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168「空に舞う少女-1」

お話自体はぜんぜん進まない感。

「ふぁ……」


眠気のたっぷり残ったつぶやきともいえない声が誰もいない廊下に響く。


声の主は少女、シルフィであった。


城にいるころと比べればかなりシンプルな、

それでいて素材自体は高価な寝巻きに身を包んで

あくびをしている姿はごく普通の少女だ。


寝ている間に変な寝癖のついた髪を気にしながら廊下を通り、

向かいの部屋へと入る。


寝起き特有のけだるさがもっとゆっくりとささやくが、

なんとか手を水に入れていく。


「うう……冷たいです」


そこは共用の洗面場。


妙に質の良い鏡台に、何故かゆっくりと水があふれるお盆。


真冬は過ぎたとはいえ、まだまだ春は来ない。


そんな時期の水は王族だとしても区別無く、

平等にその冷たさを感じさせる。


本当はファクトが手を入れさえすれば、お湯とまではいかなくても

ぬるくすることはできるのだが、色々と考えてそうはしていないようだった。


小さなシルフィの手が、それに見合った量の水をすくい、

水音を立てて洗面が始まる。


シルフィに限らず、オブリーン王家の人間は1から10までメイド任せ、

といったことはしない生き方をしている。


自分で取れるものなら手を伸ばすし、枕の1つも運べずにどうするのか、といった具合だ。


もちろん、各所にメイドの手は入るので

庶民と比べれば贅沢なのは間違いないのだが……。


何度か顔を洗うことを繰り返し、

備え付けの布で顔を拭くと、眠気はどこかに吹き飛んでいた。


「さて、クリュエルも起きてくるでしょうし……」


普通ならば、主より遅い目覚めなど従者としては許されないのかもしれない。


だが今は彼女たちは旅の空。


勝手に早く起きたのはシルフィ自身であるし、本人もそう思っている。


寝起きのクリュエルをからかうのも面白いかもしれない、

そう思いながら一度部屋に戻り、寝巻きの上にはおる

サイズの大きいケープを手にし、また廊下に出る。


向かう先は階下の工房だ。





(あら……人がいる?)


誰もいないかと思っていた階下に物音と人の気配を感じ、

階段でシルフィは足を止めてそっと覗く。


視線の先には小さな種火が残っている炉、

整頓された機材、そして材料たち。


そう、ここはファクトが買い取った工房であった。


様々に増設され、生活空間が2階以上に拡張された工房は、

濃密に色々と詰め込まれたおもちゃ箱のような様相となっていた。


視線の先に誰もいないことを確認し、

ゆっくりとシルフィは階段を降りる。


何かのマジックアイテムの効果なのか、

廊下部分にはほとんど無い埃や汚れに視線を向けながら

人の気配のある小部屋へと向かう。


そこは窓があり、外の明かりが入ってくる小部屋だった。


元々は特に利用目的は無く、小さなテーブルと何も乗せていない棚、

出来た武具を立てかける道具があるぐらいの場所である。


いつの間にか、試着室のように使われているその小部屋に、

シルフィは気配を感じたのだった。


(誰か職人さんがもう来ていらっしゃるのでしょうか)


