それは探り合いだったのか
二回目の面談にクリニックを訪れた小柴は、受付をした葉那さんによると不貞腐れたような態度はなく、前回と同様に、心の問題を抱えている人間の様子には見えなかったそうです。
約束の時間の五分前には誰もいない診察室へと移っていた私が待機していると、しばらくして葉那さんに連れ添われた小柴が入ってきました。それこそ、前回と同じ作業着姿で。
「こんばんは」
席を立って先に私が挨拶をすると、小柴も無表情ながら挨拶を返してくれました。
「申し訳ありません。お仕事終わりでお疲れの時間に」
精一杯の低姿勢でそう言うと、小柴は「暇なんで大丈夫ですよ」と言葉少なに案内した向かいの椅子に着席します。哀しいことに一度疑いを持つと、彼の心遣いさえも嘘に聞こえてしまうものです。
「今回は飲み物、何にしましょうか?」
小柴はデスクのメニューホルダーを見ることなく「ホットコーヒーで」と言ってきました。私は背中を向けてコーヒーの準備をしながらも小柴のことを気にかけている姿勢は忘れません。このような姿勢は心理面を扱う現場だけに限らず、どの医療現場でも医師が常に意識しなければならない姿勢です。
「今日もお仕事は忙しかったんですか?」
「まぁ、ぼちぼちですかね」
「太田さんの話によると、仕事の飲み込みが非常に早いそうで」
「そんなことないですよ」
前回行った面談の前半部分と同様に、小柴の反応は良くありません。それでも今回は明確な目的を示して話を進めることができるので、私の中に不安はありませんでした。
準備ができた熱々のコーヒーカップをデスクに二つ並べ終えてから私も席に着き、軽く一息ついて面談を開始しようとした、その瞬間でした。先に口を開いたのは小柴だったのです。
「先生。俺、本当に虚言癖なんですか?」
単なる不安による衝動か、それとも深い計算上での宣戦布告か。当然ながら、私としてもこの時点で真相を知る術はありません。ただ、こちらの要望に応じてこの場に来ていることから考えると、小柴本人にも虚言癖の自覚があり、救いを求めてやって来た可能性と、そんな自覚などさらさらなく、面白半分、または在られもない言いがかりをつけた私に一言文句でも言ってやろうとやって来た可能性もあります。ここまでの彼の態度が至って冷静なのが不気味ではありますが、どちらにしても不安はあると思うので、まずはその不安を取り除かなければいけません。
「いえ、心配なさらないでください。その可能性があるかどうかを確認するだけですから。もしそうだったとしても、これまでの小柴さんと接していて決して重度の症状ではないと判断していますから、前回同様に軽い面談と思って臨んでくだされば結構です」
しかし、最初に確認しておかなければいけないことがあります。
「そうですね。本題へと入る前に、まずは前回お話した面談の内容は覚えていらっしゃるでしょうか」
二回目という慣れ、そして安心感からか、小柴は背もたれに寄りかかり、開き気味の股の間に組まれた両手を置いたリラックスした姿勢で答えます。
「今の仕事のことや太田さんについて、でしたよね」
意図的か、それとも意図的ではないかこそわかりませんが、小柴はでたらめばかりだった後半部分の話を避けてきました。
「そうですね。それが主に前半部分の内容で、その後に私のどうでも良い相談にも乗ってもらっているんですが、そのことは覚えてないですか?」
「相談、ですか……」
そう言いながら思い出そうとする小柴が顎を上げて考え始めると、普段は見えない顎下に広がる不精ヒゲに私は目を奪われました。きっと朝に剃ってきて、日中に仕事をしている間に伸びてしまったんだなぁと。
「いやぁ、年のせいか最近忘れっぽくて」
首を傾げる小柴の表情は多少、曇っていたでしょうか。これも本当に記憶がないのか、覚えていないふりか。とにかく、本人は覚えていないと告白しました。上等じゃないですか。私は戦闘モードに入ります。
