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101「人の力-1」



「うわ、ぼろぼろだったのがこんなに! すげーな!」


「手入れはちゃんとしてやれよ。じゃないとすぐ駄目になってしまう」


キロンのいる工房の受付カウンターで、

そんな大きな声をあげるのは20歳になるかならないかだろう、

外見は子供っぽさが抜けた様子の若い冒険者。


駆け出しから抜け出てすぐ、といったところか。


額には真っ赤なバンダナがあり、彼のトレードマークなのだろう。


ストレートに寄せられる賛辞に、どこかむず痒くなる。


ちなみに、どこぞのスライムに直接剣を突き刺した結果、

表面がぼろぼろになったので何とかして欲しいという依頼だった。


相手は恐らく、スライムの中でも体液の酸性が強い個体だったのだろう。


だがとっさの判断を下したのか、剣の痛みは新しく作り直すほどでもなく、

同種の素材を少量あわせて、傷んだ部分をその少量の素材で埋める、

という地球ではありえないだろう手法で修理することにした。


魔力を込め、叩いていけば何故だかこれで問題ないのだ。


「アイツを倒すには俺のこれだけじゃダメだな。魔法がいるか?」


「その辺は仲間とよく相談したらいい。1人じゃ考え付かないことも

 2人、3人とであれば思いつくかもしれないしな」


詳しく聞かれれば、対処などをアドバイスすることも出来るが、

ここはただの工房、それに自分で覚えないとなんともならないことでもあるので、

今回は特に付け加えず、簡単な助言だけにする。




「良い時間だな。そろそろ飯にするか」


「ん? そうか? おっと……」


工房を出て行く冒険者の背中を見ながら、

次の依頼のことを考えていたところにキロンから声がかかる。


俺が振り返るとどこからか鐘の音。


お昼を示す教会の音だ。


なお、この世界には厳密には時計は無い。


だが、魔力を糧に、教会に置かれた鐘は、

なぜかお昼、俺の感覚で言えば12時に鳴るのだ。


理由はわからず、昔から伝わる製法で鐘を造ると、そういう鐘になるらしい。


俺はその話を聞いたとき、MDでのゲーム中になるアナウンス的な

12時の時報を思い出したのだった。


キロンに誘われるまま、カウンターには不在なのでベルを鳴らす旨を

記した看板のようなものを置く。


「今日は何にしようか……」


「そこの屋台で、良い鹿が入ったって、串焼きにしてるようだ」


(ふむ……それとパンでいいか)


