229-「リスタート-5」
その状況に気が付いたのも、最初にピンチになったのも、
それは戦い続けていたキャニーとミリーであった。
薄暗い、鉱山の中。
通路に開いた横穴の奥でファクトは一人、
妙に丈夫そうなつるはしを手に、
壁を掘り進んでいた。
足元や周囲には、乱雑に積み上げられた鉱石らしき物たち。
ファクトを採掘に集中させるべく、
横穴に通じる坑道の前後をキャニーとミリー、2人で
警戒と迎撃を続けておおよそほぼ半日。
朝早くに潜り、もう少ししたら夕方であろうことから
そろそろ一度鉱山を出るべきであろう時間と言える。
定期的にファクトの振るうツルハシの岩盤に当たる音が響く中、
2人もまた、思い出したように通路から顔を出す怪物を相手にしていた。
音が引き寄せているのか、3人の気配を察してやってきているのか。
(あるいはその両方、かしらね)
断末魔の声とも、力尽きて空気の抜ける音ともわからない声らしきものを漏らし、
小柄な人影、ゴブリンの1匹が洞窟の地面に倒れ落ち、溶けていく。
「残るのは粗末な刃物と牙や爪だけ……か。全く厄介なことね」
大声を出せば確実に声が届く距離にいる妹の背中をちらりと見つつ、
手にしたシャドウダガーについた汚れを布でふき取るキャニー。
本体の体は勝手に溶けて消えていくのに、
武器についた体の1部や血は消えないというあたりが
彼女には不思議で仕方がないが、考えても答えは出ない。
相手の襲い掛かってくる際の声や行動からして、
こちらの命を奪おうとしているのは間違いなく、
油断していいわけではないが、時間の経過のわかりにくい地下では
気分を変える良い刺激であるとも言えた。
続けて襲い掛かってくることはなぜかほとんどなく、
休息も合間合間に取っているので精神的な物を除けば疲労は無いと言っていい。
ただひたすら続くという点で、体力の消耗以外の疲労のようなものを感じたとしても、
誰も2人を責めることはできないだろう。
と、反対側に陣取っているはずのミリーの気配が
近づいてくるのをキャニーは感じた。
顔をそちらに向ければ、急いだ様子でもなく、周囲を気にしながらも
歩いて近づいてくるミリーの姿があった。
「どうしたの」
「ううん。……何か、変じゃないかな」
問いかける姉にどう答えた物か、と迷った表情をしながらも
ミリーはシャドウダガーを左手に、腰に下げた切り札、
アイスコフィンを右手にして周囲をきょろきょろと気にしだす。
アイスコフィンは強力ではあるが、使う上では魔力を少なからず消耗する。
逆に言えば、使わざるを得ないような何かが起きているのではないか、と
ミリーは考えているということでもある。
自分よりも妹は異変に敏感であるということを
キャニーはこれまでの経験でよく知っている。
それは自分たちを昔襲った悪意たちのような
被害を二度と受けたくないという思いからだろうか。
あるいは、大事な人である自分やファクトの身に
何かあるのは嫌だと思ってくれているのだろうか。
そんなうぬぼれた考えも、ミリーに従って周囲を改めて警戒することで
緊張の中に埋もれていく。
「何もいない……ううん、ファクトのツルハシの音がなんでこんなに遠いの?」
キャニーとミリーの視界には、少し前と全く
変わらないように見える鉱山の通路が広がっている。
薄暗い割に灯りをよく反射し、謎だらけではあるが
確保された視界。
そこを怪物が時折やってくるのを見、迎撃していたのだ。
響くつるはしの音をBGMに。
その音が今、妙に遠く感じられた。
「ファクト!」
「え、何この距離……」
ファクトが如何に普通ではないとしても、こんな短時間に
工夫が長い時間をかけて掘り進むような距離を掘り進んだというのだろうか?