「実はですね、お勧めの芸人さんを教えて下さいと言う私に、小柴さんは二人の芸人さんを紹介してくださったんです。まずは、コンタマンキという死にかけのさすらい芸人」
「コンタ?」
「マンキです」
困惑の表情なのか、眉間にしわを寄せて私を見てくる小柴にふざけている様子はありません。
「そしてもう一人は、エロ漫談で笑いを取るという小四芸人、四次元坊や。覚えていませんか?」
「覚えてないですねぇ」
「そうですか。純粋にその二人の芸人さんが気になった私は、面談後にネットで検索してみたのですが、何もヒットしませんでした。小柴さんは私に架空の芸人さんについて話をしていたんです」
「マジですか、それは」
疑いの鋭い視線が私に突き刺さります。それでも怯んでいる場合ではありません。
「はい、本当です」
小柴は深い息を吐きながら大きく首を傾け、胸の前で腕を組みます。これが本心から出る自然な態度であれば、記憶障害を併発している可能性もあり、そうなると鬱病、統合失調症の兆候なども併せて観察していかなければいけません。
納得のいかない顔で小柴が反論してきました。
「俺、昨日、社長に言われてから虚言癖の症状について自分で調べてみたんですけど、どの症状にも当てはまらないから問題ないと思ったんですけどね。まさか、ですよ」
「ええ、ですから先ほども言った通り、もし実際に虚言癖だったとしても、私は小柴さんが重度の症状ではないと見ています。本人に目的を知らせないで面談を重ねていく方法もありましたが、軽度の場合は事実をお伝えしておいた方が小柴さん本人の気力も相まって早く治ると思ったので、今回はこのような形で……」
下唇を上げて不機嫌さをアピールする小柴ですが、ここは相手の態度如何に関わらず、まずは私が信頼できる相手であることを示していく必要があります。
「一番良いのは、今回の面談で小柴さんが虚言癖なんかではないと証明することです。ですから、気乗りしないかもしれませんが、少しだけお付き合いくださいませんか」
「まぁ、俺もそのつもりで今日は来ているので、是非お願いします」
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げてくることのなかった小柴に向け、私は形式的に頭を下げました。
手始めに行うことは、小柴の虚言癖を再確認することです。前回行った後半部分の会話を本人曰く忘れているということですから、この時点で限りなくクロに近いですが、用意してある資料をベースに小柴のパーソナルデータを洗い出していきます。資料は、事前に太田さんからお聞きした、太田さんが知る限りの小柴情報です。この情報と小柴の答えを照合していきます。
私はまず、今回使うつもりのない問診票をデスクに沿わせて小柴に見せました。
「本来ならこの問診票を最初に書いて頂いて、それを基にお話を進めるのですが、小柴さんの段階では必要ないと思っているのでこれは使いません。その代わりに、私の質問に答えていってください。もちろん、答えたくない質問には答えなくても結構です。軽い取材を受けるくらいの気持ちで大丈夫ですから、肩肘を張ることなく、リラックスしてお答えください」
小柴は席に着いたときと同じ格好に戻り、「はい」と静かに返事をしました。
「それでは、まずお名前をフルネームでよろしいですか」
「小柴彰裕です」
「『あきひろ』さんは、漢字ではどう書くんです?」
「そうですねぇ……、元阪神タイガースの岡田彰布の「彰」と、八木裕のひ……」
「ごめんなさい。阪神タイガースというと、プロ野球チームの?」
「ええ、そうですが」
「私、野球にも疎いものでして……。もう少しわかりやすい例でお願いできますか」
「あ、そうなんですか? ……う~ん。じゃあ、もう書きますよ。そっちの方が早いでしょう」
右腕を伸ばしてきた小柴に私は持っていたボールペンを渡し、問診票の裏に名前を書いてもらいます。そこに子供染みた字で書かれた「彰裕」は、太田さんが教えてくださった情報の通りでした。
「ありがとうございます。次に生年月日を」