同じ目的の職人と連れ立って、目的の屋台で串焼きを購入して戻る。


適当に座って食べているところにキロンがやってきた。


彼もいくつかのパンと、肉らしい物を包み紙に入れている。


「しばらく見なかったが、腕が鈍ってるわけじゃないみたいだな」


「おかげさまでね。鍛冶職人だって精霊と一緒に生活している。

 ならばその力を借りないでどうするんだってところかな」


言って少々行儀悪く、パンと串焼きを口にする。


視線の先では、まだ作業中なのか、熱せられた素材に

ハンマーを振り下ろしている職人もいる。


俺の作成風景と比べれば、だいぶ手順が多いのは間違いない。


だが、それでもファンタジー的な鍛冶の風景がそこにある。


何せ、テンポ良く叩かれる素材は本来ありえない速度で変形していっているからだ。


旅の合間に見聞きしてわかったことだが、

この世界に俺のような形で何かが作れる存在、というのは

程度の差はあるにせよ、皆無ではないようだった。


時折、本来の手順をはしょっても大丈夫、

そんな職人はやはりいたらしく、今もいる。


大なり小なり、熟練していくとそういう現象が起こるらしく、

恐らくは無意識にスキルというべき何かを身につけているのだろうと推測できた。


前はそこに気が付かなかったが、冷静に考えれば、

俺の作成速度にもっと周囲は驚き、話題になるはずなのだ。


それが単純に、すごいな、といったレベルですんでいるのは、

俺の持つ遺物で、極限まで極めた結果が生み出せる、

といったように解釈されているのではないか、と思うのだ。


ともあれ、なんとなくとなっていた職人たちのそれを、明確にしてやるだけで

世界は少しずつ変わっていく。


「なるほどな。今のファクトなら1000人の兵士の武具を一晩でやってくれました。

 なんてことが出来そうな気がするな」


「よしてくれ。いつかはそうなる時は来るとはいえ、できれば

 自分の作った武具同士が戦うのは遠慮したいな」


俺はそう言いながらも、そばにあるその現実に、

多少ではあるが気持ちは重くなっていた。


今はモンスターが相手である。


だが、きな臭いといわれている東が動けば、

それは人対人の構図をとるだろう。


そうでなくても、時代が変われば人も変わる。


そしていつか、自分の作った槍が、自分の作った鎧を貫く。


そんな日が来るだろうことが今更ながら、重みを増す。


「そんな顔をするな。お前だけじゃないさ……ん?」


キロンが俺を慰めるためか、肩に手を乗せてきたところで、

鳴り響くベルと、大勢の人の気配。





「やあ、ファクト君。久しぶり」


「クリスか……なにやら迎えにしては仰々しいな」


変わらない様子のクリスの後ろに立つ、

明らかに騎士です、と言わんばかりの重装備の集団。


俺の軽口に、若干だが場が緊張するのがわかる。


(おおっと、思ったよりクリスはでかいところに収まってるようだな)


「ははっ。今の自分もただの教会の司祭ってわけにはいかないからね。

 こうして護衛やらなんやらってことさ。そうそう、今更だけど、

 迎えに来たよ。すぐ出れるかい?」


「ああ、俺は問題ない。後は連れが……お」


キロンに伝言を頼もうかと思ったところで、

タイミングよく姉妹が工房の裏口から顔を出す。


「あら? ばっちりなところだったみたいね」


キャニーとミリーは、工房のカウンターに立つ、

重装備の集団を見て驚いた様子だったが、

すぐに状況を察して近寄ってきた。


「そういうことだな。クリス、3人でもいいだろう?」


「勿論。最初からファクト君ご一行を、ってことだからね」


笑うクリスに従い、表に出るとそこには馬車が数台。


馬はもとより、その馬車自体もでかい。


だが豪華、というよりは頑丈、が目に付く。


恐らくは戦場へ行くためのもの。


あるいはそういったことを目的としたもの、だ。


フィルや街の噂に聞いていたジェレミアらしいといえばらしいのか。


導かれるままに馬車に乗り、揺られることしばし、

歩いてもよかったと思うような時間の後、馬車が止まる。


「どうぞ」


騎士らしき1人によって開けられた扉から顔を出すと、

そこから見えるのは大きな屋敷。


といっても巨大すぎることは無い。


3階建ての、無駄の無い造りだ。


なんとなくだが、ここはフィル等の立場のある人間が、

一時的に過ごすものなのだろうと感じる。


もっとも、こうして招かれた時点でそれが正解だとは思うが。


「ふーん……あちこちから見られてるのは何かしらね」


「男1人に女2人、っていうのがきっと気になるんだよ……なんてね」


油断無く俺の背後で視線をめぐらせる姉妹の、

わかっているんだぞ、という発言に周囲の気配が少し変わる。


(どうやら第一段階は突破したようだな)


俺はその空気の違いに一人頷き、前を行く騎士についていくように歩き出す。


クリスはいつの間にか先に行っているのか、

途中、それらしき空の馬車を見た。


数分もしないうち、たどり着いた屋敷の玄関には、

俺の2倍ほどの扉があった。


その妙に地味な色に俺は疑問を覚え、開かれた扉に

さりげなく手をやり、情報を確認する。


でてきた情報の中にある材質には防火、とあった。


(なるほど、こんなところにまで……)


俺はまだ見ぬ屋敷の主の考えに感心しながら、廊下を進む。


「こちらです」


「ありがとう。では、行くか」


自分が先に入る気は無いのだろう。


足を止め、周りよりは少し豪華な、恐らくはメインだろう部屋の前で

騎士は頭を下げて俺達に先を促す。


俺は後ろの2人に声をかけ、扉に手をやる。


わずかな音を立て、開いた先に感じるのは陽光。


直接というわけではないが、まっすぐ前を見るには

少し辛いまぶしさに目を細め、失礼にならない程度の速度で

前に進み、形式的ではあるが頭を下げて膝をつく。


中にいるのがクリスなり、フィルだけ、というのなら

別の流れもあるだろうが、恐らくは周囲にはそうではない相手がいる。


いきなり周囲の反感を買うことも無い、そう思ったのだ。


「良い。礼儀で敵は死なぬ。遠慮なくこちらへ来るのだ」


下げられたままの俺にかけられた声は予想と違い、

深みのある年上の声。


(ん? クリスでもフィルでもない?)


