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228-「リスタート-4」

オブリーンの王都は活気に満ちていた。


朝の時間は過ぎ、別の街へ行く商人らは護衛を伴い旅立ちの済んでいる時間。


朝市の後の市場をめぐる主婦の姿も多い。


大通りを行きかう住民も、店を構える商人も

今日一日を過ごすために各々が動き出している。


行きかう人々の中には、日々の糧を求めて冒険に出る冒険者達もいた。


近場の街道の怪物退治に行く者もいれば、

噂の遺跡を探索するために馬車を手配する者もいる。


大きい街という物は各方面への移動の始点となる場所でもあり、

ストレートに言えば、田舎の人間がまずは目指す場所でもあった。


新たな何かを求めて出ていく者、

あこがれの場所で糧を得ようとする者。


大人だけでなく、子供もその命自身を代償に、

同じ立場に立ち、今日を生きていた。


それは街に謎の魔法少女、サンオブリーンの噂が

飛び交い始めてからも変わらない。


今も、冒険者ギルドの掲示板の前で

若い少年と少女が、経験を感じさせるギルド職員の案内を受けながら

依頼を選んでいるところであった。


「いいか、洞窟の中なんかは狭い。方向も決まってるから警戒自体はそう難しくない。

 だが、その分追いつめられると脱出が非常に困難だ。

 逆に、外は周囲を全部警戒しないといけないが、いざとなれば

 違う方向に逃げることだってできる。お前たちはまずは外の素材集めや、

 コボルトやゴブリンの小規模な依頼を狙うといいだろう」


どこかの職人が作ったのか、少年少女には目新しく映る小物、

ダンジョンや森をイメージした模型を示し、職員は説明をする。


狭いことがわかる洞窟の模型の中を、

人間らしい駒が進むと、脇道からコボルトたちが現れて道をふさがれ……

というところまで見事に光景が再現されている。


この模型も昔は無かったものだ。


冒険者とその仕事環境という点での

いくつもある問題点のうちの1つに

危機感、警戒すべき事象、の説明がある。


人は自分の見たこと以外、なかなか信じようとしないからだ。


何々は危ない、と職員や冒険者の先輩が言葉でいくら伝えても

未経験では実感という物は薄い物だ。


しかし、不用意に経験してしまっては無事では済まないのもまた、真実である。


そんな悩みを解決してくれるかもしれないのが、これだ。


「なるほど。なんか高そうですね、これ」


「うん。すごい綺麗。本物みたい」


模型を覗き込んでいる2人のつぶやきに、職員は頷く。


「だろう? そいつ、素材は本物の木や怪物の革なんかを使ってるんだ。

 加工も結構大変らしいからな、銀貨10枚もするぜ」


その言葉に、つつこうとした2人の指がぴたりと止まる。


それも当然で、銀貨10枚と言えば2人が使う宿に1か月以上宿泊できるからだ。


言われて2人が良く見れば、森の木々から冒険者らしい駒を狙う狼の姿は

そのまま本物を小さくしたような迫力がある。


毛皮だけでなく、牙にも本物を削った物を使っているが故か。


それにしても、と少年は思う。


「なんでそんな細かいことしたんですかね? もうちょっとこう、

 適当じゃいけなかったんでしょうか」


「熟練者用にはあるぜ。適当に作ってある」


少年の疑問に、職員が指さす先には

厄介な依頼の貼られる掲示板と、そのそばに置かれた模型たち。


ここからでも敵、味方、がわかりそうな色合いや、

歩く者、飛ぶ者、がわかりそうな姿だけが作られているのがわかる。


「あいつらにはあれぐらいでいいんだ。逆にどんな奴か、わからない相手を倒すこともあるからな。

 どういう相手の時にどうするか、そういう確認だけでいいのさ」


「そっか。私たちみたいな初心者でもわかるように本物の姿をしてるんですね。

 これならコボルトを見たことが無くても、

 あ、コボルトだ!ってわかりますもん」


台座の上にある人形、怪物を模した物をじっくりと見ていた少女がそう答え、

職員は満足そうに頷く。


「おう。相手がなんなのか。しっかりわかっていれば見逃すこともないってわけだ」


そのまま2人は職員の説明を受け、

若い冒険者が主に受ける依頼を受けて街を出ていく。


外に出た2人の目には、馬車の移動で慣れ親しんでいるはずの道、

脇の木々さえも脅威をはらんだ魔境に見えていることだろう。


2人を見送り、カウンターに戻った職員はそれでいい、と考える。


恐怖や不安感は無くしたら帰れない。


上手く使いこなさなければいけないのだと。


気持ちを切り替えるべく、新たにやってきた依頼をまとめ、

掲示板に貼り出す作業に戻る職員。


厄介そうなものや、他の土地をまたぐような物は

別の街のギルドと連携をとらなくてはいけない。


昔はこんな考えも限られており、

そもそも、その情報を伝える手段が人のうわさ話や

馬を利用した物しかなかったのだから情報の鮮度としては考えるまでも無い。


ギルドの奥にある魔法ラジオは、そんな環境に革命を起こしている。


今日起きたことが、その日のうちに効果範囲内ではあるが

指定したギルドの魔法ラジオに響き、届くのだ。


中身は機密で、壊してしまえば金貨何枚にもなるか、と脅されているので

職員も手袋をして扱っているのが実情だ。


(なんで相手のギルドが指定できるのかがわからないんだよなあ……)


