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167-外伝「一刀両断-3」

空には満月。


月明かりと、それによる影とのコントラストが

瞬間、アルスの感情を揺さぶる。


ここは現実なのか、それとも宴でうっかりお酒を飲んでしまったのだろうか。


そんな少年を現実に戻したのは幾重にも重なる叫び声だった。


それは戦いを始める雄たけび。


体の中心から燃え上がりそうな、鼓舞の声。


(良くわからないけど、ぶつかればいいんだ)


目の前の光景が、恐ろしい物ではないことはなぜだかアルスにもわかる。


ゆらりと、瞬きの間に間合いの中に人影。


アルスから見ても相手は半透明のスピリットタイプだとはっきりわかる。


所々輪郭はぼやけるものの、精悍そうな顔つき、

そして見るからに力のあふれる体は生前の鍛錬の賜物だろうか?


既に両手剣を構えたアルスを見、相手は笑う。


その笑みは好意的なもの。


悪意を感じない、純粋なる喜び。


だが、次の瞬間、相手は無言で姿勢を低く取ると、

アルスへとその右手に持った長剣を突き出していた。


「くっ! 速いっ!」


アルスもわかってはいたつもりであった。


ワーウルフは速い、と。


だが目の前のそれはフォルセの物とはまた何か違う動きだった。


肩口を狙った一撃を、ぎりぎりで回避するアルス。


ワーウルフは追撃をするでもなく、

すばやく間合いを取るとリズムを刻むように体を揺らす。


その度に輪郭がぼやけるのは彼が生身ではない証。


『人がここにいるとは驚きだったが、過去にも無くは無い。

 受け取るが良い、我等の歴史を』


(歴史を? やっぱりこれは!)