俺はその状況に、半ば声の主を確信しながら顔を上げ、立ち上がる。


視線の先にいるのは、20名ほどの騎士、そしてクリスとフィル。


最後に丁度中央にいるのは、自身ほどもあろうかという

大剣を専用っぽい台座に供え、大きな椅子に座る髭の似合う男性。


もう50は越えていそうながら、その迫力は今こうしていてもじわりと感じられる。


(どう見てもジェレミアの王様です。ありがとうございました)


脳裏に浮かぶ、古いネットスラングが俺の思考の混乱っぷりを示している。


「どうした。せっかく開けてある席なのだ。遠慮なく座るがいい」


「はっ。それでは失礼して」


俺の沈黙をどう受取ったのか、名前もしっかり知らない

ジェレミアの王(仮)が促す声に従い、

王とクリス、フィルが座る円卓の一角に座る。


自然と左右を姉妹が固める形となり、

微妙に居心地が悪い。


どう見てもこんなところ出まで、

自分の女をはべらすただのアレな冒険者に見えていそうだからだ。


ちらりと視線を向けると、誰も呆れた様子は無い。


(ふう……変な誤解は無いようだな)


「それで? 子供はまだなのかな?」


「ぶふうっ!? あんた何をいきなりっ……おっと」


フィルからのまさかの一撃に俺は思わず噴出し、

立ち上がったところで王の視線に気がつく。


「なるほど。目の前の人間がどんな相手か、おおよそわかっていながらそれか。

 良いではないか。へつらうでもなく、侮るでもなく。

 それでこそといえよう。冒険者、いや……ファクトよ」


「いいんですか? フィルやクリスをだまして貴方を

 暗殺しようとしてる刺客かもしれないんですよ?」


円卓の向かいとはいえ、やろうと思えばやれる距離。


そんな距離にどこの馬の骨ともしれない冒険者を置いていいのか。


そう俺は言外に言って反応を見る。


「構わん。その気があればもっと別の手を取っていよう。

 何より、だ」


「? っとお!?」


急に王が立ち上がったかと思うと、傍らの大剣を手に取った王から、

なんともいえないプレッシャーが襲い掛かり、俺の動きが止まる。


キャニーやミリーは元より、どう見ても騎士たちまでその影響下に置かれている。


俺はいつぞや味わったその感覚に、忘れていた心の底の熱さを思い出し、

そして同時にこの感覚へと対処法を思い出す。


「ふんっ!」


「ほう……」


王が今発動したのは、MDにおいて、大体のボスクラスが繰り出すスキルだ。


簡単に言えば、威圧。


ボスらしさを演出する、半ば強制的にこちらの行動を一時的に阻害するものだ。


もっとも、ゲームではボスの姿を見せ付けるための

演出的な物で、その間に攻撃してくるということは無い。


今俺がやったように、そのシーンをキャンセルすることは出来るので、

結構なユーザーがこの対処法を覚えていたはずだ。


「ま、レッドドラゴンよりは大体マシってもんですよ。ジェレミア王」


「なるほどな。道楽息子が気にかけるわけだ。これで鍛冶職人とは笑うしかないな」


出来るだけ内心の動揺を隠して、なんてことはないような態度で

俺がそういうと、王はにやりといい笑みを浮かべた。


「道楽とは痛いところを。でもこの前の聖女像は便利なものでしょう?」


「それとこれとは別だ。まったく、訓練もそこそこにあちこちで

 冒険者のようなことをするとは、それでも王族か?」


王のとがめるような口調に、フィルは苦笑いしながらも

さらりと受け流す。


目の前で繰り広げられる親子のやり取りから察するに、

どうもフィルは以前自分では動けない、のようなことをいった割に

あちこちで何かしているようだった。


「王。ひとまずは用件のほうを伝えたほうが話が早いかと」


「ん? そうよな。時間も余り無い。さて、ファクトよ」


向けられた声に俺は居住まいを直し、どんな難題を言われるかと構える。


語られた内容は、全てを知った上であればある意味効率的で、

別の意味ではまったく非効率な結果を産むものだった。


そう、それは……。


「これらに記された失われた術、専用化とはどういうものだ? 知らんとは言わせぬ」


どざりと、円卓の上に積まれるのは、

明らかに古文書と呼べるレベルの古ぼけた冊子。


それが何十冊という形で積まれたのだった。





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