嘘とは
人間は唯一、嘘をつく動物であるとも言われていますが、実際には知能の高い哺乳類や鳥類、また擬態を得意とする下等生物と植物も嘘をつくとされています。しかも、相手を騙そうという高度な意思を持って。しかし彼らが行うのは嘘というよりも、演技です。何故なら、彼らは言葉を使って会話をすることができません。
では、演技は嘘なのでしょうか。私は演技も広い意味での嘘だと思います。役者が立派な演技をして、観る側がその映画やドラマ、演劇の世界に入り込んだとき、それを別の言い方に変えれば役者に騙されたことになりませんか? でも怒ったりはしませんよね。何故なら、演技に魅了されることを目的として作品を観たわけですから。それはまた、騙されることを前提にしていたとも言えるのです。
私たちの社会で大抵の嘘は「悪」とされています。童話ではありますが、『オオカミ少年』は嘘つきを戒めるわかりやすいお話ですね。世界で聖書の次に読まれていると言われる『ピノキオ』も、嘘をつくと鼻が伸びるというわかりやすい設定で幼い頃の我々を戒めてくれました。これに「嘘つきは泥棒の始まり」という誇大とも言えることわざで、嘘が悪であることを徹底的に植えつけられています。
それでは、嘘がすべて悪いことなのでしょうか。
研修医時代に幾つかの診療科を回ったときは、その先々で私は「必要悪の嘘」と接してきました。代表的なのは、患者への(末期)癌宣告です。患者本人が希望しない限り、我々医師たちは嘘をつきます。当時はまだ今ほどインフォームド・コンセント(医師が患者に正しい情報を伝える行為、義務とでも訳しましょうか)が浸透する前のこととは言え、何もかもが経験不足だった私は葛藤し、医者として、人間としての倫理観について考えさせられました。現代はインフォームド・コンセントの縛りが効いているで、正直に癌宣告をする病院が多いのですが、それでも医師の側からしたら嘘をつきたいというのが本音だと思います。相手のことを思いやる嘘は、優しい嘘です。嘘も方便。まさに嘘は使い方だと思いませんか。
社交辞令は優しい嘘の典型例です。特に他者と本音でぶつかり合うことを避けてきたような私の場合は公私に渡って社交辞令を駆使し、体裁を整えてきました。もっと言えば、私のように性格の悪い人間が本音しか話せなかったら、この社会では生きてこられなかったでしょう。反対に、社交辞令によって私も何度となく救われていることと思います。気にしていることを本音で言われるくらいなら、皮肉が込められていたとしても社交辞令の方がまだマシと思えるのは、私だけではないはずです。
その他の例も挙げてみましょう。
私ほどの年齢になると、周囲の結婚式に呼ばれる機会も増えます。その際に必ず行われるのは、永遠の愛を誓う契りです。新郎と新婦が神の前で、そして出席者という証人たちの前で、言わば取り返しのつかない約束を交わします。私も半強制的に多くのカップルたちの証人となってきましたが、その数に比例して増えるのは、離婚報告です。正直、騙されたと思いますが、別れた二人に騙したつもりはないでしょう。契りを交わしたその瞬間は、離婚などという結果は望んでいなかったわけですからね。なので、この場合は嘘とは言いません。ただ目測を誤った、ということです。結婚の例に特化すれば、人選を誤ったのでしょうが。
この通り、嘘の定義は広く、とても難しい。難しいのですが、共通して言えることはあります。それは、嘘をつく人には何かしら「得」が生じるということ。そう、我々は自分の利益、メリットを求めて嘘をつくのです。こうなると、「優しい嘘」がいかに自分よがりなのか、よくわかると思います。表面上は相手のことを思っての嘘だとしても、結局は自分が得をしたい、楽をしたいという思いからついているのです。
そして忘れてならないのは、大なり小なり誰でも嘘をつくということです。私も嘘をつくし、政治家だって、評論家だって、社長だって、上司だって、親だって、みんな嘘をつく。過去に「聖人」と呼ばれていた人も、嘘をつかなかった人はいないと思います。嘘をつく場所、タイミング、ケースは考えているので、大事には至っていないだけなのです。
しかしここでの問題は、虚言癖という、「癖」などとは済ませられない嘘をつく人たち。つまり小柴彰裕のことです。小柴が私に対してついてきた嘘話は、彼に何の得があるのでしょうか。すべての事象において、実例や定義に当て嵌めたがる私の悪い習慣ではありますが、そうでもしないと不安で逃げ出したくなるのです。自分に自信がない表れなんでしょうね。自信があって独立したのではなく、父から逃れたかったから独立したという私の稚拙さと甘さ、そして浅はかさの表れでもあると思います。
それでもこの時期は、まだ小柴のことを軽く見ていました。小柴本人に対してもそうですが、彼の虚言癖についても。
三回目の面談は前回より二週間近く開きました。このときも「治療」という言葉は避け、あくまで「面談」をしながら矯正していく形を取っていたのです。期間が開いたことを重く見ていた私は、本人の前で「矯正」という言葉も使わないほどでした。自覚のない患者に、医師が自ら事を大きくするわけにはいきません。
月曜の昼過ぎ、仕事の空き時間を使って来診してもらったため、いつの間にか私の中でも定着していた作業着姿で小柴は現れました。
「本当にお金はいいんですか?」
小柴が着席して最初に発した話題が診察料についてでした。
「もちろん。こちらが望んで来て頂いているので」
「そうですか。まぁ、俺としては助かるんですけど、完全にモルモットですね」
