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230-「リスタート-6」

冒険者と呼ばれる立場にいる人間はタフである。


それは身体的にも、そうではない部分でも言える。


確かに依頼をまともに行わず、

えり好みするような者も少なからずいる。


それが冒険者という職業の評判を下げている。


命を懸けないその意味では安全な仕事に就き、生活を行う人間が大多数の中、

そこからあぶれた不適合者のような者が冒険者をやる、

ということもあるだろう。


あるいは思わぬ強敵を前に恐怖し、

依頼を放棄してしっぽを巻いて逃げだす冒険者ということも

時折、あったりするのも事実だ。


しかし、だ。


おおよそ大多数の冒険者は、程度はともあれ

命の危険のある中、様々な雑事による報酬や、

怪物を討伐することで生活の糧を得ている。


危険にぶつかり、それを乗り越えていく冒険者は

タフでなければやっていられない。


この世界は広く、その歴史の割に人間の住んでいる場所が

地球のそれと比べ、広くないのも全ては怪物という競争相手のせいである。


そんな怪物と相対する冒険者は決して、選ばれた人間ではない。


勿論、家柄が良かったり、

天性の素質で大きな武力を持つ者も中にはいる。


だが、そのほとんどは一般人である。


つまり、冒険者がタフであるならば、一般人はタフなのである。


どんな世界、どんな時代、どんな場所でも

人間という物はたくましい。


露店が立ち並び、多くの冒険者と思われる人間が

街を行き交う光景に、宿から外を見るファクトは強くそう感じていた。


「今のところは動きは無し、か。知らないアップデートだな。

 ルミナスも結局、大規模な戦争は起きていないし……うーむ」


別室で身だしなみを整えている姉妹の気配を感じながら、

ファクトは一人、窓の外を見たまま呟く。


屋台で肉でも焼いているのだろうか。


まだ昼には早い時間だというのに、油と香辛料のいい匂いがここまで漂ってくる。


「そういえばコショウのようなものが普通に流通しているな……。

 牛や馬も普通にいるし……。武具やアイテム用の話以外、ろくに調べたことも無かったな」


自身の持つアイテムボックスの機能を使えば、

物資輸送を大きな商売とすることも出来るのだが、

興味がないために考えもしなかったファクト。


今後のことを整理している途中、そんな今さらなことに気が付き、

地球の理屈が通じない世界というのは恐ろしくも、すごい物だと改めて感じていた。


ファクトがそのことを知るのはもう少し後だが、

この世界の牛や馬は品種改良は地球のそれと比べ、斜め上である。


見た目は地球の物に近いが、ゴブリンやコボルト、

あるいは大きな狼も普通にいる世界である。


自衛のできる、意外と硬い表皮に筋肉質な体。


馬の一蹴りはゴブリンの頭を飛ばすし、一対一であれば

牛も人里に出てくるような狼クラスであれば上手くやればそのタックルで吹き飛ばす。


ただやられるだけの存在ではない、この世界の家畜もまた、普通ではなかった。


鶏のようなものがいざとなれば超音波のようなスキルもどきを

集団で使うこともある、と言えばその不思議さが際立つであろう。


「お待たせ。今日は買い物に行くのよね」


「ああ。ついでに例の物の具合を確認しないとな」


装備自体はいつも通りの冒険用だが、

薄いながらも化粧をしたキャニーとミリーは

引き締まった体と相まって、試合に赴くアスリートのような雰囲気を醸し出していた。


「あれから確保した素材は30本。うーん、どうなるのか楽しみだね」


お揃いの服装で、姉の腕をとりながらも先日、今から向かう先に

納品した自分たちで確保した素材に思いをはせるミリー。


思ったよりエンカウント率は高くない特殊な相手からのドロップ。


それを利用した新しい装備の完成予定日が今日なのだった。


あの日、スピキュール鉱山の一角でファクトらは謎の怪物と遭遇し、

拡張されるダンジョンに居合わせた。


幸いにも散り散りになることはなく、無事に街に帰ってくることは出来た。


だが、鉱山に何かが起きていることは確実であり、

ファクトには真実はともかく、心当たりがあった。


そして、その仮説にはファクト以外の街の人間の一部も

もしや、とたどり着いていたのだった。


鉱山を含めたこの地域の主、水晶竜。


以前、キャニーとミリーがドロウプニルの宝物庫イベントで

得た情報からすると、水晶竜は人々の想いが離れることで