「一九七六年、七月六日です」
生まれた年は間違いありません。誕生日の情報は太田さんから得られなかったので、参考程度に記録しておきましょう。あなたの情報はほとんど知らないんですよ、というアピールをする意味でも、ここで私が年上であることを伝える必要があります。
「あら、私の二歳下になるんですね」
しかし小柴の反応は「あ、そうなんですか」と薄いものでした。ただ、ここでは小柴の年齢が初耳だというアピールができたことで十分です。退屈な会話にならないよう、データにないことも挟んでいきましょう。
「ガッチリした体格をされていますが、何かスポーツでも?」
「ええ、まぁ、高校まで野球を」
「なるほど。それでさっき野球の例を出されたんですね。ポジションはどこだったんですか?」
「魔物封じです」
「はい?」
聞いたことのないポジションに、私は反射的に聞き返してしまいました。確かに私は野球に疎いのですが、ポジション名くらいはそれなりに把握しているつもりだったのです。そんな私の動揺を察したようで、小柴が『魔物封じ』について自ら説明を始めます。
「聞いたことないですか? 『甲子園には魔物がいる』って」
「ああ、それは聞いたことがあるような気がします」
「魔物がいるのは甲子園だけじゃないんです。球場と名のつく場所には魔物がいるとされていて、甲子園常連の強豪校レベルになると必ず魔物封じがいるんです。何しろ高校野球は古い体質なんで、そういう迷信めいたものを無視できないんですよ」
ちなみに、私の出身高校の飛来学園も愛知では有名な野球強豪校でした。しかし私は野球部の子たちとは違う特進クラスにいたのでまったく交流もなく、在籍していた三年間では受験に最も忙しい三年の夏しか甲子園に出場できなかったので、私たち特進クラスは応援に行ってないのです。まぁ、他の時期に出場していたとしても、勉強ロボットだった私が応援に行っているとは思いませんが。
「その魔物封じは何をするんですか?」
「読んで字の如く、魔物の動きを封じて好き勝手させません」
「すみません。もう少し詳しく」
小柴は再び腕組みをして、私の目をしっかりと見つめてきました。
「要は魔物が嫌がることをするんです。例えば、魔物は邪心の多いチームに悪戯をするので、ベンチ入りしているメンバーを監視して、女の話とか前日のテレビの話とか、試合中に野球と関係のない邪心を少しでも出したらベンチ裏に引きずり出して折檻してやります。もちろん監督でも容赦はしません」
「監督でも?」
「はい。監督から直々に『そのときは遠慮するな』と言われてあるので」
「そんなことがベンチの中で行われていたとは……。その他にも何か役割はあるのですか?」
「他ですか……」
少しだけ視線を外した小柴ですが、すぐにそれが戻り、話は始まります。
「昔、テレビでやっていたプロ野球の珍プレー好プレーにもよく映像が流れていたんですが、試合中に猫がグランドに出てきて試合が中断するときがあるんです」
「はあ……」
もちろんこの話も私にとっては初耳です。野球なんてほとんど観たことがないですから。
「ここだけの話、あの猫は俺たち魔物封じがグラウンドに放っているんです。魔物は猫が大嫌いなので、ここぞというときにタイミングを見計って。ただ、あまりやりすぎて魔物が猫に慣れられてもいけないので、この方法は数十試合に一回あるかないかですけどね」
「でも、試合中にそんなことしていいんですか?」
「これは実際に野球をやっていた人しか知らないことでしょうけど、暗黙の了解というやつです」
「そうなんですか……」
そのとき、私はあることに気づきます。
「……となると、役割からして、それだけガッチリする必要がないような」
「とんでもない!」
小柴は珍しく少しだけ声を張って否定しました。
「魔物はジャニーズ系のシュッとした美少年を好むので、ヒゲの濃い、獣臭がする俺のような男をバリバリのマッチョ体系にしてベンチに置いておけば、ヤツらは好き勝手できない。だから俺も日々の鍛錬は欠かせなかったんです。まぁ、この程度の体じゃ完璧に魔物を抑えつけるほどの効力はありませんでしたが」