「とんでもない。単に私がお手伝いできる知り合いの方がいたというだけです。お願いですから、そんな自虐的なことは言わないでください」
早速、私は嘘をついてしまいました。小柴と対峙する本当の目的は、未知への探求心と好奇心、そして僅かばかりの復讐心でしかありません。医師として邪なこの理由を正直に話せば、小柴は離れていくに決まっています。そしてその噂が世間に広まり、今、私が抱えている患者たちも離れていくに違いない。だから私は嘘をついた。とどのつまりは、やはり私に得があるから嘘をついたのです。そんなやましい気持ちがあるからでしょうか。小柴の目が私を疑っているように見えてしまいます。
「飲み物はどうしますか?」
「前回と同じでいいです」
その言い方が少し突き放したような言い方に聞こえただけでなく、「前回のことをちゃんと覚えているのか」と、私を試しているようにも聞こえました。
いつものコーヒーを準備してデスクに二つ並べ、私も席に着きます。今回の面談で一番の目的は、小柴の虚言癖の特徴を掴むことです。
ここで虚言癖について簡単に説明しておきましょう。
まず、虚言癖という病名は存在しません。なぜならそれは癖だからです。癖は病気ではありません。しかし病的ではあると思います。そして癖が怖いのは、悪化すると本当の病気になってしまう可能性があることです。
虚言癖患者の基本的な特徴として、A君とCさんの事例を前述しました。例えばA君を治療もせずにそのまま放っておいた場合、境界性パーソナリティ障害という重度の精神疾患に陥る可能性があったのです。境界性パーソナリティ障害というのは、パニック障害などの神経症と、統合失調症や躁鬱病などの精神病の狭間に位置し、両方に片足を乗せている状態にあります。言うならば、どちらも兼ね備えている危険な症状なのです。
また、もう一方のCさんを放っておくと、こちらも演技性パーソナリティ障害という精神疾患に陥る可能性がありました。「演技性」という名前からでもわかるように、演技という嘘を武器に周囲からの自己評価を高め、虚構の自分に酔っている状態とでも言いましょうか。しかし所詮は虚構ですから、いずれ精神的に不安定な状態に陥り、前出の境界性パーソナリティ障害などに悪化していくケースもあるのです。
癖の中でも虚言癖が怖いのはこれらの点で、嘘を重ねることで周囲の信頼を失い、孤立し、自己嫌悪に陥って鬱病を患い、疑われること、信じてもらえないことで強迫症状に襲われ、自殺願望が芽生えることもあります。今まで私が請け負ってきたケースはこの辺りをさまよう患者が多く、そういう意味では小柴のような虚言癖でも初期段階にある軽度の患者は初めてだったのです。
目の前の小柴は、いつもの通り背もたれに寄りかかり、少しだけ開いている股の間に組んだ両手を入れ、その仏頂面とは吊り合わないくらいリラックスしているように見えます。
「嘘って、何なんですかね」
先制して話をしてきたのは、今回も小柴でした。しかも、とても短くて奥深い問いかけです。
「難しいですよね。嘘については私も学生時代からずっと考え続けているのですが、これといった答えには辿り着いていないんです。いざ嘘について語り始めたら、長々とそれらしいことは言えるでしょうけど、結局のところはまとまらないんですよね」
「俺ね、思ったんです」
「聞かせてください」
「先生こそ俺に嘘をついているんじゃないかって」
それはあからさまな私への不信感でした。
「だって、先生が俺のことを虚言癖だって言うこと自体が嘘の可能性もあるでしょ? 俺にちゃんとしたデータなり証拠を示しているわけじゃないんだから」
「確かにそうですね」
「でも、先生は俺に嘘はつかないよ」
小柴の顔は不敵に笑っています。
「だって先生だからね。最も信頼すべき存在である先生が嘘をついたら、秩序の崩壊だもん。そんなことがあってはならない」
私は自分でもわかるくらいの引きつった表情で小柴の話を聞き続けることしかできませんでした。
「いきなり虚言癖って言われて、先生が思っているよりも俺、落ち込んでいるんですよ。正直言って、このビルに入るのも今日は周囲の目を気にしたし」
「確かに、小柴さんの気持ちのすべてはまだ理解していないと思います」
「でも、感謝もしているんです。俺自身が気づいてなかった虚言癖を見つけてくれて。もちろん、社長にもね」
不敵だった小柴の笑みは、こちらがホッとできる微笑みに変わりました。しかしその微笑が逆に不気味で、私の表情こそより一層引きつっていたかもしれません。そんな不安を抱えながら小柴に言い聞かせます。
「生意気かもしれませんが、これだけは言わせてください。嘘をつくというのは、『嘘をつこう』という自分の意思で行われているものなので、自分の心に嘘をついているわけではないんです。だから、決して自分のことは否定しないでください。小柴さんの段階はまだ病気ではありません。ですから、本当の病気になる前に何とか食い止めましょう。一緒に治していきましょう」
まじまじと私の顔をみつめてくる小柴。しばらく沈黙の時間が流れましたが、鼻から大きく息を吐き出してから小柴が口を開きます。
「わかりました。よろしくお願いします」
小柴は背筋を伸ばし、デスクに頭がつきそうなくらいに深々と頭を下げてきました。私も「よろしくお願いします」と同様に深く頭を下げます。そのままの状態で少し時間を置き、顔を上げてみると、再び背もたれに寄りかかっていた小柴の顔が、いつもの仏頂面に戻っていました。




