103「人の力-3」
少女2人は宴から少し離れていた。
勿論、建物の外にでていたということではない。
宴の中心で騒ぎ続けている面々とは違う場所にいる、というだけだ。
その理由には本人たちがアルコールを
余り好まないということもあるが、他にも理由はあった。
オブリーンやこれまでにも、世間では身分のある相手との出会い。
そういった場において、それなりに自分たちの立場を気にしていた、というのがある。
ファクトに聞けば気にするなというだろうし、
偶然ではあるがこれまでに出会った相手は、
そのほとんどが、立場による態度の違い、
状況を察して表に出さないようにする相手ばかりだった。
しかし、そうであっても……。
「素性だけ見れば、私達は結構怪しい冒険者ごとき、なのよねえ」
「強さだけなら、ファクトくんとあちこち行ってるから、
結構強くなったとは思うんだけど。身分はね」
近寄ってくるジェレミアの関係者の波が少し収まったところで、
キャニーとミリーの2人はそうつぶやく。
細かい素性は知らなくても、自分たちの王が同席を許した相手となれば、
彼らも姉妹を無下にはしなかった。
それどころか、2人も彼のように何か特別なのではないか、
と考えている相手のほうが多かったのであった。
会話をするうち、少なくとも本人たちは特別ではないと自覚していることと、
目に見える何かを示さないことにジェレミアの兵や騎士は
若干の落胆を示すものの、それだけだ。
むしろ訓練や実戦でぶつかってこそ見えてくるものの方が
多いと考えているジェレミアの面々は
姉妹の様子を謙遜だと受取ったのだった。
本人たちも気が付いておらず、最近姉妹のレベルや
そのスキル等を確かめていないファクトも気が付いていないことがある。
ゲームであれば馴染みの事であるが、何かをこなせば報酬がある。
クエストやシナリオ上の出来事であり、こなすことで
プレイヤーたる当事者は何らかの報酬を得る。
それはゲームのようでゲームではないこの場所でも同様であったのか、
実は姉妹にはファクトと過ごした各所での出来事が
達成されるたびに世界からある意味ボーナスを得ていたのだ。
それは身のこなしであり、それを発揮する以前のそもそもの風格であったり……。
「あ、これ美味しい」
「ほんと? ちょっとすっぱいけどおいしいね」
何気なく、テーブルの1つに盛られたフルーツ、
地球で言うりんごのようなものを、元々それ用ではないことに気が付かないまま、
キャニーは小さなナイフで両断し、一口かじる。
ミリーもそれに習い口にし、同じく感想を漏らす。
だが2人は気が付かない。
2人が操っていたのが、切るためのナイフではなく、
給仕役が間違っておいた、いわゆるバターナイフのような切れないものだったことに。
「見ろ。あの2人、良い腕だ」
「力押しするように見えない動きをしながら、あの鋭さ。
冒険者も玉石混合だとは言うが、たいしたものだ」
ちらりと、宴の隙間から2人の行動を見ていた騎士たちが、
ささやくようにそう評する。
ほとんどは、ジェレミアの関係者自身の会話で埋まる宴であったが、
一部ではファクトとキャニー、ミリーの3人のことで会話が弾んでいたのだった。
「ほう、良い飲みっぷりだ」
「次もいただきましょう」
無防備といえばいいのか、絶対の自信でもあるのか。
場には俺とフィル、数名の雰囲気のある騎士、そしてジェレミア王。
小さなテーブルで、明らかに度数の高そうな酒が匂いを撒き散らしていた。
予想される値段の割りに、綺麗な飲み方とはいえない。
だが俺に酔いはほとんど無い。
冒険者、もといプレイヤーとしての能力を引き継いだ体は高性能だった。
確かに某ドラゴンだとか相手となれば生身は生身だが、
思い返してみればまともに手傷を負ったことはそういえば、無い。
毒を始めとする状態異常にも、恐らくはステータスに相応しい抵抗力があるし、
その回復もまさに化け物と言っていいだろう。
アルコールを楽しめないというのは、ある面では
残念なことではあるのだろうが、あまり大きな問題ではない。
改めて自分のステータスを確認するが、
ゲームとして考えれば鍛冶に関係するDEXを中心としたステータスは
かなりのものだが、それ以外のステータスはそこそこに過ぎない。
だが、発揮できるかは別として、やはり自分のそれは異常なのだ。
大岩は砕けないが、野生のいのししだとかは恐らく素手でダウンだ。
よく、制御できないパワーに振り回される主人公、だとかを
本なんかで見たことはあるが、俺は恐らく逆。
まだ自分が自分を把握し切れていないのだ。
この世界に降り立ったころと比べればだいぶマシではあるが、
