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259-「続く日々、産まれる未来」

少年は眠っていた。


光量を落とし、部屋の隅で静かに魔法の灯りが部屋を照らしている。


外がずっと暗い状況のため、何も無ければトイレに行くにしても不便だからだ。


そんな光に照らされる少年は、うなされていた。


顔をしかめ、荒く、とまではいかずとも息が上がる。


簡素ながらしっかりとした造りのベッドは、そんな少年をしっかりと支えている。


寝心地が悪いわけではない。


では何にうなされているのだろうか。


「うう……んっ」


寝そべったままの少年、アルスの右手が何もない場所を、

探すように動き、また降りる。


彼は夢を見ていた。


薄暗い中、ただひたすらにゴブリンを切り裂き、コボルトをなぎ倒す夢。


怒号や悲鳴のような声の響く中、

全身血にまみれ、倒しても倒しても、その戦いは終わらなかった。


だが、それは彼がここ最近で経験した事実をベースにした物であり、

あながちウソばかりとは言えなかった。


彼はそれだけ、剣を振るい続けていたのだ。


戻るたびに水系統の魔法を器用に使い、

他の兵士らと同じように全身を洗っても

この場所以外ではすぐにわかるほど、装備と体に戦いの匂いはしみついている。


「起こした方がいいのでしょうか……」


そんなアルスの左手を握り、少女が同じベッドでつぶやく。


本当はもう1つベッドがあるのだが、彼女はアルスのベッドへと潜り込んでいた。


そもそも、王女とわかっていて、さらにまだ少年とはいえ

男と2人で1つの部屋に、という時点で異例も異例なのだが

街に対して戦う人間の数が多く、宿も冒険者ギルドがほぼ一括で

料金を払うことで冒険者により定宿と化している状況では

選択肢は多いとは言えなかった。


また、今の彼らは自分勝手に飛び出してきた、言わば家出のようなものであり

大っぴらに王族としてふるまう気も無く、また周囲も

2人がどういう関係かはなんとなく知っており、厳しい環境の中での

一種の清涼剤のように生暖かく見守っている、というのも幸いしたようだった。


その分、本来彼らの護衛であるエイリルらは中間にいるものとして

少々胃が痛い日々を過ごしているのだが現状はそうして悩む暇もあまり与えてくれない。


「……」


無言で、握ったままの手に力を込める。


彼女にとって、アルスのじっとりと湿ったその手は決して不快ではなかった。


ふと、思い立ってシンシアは上達してきた癒しの魔法をわずかに発動させる。


傷を治すには至らないような、ほんのわずかな物。


しかし、それでも優しい光がシンシアから伸びたかと思うと

アルスのうめきは止まり、いつしか安らかな寝顔となっていた。


「よかった……。あと少し、頑張ってくださいね」


安堵の息を吐きながらも、シンシアの言葉はやや暗い。


彼女もまた、大事な人を戦場に送り続けることを気にしているのだ。


例え、その実力が随一の物であり、戦線を支える重要な戦力であったとしてもだ。


覚悟を決めた冒険者とはいえ、彼も、彼女自身もまだ大人とはいいがたい。


街を守る兵士や、共に戦う冒険者の中にも

もっと安全な場所で戦っているように声をかけてくれる人たちがいることを

彼女は嬉しく感じていた。


しかし、一方でも下がるわけには行かないとも思っている。


その術があるのに踏み込まず、救えたはずの何かを取りこぼすのは我慢できなかったのだ。


王族としてはその気持ちは我慢すべき物だったかもしれないが、

冒険者として出てきている彼女はそれを我慢することはできなかった。


結果、気持ちを、愛情を向けている相手を戦場に送り出しているという事実が彼女を苛む。


己も戦場に飛び込んではいるが、それはある意味自己満足だろうと感じていた。


こんな戦場にあってなお、自分のような女性の髪や体に

血の匂いが残るようじゃ困るだろう、と戦い方に気を付けていることをシンシアは知っている。


「本当に、アルスは強くなっていますね。これもお導きでしょうか」


半ば無意識にか、敵を斬った際に彼女の方へと

血しぶきなどが飛んでいかないようにと弱い風の魔法を器用に発動させ、

ついでにと握った手が血で滑らないようになどと戦っているアルス。


攻撃魔法として発動できるほどの才能ではないようだったが、

使い勝手からいえばそれは下手な攻撃用の魔法を引き離すことを

