3.
そんな中、マックウィルから呼び出しがあった。
先日の婚約破棄の件について非礼を詫びたいとのことだったので、いつも通り付き人であるクララを連れてマックウィルを訪ねる。
すると、そこにはマックウィルが、交際相手だと噂されている子爵令嬢の肩を抱き、寄り添うように座っていた。
背後にいるクララから殺気を感じ、レティシアは慌てて振り返り、首を振る。
事情はわからないが、マックウィルなりの考えがあるのだろう。
腑に落ちない様子のクララを後ろに控えさせ、レティシアは二人の正面のカウチソファに座り、背筋を真っ直ぐに伸ばした。
「ご機嫌麗しゅう、マックウィル殿下。本日はお招きありがとうございます」
レティシアは深々と頭を下げる。
「ご足労だった、レティシアよ。先日の夜会ぶりだな」
「はい。久しぶりに殿下のお顔が見れて、大変嬉しく存じ上げます」
先日、クララによって顔面を叩きつけられたため、顔中、傷だらけであるマックウィルだったが、本人はいたって元気そうだった。
その姿に少しだけ安堵するレティシアだったが、状況がまだよく飲み込めないため、気を引き締め続ける。
「それで、本日は先日の騒動について話があるとお伺いしているのですが...」
「あぁ、そのことについてなのだが」
マックウィルが足を組む。
「先日、大勢の前で自ら婚約破棄を高らかに宣言するという愚行を俺は犯した。そこは認めよう」
「はい」
「だが、あくまでそれは人前で婚約破棄を言い渡してしまったという行動に対しての反省である」
「......つまり?」
「つまり、俺はまだお前との婚約破棄を諦めたわけではない」
レティシアは己の耳を疑った。
マックウィルの放った言葉の意味をレティシアが理解する間もなく、彼は得意げに話を続ける。
「しかし、諸事情によって俺から婚約破棄を申し出ることができない。ならば、レティシア、お前から破棄を提案すればいい」
とんでもないことを言い出すマックウィルに、レティシアは唖然とするしかなかった。そして、同時にどうしようもない悲しみが胸の奥からこみ上げてきた。
無理にレティシアを好きになってくれとは望んではいない。レティシアも別にマックウィルに恋情や愛情を抱いているわけではない。
それでも先日の件を詫びたいと申し出が来たときは、マックウィルがちょっとでも自分たちの関係について思い直してくれてると期待したのに、そうではなかった。
少しでも期待した自分の愚かさにレティシアはぎゅっと膝上の拳に微かに力を込める。
諸事情とはきっと、国王陛下にまたこっぴどく怒られるのが嫌なのだろう。
だから、レティシアから婚約破棄を申し出たという体で話を進めたいらしい。
「...ちなみに、婚約を破棄したいという理由はやはり...」
レティシアはマックウィルの隣で、彼に寄り添うように座っている子爵令嬢に視線を向ける。
ふわふわの茶髪と、つぶらな瞳、そして守ってあげたくなるような小さな身体をした、そんな女性だった。
「そうだ!!俺はマリアと出逢ったことによって真実の愛を見つけることが出来た。そして、叶うことなら彼女と共にこれからの人生を過ごしたい」
そう言って、マックウィルは隣の子爵令嬢の肩を更に強く自分の方へと引き寄せる。子爵令嬢は恥ずかしそうに頬を染めるも、満更でもなさそうだ。
「俺のマリア、今日の君も世界一美しい。俺の瞳には君しか見えないよ」
「マックウィル様...」
人目を気にせず自分たちの世界に入ってしまった二人に、レティシアは空気を読むことなく質問をし続ける。
「殿下と、マリア様はいつごろお知り合いになられたのでしょうか」
「......一ヶ月ほど前だったが、それがどうした」
邪魔をするなと言わんばかりの邪険な目で睨まれるも、レティシアは淡々と続ける。
真実の愛を否定するつもりはない。
しかし、婚約破棄をする前にどうしても事実確認だけはしておきたかった。
「ちなみに、わたしが殿下からの接吻を断ったのも一ヶ月前なのですが、そちらは関係ありませんよね」
「なっ...!?」
「接吻...?」
マリアが小さく呟いた。
「あ、当たり前だ!!突然、何を言い出す!!」
さっきまで余裕たっぷりだったマックウィルがあからさまに狼狽え始める。
「よかった...、わたしはただ殿下が己の欲求を手っ取り早く満たせる相手を見つけたとばかり思っていました」