そんな考えに2人が至り、
慌ててファクトのいるはずの横穴の前に走る2人だったが、
そこから見える空間は、暗闇だった。
正確には、灯りを持った2人が駆け寄ることで横穴は光に照らされていく。
しかし、そこには長く伸びた坑道があるばかりで、
奥のほうに小さく、ファクトらしき姿と灯りが見えるのみだ。
呆然とする2人の近くに、唐突に気配が生じる。
「敵!?」
現れたのはゴブリンが2匹。
何の変哲もないように見えて、決定的にこれまでの相手と違う部分があった。
「透明ってなんで? いえ、今は!」
右腕をまるまる1本、水晶のような透明で
硬そうな物にしたゴブリンが奇声を上げて2人に襲い掛かる。
早さは特別な物ではなく、粗末ではあるが
武器を振るう速さと力強さも今までと大差がない。
だが、それでもキャニーとミリーは自身の感じる感覚を頼りに、
大きく攻撃を回避する。
普段であれば、何を大げさな、と感想を持つであろう回避行動。
だが、それが正しかったことが目の前で証明される。
謎の右腕から繰り出された攻撃は、見た目に反して
力強く、坑道の地面に突き刺さった。
そう、たかがゴブリンの一撃が、
それなりに硬いであろう坑道の床部分に武器をほとんどめり込ませたのだ。
「このっ!」
その事実に驚く前に2人はピンチを脱することを決め、
迷わずに姿勢を崩したゴブリンへと攻撃を仕掛け、それに成功する。
右腕以外はただのゴブリンのようで、あっさりと首元に沈んだ刃が
ゴブリン2匹の命を散らす。
突然のことに2人の呼吸は乱れ、現場にはこれまでのように
溶けだすゴブリンと、混乱した様子で周囲を見渡す姉妹だけが残る。
「……変な透明な腕は残る、と。おっと、こうしちゃいられないわ」
「走ろう、お姉ちゃん。気のせいかな、ファクト君が遠くなってるの」
拾い上げたゴブリンの腕だった物を仕舞い込み、
ミリーに言われるがままに走り出すキャニー。
横穴の奥へ行くということは袋小路に向かうということと同義であるが、
ファクトと離れるほうが危険そうであると判断したのだった。
一方、ファクトは2人が近づいてくるまで、そのことに気が付けなかった。
実際にはファクトが作業をしている場所自体には変化がなく、
少し離れたところで異変が起きているせいであった。
「よっと、もういい加減十分かな」
ステータスに任せて無謀ともいえる連続採掘をこなしていたファクトだが、
体より先に心が疲労を訴え、掘り出したものを回収すべくつるはしを振るう手を止めた。
汗をかいているわけでもないのに、深呼吸をしながら
タオルで顔をふくのはもう、こういった時の様式美であろうか。
実際には汗ではなく、汚れをふき取っていたにすぎないが、
ファクトはふと手を止め、そのことにようやく気が付いた。
「壁が遠ざかってる? いや、まさか……坑道が伸びてるのか!?」
振り返った時点で、本来の距離より坑道が長く伸びていることにはファクトは気が付いたが、
それがいまだに広がっていることに気が付けたのは偶然だった。
開きっぱなしであった虚空のメニューによるマッピング。
この出来上がっているはずの地図が急に変化しだしたのだ。
そこを通過し、確定したはずの横穴が徐々に未知の状態へと変化していく。
これはつまり、ファクトのいるA地点と、
キャニーらのいた横穴の出口部分B地点とが
距離的に離れて行っていることを示していた。
しかも一メートル、二メートルどころではない。
まるで、動く歩道が間にあるかのようにこうしてマップを見る間にも
その距離が広がっているのがファクトにはわかった。
「ちっ。変なワーム種の腹の中、というわけではない……まさか!」
ファクトは一瞬、巨大なワーム種の中に3人が飲み込まれ、
それゆえに通路が動いているように感じたかと思ったが、
そんな気配も無ければ様子も異なる。