各地で一緒に戦ってきた彼女はよくわかっている。


その姿は何年も前の彼からすると別人のような姿だった。


勿論、これまでに鍛え、実戦を経験し、

正しく強くなっているというのもあるだろう。


だが、それでもこの数か月の成長は著しい。


特にこの戦場で無数ともいえる相手と戦うようになってからそれは顕著だった。


「私も、明らかに変わってきていますけどね……」


つぶやくシンシアの手の中でまたわずかに光が灯る。


これまでは切り札のように扱っていた回復魔法も、

いつしか常用出来るほどに素の魔力が増大していることを

シンシアは身をもって感じている。


集中した討伐経験による急激なレベルアップ。


ゲーム的に言ってしまえばその一言で済んでしまう現象だが、

ファクトと違って己の力を虚空に見ることのできない彼らにとっては

自覚できる腕力の上昇や体の動き、

魔法を行使する際の疲労の違い等で実感するしかなかった。


「昨日見たお告げの空は明るかった……この前までは暗かった空が白い……。

 あと少し、ですよ」


見つめる相手が静かに寝ていることに安心したのか、

自身も再び襲ってきた眠気に身を任せ、シンシアも眠る。


数時間後、再び街は不思議な音と光に包まれ、

怪物を相手に戦うこととなる。


合流したワーウルフの一団と共に、どこからか集まってきた

亜人種の混成軍を相手に、アルス達は死闘を繰り広げる。










「こいつは、上手く行ったってことでいいの……か?」


「蘇ってこないしね。そうなんじゃない?」


砂漠の一角で、困惑の声が響く。


男と少年の言葉は、他の面々も同じ気持ちであった。


その傍らで、異形と言える大型のサソリがギチギチと口を鳴らす。


慣れていなければ威嚇されているのだろうか?と思う音だが

魔法使いにとっては魔力の波動を感じるれっきとした言葉であった。


「え? あ、そうなんですね。お母さんが戻ってきても大丈夫だって言ってるって。

 だから、終わったんじゃないかしら?」


いざとなれば己の腰を両断できそうなほどの大きさのはさみに

そっと手を置き、口を鳴らしていたジュエルスコーピオンの言葉を代弁するコーラル。


彼らの視線の先では、ルミナスの兵士らが潜んでいるはずの

遺跡と、その残骸が何とも言えない姿をさらしていた。


「そっかー。よし、じゃあ王子に報告だな」


「モスケンの撃破にルミナスの拠点崩壊。喜ぶだろうなあ」


敢えて軽い口調で言うジェームズとクレイであるが、

同行している冒険者や兵士の表情は良いとは言えない。


それだけ彼らの前に広がっている光景は衝撃的だった。


恐らくはワームの襲撃を受けたが故であろう、

穴だらけになった遺跡と、躯だけを残して消え去ったレッドスコーピオンたち。


何よりも、死体どころか骨だけになっているルミナス兵らしき者。


身に着けた装備が彼らの所属がどこであるかを雄弁に語っている。


まるでここだけ何年も時が過ぎたかのようであった。



「あの遺跡さえなければ後は防衛だけでこの地方は生きていける。

 ゆっくりと、確実に版図は広げればいいからな」


帰路である歩きの途中、そうジェームズは呟く。


「そうなの? まだワームはいるし、レッドスコーピオンだって強そうだけど」


広い、広い砂漠。


奇襲を仕掛けるには向かない土地であるが、

それでも安全という訳ではない。


今も、集団の外側の人間は常に周囲を警戒している。


ジュエルスコーピオンらと別れてからはなおさらだ。


それでも、ジェームズは力強くうなずいた。


「ああ。それでも、だ。砂漠はゆっくりと、減っているのさ。

 水際というか、砂漠の境目はここ最近、徐々に緑が復活している。

 お偉いさんや高位の神官なんかは精霊が増えてきたからだ、なんて言ってたな。

 いずれにしてもだ、そうなれば勝ち目がある」


「そっか。ワームは砂地にしかいられないですもんね。

 確かに、昔は山の向こう側にしか砂漠がなかったとか

 街のおばあさんに聞きました。本当だったんだ」


言って、遠くにある荒れ果てた山を見るコーラル。


その距離を考えると、砂漠は今の半分ほどだった時代があったらしいと

話を聞いていた面々は考えた。


なかなか想像できないことではあるが、

あくまでも自分の生きている間に砂漠がそれだけなくなると考えれば、の話だ。


緑が増えているというのなら、ありえなくはないのだろうか、とも考えた。


