258-「闇を切り裂く声-3」
ひとまずと言える戦いを終え、
怪物達の死体を放置するわけにもいかない人間側の敵の1つはぬかるみであった。
「くそっ、魔法の灯りは……いや、無いほうがいいか」
悪態と共に、冒険者の1人は街道を埋め尽くすかのような怪物だった物を睨む。
あちこちで同じような物言わぬ躯が光に照らされている。
焼き尽くすための、攻撃魔法による引火だ。
その業火でも、大量に生まれた血というぬかるみをなくすには足りない。
この地域の街道は周囲よりやや低く作られているため、
血が結果として溜まってしまっているのだ。
雨の少ないこの地方ならではの、道の造りがあだとなったといえる。
「まだこっちは楽な方だぜ。奥には豚どもがいっぱいだった」
薄暗い空の下、炎により不気味な姿を見せる躯たち。
魔法の灯りが煌々と照らす中であれば、あまりの数と状況に
今以上に悪い気分になるであろうことをもう1人はわかっているようだった。
同時に、今目の前で焼かれている怪物がコボルトやゴブリンが多く、
油と筋肉の塊であるオークが少し離れた場所に固まっていることを伝える。
「ちっ、いっそのことアンデッドにでもなってから押し込んだ方が速いんじゃねえのか?」
「馬鹿言うな。穢れは病を運ぶ。わかってるだろう」
怪物だった物のあまりの数、そして惨状に自分たちが作り出した結果ながらも
極端なことを言う男に、相棒である男も苦笑しながら答える。
人間や怪物を問わず死骸が場合により、不死者となって起き上がることはよく知られていることだ。
精霊に満ち溢れていた時代と比べ、近年ではその数も減少しているといわれるが
最近また、増えているという噂があった。
その原因は一部の人間にとっては明らかだが
世間ではそうではない。
不気味さと未来に対する漠然とした不安がそこにはあった。
ゆえに、極論を言った男もなけなしの魔力を使って拙いながらも
炎の魔法を発動させ、近くの死骸を焼いていく。
発見された手記やギルドの技術解放により、
今までどちらかというと秘匿されていた魔法や戦闘技術が
ある程度は多くが身に着けておくべきものとして広まっていっていた。
その結果が、明らかに魔法とは縁のなさそうな男の手による魔法、である。
「あと4回ぐらいか。明日もあるしな……」
「ああ。どうにかしのいだが終わりじゃなさそうだ」
割り当てられた作業を終え、帰路につく2人は先のことを考えて暗い表情になる。
勝てない戦いではない。
だが、いつまで続くのだろうか、と。
薄暗い日々、間に数日ありながらも終わらない戦い。
疲弊もしようという物だ。
だが、そんな中にも希望はある。
「援軍も間に合ったからな、少しは楽できるといいんだが」
「おう。あの小僧はすげえな。ああいうのが英雄っていうんかね」
見えてきた街の門、そこに灯された松明の光に
2人は心がどこか落ち着くのを感じていた。
人のぬくもりというやつである。
なぜか襲撃も無く、やってくる気配も無い街の反対側に
冒険者の寝泊りする宿は集中していた。
周囲には討伐結果の素材を買い取る店や
ギルドの臨時受付などが立ち並び、
異常下であることをその意味では否応なく感じさせる。
「あんな、というとなんだが一緒にいた人狼の強さは計り知れん」
つぶやく男の脳裏に浮かぶのは、今日の戦いでも先陣を切っていた1人のワーウルフのことだった。
「懐かしい、懐かしいぞ。これぞ戦場よ!」
薄暗く、宵闇のような世界に咆哮が響く。
小高い丘の上、1人堂々と立つ人影の名はリュカリオン。
鍛え抜かれた体躯を誇る、とある地方のおとぎ話に出てくるような存在だ。
曰く、己を無遠慮に空から照らし続ける、と考えた月さえ両断したという。
実際にはイベントで登場し、プレイヤーが総力で戦うことになるボスクラスのNPCであった。
敵対というよりは鍛錬の相手、として登場するリュカリオンは特殊な能力を持つ。
1対1ではただ強いワーウルフなのだが、
