81「空を求めて-1」
グリフォン達の大きさは大体アフリカゾウより大きいかどうかぐらいです。
マイン王と別れてはや一週間。
オブリーンの王都よりやや南西、ガイストールからでいうと北西。
丁度中間に位置するであろう位置にある湖のそばに俺たちはいた。
余談ではあるが、MDのメインとなるフィールドは
地球で言うユーラシア大陸を基にしており、
今いる場所は敢えて当てはめるなら長靴な半島の辺りということになる。
敢えて、という表現のとおり、かなりゆがんだその姿からは、
言われなければ元の大陸たちの特徴を見つけ出すのは容易ではないだろう。
途中、大き目の川を越え、陸地を進んですぐにある
その湖は、地球上のそれらと比べて、
もう海と言っていいような大きさを誇っている。
「3人とも、楽しい旅だったぜ」
「何、こちらこそ。またどこかで」
豪快な笑みを浮かべ、差し出される鍛えられた手のひらを
俺もがっしりと握り、握手を交わす。
握手の相手は、白いひげを生やした冒険者。
立ち止まった俺たちの横を、荷物を満載にした荷馬車が
重そうな音を立てて通り過ぎていく。
一度オブリーンの王都へと戻った俺達は、
偶然にもこの湖のそばの街へと、行商に向かうというキャラバンに同行し、
3人だけの旅からしばし開放されることとなったのだった。
握手を交わした相手は護衛として同行していた冒険者達の1人であり、
彼らの協力もあって、コボルトやゴブリン、狼などの襲撃は防ぐことが出来た。
また、陽気な商人たちとの会話は楽しく、
商売に使う街道の情報を有償ではあるが手に入れることが出来た。
それによれば、この湖を越えたあたりに森が広がり、
さらにその先に森に囲まれた小山が連なる。
そこがヒポグリフの森となるそうだ。
一般的には、下手に近づくと空から襲撃される危険な土地らしく、
近い街や村ほど、大型の家畜なんかはほとんどいないらしい。
ヒポグリフの森があるのは間違いないようだが、
俺の記憶では湖はそばには無かったので、地形が変わっているのだと思われた。
代表的な山や、ダンジョンの配置等はさすがに変化が無さそうだが、
その近くの森等は記憶とはかなり違っている可能性がある。
無事に契約が済んだらその辺りも確認できるかもしれない。
ともあれ、商人からの話によれば、
ヒポグリフの森を越えた先に、海があるようだ。
えぐれたような湾が大陸の中にまで食い込んだ地形をしており、
俺がイメージするような地平線がすべて海面、という海に出るには
そこからさらにかなりの距離を移動しなければならない……はずだ。
いうなれば本当の海に慣れるための海、がこの湾と呼ぶには
広い部分となっているわけだ。
この辺りはそのほかと同じく、実際に空飛ぶ彼らとの契約が済んでからとなるだろう。
「向こう側がかなり遠いわね」
「ああ……周囲を長々と進むか、逃げ道の無い水の上をまっすぐ突っ切るか、だな」
キャニーに答えながらも、俺は周囲を進むしかないと考えていた。
ちょっと漁に出るならともかく、かすんで見える対岸に向かうとなれば、
小船ですぐにというわけにはいかない。
だが、頑丈で問題のない大きさの船、などというものが早々あるはずも無い。
湖に漁に出たときにモンスターに襲われたという話は
これまでの話ではほとんど聞かないのだが、
それはただ単に向こう側にそこまで近づいていないからではないかと考えている。
3人の視線の先には、比較的強い風に波打つ湖面、
そしてかろうじて陸地だとわかる対岸の景色。
実際には見たことは無いが、海に抜ける川があるとも聞いている。
「この冷たさじゃ、いざというときに長くは泳げないから陸地のほうがいいかな……」
しゃがみこみ、湖面に手を入れていたミリーはそう苦笑し、
風に冷える濡れた手を服の中にしまいこむ。
冬はまだだが、夏は過ぎた今日この頃。
さすがに風にも冷たさが混じり始めていた。
「よし、経路は陸地で。馬と……適当に肉を買い込もう。
契約前のやり取りに相応の量が必要になるはずだ」
幸いにもそれなりの規模の街である。
湖は観光資源として役立っているのか、
街に住んでいるとは思えない人間で道はにぎわっている。
そんな人の流れを見ながら、
今日はここに泊まる覚悟で、目的地である森へ向かうための準備をすることにした。
夜、そこそこ値段の高い宿を選んだおかげか、
窓にはしっかりとガラスと思われる物と木枠による窓のついた部屋で、
俺は一人夜空を眺めていた。
姉妹は別の部屋だ。
きっと3人で一部屋でも姉妹は文句を言わず、
冒険者ってそんなものよ、と言ってきそうではある。
だが、俺だけが抱える問題を考えれば、
出来ることなら一人で考える時間は欲しいところであり、
こうして別に部屋を取っているのである。
不意にガタガタと音を立て、窓が揺れる。
時折、ヒポグリフの森の方向から湖を通る風が街を吹きぬけ、
窓を揺らすのだ。
どこからかまだ騒いでいる酒場の喧騒らしき声がわずかに聞こえるような気もした。
まれにだが森からはぐれたグリフォン、あるいはヒポグリフが
腹をすかせて街のほうへと飛んできたときには
酒場にいるような冒険者が迎撃することもあるという。
また、物資の買い物と、馬の確保の際のやり取りによると、
この辺りにはいくつかの遺跡が残っているそうだ。
そのうちの1つが街のそばにあり、それは湖にその身を半分沈ませたものだという。
特にダンジョンというわけではないが、昔の魔法の力が残っているのか、
不定期に噴水のように湖の水を巻き上げ、美しい姿を見せるらしい。
話を聞く限りではきれいな間欠泉のようなものだろうか?