自身も職員として冒険者を相手にし、

色々な噂や情報に接する身ではあるが、聞いたことのない魔道具だ、と

職員は作業をしながら考える。


いずれにしても、最近発見された遺物や、

様々な知識により冒険者の環境は大きく変わっている。


国の支援と協力もあり、対怪物の戦いは

余力を持ち、国全体として考えることが出来ていることを

職員は感じていた。


新しい戦い、生き方。


ゲームで大規模なアップデートが入ったような、

リスタートする感覚。


世界は意外と狭く、そして意外と広い。


ゲームではないこの世界の人間には言葉にできない、

新しい感覚に職員はしばし、作業の手を止める。


「おっさん。鉱山行きの護衛依頼は無いのか?」


「誰がおっさんだ。お前だっていい年だろう」


かけられた声、その主に思わず言い返しながら

職員は顔を上げ、思った通りの人間がいることを確認し、にやりと笑う。


「ははっ、俺はいつも動いてるからな。座りっぱなしと比べんなよ」


言葉はとげとげしいが、言う側も聞く側も笑顔である。


帰ってこれたし、帰ってきた。


そんな思いが互いにあるのだ。


「それより、無いのか?」


「依頼書になるほどの時間がねえんだよ。

 そこらの冒険者に声をかければすぐに誰かしらが行くからな」


傷の多い革鎧を身につけた冒険者の男が見る先には、

前であればあったであろう依頼書の無い掲示板の一角。


「そうだよな。スピキュールでの依頼は経験も積めるし、上手く行きゃ魔石も拾える。

 両得で精霊の恵み様様だな」


冒険者は職員の言葉に頷き、ため息をつきながら近くの椅子に

勢いよく座る。


「ああ。ただまあ、命の危険が無いわけじゃない。

 だから成りたてには行かせられねえよ。逆に何で行くんだってやつらもいるけどよ」


「どういうことだ? それだとまるで、余裕過ぎるみたいじゃないか」


冒険者がギルド内を見るが、特段初心者らしい面々はいないようだし、

逆に彼でも名前を知るようなベテランがいるわけでもない。


「もういねえよ。グリフォン乗りさ。男1人と女2人の」


「あいつらか! 確かにあいつらなら余裕か……一回グリフォンに会いに行ったんだが、

 風の魔法でごろごろと吹き飛ばされちまった。契約には骨だぜ」


冒険者は、何度か見たことのある2頭のグリフォン、

その背に乗る3人を思いだし、自分自身の苦い経験を口にする。


「それでも怪我だけで済むんだからいいじゃないか。

 これもグリフォンやヒポグリフと王様が話を付けてくれたからだろうからな」


「おう。なんでも昔は王家の秘密だったらしいぜ。

 それでも隠したままで何かあるよりは堂々と交流させる、って話だ」


2人が語るのはヒポグリフの森のことであった。


謎の巨大狼との戦いの後、ファクトらは旅立ったが、

残されたグリフォンとヒポグリフは復興を開始しながらも

将来に不安を感じていた。


静かに暮らしたいのは山々だが、今回のような状況になった時、

己たちだけでは対応が難しいときもあるだろうと。


幸いにも、自分たちは人と話すことが不可能ではない。


そのことに着目し、グリフォンの一頭、グリンヴェルは森を出た。


行く先はグリフォンにも伝承の残る地、オブリーン。


最初は突然のグリフォンの襲来に城はあわただしいというレベルを超えた慌てようだった。


それでもマイン王は落ち着いてグリフォンの前に立ち、交渉の場を持った。


条件を経ての契約の一般開放、その手順の話し合い。