「お守りのようなポジションなんですね」
「まさにその通りかもしれません。でもまぁ、そんな影の役回りをしていたおかげで、野球をしに強豪校へ行ったはずなのに、高校の三年間はボールもバットも、まともに触ることがなかったんですけどね」
「……それはお気の毒でした」
この野球への挫折が今の小柴を形作るきっかけになったのでしょうか。まだ手始めの段階で空気を悪くしてもいけないので、話を戻すことにします。
「高校を卒業されてからは何を?」
「一応、地元の大学に行ったんですけど、二年のときに自主退学した後は、東京に出てフラフラとアルバイトを転々としていました」
「そうですか……。それで前職のコンビニに至ったんですね」
私は回答を記録しながら小柴の顔色、姿勢、視線、仕草なども細かくチェックしているのですが、前傾姿勢で両手を組み、やや広めに開かれた股の間に置いている格好は基本的に変わらず、考えるときに視線を外しても、会話の間はごく自然に私の目を見て話しています。無駄な動きもほとんどなく、顔色も気持ち悪いくらいに普通です。
「家族構成も伺ってよろしいですか? 亡くなられたお母様も含めて」
「両親と兄二人です」
「お兄さんがお二人いらっしゃるんですね。年はおいくつ離れているんですか?」
「えーっと……、確か長男が十歳くらい上で、次男が八歳くらい上かな」
「結構、離れているんですね。それだけ離れていると、お兄さんたちからは相当、可愛がられて育ったんじゃないですか?」
このとき、小柴が「フッ」と苦笑いを浮かべました。
「ある意味ではそうかもしれませんね」
「どういうことでしょう?」
「うちの長男は男色好みで、次男の方は地元で有名なヤンキーでしたから、それはもう、いろんな意味でたっぷり可愛がってもらいましたよ、二人には」
野球での挫折に続き、意外な事実が発覚しました。これはかなりデリケートな話でもあるので、その真偽に関わらず慎重に話を進めなければいけません。
「すみません。今の段階では個人的なことには踏み込むつもりはないので、思い出したくないことはスル―してもらってもいいですよ」
「いえ、二人の兄にされたことは事実ですし、俺は逃げも隠れもしませんよ」
もしかすると二人の兄の存在は、小柴が虚言癖になる大きなきっかけになっている可能性もあります。本人がその気なら話してもらわない手はないでしょう。
「では、話せる範囲だけで構いませんので」
絶妙な間で口元を一文字に引き締めてから小柴が話し始めます。
「長男には小さい頃からよく面倒をみてもらっていて、一緒に風呂に入って体の隅々まで洗ってもらいましたし、こっちも長男の体を洗わせられましたし、トイレの仕方も両親じゃなく、長男から教わりました。お尻の拭き方とかね」
「悪戯をされた、ということでしょうか」
「まぁ、そうですね。悪戯をされたし、『俺にも悪戯しろ』とも言われました」
「抵抗は」
「力で敵う相手ではないですから」
私のもとへ訪れる患者のほとんどは、幼少期に経験したトラウマを引きずって精神を患っています。小柴もその第一条件を抱えていたのです。
「二番目のお兄さんからはどんなことを」
「単純に、暴力です。家の内外であった憂さをすべて俺に晴らしていました」
「ご両親やご長男は助けてくれなかったんですか?」
「父は単身赴任でフィリピンに行ったままほとんど家に寄りつかなかったし、母も長男も、次男の暴力を恐れて何も注意できなくて、母なんかは仕舞いに現実逃避で若い男に救いを求め、友達からは『昨日、お前の母ちゃん、若い男とラブホに入って行ったのを見たぞ』と、それをネタにしてよく冷やかされたものです」
何となくではありますが、小柴家が親戚筋と疎遠になっていたのがわかる気がしました。はっきり言って正常な家庭ではありません。小柴はそんな家で、家族からの愛情を感じることなく育ってきたのでしょうか。
