譲れないもの
夜更過ぎフクロウの鳴き声が響く静寂の中、ノック音の後にキッシュが現れた。
「どうだ準備は出来たか?」
「ああ、行こうか」
キッシュに率いられた精鋭20名が完全武装し勇壮に佇んでいた。鈴木は奇襲部隊と合流し、闇夜に紛れ隠し通路を使い、アポロンの城壁の外に出た。魔王軍の陣営には篝火が焚かれ、見張りが夜襲を警戒している。
「散開」
キッシュの号令で伍の組みが4隊、キッシュと鈴木の2人の計5隊がそれぞれ偵察が見つけた、小荷駄隊の陣営に向かい夜襲を仕掛ける。
「このまま一気に陣中深くに入るぞ」
見張りに見つからない様にキッシュは声を殺して鈴木を先導する。見張りや偶に用を足しに起きた、兵士を掻い潜りながら兵糧を管理している、小荷駄隊の陣営に近づいて行く。
「やはり一筋縄ではいかないようだな」
キッシュが天幕を上手く隠蓑にしながら見つからない様に様子を伺うが、兵糧を管理している保管庫には人が近づけない様に柵が設けられ、守兵が60人程の小隊で守っていた。
「俺に任せてくれ」
鈴木は息を止めた、姿を忽然と消した鈴木をキッシュは不思議そうに探している。キッシュを横目に足音を忍ばせ保管庫に近づいた。鈴木は周辺を警戒していた魔王軍の兵士達を一人また一人気絶させていく。パタパタと倒れていく守兵を見て、キッシュは訳がわからず驚いていると、息を吐いた鈴木が現れ手招きした。更に突如として兵糧庫近くに現れた、鈴木の姿に喫驚しながらも速やかに且つ隠密に駆け寄る。
「どうなってるんだ?」
「詳しい話は後にしよう、スキルに不可視と言う視認出来なくなるものを持ってるんだ」
鈴木とキッシュは兵糧庫の守兵達を次々と排除していき、魔王軍の兵糧庫の一つに到達した。
「焼き払うぞ」
キッシュは兵糧庫の中にある食料に油をかけると火をつけた。火は瞬く間に兵糧庫内を焼き、兵糧庫から煙りが上がった。時同じくして、他の小荷駄隊の陣営から黒い煙りが上がった。
「他の奴らも成功したようだな」
キッシュ満足そうに闇夜に溶ける、黒い煙りを見て笑った。
「さて用事も済んだし、さっさと撤退するか」
鈴木とキッシュは迅速に敵陣から離れようと、疾走したが考えうる最悪のパターンの一つになってしまった。
「そんなに焦って帰らなくてもいいじゃないか、ゆっくりしていけよ」
鈴木とキッシュの前に立ちはだかったのは、尋常ならざるオーラを放つ魔王だった。その身体から滲み出る凶悪な殺気に、鈴木は気圧されて魔王が一歩また一歩と歩み寄ると後退りした。キッシュは笑顔で安心させるように鈴木に語りかける。
「お前は先に城に戻ってろ、すぐに追いつく」
「俺は天地開闢の魔王。魔王十将軍の一翼が一人、鈴木アルフォンスだ。遊んでやる」
「俺はアポロンのユキヒョウ、キッシュだ」
鈴木は同じ性を名乗った明らかにアルフォンス顔で無い魔王に戸惑った。
「日本人なのか」
鈴木が鈴木アルフォンスと名乗る魔王に注視していると、キッシュ対魔王十将軍の戦いが始まった。ピリピリと緊張感が増しシットリとした風が頬を撫でる。篝火の光が二人を照らし揺らめいていた。
「おっりゃあぁぁぁお!」
キッシュの渾身の蹴りが魔王に襲いかかる。
「あっぶねぇ」
魔王アルフォンスはキッシュの胴回し回転蹴りを躱すとキッシュの隙をつき、背中に手を当てた瞬間、キッシュが1メートル程ぶっ飛ばされた。ぶっ飛ばされたキッシュはよろめきながら、立ち上がるが口からは血が滴り落ちて吐血していた。
「キッシュ!」
「大丈夫だ、ここは任せろ」
キッシュは吐いた血を腕で拭うと魔王アルフォンスに向かい直す。鈴木はキッシュと魔王アルフォンスを背にして走り出した。
「それでいい...ここで死ぬのはアポロンの後継者争いの火種になる俺が相応しい。親父殿、キッシュは親父殿に拾われ幸せでした。今こそ恩義に報いるつもりです、父上母上お慕い申し上げます...さらばです」
キッシュは命を捨て渾身の一撃を繰り出す為のモーションに入った。捨身の一撃の為、防御を構えず只2文字を身体の闘気に練り込む。
「一殺!」
キッシュが足の爪を地面に深く突き刺し爆発的に加速する。
「魔王十将軍の俺相手に真っ向勝負か面白い!ならば敬意を払い全力で屠ってやろう」
魔王アルフォンスは両手に凶々しい光を出した。
「見事なりアポロンのユキヒョウがキッシュよ。貴様の様な兵を殺さずに旗下に加えたかったが、手加減出来る相手では無い。せめて苦しまずに逝かせてやろう」
キッシュと魔王アルフォンスが衝突する寸前。
「どけ!レシール」
魔王アルフォンスの近くにレシールが夜中の街灯から現れる影の様に突然現れた。キッシュと魔王アルフォンスの間に割り込んだレシールはおもむろに剣を振り回す。
「何をしている!レシール」
レシールの思わぬ参戦にキッシュも勢いが削がれ、距離を取り直した。主君の言葉を無視して剣を振り回すレシール、魔王アルフォンスが痺れを切らし、レシールに詰め寄ろうとした瞬間。レシールの剣の刃が何かの金属にぶつかる音が響く。
「そこにいたか!勇者」
レシールが剣を振り回した先には、勇者鈴木が魔王アルフォンスに襲いかかれる距離にまで迫っていた。
「臭いに敏感なのはお前だけじゃない!」
レシールと鈴木は一合打ち合うとお互いに距離をとった。
「レシール、ありがとう助かった。透明人間がいるとは予想してなかった」
「魔王様をお守りしお世話するのが私の至上の喜びです」
レシールは飼い主に撫でられる猫の様に嬉しそうに微笑む。
「ちっバレたか」
鈴木は舌打ちするとキッシュのいる場所まで後退りで距離をとった。
「馬鹿野郎、なんでまだここに居やがる」
「馬鹿とは心外だな、親友を残して逃げた方が良かったか?」
「やっぱりお前は馬鹿だよ」
キッシュはしょうがないといった表情の中に嬉しさを滲ませて笑った。魔王十将軍鈴木アルフォンスとの勝負は大詰めを迎えた。




