なくないだろう」
ヴァツルドからマーラの話を聞くと、そこはかなり息苦しい場所のように思えてくる。そしてヴァツルドは密かにそんな社会を変えたいとも思っているのだろう。ヴァツルドはマーラの中でもかなりの革新派のように感じられた。
「マーラ帝国は宇宙においては強大だよ。実際にマーラと戦って勝てる星はないだろう。しかしながらその中身は皆が思っているほどに盤石ではないのだ。大小様々な問題を抱えつつ、いびつに拡大している。そう遠くない将来、そのいびつさによって滅ぶのではないかとね」
「ヴァツルド殿下は星を救って、さらにはその滅びも救いたいと考えているのですか?」
「そこまで大きく考えたことはなかったけど、自分の理想を考えるとそういうことになるのかな。私ひとりにそこまでのことができると信じ込むほど自信家でもないのだけどね」
そうは言ったが、やはりヴァツルドの言葉には自信のようなものが感じられる。マーラ人は自信家が多いようだ。
「そう言えばキミの乗っていた機動兵器だが、あれはこちらで調べさせてもらったよ」
「え、分解したんですか?」
「ははは、そこまではしなかったよ。いや、できなかったと言った方がいいね。あれはミィアルーンの仕事だろう。あの機関部はトリアルダの設備では解析ができなかった。私はZリーヌンスを動力にしていると思うのだが、あっているかな?」
ヴァツルドはにやりとして翔平を見る。
翔平は頷かざるを得なかった。
「……そうです。あの機体、ゼータリオンはZリーヌンスで動いているそうです」
「やはりね。機体を見た限りの性能では我々の主力機動兵器の性能の数倍はあるだろうと推測されたよ。キミはパイロットとしても優秀だったのかな?」
「優秀ではないです。むしろお荷物になってました。自分にできることと言えばZリーヌンスを発動させた強化くらいで、機動兵器の戦闘は全然できなくて……ここに来ることになりました」
「はははっ、そういうことか。それは私が幸運だったということだね。キミが優秀なパイロットでなかったことに感謝するよ」
ヴァツルドは悪びれた様子もなく、愉快そうに笑った。翔平は悔しくも思ったが、ヴァツルドの言っていることに間違いはなかったので反論はできない。
「しかしキミは幾度となく出撃していると聞いているよ。その中であのドロアズと対峙して生き残ってきたということは、それなりの資質があるということだね。きちんとした訓練なり手ほどきを受ければ優秀なパイロットにもなれるだろう」
ヴァツルドは注がれた酒を飲みつつ、そんなことを言う。仮にも敵である自分にアドバイスをするほどに、ヴァツルドは余裕があるということだ。
そうこうしているうちに皿が空になる。ミルペックという魚料理はとても美味しく、手が進んでしまった。
翔平にやや遅れ、ヴァツルドも皿を空ける。すると同じタイミングで翔平の皿はリマによって下げられた。
「次は肉料理になります。ここまで食べられてお腹の具合はどうでしょうか? まだしっかり食べられるようでしたら、次の肉料理も大きめにお出ししてもらえます」
「普通でお願いするよ。お腹の方は……まだ食べられるけど、あまり満腹にいただくのもはしたない気がするから」
「わかりました。調理の者にそう伝えますね」
「ありがとう」
「キミはメイドへの対応も慣れているね。高貴な出自なのかな?」
「そんなことはないです。リマが丁寧に対応してくれているので、それに合わせているだけです」
「そう感じられるの資質だよ」
料理が運ばれる前、グラスが取り替えられ、今までのものより大きなグラスが置かれる。そこに真っ赤な液体がやはりグラスの三分の一ほど注がれる。注がれてすぐにわかるほどに、甘酸っぱそうな香りが立つのが感じられた。
「肉料理に合わせるマルドラは特別なものが用意される。その日のマルドラの中で一番良いものが出されることが通例になっているよ。これは少々酒としても強いので、大丈夫かな?」
「あまり飲まなければ大丈夫です。味わう程度にさせてもらいます」
「うむ、良い対応だ。深く酔って醜態をさらすのはマーラでは良しとされない」
「それは地球でも同じです」
「ふふ、安心したよ」
そうしているとリマが料理を運んでくる。黒い厚手の皿の上には茶色く焼かれた、一目で肉とわかるそれが乗っていた。焼けている音がし、香辛料の香りと合わせて香ばしいにおいがする。大きさは翔平が思っていたより大きかった。
「マガルブという動物の肉でね。マーラでは高級品で、植民星でも優先的に育てられているよ。かつてはマーラでは盛んに育てられていたという歴史があるそうだが、今では見る影もない」