「そのお兄さん二人は今、何を?」
「長男は確か、大阪で『反逆のバナナ』というそっち系のバーを開いているみたいで、次男は二〇代まではやんちゃを続けていたみたいですが、詐欺をして懲役刑を食らって娑婆に出てきてからは、『世界一の牧師になる』と言い放って長崎に行ってしまったのですが、それ以降は音信不通ですね」
「お父様は今も日本に帰ってきていないんですか?」
「言っても自分から望んでフィリピンへ行った男ですから」
「お母様のご葬儀は」
「もちろん、フィリピンに連絡をして帰国させ、喪主をやらせました」
「ご長男は?」
「ええ、長男の自覚が少しはあったみたいで、しおらしく男装をして葬式に顔を出していましたよ」
ちなみに太田さんから頂いた情報と照合すると、家族構成でお兄さんが二人いるというのは一致していますが、その他のことは元情報がないのですべてが新事実になります。当然でしょう。家族しか知り得ない、ある意味でトップシークレットのはずですから。
「わかりました……。すみません、お話しにくいことを聞いてしまって」
「別に問題ないですよ。飲み会とかでは笑い話にしていますから」
そう言ってまた苦笑いをした小柴ですが、その顔は何とも寂しげに見えました。
「それでは最後の質問にしましょう。これまでに大きな病気をしたり、長く通院したということはありましたか?」
「それは大小に関わらず?」
「はい、お願いします」
「何回か性病になったことはあります」
「……ありがとうございました」
面談において、無駄な情報など何ひとつないのです。
さて、ここまでの質疑応答で小柴の虚言癖を確認できたかどうか。高校野球の話、兄弟の話と不自然な話はありましたが、現時点でその真偽は確かめようがありません。今わかることは、太田さんから頂いた情報と小柴の話に不一致はなかったということです。一般的に嘘をつく人間に出やすい言動、傾向も一致しませんでした。
しかし、小柴が本当に虚言癖なら、というよりも、虚言癖であるからどちらとも取れるエピソードなのです。表現として記すのは難しいのですが、特別な過去があるからこその虚言癖患者であって、虚言癖患者だからこそ話せる特別なエピソードばかりでしたから。
この後、私が取り掛かったのは、他愛のない世間話から詳しい小柴のデータ、もっと言うと、今後、本格的な治療が始まったときに使える言質を取っておくことです。元々、情報の少ない男ですから、ひとつでも多くのデータを残しておけば、そのデータと後の発言との齟齬が生まれていないかを照合し、検証できます。
二人の間で交わした会話の内容は、好きな映画、本、芸能人など、本当に他愛のないことでした。小柴本人は「何の意味があるのだろう」という表情を浮かべながらも、相変わらず慎重かつ冷静に応じますが、こちらとしては着実にデータが増え、今後に生かすことができます。ここにも簡単に記録しておきましょうか。
Q 好きな映画は
A 「ノッティングヒルの恋人」
Q それはどんな映画ですか
A 身分違いのカップルが繰り広げるロマンチックな痴話
Q 好きな俳優は
A 片岡鶴太郎
Q 何故その方が好きですか
A 芸人のときと画家・役者のときとのギャップ
Q 好きな本、雑誌は
A 週刊誌全般
Q 特にどんな週刊誌を
A 下世話なゴシップが詰まったもの
Q 好きな作家は
A 特にいない
Q 好きな芸能人は
A ダウンタウン
Q その方はどんなジャンルの芸能人ですか
A 漫才師
Q 好きな食べ物は
A ソフトクリーム
Q 嗜好品は
A タバコ、酒、コーヒー
Q 一日のタバコの本数は
A 平均一箱
Q 好きな酒は
A 最近は洋酒、主にブランデー
Q ギャンブル歴は
A パチンコと競馬を中心に何でもやる
Q 現在、恋人はいますか
A いない
Q 直近の彼女と別れてからの期間は
A 約二ヵ月
Q 結婚願望は
A ある
Q 配偶者に求めるものは
A 圧倒的な愛情
Q 子供はほしいか