スピリットタイプのモンスターはそのほとんどが

いわゆる幽霊や亡霊である。


多くは戦いのあった場所や、よどみのある場所で生まれる。


生者を引き込み、同じ死者にしようとする。


本当は別の理由で生身を失ったはずなのに、

いつしかその怨嗟に飲み込まれ、目的を見失ってしまうのだ。


少女に魔法を伝えたような例外はあるものの、

ほとんどは冒険者の依頼として討伐対象であるし、

いないに越したことは無い恐怖の相手である。


「おっと」


目の前の襲い掛かってきた相手をアルスは

ひとまず相手にするべく、手にした両手剣を振りぬくがやはりすり抜ける。


スピリットタイプの一番怖いところは、

普通の攻撃が通じないところにある。


他にも壁を抜けてきたり、空に浮かんだりといった様子もあるが、

倒せないのというのは命のやり取りをする上で一番怖いところだろう。


『どうした。斬鉄を使わずに戦いになると思ったか!』


ご丁寧に、アルスに向け挑発する仕草のまま、叫んでくれるワーウルフ。


「ありがとうございます。そうですよね、フォルセさんも言ってました。

 よろしくお願いしますっ!」


もし、この場にオーラ、気、そんなものを見ることができるような

存在がいたならば、アルスのそれが変わったことに気がつけただろう。


力みも抜け、本来の動きを取り戻したアルスが

迫るワーウルフに逆にぶつかるように飛び込み、

至近距離から両手剣を振り回す。


自分の周囲を全て両断するかのような回転する一撃に、

ワーウルフは手にした剣を構え、受け止める。


実体のある剣と幽霊の剣。


起こるはずの無い対決が、甲高い金属音が生じることで始まる。


「切れない……」


『当たり前だ。斬鉄は我々の技。であれば、斬鉄の効力に抗うことだって出来る。

 恐らく言われただろう? 物は切りやすいが生き物は切りにくいと。

 ただ、我と組み合うことが出来たのだ。旨くいっているということよ』


これでようやく戦いになる。


そうワーウルフがつぶやいた気がした。


そしてアルスとワーウルフは、

周囲で始まっている戦いの一つと化した。



ワーウルフの里にある塚、そして儀式。


果たして儀式と呼ぶのが正しいかは

誰もわからないこの現象は、もう1000年近い歴史を持つ。


5年ぐらいに一度、墓である塚からよみがえる残滓。


それは戦い続けられなかった恨み、

一族に仇なす物への怒り。


それらが彼らの出現理由となる。


所が、一番大きいのは

『子孫との手合わせの楽しみ』

であることはワーウルフの間では有名であった。


わざわざはるか昔に、何かと契約して

この仕組みを得たという伝承が脈々と受け継がれている。


さらに大小はあれど、世界のあちこちにある里で

同じような事が行われているらしいことは、出現した彼らから教えられている。


その実力でもって。


彼らは1人1人が、過去に生きたワーウルフではあるが、

そのものではない。


生身を失い、精霊へと還り、

そして残った残滓。


それが塚を通じて混ざり合い、教訓、教本として蘇るのだ。


ある種、ワーウルフたちは最高の幸運を得ているといえる。


生き抜く中で磨かれた、失われない技法。


何らかの戦いで身につけた技術を誰かに伝える前に

死んでしまったワーウルフもいたことだろう。


だがこの儀式の前ではそれも問題ない。


とあるワーウルフが相手にするのは、南方に住んでいたらしい

ワーウルフの先祖の戦士。


また別のワーウルフが相手にするのは未開の海の果てにいたという

不思議な動きをする狩人。


そして、何百年も前に死んでいるという部族の英雄。


ワーウルフは基本的に同族に甘く、ただ戦いは厳しい。


のんびり笑いあうのもいいが、やはり戦いが一番。


そんな種族である。


対するフォルセたちも、口では

迷惑そうにしながらも結局は楽しんでいる。


生きているほうも笑顔、死んでるほうも笑顔。


なにせ、剣で語れるのだ。


「せいっ!」


『ぬっ! そうだ、集中しろ。必ずしも毎回全力である必要は無い。

 当たる瞬間、当たる場所に集中するのだ。でなければ消耗するだけだからな』


アルスは助言に従い、斬鉄を剣の当たる瞬間、

その箇所に絞り込むようにして発動させる。


相手の抵抗とあわせ、若干鈍い音が響くと、半透明の剣が欠けた。


アルスの喜びもつかの間、瞬きの間にそれが元通りになる。


当たるとはいっても、スピリットはスピリットなのだ。


夜空に溶ける剣だった光の破片が、アルスに吸い込まれる。


ふと、アルスは自らの中に生じた何かに戸惑いながらも、

その導きに逆らわずに体を動かす。


まるで地面に沈み込むような、体のバネを生かした突進。


ついさっきまでのアルスの攻撃よりも、

ワンテンポ速い攻撃に、相手をするワーウルフの防御が遅れる。


大きな、しかし鋭い音。


さっきは少し欠けただけだった剣が、

今度は半ばほどから切り落とされていた。


『そうだ。それでいい。我らの生き様を、歴史を継いでくれるか人の子よ』


「歴史を? でもボクはそんな偉い人じゃないです」


欠けた剣を振り、また元の姿に戻したワーウルフの言葉に、

アルスは戸惑いながらも返答する。


『自分が得た物が誰にも伝わらず失われる。それは辛い事なのだ。

 伝わったものが……少年よ、お前のためになればそれでいい。それでいいのだ』


「わかりました。大切なものを守る力をありがとうございます」


なおも斬り合いながら、ワーウルフとアルスは語る。


第三者が見たならば、理解しがたい不思議な光景。


あちこちで斬り合うワーウルフ。


そんな中に混じる少年。


時には生身のワーウルフが負け、降参する。


時には幽霊なワーウルフ側が負け、満足そうに消えていく。


そして、アルスの戦いも終わりを迎える。


(全てを、斬る!)