そんなことを言われつつ、ステーキを切るようにナイフとフォークを使い肉を切る。肉の断面からは肉汁がしたたり落ちるのがはっきりと見える。口へと運ぶと柔らかすぎず、かと言って堅すぎない適度な歯ごたえがあり、口の中にうまみが広がる。
「美味しい……」
翔平は思わず口をついて言葉が漏れた。
「それは良かったよ。この料理は焼くだけのシンプルなものだけに、シェフの腕の見せ所でね。なかなかのものだろう?」
「はい。こんな美味しい肉料理ははじめて食べました」
「はは、そう言ってもらえて嬉しいよ。しっかりと食べてくれたまえ。マルドラも適度にね」
そういうヴァツルドも料理を運ぶ手が良く動いていた。そしてヴァツルドは時折トクルも食べていたので、翔平もそれに倣った。
気がつくと黙々と食べてしまっており、あっという間に皿が空いてしまった。下げるリマはどこか嬉しそうな表情をしていた。
「さて、これで晩餐も最後のリーチェルを残すのみとなった。キミとの晩餐は有意義だったよ」
「僕も殿下の思いがわかったような気がします。少なくとも、話し合いのできない人物ではないとわかりました」
「それは良かった。私としては争いはなるべくならしたくない。キミを手に入れるためにはやむを得ず実力行使に出たが、それもこれも私の思いを直接伝えたいためだったのだ。それをわかってもらいたい。そしてドロアズのような者たちとは違うということも」
「それはわかりました」
気付くと、翔平もどこか落ち着いた気持ちになっていた。少なくとも、敵と話しているという感覚は薄らいでいた。
そこへ、赤い木の実のようなものが乗った白いケーキのようなものが運ばれてくる。
「これがリーチェルという、晩餐を締めるための甘味だよ。豆茶と共に食べるのがマーラ式になっている。苦みは平気かな?」
「コーヒーのようなもの……かな。大丈夫かと思います」
「ふむ、料理は終始口に合ってくれて安心するよ。異星人の中にはまったく食味が合わない種族もめずらしくないからね。こうして同じものを味わえるというのは、実に文化的だと私は思うよ」
「自分もそう思います」
豆茶というお茶は黒い厚手のカップで運ばれてきた。コーヒーのような色をしているが香りはコーヒーとは違うものの、香ばしくて心地の良いものだった。
リーチェルというケーキのようなものを食べると、口の中で溶けるほどに柔らかく、強すぎない甘みが口に広がった。
その甘みと、苦みのある豆茶が良く合った。
とても高級なもてなしを受けたことを、翔平はここに来て強く実感した。
「そういえばヴァツルド殿下、この艦はどこへ向かっているのですか?」
「良い質問だね。その件だが――」
ヴァツルドがそう言った時、不意に艦体が揺れた。大きな揺れではないが、横に一回、大きく揺れる。
「どうしたか?」
ヴァツルドがとなりにいたメイドに聞くと、部屋の隅にあった内線電話のような通信機から呼び出し音が発せられた。ヴァツルドのそばにいたメイドが素早くそれに応じる。
「わかりました」
メイドが短く答えると、ヴァツルドになにやら耳打ちをする。
「……そうか。ショウヘイくん、晩餐はここまでのようだ」
「なにかあったんですか?」
「攻撃を受けているらしい。キミは部屋に戻っていたまえ。あの区画は安全だ」
「殿下はどうされるんです?」
「後ろに控えていられるほどに行儀が良いわけではなくてね。対応に口を出させてもらってくるよ」
「なら僕も――」
「いや、キミはいい。少しでも安全な場所にいることがキミにとっても、私とっても最善なのでね。リマ、ショウヘイ君を部屋へ」
「わかりました」
「落ち着いたら部屋に新しいリーチェルを届けさせよう」
そう言うと、ヴァツルドはひと足先に部屋を出て行った。
翔平も立ち上がったが、かすかなふらつきを感じた。知らないうちに酔いが回っていたらしい。
「ショウヘイ様、歩けますか?」
それを察したリマが声をかけてくる。
「大丈夫。……ここは大人しく言うことを聞いておくしかないか。でも攻撃されてるって……オッパリオンの人たちかな?」
「それはわたしの口からはなんとも言えませんが、たぶん違うと思われます。オッパリオンの人たちはまだショウヘイ様の位置を特定できていないはずですし、こちらに追いつくことも考えられません」
「なるほど……。じゃあ……」
ヴァツルドの言っていた、兄の放った追っ手、ということなのだろうか。
一難去ってまた一難。なかなか落ち着くことはできないと、翔平は思った。
突然の敵襲!!
果たして、この先どうなるのか!?
翔平とマーラのヴァツルド部隊の命運は如何に。
次回もお楽しみに!!
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