その真価は対集団戦にある。
元がイベントで多数のプレイヤーを相手にすることを前提としたキャラクターのため、
同時に戦闘する相手が多いほど、固有のバフが発動して強さが増すのだ。
数任せに倒そうにもその分地力が増すので考えなしには倒せない。
そんなリュカリオンだが、
精霊戦争の終わりごろ、混乱の中で封印されることとなる。
戦いの行く末も決まり、もう大規模な戦が無いと悟った
リュカリオン自身の望みでもあった。
見事に目覚めさせた側に従おうという非常に物騒な約束ではあったが、
シンシアの予知めいた占いが勝ちを拾うこととなる。
気になるという遺跡の奥、隠された部屋に彼はいたのだ。
「質じゃ勝負にならねえんだ。数で来いよ、数で」
獰猛な、ワーウルフ随一ともいわれる闘志をむき出しにし、
リュカリオンは見せている近くの相手から
闇の奥の見えぬ相手にまで舐めるように視線をやる。
その意味はシンプルで、みんな俺の獲物だ、ということだ。
瞬間、リュカリオンは闇を走る風となる。
対策の不十分であった一角をリュカリオンは見事に蹂躙していく。
返り血が絞れそうなほどになっているリュカリオンだが、
その瞳には理性が残っていることは相対する者がいればすぐにわかる。
戦い方は残虐ともいえる行為だが、それは己に敵を引き寄せ、
味方の被害が少なくなればいいという敢えての行為だ。
「まったく、甘酸っぱいねえ。こっちの伴侶はとっくに空の上だってのによ」
木々の間を走り抜け、オークたちの急所をえぐりこむように貫きながらリュカリオンは呟く。
己の封印を解き、主従ではなく、共に戦って欲しいという願いを口にした
少年の姿を思い浮かべ、にやりと笑う。
背中に相方であろう少女をかばいながら、自分が頷かなければ
責任を持って相手をしようと覚悟を決めた少年の顔。
その表情はかつての己を思い出させ、リュカリオンは頷いていたのだ。
「アルス、だったな。良い男になるぜ。もっとも、なんだかんだと
最初に俺の背中に乗ったシンシアのお嬢ちゃんも大概だけどよ」
集団の後方にいた、ひときわ大きなオークを見るやリュカリオンは咆哮し、変化する。
岩の合間を流れる水のように、巨狼と化したリュカリオンはオークの合間を縫って
そのオークに肉薄すると、頭部を一撃で刈り取る。
力強く突き出された右の爪が板のように首に突き刺さり、
浮いた頭を口で引きちぎるようにしての必殺行為だ。
犬が水にぬれた時にそうするように、身を震わせて周囲に血をまき散らすリュカリオン。
姿だけを見れば、それは悪魔の化身のようですらあった。
「あいつは尻に敷かれるぜ。ま、楽しそうならいいか」
狼の姿のまま、そうリュカリオンは呟いて合流するべく飛び上がる。
遠くから、同族の気配がだんだんと近づいてくるのを感じながら。
第二次精霊戦争時、もっとも人間が潤った戦いはと言われると
意見が分かれる中、多く話に上がるのはオープナーの戦いであった。
冒険者1人が生涯で狩るコボルトやゴブリン等の相手の素材が
たった一か月程度で数百人分、集まったといわれる。
死人も少なからず出る中、引くわけにはいかない人間側の戦いは
結果として、無数の怪物の敗北を産み出した。
そこには素材という物が付いて回ったのだった。
どこからか持ってくる粗末な武具が溶かされ、鍛えなおされて人間の手に。
牙や爪、皮などは様々な武具や研究材料となり技術が発展する。
後世に伝わる、怪物の力を武具の能力とするという技術も
この戦いの最中に花開く。
手記や古文書に記されながらも再現が難しかった技術たちが
そんな花開いた新技術によりようやく日の目を見ることになったのだ。
それだけではない。
無尽蔵ともいえる怪物の襲撃に人間側は確実に疲弊していた。
人間1人、重傷者となるということは、一体怪物何匹分の隙間となるのか。
援軍もそれ自体、一時的な物だ。
起死回生の策は何かないか。
エンシャンターや彼らのような強者も