この土地から飛び立ち、いずこかへと消え去っている。


そんな人々の山への信仰、思いが復活して水晶竜もまた……というのが大筋の予想である。


それにしては変化が速い、と言わざるを得ないだろうが、

どこか今までと違う姿の新しい怪物が現れたことに人々の関心は集まっていた。


それらしいな、という原因は思い浮かべども、

実際の原因は不明。


それだけでいえば街が恐怖に震えてもおかしくない。


だが、新たな脅威は新たな商売と、活気を産む。


新しい怪物、イコール新しい素材、である。


人が古来より獣の毛皮や骨、牙を利用してきたように

新たな怪物、どこかの部位が透明な姿のコボルトやゴブリン、

洞窟なのに現れる狼、などといった相手は冒険者の格好の獲物であった。


キャニーたちが遭遇したように、

その力は侮れるような物ではない。


そのため、冒険者や鉱山の採掘作業に怪我や

場合によっては犠牲がないわけではないが、そのメリットは十分な物だった。



「よう、出来てるぜ。こっちは今回の目的から言うと失敗、ってことになるな」


「なるほど。やはり魔石の類か……」


宿を出て、目的の場所である装飾品を主に扱う工房の一角で、

ファクトはそうつぶやいて職人と対峙していた。


手にするのは、見た目は美しい透明な石のはまったペンダント。


装飾品としては悪くないのだが、彼らの目的からいえば成功とはいいがたい。


「これだと魔力は増幅できないの?」


「出来ないことはないが、驚くほどってわけじゃねえな」


つんつんと、指先でペンダントをつつくキャニーのつぶやきに、

苦渋の表情で職人が答える。


満足のいく仕事ではない物を触られるというのはいい気分ではないのだ。


それでも研究と試行錯誤も仕事の1つだと考えるからこそ、我慢できる。


続けてファクトが手にするのは、立派な木箱に納められた

小さなサイズの石のはまった指輪。


ペンダントのそれと比べ、随分と石が小さいがファクトは満足した様子でそれを手にする。


「すごいじゃないか。このぐらいの魔道具は流通してないんじゃないか?」


どこか興奮気味なのも無理はない。


ファクトの前にいる職人が作り上げた、

一見水晶がはまっているだけの指輪は、魔力増強の効果を持っていた。


これまでの魔道具が、走りやすい服装に着替える、ぐらいだとすると

専用のシューズと、並走するアドバイザーがいるような違いがあるのだ。


ファクトが作るならば、そう苦労するレベルとは言えない程度だが、

プレイヤーのようにスキルを持つわけではない一般の職人が

この性能を達成できた、ということは大きな意味を持っていた。


「ああ。問題がないわけじゃない。使ってると劣化してそのうち、石が割れるんだ。

 その上、1つ作るのにつきっきりだな」


これはもうどうしようもない、と職人は呟いて

近くの椅子に勢いよく座る。


ファクトらも椅子に座り、出来上がった魔道具を見ながら

この工房に来ることになった経緯を思い出していた。




鉱山内でキャニーたちが怪物から奪い取った透明な部位。


最初にファクトがそれを手に取った時、すぐに魔石を持った時と

同じ感覚に襲われた。


属性やその品質がステータスのように現れるのだ。


だが厳密には怪物の体の一部であり、

ファクトの目から見ても鉱石というよりは毛皮や牙などに近い物だった。


性質自体は限りなく魔石に近いが、詳細は不明。


だが、ゲームであるMDに類似する物はほぼ、無かった。


唯一、ゴーレム系のドロップ素材が形状はゴーレムのそれのままだったので

近いといえるのかもしれないが、異質ではあった。


その謎の素材はさらに謎を産む。


そのまま使えなくもない、都合のいい素材と言えたのだ。


丈夫でそのまま鈍器としても使えるほど。


だが、ちょっと魔力を通した刃物であれば加工は容易であった。


形を整え、あるいは既存の武具に組み込んだ結果、

劇的とは言えずとも確実な性能の向上を見せたのだった。


そうと決まれば人の欲望と行動力は言うまでもない。


また、透明であるということは見栄えにも影響はゼロではない。


宝石のような光沢は見栄えも良く、下手な鉱石より使いやすい。


そんな新しい素材に町は賑わいを見せる。


ファクトはその活況を見ながら、別のことを考えていた。


ゲームでの経験上、素材の利用は突き詰めれば先がある、と。


この透明な何かも、今以上の何かを生み出すに違いない。


そんな予感と共に、宝石のような見た目から

使う先は装飾品だと直感し、この工房に顔を出したのだ。


「面白い」