工房に着いてすぐ、シルフィとクリュエルの2人は留守番をしていた職人や、

噂を聞いて勉強に来ていた流れの職人たちと顔合わせは済ませている。


彼女ですら聞くような戦争の噂と、

彼女の父親らの号令のおかげか、各国の貴族が抱え込んでいた

職人たちはその自由を認められるようになったからか、

国や地域を移動する職人は多いようだった。


この工房に来ているのもそんな職人たちなのだろうと

シルフィはファクトに言われている。


部屋の気配が、そんな職人の一人か、

と予想した彼女の視線の先にいたのは、当然といえば当然か、ファクトであった。


手にするのは1本の槍。


シルフィの知る、オブリーンの軍では使っていないタイプの装飾。


やや短めの柄に輝く穂先。


石突の部分には楕円形の卵のような物がついている。


部屋の隅に片付けられたテーブル達の上には

紙が乱雑に広がっているのがシルフィにも見えた。


ファクトはそのまま、シルフィの視線の先で

ゆっくりと槍を構えたかと思うと、

何度か突きを繰り出し、くるりと回転させると

石突の部分にある何かを魔法使いが杖を振るうように横なぎに振る。


「ふむ……こんなものか……お? おはよう。早いな」


「ファクト様こそ。夜通しやられていた……わけではないようですね」


親も知っている相手とはいえ、男の前に寝巻きで出るというのは

本当であれば許されることではないのかもしれないが、

シルフィの年齢がある種の免罪符となっているようだった。


ファクトも、何がどう誤解を招くかわからないとわかっているので

敢えてあまり視線を向けないようにしているのも幸いしたのか、

その後、起きてきたクリュエルの騒ぎも少ないものですむこととなる。


「起き抜けに、ちょっと良い案が浮かんだからな、さっそく実験していたんだ」


炉も使わずにどうやって?というシルフィの疑問が口に出るより早く、

ファクトの手の中で槍が光となって消えていく。


作成行為を伴わない、スキルによる作成、そのタイムリミットがきたのだ。


「兵士や冒険者の中には、武器も使えるけど魔法も使えなくは無い人がいるだろ?」


ファクトの手の中で、次々にどこかにいびつさのある槍が

生まれては消えていく。


元々、MDのゲーム仕様では最短10分だった消えるまでの時間は

いつからか、ファクト自身の意識をトリガーとしてすぐに消せるようになっていたのだ。


朝の光がやわらかく部屋を照らす中、

光の粒子が散る様にほうける様にしていたシルフィは気を取り直して部屋の隅の椅子に座る。


少し肌寒いが、シルフィが旅先で必要があるだろうと用意したケープは

属性耐性が含まれており、多少の寒さ、暑さは打ち消している。


実はもとの素材はファクトが市場に少し売り払ったモンスターの素材なのだが、

既に加工された状態ではファクトも気がつかない。


寒さに強い子なのかな?と思うだけであった。


ファクトが次々に出しては消した物には共通点がある。


どれも、槍としての部分と魔法の媒体になりそうな杖のような部分が

同居していることだった。


「覚えたレシピには、使い勝手の悪い物もあるみたいだからな、1つ1つ確認していたのさ」


手品みたいな物で、すぐ消えちゃうとはいえ、

こうやって作れるのは秘密、と笑みを浮かべて

シルフィに口止めをするファクトは少年のようですらあった。


「ひとつ、お聞きしたいことがあるんです」


自分の父親も時々こういう顔をしているな、と

シルフィは考えながら、道中浮かんでいた疑問を聞くために口を開いた。


「何かな? 可愛い子の質問ならおじさん、喜んで答えちゃうぞ」


壁にもたれかかり、無駄に明るい声でファクトが答える。


バランスのよさそうな槍のレシピを確認できたことは、

本人が思っているよりもテンションをあげることになったようだった。


「それでは遠慮なく。どうしてファクト様が一気に武具を用意しないんですか?

 この街の兵士どころか、国一つ、ファクト様の力なら

 安く、十分ご用意できるのではないですか?」


シルフィの言葉に、姿勢はそのままでファクトの動きが止まる。


深呼吸を少女が数回できるほどの時間の後、

ファクトが顎のひげをなぞることで時間が動き出す。


「難しいところだな。確かにやろうと思えばできるかな?