「そういうこった。お前さんたちの孫の時代にはこの辺も草原かもな」


「ちょっと!?」


「……っ」


話は終わりだ、とばかりに爆弾を落として場を見出し、

ジェームズは笑いながら集団の先頭を行く。


まだ空は暗いままであるが、皆の心は明るかった。








「もう、行きますか」


「そのつもり……だ」


真夏のような、それでいて暑さを感じない不思議な白光の下、

2人の人影が向かい合っていた。


片方の男、ファクトの顔色は悪い。


明るすぎるともいえる光に照らされ、白さが際立っている。


「権利を得たからと立て続けに行使するからです。

 無理をしてはいざという時に動けませんよ」


その状況が、得たばかりのGM権限を重ねて使い、

様々に干渉をした反動だと同じ権限を持つ彼女、戦女神は諭すように告げる。


そう言いながらも、既に戻れないファクトの立場を考えれば

使わない、より慣れていくべきであるとも。


「無くなる能力だからな、使える時に使っておかないと」


「欲深いことですね、人間らしいことです」


疲れた表情を隠さずに、それでもそう言い切るファクトに

戦女神もどこからか産み出した椅子に座ってため息交じりに答える。


本来の彼女の立場と、正体を考えると

人間らしいのはどちらか、非常に悩むところだった。


本来の彼女はそんな人間の事情など関係なく、

天使自身であり、女神の代弁者であり、友であるだけなのだから。


「一つ、確認したい」


「……答えは大体わかっているのでしょう?

 それでも聞きたいのならば、どうぞ」


真剣な表情で自分を見つめてのファクトの言葉に、

戦女神もまた、真面目な表情と視線で応える。


2人以外、何も音を立てない空間でファクトの息遣いだけが妙に響いたように

彼自身には感じられる中、いつの間にか重くなっていた口を開く。


「権限の行使中、ほとんどの相手を感じることが出来た。水晶竜や雲上の竜、

 それにあちこちにいる怪物達だって例外じゃない。

 だが、あいつらはなんだ? ルミナスのリーダーはわかる。きっと黒の王の力だろう。

 問題はそのそばにいる何者かだ。GM権限が通じない相手は同じ権限を持つ、

 あんたや女神、あるいは黒の王、その関係者。

 それ以外には、この世界に生きている存在なら例外は無いはずだ」


「……そう、GM権限は神の一端。権限同士の衝突による無力化はあるとはいえ、

 それでも例外自体はありません。この世界に、生まれ落ちて生きている者ならば」


沈黙が2人の間に降りる。


戦女神はこう言った。


この世界に生きているのならば、元々の住人であろうと、

輪廻からの転生者であろうと過去に生きていた存在であろうと例外なく、

GM権限、すなわち神の管理下だと。


例外があるとするならば……。


「故意か、事故か。あるいは未来の女神らによる何らかのトラブルか。

 GM権限は未来に産まれた存在には及ばない。そういうことか。

 それで合点がいった。以前見た武具や謎のルミナスの道具たち。

 この時代には、今の技術や知識じゃありえない物たちを作った人間がいる」


ファクトはそのまま視線を遠くに向ける。


そちらにあるのはルミナス本陣。


何らかの事情で協力せざるを得ない状況であるというのならまだいい。


それを取り除けばなんとかなるだろうからだ。


だが、自分の意志でもって戦争に加担しているというのなら……。


「ぶつかるしかない、か。いずれにしても、もう行かねば」


「そうですか。願わくば、私の手に貴方の魂が抱かれないことを願って。

 送りましょう。貴方の世界でいう、ちょっとしたサービスというやつです」


魂をむき出しにした戦いを続けることで、

ファクトのそれにも触れた戦女神。


どこかフランクになってしまった彼女の姿に

内心、ちょっとした後悔を感じながらも

ファクトはお礼にと頭を下げながら光に身を任せる。


音も無くファクトが転移し、そこには戦女神1人が残る。


「メインクエスト最終章、茨の籠の鳥は飛び立ち、その手に茨の剣を持つ。

 女神の、私たちと黒の王の籠で生きてきた人間が

 ついに、己の手で未来への壁と闇を切り裂く日が来ます。

 これは全ての始まりというやつですよ、ファクト」


つぶやく戦女神は陽光の中に静かに溶けていった。




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