捕物
チリチリと殺気がぶつかり合う。キッシュがいる時点で圧倒的に有利な筈なのに、理由は分からないが不安の様な気がかりを鈴木は感じていた。
「こんなか弱い少女に、おっさん2人がかりなんて恥ずかしくないんですか?あっ自信無いんだ私に勝てる自信が」
「言うじゃないか、猫の亜人如きが。ヒョウと喧嘩になると思ってるのか?」
「ニャーン!」
レシールは腕を毛繕いをする様な素振りで舌を這わせた。
「上等上等、かかって来い猫」
レシールが剣を構え鈴木を警戒しながらキッシュと対峙する。
「心配すんな三下相手に2人がかりなんかしねーよ、太助は手を出すなよ。女に手を出したくは無いが歯向かう奴には容赦しねー、タイマンだ」
キッシュが右手の拳を左手でパシッと覆うと臨戦態勢に入る。
「アポロンのユキヒョウ、キッシュだ」
「魔王十将軍が一翼、天地開闢の魔王が侍女。レシール アルスナー」
互いが名乗り終えるとキッシュの寝室が戦場と化した。当初キッシュの圧倒的な勝利を予想していたが、戦闘は予想を裏切り拮抗した。
「案外やりますね、王族のモヤシの癖に」
「褒められても何も出ないぞ」
キッシュとレシールは、互いに不敵な笑みを浮かべるとレシールが仕掛ける。キッシュに斬り込みながら、去なされて崩れた態勢のまま、隠し持っていた短刀でキッシュの首を狙い突く。紙一重でレシールの猛攻を防いだ、キッシュはカウンターで、レシールを蹴り上げようとしたが、スルリと空中で態勢を変えられ、虚しく蹴りは空振りした。高額であろう調度品や装飾品が、2人が暴れる度にドンドン壊されていく。
「チョロチョロ動きやがって!」
「流石に猫がユキヒョウに正面から戦う訳ないじゃん、頭まで筋肉なのかな?」
レシールはキッシュを馬鹿にして舌を出す。
「飽きた、次で消し飛ばしてやるよ」
キッシュが初めて構えるところを見た。キッシュの体に闘気が満ち、視認が出来る程の気功が、全身から溢れ漏れていた。
「じゃあこっちも本気を見せてあげる。見たら大人しく死んでね」
レシールがキッシュの闘気に呼応し、小さな身体から殺気に満ちたオーラを、キッシュと鈴木に放った。キッシュとレシールの気のぶつかり合いに、巻き込まれた鈴木は瞬きを忘れ、命のやり取りを固唾を呑んで見守った。
「はあああぁぁぁぁぁあ」
「さっさと死ねよ」
キッシュとレシールの闘いは意外な結末を迎える。
「何事ですか!?」
「王子ご無事ですか?」
騒ぎを聞きつけた城兵が次々と現れ、キッシュの寝室に流れ込んで来たのだ。それもそうだ、キッシュが本気で暴れたもので、部屋は石造りにも関わらず、彼方此方にヒビが入り、部屋の中はハリケーンが過ぎ去った後の様に、物が散乱してカオスと化していた。あれだけ夜更けに大音量で暴れていれば、異変に気付いた城兵が駆けつけるのも無理は無い。
「今日のところは勘弁してあげる、でも次会う時は必ず息を止めるから覚悟しておいてね」
「逃げられると思ってんのか?」
「とーぜんでしょ。私を誰だと思ってんの」
レシールは剣の柄頭で窓を叩き割ると身を外に乗り出した。
「助からんぞ、この高さだと」
「またねー」
レシールはキッシュの制止を聞かず窓から飛び降りた。鈴木とキッシュは、急いで窓から下の様子を伺うと、レシールは体操選手の様に見事な着地を決め、次の瞬間には走って暗闇に溶けて行った。
「犯人を捕り逃すとは」
「レシールがあんなに強かったとは驚いた」
「魔王十将軍に縁がある者なら驚きはしないな、侍女と言うところには少々納得出来ないが。あれだけの手練れなら戦士として使うべきだ」
鈴木はそこなんだーと思いつつ、レシールと過ごした数日が、偽物だったとは信じられず、心にわだかまりを感じながら、レシールが走り去って消えた暗闇を、しばらく眺めていた。
「まだ魔王軍からの刺客は潜んでいるから警戒を厳重にして下さい」
鈴木はキッシュに進言する。
「何故そう思う?」
「バルバロス王が襲われた時にレシールは俺と一緒にいたんです」
「まだ魔王軍の暗殺者が潜り混んでいるのか、分かった。城兵に警戒を厳重にする様に伝えておこう。それより太助が俺をレシールを誘き寄せるエサにする作戦を聞いた時は耳を疑ったぞ、曲がりなりにも王族を囮に使うとは流石は俺の友だ。大胆不敵とはお前の事だぞ」
「恐縮です」
鈴木は新しい護衛を付けられてゲストルームへと戻った。騒ぎを聞きつけたアンナとリーゼ、メドラウトに事情を説明して解放されたのは明け方の頃だった。不眠不休で回復した体力は尽き、心身共にクタクタになりつつある現状を改善する為、ゲストルームのベッドにするんと入ると素直に眠りに就いたのだった。
目を覚ますと毎日のルーチンを無意識に行う、眠い眠すぎる故に無意識で活動して気付いた時には病院で半日が過ぎていた。意識を取り戻し我に帰ると、患者の切り開いたお腹を縫合していた自分に驚きながらも、己の正確な手術手腕に自画自賛しながらオペを完了させた。
「奥様は無事に手術を終えられました」
「ありがとうございます!先生、ありがとうございます!」
患者の旦那さんが泣きそうになりながら、何度も何度も深々と頭を下げて感謝を述べる。オペが終わり、とりあえず下のコンビニで昼食を買う、いつも通りのおにぎりに栄養ドリンク。ごはんに時間はかけていられない、世間一般共通認識だと医師は高級取りのイメージだが、経営側の人間や大学病院の教授ならまだしも、それ以外は責任と拘束時間(休日日数)を考えると割に合わない医師の方が多い。そんな事を考えながら栄養ドリンクにストローを刺して、ちゅーちゅーする鈴木だった。