無数にいるわけでもなく、休みなくという訳にもいかない。
奇跡が、必要だった。
その願いは祈りを産む。
明日を過ごせますように、想い人が帰ってきますように。
1つ1つは些細な願い。
だが、人々はここぞとばかりに教会に足を運び、祈った。
天上に住まう、見えぬ女神へと向けて。
男は最初、気のせいだと思った
戦場でそんな音がするはずがないと。
日々に疲れているのだろうと。
気にせず剣を振るい、怪物を打ち倒して重い体をさらに前に出す。
─チャリン
数日後、また男は音を聞いた気がした。
間抜けな誰かが持ち歩いていた財布を落としたのだと思った。
聞こえた音は何か小さい金属が落ちた音だったからだ。
男の心当たりと言えば、お金ぐらいだった。
同時に同意の気持ちと、怒りのような感情を抱く。
激しい戦いだ、荷物ぐらいおいてこいという気持ちと、
不安から財産を持ち運ぶ者もいるだろうなという気持ち。
だからこそ、野暮なことは言わないでおこうと音の主を探そうとはしなかった。
体は、十分休めたのか今日は軽かった。
─チャリン、チャリン
数日後、また男は音を聞いた。
今度は思わず男は周囲を見渡した。
財布を落とした奴がそんなにいるはずがないと。
見渡してもどこにも財布も、小銭も無かった。
ふと、男は気が付いた。
「光っている……?」
己の手が、光っていた。
慌てて周囲を見渡した男は驚愕に染まる。
皆、光っていた。
男女問わず、兵士も冒険者も、皆だ。
その中でも一際輝くのは、増援としてやってきた精霊銀装備を身につけた冒険者や兵士であり、
元からいるエンシャンターであった。
既に彼らは光の服をまとっているかのような姿でもあった。
「女神の祝福だ……」
それは誰のつぶやきだっただろうか。
あるいは男自身の言葉だったのかもしれない。
多くの人間が知っている精霊戦争を題材としたおとぎ話の一節。
天と地を災いが多い、人が嘆き苦しんだとき、
人々の祈りが鎧となり、刃となって闇を打ち砕く。
即ち、女神の祝福が舞い降りた、と。
「立ち上がり、武器を手にしなさい! 光は我々の手の中にあります!
女神に、勝利をささげるのです!」
どこからか、いや、最前線から声がする。
輝く集団の中、彼女の手にした杖はまばゆいばかりに輝いている。
オブリーン第三王女、シンシア。
王族が最前線にという衝撃と共に、士気を上げるのに常に役立っている少女。
優秀な回復魔法の使い手でもある彼女は
戦いで汚れながらも、その優雅さは失われていなかった。
そのことがまた周囲を守る人間の見えない力となっていることは
一緒に戦った誰もが知ることである。
そんな彼女の口から飛び出す鼓舞の言葉。
本来ならば守るべき年齢であろう少女が最前線にいるということは
男達のプライドをひどく刺激し、
凛々しく、そして力強く前線に居続ける姿は
女性の勇気を誘う。
何より、常にそばで戦う1人の少年は彼女の存在こそが、力の源であった。
「来るなら、逃がしはしないっ!」
幾多の敵を切り裂き、そのうち刀身が赤く染まるのではないかと思うほどに
その命を奪ってきた少年、アルスが両手剣を構えなおす。
ひょんなところで手に入れた古代の物と思われる両手剣は
戦えば戦うほど、アルスの手になじみ、力となっていた。
その正体が、討伐数に応じて能力を向上させる
成長するタイプの武器であることは
戦いが終わるまで、彼の知るところではなかった。
光を体に帯び、人々は戦う。
何故か戦いが終わり、街にいる間は起きない不思議な現象は
誰にも解明できなかったが、
使える物は何でも使うべきであり、
祈りの結果だと思えば気にもならないものである。
光の防衛戦などと後の世に記録される戦いが終わるまで、
まだ何回もの襲撃があることは誰も、知らないことであった。
イベントの時だけプレイヤーにかかる妙な強さのバフってありますよね。
個人的には慣れてしまうと後が辛いのであまりうれしくはないのですが。。。