 材料と、場所があれば。そうだな……そりゃあ今、兵士が使っているものとは

 比べ物にならないものだって沢山用意できるさ。短期間にね」


ファクトは言いながら、いつかオブリーン王の前でしたように、

アイテムボックスからストックしてある剣や槍、

斧といった武器を瞬きの間に部屋に出していく。


朝日による輝きが、冷たくその鋭さ、威力を物語っている。


「ならっ!」


その輝きに目をやり、思わず立ち上がるシルフィ。


その表情は寒さ以外の理由で若干青ざめている。


彼女は怖いのだ。


戦争や大きな戦いにより、誰かの命が失われるのが。


前線に出るのでもなく、旅に出ている彼女の姉のように実体験するでもなく、

城の花として暮らしながらの彼女がこういった感情を持てるというのは

彼女自身が優しいということでもあるし、恵まれているということでもある。


「確かにそれこそシルフィ王女のお父さんに依頼を受けたら、

 作ることは簡単だろうな。でも、その後どうする?」


「その後……ですか?」


ファクトはそんなまっすぐな感情に目を細め、

壁にもたれかかりながら答える。


自身のその考えが正しいかは本人にもなんともいえないが、

ある種重要な現実がそこにはあるのだ。


「例えば、この街で全員分作ったとしよう。すると、この街にも武器を売ったりする店や、

 そのための商人の出入りがあるが、それはどこかの街に行ってしまうだろうな」


「え……なぜですか?」


顔に疑問をありありと浮かべながらのシルフィの問いに、

ファクトは頷いてアイテムボックスから1本の剣を取り出す。


それは変哲の無い鉄素材の剣。


先ほどファクトが取り出した剣と材質は同じだ。


だが、シルフィの目から見ても違いがすぐにわかるだけの違いがあった。


ファクトが2本の剣を軽くぶつけ合うと、

片方は半ばほどで折れてしまう。


「こっちは大体このあたりで流通していた剣だ。さて、

 同じ値段ならどっちを買う? いや、倍でもいいぞ」


ファクトが折れたほうの剣を持ちながらシルフィに問いかけると、

彼女も想像がついたのか、驚きの表情になる。


そういうことか、と。


「そう。じゃあ次はオブリーンの王都で兵士の装備を全部更新しようか。

 街の冒険者にもどんどん売ろう。名前を明かして、一気に。

 するとどうだろう。誰も俺以外の武具を買わなくなるな。

 何せ、強い、壊れない、しかも、高くない、だ。

 本気で作ったら何年も他の職人は追いつけないぐらいの能力になるな……」


兵士にせよ、冒険者にせよ、拘りを除けばより良い物を、

より命を預けられる性能の武具を手に入れようとするのは当然のことだ。


わざわざ、質の劣るほうを買う必要性はどこにも無い。


「緊急的に、現場の人間に渡すぐらいならいいかもしれない。

 だけど、それが日常になってしまえば後が続かないんだ。

 だから、おおっぴらには作らないのさ。腕のいい職人がいるぞ、

 と危機感をあおるぐらいは流通させてもいいと思うけどな」


言いながら、ファクトはキャニーとミリーに頼んで

こっそりと街で売っていたことを思い出す。


どこからか運び込まれた、と職人や商人が感じた武具達。


それは実際には別の思惑もあったとはいえ、

近隣の職人にプレッシャーを与えることに成功していたのだった。


「といった感じかな……勿論、何も作らないってわけじゃないんだが」


ファクトはそこまで言ってぎょっと驚くことになる。


なぜならシルフィが椅子に座ったまま、涙を目にためていたからだ。


硬直するファクトの目の前で、シルフィはそのままポロポロと涙をこぼす。


「えーっと、何かまずかったか?」


「いえ、大丈夫です。なぜここでファクト様が色んな職人さんに教えてるのかな、

 ですとかそういったことが一辺にわかったら急に……なんでしょうね」


笑顔のまま、なおも泣き続ける少女に

ファクトは何もできず、おろおろするだけであった。


当然、世の中はそんなタイミングを逃さない。


「おはようございま……す?」


早朝の奇妙な光景は、既に身支度を終えたクリュエルが

泣き続ける自身の主と慌てる工房主を目撃することで終わりを告げる。


「ち、違うんだ」


ファクトの弁明にクリュエルは叫ぶこともなく、無言のまま部屋に入ってくると

体格の差をものともせず、ずりずりと部屋からファクトを引っ張り出すことで答えるのだった。


でかいデパート施設ができてシャッター街に

なっちゃうようなイメージです。

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