A ほしい
Q 希望する子供の人数は
A 多ければ多いほどいい
これらが小柴の重い口から聞き出した主な情報であり、今後、小柴を虚言癖と判断したとき、治療を進める上で大事なデータにもなります。
この日の面談は以上の行程で終わりました。小柴は最後にも念を押すようにして自分に虚言癖があるかどうかを確認してきましたが、これからまだ分析が必要で、結果は後日報告するということを正直に告げます。つまり、今回の面談でもはっきりと虚言癖だと断定できる要素は見当たらなかったのです。後は、できる範囲で小柴の話の真偽を調べ、発言に嘘があったかどうかを確かめる必要があります。
私はその日のうちに、過去に「イップス」という精神的な理由でボールを投げられなくなり、私を頼って来たことのあるプロ野球選手のFさんに電話をしてみました。小柴が話していた「魔物封じ」について、その真偽を聞いてみるためです。
「お久しぶりです。今、少しだけお時間よろしいですか?」
「あら、先生から電話なんて。どうしたんですか?」
新聞でFさんの成績だけはチェックをしているので、最近の好調ぶりは知っていたのですが、電話口から聞こえる溌剌としたスポーツマンらしい声からしても経過は順調なようです。
「それより、今年は調子がいいみたいですね」
「おかげさまで。去年の前半が嘘みたいに今は腕が振れています」
「それは良かった」
こんなことを聞きたくて電話をしたわけではありません。
「実はですね、野球のことで少しお聞きしたいことがありまして」
「これまた珍しいですね。野球のことなんか興味ない先生が。いいですよ、僕が知っていることであれば」
「ありがとうございます。今日、面談をした方が元高校球児だったのですが、その方が言うには、自分は魔物封じというポジションだったと言うんです」
「え? 何封じ?」
「魔物封じです」
「魔物封じ?」
F投手の声がひっくり返っていました。
「何ですか、それ?」
「聞いた話ですと、古い言い伝えで野球場には魔物がいるから、その魔物が好き勝手しないように野球の強い高校には必ず魔物封じがいると」
その瞬間、受話器の向こうで笑い声が聞こえたのです。
「やっぱりご存知ないですか」
「それ、本当に野球の話ですか?」
「はい。試合中に邪心のある監督やチームメイトを折檻したり、ここ一番でグランドに猫を放ったりする役目だと聞きました」
笑い声はさらに大きくなりました。私は小柴から聞いたことを話しているだけなのに、何故か私が笑われているような居心地の悪い不愉快さ。まぁ、いいでしょう。このFさんは、私でも知っているような野球の名門高校で甲子園に出場していて、六大学でも活躍した野球エリートです。そんな彼が狂ったように笑っているのですから、小柴の話が嘘だということがはっきりしました。
続いて私は太田さんに電話をし、虚言癖かどうかはともかく、今回の面談でも嘘をつかれたことをさも残念そうに伝えます。太田さんは「やっぱりそうでしたか」と声を落とし、でもすぐに力強く「彰裕をお願いします」と私に託してくださいました。私は「もう少しだけ小柴さんを私に預けてほしい」ということ。そしてこの結果は私が直接小柴に伝えることを告げ、「どうか心配なさらないように」と何度も念を押しました。本当は自分の中にある小柴への復讐に近い思いをただ晴らしたいという身勝手な行動なのに、さも偽善者ぶって。
小柴には翌日の正午、面談に嘘があったことを電話で話しました。すると驚くことに、小柴は魔物封じについては正確に記憶しており、「あれは嘘じゃない」と珍しく反論してきたのです。前回とはまったく違う反応でした。それでも私は知り合いのプロ野球選手に事実を確認したこと、そして「魔物封じ」についてネットで調べて何も出てこなかったことで理論武装をし、丁寧に小柴を納得させます。さすがにショックを受けていた小柴ですが、もし虚言癖であるなら何としても治したいということなので、今後の「治療」を力強く約束してくれたのです。