その上で人の防衛組織の常設。


最初は小規模だが、いつしかその話は大きくなり、

最終的には街中をグリフォンが歩き回るという

不思議な空間の街が出来上がるのだが、だいぶ先の話。


そんな話にいくつかは無関係、いくつかは関係した3人は

スピキュール鉱山の坑道の1つに来ていた。


「ここっ!」


人気の無い山の中の岩場に、甲高い声が響き、すぐさま金属のぶつかる音。


「やったね、成功だよ!」


叫び、手にした武器を突き出した1人に声をかける女、ミリー。


声をかけられたのは武器を突き出したまま、相手が沈黙するのを確かめるキャニー。


2人の視線の先で、光に体を光らせる異形、ゴーレムが崩れ落ちていた。


「よーし、問題ない。回収回収っと」


そのあまり傷の無い体を、嬉々として拾い上げ、

いくつかに分解していくのはファクトだ。


本当であれば荷馬車でも用意しないといけないであろう状態だが、

異空間にアイテムとして放り込めるファクトにとっては不要な物。


放り込まれるのはゴーレムを作っていた

鉱石を中心とした、鉱山系素材。


鉄鉱石、ジガン鉱石、など

高いわけでもないが、量をとにかく使うので

ここで手に入るようなドロップ、素材でも十分な価値を持つのだ。


ほとんど傷が無く、無事なままのゴーレムの体は多くがそのまま素材となる。


だが、ゴーレムと戦ったものがある人間としては、

不思議な光景と言わざるを得ない。


ゴーレムはある程度の火力で押し切る、のが

一般的な冒険者の戦い方であり、

魔法なり武器なりで結構な割合で破損するのだ。


魔法メインでもなく、武器も大威力というわけではない3人で

ゴーレムをこのように仕留めるには何かタネがあるのは明白であった。


「アイツが使ってた変な技、やり方は違うけど重要なコツがあるのはわかってたのよね」


「急所、ってことなのかなあ」


キャニーはゴーレムを仕留めた己の得物、シャドウダガーを見ながらつぶやき、

崩れ落ちたゴーレムのコアがあったあたりを適当に拾った枝でつつくミリー。


「よし、あと50ぐらいはやっておくか。2人のスキルの練習にもなるだろう」


「わかったわ!」


「おっかね、おっかね」


たまにゴーレムから出る物が、それなりのお金になることは

2人もわかっており、少々多いはずの数にも動じずに次の相手を索敵しだす。


3人がこの場所に来たのは、依頼と素材回収のためでもあるが、

2人のスキル習得、習熟のためであった。


半ば無意識に使ってきていたスキルを、自分の意志で

確実に発動させようという物だ。


同時に、ゲームでは多くのプレイヤーが持っていた、

特化用のスキルを覚えることもファクトは目標とした。


ファクトは知らないが、アルスの覚えた斬鉄と似たような物で、

攻撃全てに急所攻撃判定、いわゆるクリティカルを乗せる物だ。


ゲームではとにかく攻撃回数を増やすことで

意味を成すスキルであったが、この世界では少し違った。


努力し、じっくり狙うことでその確率は跳ね上がったのだ。


たまたま当たったのではなく、当てに行く。


速い動きを主にする2人がこれを覚えることで、

ますます2人が世間からは畏怖にも似た評価を受けることに

まだ誰も気が付いていなかった。


「いた! とりゃあー!」


依頼達成と実力アップ、そして新技習熟のため、

駆け出すキャニーの声が坑道に響き渡るのだった。







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