それでもまだ、人間の領域を超えきれていない気がする。
もっとも、戦闘中にはそんなことを考えてる暇が無いときほど、
ステータスの本領を発揮している気がするのだが。
ボスクラスでなければ動けないとかどんなだ、とは我ながら思うところだ。
というのも、物のついでに握手だとかをする際に
この部屋の相手を確認していったが、数値は不明ながら、
最高でもようやく300レベルに届くかどうか、といった感覚だったからだ。
本来、俺との差は大きなものがある。
今の俺は、実戦のレベルがさあ、いくつかな?という状態と言えばいいだろうか。
間合い、呼吸、武器の使い方。
あらゆる部分がまだ本来の力に追いついていないのだ。
まあ、俺自身が前衛で戦うことが出来ればあって欲しくは無いのではあるが……。
「なるほど。英雄を探し、人間の力を高めたいと」
「ああ。作るだけ作ってばら撒くんじゃ、どう使われるかわかったもんじゃないしな。
幸いにも……この時代の職人でも再現は出来そうだ」
言って俺は、白く使用可能になったことを示した
武器生成スキルをおもむろに発動し、変哲も無いナイフを1本、
テーブルに作り出すとそれで肉を食べやすいように切り取る。
(うむ。燻製のチップだったかにも良い木を使っている)
俺は肉についたほのかな香りに頬を緩ませながら、
グラスの酒をあおる。
「……北東に、中規模の街がある。元、ではあるがな」
突然、王が口を開いて重く何かをしゃべり始める。
「父上! それは……!」
何かを言おうとするフィルを手で制し、王はこちらを見る。
「覚えているか? 以前、怪物どもが襲撃し、滅びた街だ」
テーブルに置かれたのは禍々しい字体のカード。
以前、ガイストールに攻めてくるという集団が使っていたものだ。
「覚えているとも。それが……また襲撃が?」
「だろうという予想だ。ゆえに、罠を設ける」
キャニーたちから、モンスターの動きが怪しいという報告は受けている。
出来れば対モンスター、対人の2面作戦は回避したいところだ。
「罠? 怪物達が寄ってきそうな何か種でもあるのか?」
「うむ。近々国が主導して復興させようという動きがある、という話と、
実際に物資を集める。そして作業させるのだ」
王の言葉はこういうことだ。
モンスターたちに示すのだ。
また獲物が襲いやすいようにやってきたぞ、と。
確かに、あれだけの集団戦を行ってくる相手だ。
復興途中の街が如何に脆いか、わかるだろう。
「だが、どうやって怪物たちにわからせるのだ? そして、守る術は?」
質問ばかりになってしまうが、こればっかりは仕方が無い。
何せ俺にはどこにあいつらが集まっているか、
という情報は無いし、いざせめて来たなら俺だけではなんともならない。
皆と協力しなくては。
「それは心配ない。奴らめ……元街、に拠点を築こうとしていたのだ。
少数だがゴブリンどもが集まって何かをやっていたかと思えば、
それは明らかにオーク用の寝床だったのだ。
そこをこちらの兵士で奪い返してある」
つまり、出鼻をくじいたわけだ。
俺はいつしかグラスを握ったまま、話を聞いていた。
「何匹かはわざと逃がしてやった。普段なら、余計な襲撃を誘うから、
行っていない手法ではあるのだがな。そうだな……そう遠くないうちに、
奴らはやってくるだろうよ」
愚かなる人間どもめ!といったようにな、と王は肩をすくめる。
大胆というか、思い切ったというか、普通は思いつかない。
「だけど、復興を行う職人だとかは全部、兵士にする予定なんだ」
「今回のガイストールへの旅はそのための人員確保と、
街の警備体制の見直しといったところだな」
(ん? 今のは……)
「別の用事、とはそういうことか……。
じゃあ余計な場所に情報が漏れないようにしないとな」
「そうなるな。一応、私達も警戒は怠っていないつもりだが」
違和感に内心首をかしげながら、そういうフィルの方を向いたとき、
俺はそれに気が付いた。
「油断はするものじゃないな。敵は意外なところにいたりするものだ」
俺は何気なくそう言いながら、ソレと自分たちの間に
丁度立っている騎士の前にあるオムレツのようなものに、
専用のソースを細くたらす。
「そのぐらいが好みなのか?」
「ああ。このぐらいがな」
フィルに返事をしながら、俺は目的を持って
ソースを料理の上で伸ばす。
その光景に、誰も声を上げなかったのはさすがだろう。
「ところで、作戦には俺も協力していいか?」
俺がそういうと、何故だか王はきょとんとした様子で、
次ににやりと笑みを浮かべた。
「甘いことだな。いくらこっちが勝手にしゃべったとはいえ、
国の秘密を耳にして、勝手にどこかへ行けるとでも?