何度か体に入ってきた不思議な光は、

うっすらとであるがアルスに様々な技術を、そして歴史を教えてくれた。


無論、全てが一気に糧となったわけではないが、

少年は不思議な高揚感に包まれていた。


幼くして父親を失っていたアルスにとって、

それは久しく感じていなかった父のぬくもりのようでもあった。


「行きます!」


『応!』


大事なのは集中。


魔法剣の魔法とは違う、スキルのそれとも違う、

何かをアルスの剣が覆う。


それは気迫。


古来より、あらゆる戦いの場で時に

素材や技術、多くの差を覆した奇跡の一撃。


偶然ではなく、故意にそれが再現される。


上段からの、レッドドラゴンを斬った時を思い出すような

まっすぐな一撃がワーウルフに迫り、その剣と接触する。


鋭い手ごたえと、あっさりとした何かを切る手ごたえ。


アルスの手にそれが伝わったと思うと、

抵抗の無いまま振りぬけた状況に体が追いつかず、

そのまま地面に剣を叩きつけてしまう。


「うわっぷ」


舞い上がった土に慌て、左手で顔を思わずはたくアルス。


『見事だ』


そんな背中にかかる声に振り向けば、

肩口から斜めに両断された姿のワーウルフ。


生き物であれば即死の姿で地面に横たわり、

満足そうな顔をアルスに向けている。


『世の中には敵は多い。人の子よ、お前が生きるのであれば、

 そのうちに相手をするだろう中に斬鉄が効かない相手もいるだろう。

 だがそれは相手がお前の攻撃に恐怖しているからだ。

 意識して抵抗しなければ斬られる、とわかっているからこそだからな』


つぶやくように語るワーウルフのそばで、

アルスは剣を背負いなおし、話を聞くべく膝を付く。


『そんなときこそ、横を向け、後ろを見ろ。そこにはきっと、仲間がいるだろう。

 お前と共に脅威に挑む、仲間が。そんな相手のいる自分を信じるのだ』


「はい。でも、それでも勝てなさそうな相手がいたら?」


少年らしい、もっともな疑問。


それを聞いたワーウルフは倒れたまま、顔を苦笑させる。


その体からは光が粒子となって散っていた。


『そうだな。もっともな話だ。我らの多くは志半ばで倒れているからな。

 少年よ、お前は英雄になればいい。知っているか? 昔、英雄と呼ばれた存在は

 そのほとんどが規格外の耐久力を持ち、伝説の武器と、技を振るい、

 そして尽きることの無い気力で、何度と無く死の淵から蘇ったそうだ。

 最後のほうは、諦めなかったということだと思うがな』


「それじゃあ結局、頑張って勝てたから勝った、ってことですね」


一まとめに、ワーウルフの助言を自分なりに噛み砕いたアルスに、

ワーウルフはぽかんとしたかと思うと、最後の時間を費やすように

大きく笑い、半透明の体を揺らした。


『その通りだ。勝てるから勝った、そういうことだな。

 勝てるように鍛えれば良い。過去がたどり着いた場所だ、お前もたどり着けるだろうさ』


過去に謳われたような英雄となれば、何の問題も無い。


そうワーウルフは締めくくり、目を閉じた。


アルスも沈黙し、心の中で別れを告げる。


まったく同じ相手と戦えることは少ない。


アルスは儀式を通じ、それを感じ取っていた。


夜空に溶ける対戦相手を見つめ、こぶしを強く握り締めていた。


「どうだった、アルス」


「フォルセさん……ボク、ここに来てよかったです」


かけられた声に振り向き、しっかりと答えるアルス。


自らも戦いを終え、様子を見に来たフォルセはその答えに頷き、

連れ立って部屋へと帰るのだった。






数日後。


アルスとシンシアは町の酒場に来ていた。


自分たちでこなせるような依頼的なものがあれば、と思ったからだ。


「うーん、やっぱりこの地域の物だけだね」


「仕方ありませんわ。あまり交流は表立っていないようですし」


オブリーン国内のような人間の町と違い、

かなり大雑把な依頼群。


ワーウルフにとって、冒険者への依頼というのは

あまり日常ではないのか、詳細が不明なものが多かった。


それはうまく当たれば儲けも多いことの裏返しであるのか、

酒場に似合わない少年少女を驚きの目で見ながら、

自分の稼ぎのために依頼書に目を通す冒険者達。


さてどうしたものかと2人が考えていたとき、

酒場の扉が開かれる。


ちらっと視線を向け、アルスとシンシアは少し驚く。


入ってきたのは6人の男女。


その服装は冒険者だとすぐわかるような実用的なものだ。


ただ、その中の2人にアルスとシンシアの視線は向いていた。


恐らくは自分たちとそう変わらないであろう少年と少女。


他の4人と比べ、浮いている。


(もっとも、ボクたちも同じか)


金髪の、背丈が違うだけで双子と思いそうなほど

似通った容姿の2人に驚きながらも、

あまり見るのも失礼かと思い、2人は部屋にある椅子に座り、

手製の地図を広げる。


「これでひとまず帰っていいんだよね?

 エイリル隊長心配してるだろうなあ……」


「ええ。見れたのはここまでですし……アルスの力を見たら

 きっと許してくれますわ。……多分」


いつものこととはいえ、仮にも王族がこんなところまで

出歩いていいのか、という疑問は

アルスも持っていたらしい。


それでもシンシアの方を優先するあたりは少年らしい若さといえるだろうか。


ふと、アルスが気配を感じると、酒場の主、片目を失ったワーウルフが

新しい紙を手に、依頼書の貼られているボードに歩いていくところだった。


主と目が合ったアルスは思わず会釈する。


すると、なぜか主はボードのほうへと行かず、

アルスたちのほうへと歩いてくる。


「えっと、何か?」


「ちょうどいい。お前、国はオブリーンのほうだったよな?

 これ、受けてみないか」


困惑するアルスに手渡された依頼書、

それはついさっき入ってきた6人の出したものだろう。


目を通したアルスと、シンシアの表情が驚きに染まる。


──新発見の遺跡、その探索と封印の解除手伝い募集


そんな題目と共に、場所がオブリーン国内であることと、

詳細は受領後、といったことが記載されていた。


アルスが顔を上げると、依頼を出したらしい6人組が

アルスのほうを見ていた。


「アルス、受けましょう。大丈夫。堂々と行けそうですよ」


背中にかかったシンシアの声に、

アルスが疑問を返す前に、再び酒場の扉が開く。


「いたっ! 2人とも無事かっ!」


執念か、偶然か、そこにいたのは完全装備のエイリル、

そして部下達だった。


もし、この場がゲームで、システムメッセージがあったならば

こう表示されていただろう。


クエスト完了、銀月の試練。


クエスト発生、亡国の財宝を手に入れろ。


と。


東西を巻き込む出会いが今、始まった。

次のクエストはまたの外伝に。

無駄に主人公っぽいですがそういうものです(何


本編との時間軸は細かく考えると

難しいのでいつかそのとき、といった解釈でお願いします。

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