素材を見るなり、そういったのは以前行われた

講義を受けて学んだベテランの職人だった。


加工技術等はベテランであることに加え、

彼はほかの経験を積んだ職人と比べ、柔軟であった。


ファクトの講義に、新しい発見だと目を輝かせたのだ。


そして、その技術を素早く吸収し、自分の物としていったのだ。


ファクトもその気質に触れ、新しい何かを作り出す、

というぼんやりとした加工を依頼したのだ。





「金貨……消耗を考えると銀貨に納めたほうが無難か」


「だろうなあ。それでも結構な価格にせざるを得ないだろうが……」


ランプの照らす室内で、出来上がった指輪を見ながらのつぶやきに、

職人もあごひげを撫でながら答える。


本人が長く拘束されるものの、複雑な装飾品ではよくあることではある。


その結果が、使用制限はあるであろうものの、

驚異的な増幅力を持つ魔道具。


これは売れる、と意気込む職人。


携帯でき、切り札として使ってもらえればいいのだと。


「重要なのは加工の仕方だった。ただ切り取っただけでは駄目だったんだ」


「なるほど……この魔力が渦巻いてる感じにあるんだな?」


職人の告白にファクトは指輪を見て感じたことを口にし、

改めて指輪についている石を見つめる。


ファクトの目には、周囲の魔力がゆっくりとらせんを描くように

指輪を中心に回っているのが見えた。


うっすらとした煙が見えると言えばわかりやすいだろうか。


職人が語った加工の方法は、カッティングの仕方。


ただ削るのではなく、中へ中へと流れが入っていくような形でカットが必要だったという。


しかも、ただそのようにカットしたらいいというわけでもなかった。


精霊の話を聞き、すぐにゆがみそうになる流れを見抜き、

確実な加工が必要であった。


そして最終的に、小さければ小さいほど、

力は集約していくことがわかる。


だが、小さいほどすぐに消耗してしまうこともわかってしまうことになる。


効力とコストパフォーマンスの境界線が、

指輪の石サイズだったというのが不思議なところである。


「売る分には装飾品の一部として自然な、このぐらいの大きさがいいのかもしれないな」


「うんうん。こっちも持ってる分には綺麗だよ?」


「そうね。何も、全て一級品である必要はないわけだし、

 こっちはこっちで簡易的な魔道具として扱ってみたらどうかしら」


ファクトと職人の会話の横で、

職人が失敗作だとしたペンダントなどを触っていた姉妹は

試しに、と身に付けながらそんなことをつぶやいた。


「確かにな。そのぐらいならそう時間もかからねえ。

 あったほうが無いよりはマシってもんか……最高だけ見てちゃいけねえよな」


難しい顔で、ファクトと共に指輪を見ていた職人も

姉妹の言葉にはっとした顔になり、相場的にいくらにしようか、と

そろばんをはじき始めるのだった。




「ところで、もっとでかいのだったら性能も上げられそうか?」


「ん? ああ。元がでかいほどたぶん、行けるぜ。

 でもよ、これ以上でかいとなると……本体もでかくないか?」


ファクトの問いかけに、答えながら職人が指さすのはオークだった個体の

透明な右腕そのもの。


それですら最終的にはスーパーボールほどの大きさに圧縮されるほどなのだ。


これ以上となると、と職人が気にするのも無理はない。


「手に入るかどうかはともかく、持ってそうな奴らに心当たりはある。

 もっとも、手に入れに行くつもりもないが……きつすぎる」


「ま、その機会があったらだな。俺だって取って来いって言えねえよ。

 仮に依頼を出したって誰も受けないだろうさ。水晶竜の近くまで行って来いなんてよ」


冗談交じりに2人が話すのはオーク以上の大きさの水晶な体を持ちそうな相手。


まさにこの謎の素材の原因であろう山の主、水晶竜。


本体でなくても、近くなるほど怪物も相応の相手が出るのではないか、ということだった。


その後も他愛のない話で盛り上がる中、時間は過ぎていく。



新しい怪物、新しい謎、新しい刺激。


スピキュール鉱山だけなく、各地で

これまでは挑めなかった領域に冒険者が挑むことで

新たな発見は少しずつ増えていっていた。


そして、ファクトの知らないままに

新しいルミナスの火種は春の訪れとともに確実に歩みを進めているのだった。


アップデートによる新しいコンテンツは

次々に判明し、次のステージへ移行する……感じで。

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