むしろ、協力する以外に道は無いぞ」
「それはどうかな? 俺がただの鍛冶職人じゃないことは、
前の戦いを聞いて知っているだろう?」
酒の回った赤い顔で、王が無造作に剣の柄を握る。
対する俺も、外から見たら油断の無い仕草で、
腰に帯びた長剣、パラライザーに手を伸ばす。
魔法を使う直前の、魔力の展開にも似た感覚が俺を満たし、
この茶番の中でも俺の意識は一時的に鍛冶職人のそれと切り替わる。
広がる気配に、いつの間にか周囲のざわめきが引いていた。
フィルと騎士は慌てた様子でどちらを抑えるべきか、
悩んでいる様子だ。
「ふふん。やめるなら今のうちだぞ」
「冗談だろう」
まさに一触即発、そんな空気で2人の間に何かがほとばしる。
いよいよ切り結ぶか、周囲に感じさせるその時は近づいていた。
……普通であれば。
「バインド・コフィン!」
「ソニックシューター!」
前者は王、後者は俺だ。
2人のスキルは互いではなく、
テーブルから一番近い窓の枠、
カーテンで隠れていた場所に向かい、
窓ごと何かを捕らえた。
『ギピィィ!?』
聞き覚えは無いが、光る鎖の帯が影を縛り、丁度そこに
俺の単体用中距離攻撃のスキルがぶつかったのだ。
そこにいたのは、いわゆるインプとMDでは呼んでいた、
空飛ぶ小悪魔だ。
特定の魔法にすぐれ、こいつに見つかるとエリアの敵が
こちらを見つけた状態になるのだ。
つまり、偵察要員。
「……他に何かいる気配も、飛んでいった様子も無いな」
「そのようだ。各地にいる奴らの駒の1つ、か」
慌てて駆け寄ってくる騎士や、周辺を警戒する兵士らを余所に、
俺と王はそう推測していた。
「……驚いたな。まったく気が付かなかった」
フィルが既に息絶えたインプのそばに近寄りながらそう話す。
「俺もさ。フィルが計画を話したときに、わずかに気配がしてな。
たまたま気が付いたのさ」
ゲームでインプを先に見つけ、しとめるには
専用の技量というか、スキル群が必要だ。
俺にはそのスキルは無い。
それにしても、やはりジェレミア王はスキル持ちか。
書物の研究もしていたようだし、専用化された武器もある。
どこかで覚える機会があったのだろう。
「こいつだけなら、作戦の中身が漏れたということはないだろう。
だが、急がないといけないんじゃないか?」
「そうなるが、君が協力してくれるなら心強い」
差し出される手をしっかりと握り、笑みを交し合う。
プレイヤー対モンスターではなく、
この世界の人達対モンスターの戦いが始まる予感に、
俺はどこか高揚した気分を隠しきれないでいた。
「ファクトよ。今の技はいいな。ぜひ教えてくれないか。
これも便利なのだが、倒せないのはどうもすっきりしないのだ」
ジェレミア王はそんな俺の思考を押し流すように、
自らの武器を撫でながら懇願してくるのだった。
(自分でダメージを与えて倒したいってか? らしいというかなんというか)
俺は笑いながら、頷いて了承するのだった。
ちなみにさっきのオムレツもどきに書いたのはこうだ。
窓左上に敵あり。こちらで仕留める、と。
王も至近距離以外の攻撃方法を持っていたのは意外だったが、
確実に仕留めれたので良し、である。
いつの間にか始まった宴の片づけを見ながら、
俺は王との戦いに覚えた、どこか懐かしい様子に
不思議な気分になるのだった。