このスピキュール鉱山という場所、設定された背景、
登場するキャラクターやボスたちのことに考えが及んだ時、
ファクトの脳裏に1つの仮説が組みあがる。
だがそれは、ゲームをやるほどに信じられない、ありえないことだった。
ファクトは周囲の鉱石を置き去りに、2人がいるであろう横穴の方向へと走り出す。
その間にも広がっているような通路が徐々に姿を変えていく。
「オンラインのままのアップデート、しかも
プレイヤーのいるダンジョンが変化するなんてあってたまるか!」
ファクトにしかわからない単語を口にして愚痴りながらファクトは走る。
途中、横穴の壁が崩れ、ぽっかりと穴が開き、さらにその奥に坑道が伸びていく。
葉っぱの葉脈を模したかのように、次々と広がっていく坑道。
その中をファクトは2人の待つ方向へと疾走する。
正面には2人であろう灯りと人影もわずかながらも見え、
その距離は近づいているようにも見える。
「ダンジョンが新しく作られようとしている……しかも、ここのボスはあいつだ」
ファクトの脳裏に浮かぶのは、全身を透明な水晶状の物で形成されたドラゴン、
水晶竜─クリスタルバンカー。
この鉱山から様々な理由により、飛び立ったとされる強大なボス。
どうあがいてもファクト1人では立っていることも困難な相手なのは間違いがない。
鉱山の一部を巻き込み飛び出していった巨竜。
行方知らずではあるが、スピキュール鉱山の主と言えば水晶竜以外、ファクトは思いつかなかった。
その強さを知っているが故の焦りがファクトを満たそうとする中、
ようやく姉妹とファクトが合流を果たす。
「よかった。無事ね!」
「ねえ、なんなのかなこれ……」
抱き付いてくる2人をそのまま抱き寄せながら、
ファクトはなおも変化を続ける周囲をにらみ、
そのまま虚空のマップも見つめる。
「話は後にしよう。ひとまずは、脱出だ」
無言でうなずく2人にアイテムボックスから
自動回復用のお札のようなものと、
移動速度向上の消耗アイテムを渡し、自身もそれを使って出口へと駆け出す。
なぜか道中、姉妹を襲った謎のゴブリンは現れず、
不気味に響く土のきしむ音と3人の足音だけが耳に届いた。
そしてマップの上でも、実際の視界の上でも
覚えのある坑道が見えてきた時、
ファクトは走ってきた謎の坑道の奥に1つの気配を感じ取った。
離れていてもわかる、味わったことのある大きな気配。
「水晶竜……でもこれは?」
思わず足を止め、息を整えながらファクトが戸惑うのには理由があった。
坑道を響いてくる雄叫び、その声も記憶にあるソレよりだいぶ、
若く感じたからだ。
まるで、水晶竜の一部のような……。
「今はわからないな……一度出よう」
「うん」
「うう、ほこりっぽい」
考えるのを途中でやめ、ファクトは脱出を優先することにし、
2人を連れ立ってそのまま坑道を走り抜けた。
3人が去った坑道はその後も広がり、
その姿を大きく変えていた。
新しい姿を示したスピキュール鉱山、
その奥地に現れる新たな気配。
ファクトはその正体に気が付くことはできなかった。
それは油断、慢心とも違うある当たり前のこと。
ゲームであるマテリアルドライブに良く似たこの世界。
そう、良く似たでありイコールではない。
また、イコールではないがかけ離れてもいない。
そんな微妙な関係。
ゲームであるMDはVRとして稼働を始めて3年もたっていない。
コンバート元は既に長い時間を経たゲームのため、
多くのイベントやアイテム、キャラはそのまま実装されている。
だが、それでも新作としてプレイヤーを引き付けるには
定期的なアップデートが必要なのは言うまでもない。
ファクトの知らないアップデートがいくつもあったところで、
それは極々、当たり前のことだったのだ。
水晶竜再臨。
そのことをファクトが正確に把握するのは、少し後のことである。