ともあれ、この街はそういった観光資源のほか、
汚れの少ない湖と、豊かな土地により、比較的豊かな生活をしているようにも見えた。
『随分と考え込んでるのね』
「ん? ああ……この先についてな」
半透明な姿で、音も無く現れたユーミへと俺は椅子に背を預けながら答えた。
自分でもその額にしわがよっているのがわかる。
『先、ね。グリフォンか、ヒポグリフと契約する、ってことではないの?』
「わかって言ってるだろう?」
さらりと出てきた言葉に、俺も苦笑で答え、返答とばかりにテーブルの上に
いくつかのアイテムを取り出す。
それは窓からの月明かりにその身を光らせ、独特の輝きを放っている。
オリハルコンを含む、MDで最上位に位置する素材たちだ。
「……鉄ならどこにでもある。ジガン石やグレイル鉱石も一般的な範囲で、
それなりの量を集めることは出来る。けど、こいつらはそうもいかない」
オリハルコンやハイミスリル、鉱石ではないが、結晶化したという設定のヤドリギ。
どれも、ゲームの中でもハイレベルのダンジョンの
奥地で無いと取ることが出来なかったり、
ボスクラスのドロップアイテムだったりと入手には手間がかかる。
「もっとも、俺だって持っているし、どうにか手を尽くせば
いつかはそれなりに入手することだって出来ると思う。
だが、一箇所に集めるとなると大変だろう」
大陸の各地で手に入る素材を俺の元に集めるのに、
一体何日かかるのか、そして俺がどこかに素材が見つかるたびに
出向くというのも現実的ではない。
「単純に人間同士の戦争があるのなら、下手に手を出すわけには行かない。
でも、モンスター相手となれば話は別だ。
そして、上位の相手にはただの武具じゃ太刀打ちできない。
そのためには素材以外にも、技がいる」
俺はオリハルコンを手に取りながら、記憶と知識にあるボスモンスターたちを思い浮かべる。
火山で出会ったレッドドラゴンなどはまだマシなほうだ。
硬いだけで、一定以上のSTRと武器の威力があればダメージは通る。
どういう仕組みだったかは思い出せないが、
ボスクラスの強敵になってくると、ダメージの算出方法が違うのか、
単純な計算ではありえないダメージ数値になっていた記憶がある。
勿論ゼロではないし、普通にクエストやドロップで手に入る武器で
ちゃんとダメージは与えることが出来るのだが、
普通の武器ではほとんどダメージが与えられない。
それは属性がついていたり、素材の質がよかったりと様々ではあるが、
簡単に言えば、下手な武器だとろくにダメージが与えられないのだ。
攻撃にランクが設定されているとも言い換えることが出来るだろう。
いくら使い手が立派でも、振るう武器が数打ちの粗悪品ではいけないということなのだ。
仮に精霊戦争のような大規模なモンスター戦が発生したとして、
恐らくはこの世界の人々が見たことがあるような相手であれば、
普通に手に入る素材の武具でも太刀打ちできるだろう。
それはこれまで、モンスター相手に滅ぼされた国、というのが
ほとんど無いことが証明している。
『各種ドラゴンの成竜や、不死王、ロード達ね』
「ああ、ユーミならゲーム上の数値は知っているだろう?
まともに受ければ俺だって即座に体力がゼロだ。
そんな奴等を相手に、ただの武具で挑ませるわけにはいかない。
だから……取りに行く」
『へえ、飛んで、ハイレベルなダンジョンに一気に行くの?』
鉱石を仕舞い、代わりに地図を広げた俺の表情を伺うようにユーミが
音も無く歩み寄り、ささやく。
俺はそれに答えるでもなく、指を地図の上に滑らせ、
とある地点でとめる。
それはヒポグリフの森を抜けてさらに北西、
西方の国々と、オブリーンやジェレミアとのそれぞれの
境界線に位置する辺り。
ぽっかりと空白がなぜか広がる部分。
これまでに手に入れた地図や、話でも詳細がつかめない場所。
その代わりにと噂されるそこにいる存在。
「いや、素材も勿論だが、技を教わりに行く。
ドワーフのように精霊を見て仕事をする存在。
そして、特殊な鍛冶を人間に教えたという彼らに。
ユーミはここにいる彼らを知っているってことでいいのか?」
『直接見たことは無いわね。ただ、知っている。そう……エルフたちの里ね』
そう、契約の後に目指す場所。
それはMDにおいては後半のダンジョン。
この世界においては秘境中の秘境。
精霊と歩む存在、エルフの里である。