レティシアはマックウィルの言葉に胸を撫で下ろす。
レティシアはてっきり、マックウィルが欲求不満を解消するためにマリアを選んだのだとばかり思っていた。
けれど、真実の愛で結ばれているというのなら話は別だ。
「そ、そんなことあるはずないだろう!!」
マックウィルの視線が右往左往と泳いでいる。きっと、レティシアの発言が的外れすぎて、怒りが隠しきれないのだろう。
マリアも不安そうにマックウィルを見上げている。
二人の愛を疑うなんて、悪いことをしてしまった。
「殿下はマリア様を深く愛されているというのに、わたしったら大変失礼なことを申してしまいました」
「ま、まったくだ!失言が過ぎるぞ。俺がそんな理由で、マリアを選ぶわけないだろう」
「そうですよね!真実の愛で結ばれているのでしたら、当然、わたしとの婚約が正式に解消されるまで清く、正しいお付き合いをされているはずですものね!!」
「え゛っ!」
マックウィルが口元を引きつらせたまま、固まる。
「だって、婚約者がいる身で、そのような行為をするはずありませんものね!ましてや、マリア様は殿下自ら真実の愛を口にするほど大切なお方!!なおさらマリア様の名誉を傷つけるような行為はしないはずですよね!!」
少しでもマックウィルの不貞を疑ってしまったことのお詫びにレティシアは彼を持ち上げようとする。
感極まっているのか、マックウィルの身体がプルプルと震えていた。
その傍らで、マリアも涙目で「マックウィル様ぁ...」とマックウィルを見つめており、感激しているように見える。
これで二人の愛はますます深まることだろう。
思いがけず二人の仲を取り持つことができたような気がして、レティシアは密かに胸を張った。
ところが。
「お、俺を愚弄するな...!!!」
顔を真っ赤にさせたマックウィルが突然、立ち上がり、レティシアに掴みかかろうとしてくる。
先程まであんな和やかな雰囲気だったのに、どうして急にと驚くレティシアはすぐに反応することができなかった。
マックウィルの手がレティシアの肩に触れようとする。
しかし、それがレティシアに届くことはなかった。
「てめぇ...、お嬢に手を出そうとしたな」
「ひっ...!!」
後ろに控えていたはずのクララが、いつの間にかマックウィルの頭を鷲掴みにしていた。
そして、何を思ったのか、そのまま窓を開けると、掴んでいたマックウィルを躊躇なく外へ放り投げてしまったのである。
窓の外から、マックウィルの叫び声が聞こえてくる。
「殿下ーーーー!!!」
マックウィルの従者が窓に駆け寄り、身を投げ出す勢いで窓の外を見下ろす。
レティシアも慌てて、その後に続く。
見下ろすと、茂みに片足を突っ込ませたマックウィルが、芝生の上で気を失ったかのように伸びている。
幸いなことに建物の低層階にある部屋だったため、命に関わるような怪我はしてなさそうだった。
主人の安否をいち早く確認するため、マックウィルの従者が疾風のごとく部屋から出て行った。
芝生の上で死んだように気絶しているマックウィルをレティシアが呆然と眺めていると、後ろでマリアが立ち上がる気配がした。
「ま、待って、マリア様!!」
一刻も早く愛するマックウィルの元へと駆けつけたいはずのマリアに、レティシアは思わず声をかけてしまった。
マリアは部屋の扉の前でピタリと止まる。
「あ、あの...く、クララが、いえ、わたしの付き人がとんだご迷惑を...」
「......どうせ」
「......マリア様?」
振り向いたマリアが、涙で潤んだ瞳でキッとレティシアを睨みつける。
「どうせ、わたしなんて、レティシア様の代わりだったのよ...!!!」
「えぇぇ!?」
とんでもない誤解をしてしまっているマリアの発言に、レティシアは目を丸くする。
いったいどうしてそんなことになったのか、皆目見当がつかないレティシアだったが、とりあえずマリアの誤解を解こうと試みる。
「そ、そんなはずありません。殿下が本当に愛しているのはマリア様だけと仰っていたじゃありませんか...!!」
「あんな人......、もう知りません!!!」
「あっ、待って...」
両手で顔に覆い隠したマリアは逃げるように部屋から退出する。
「ど、どうしましょう...」
クララと二人だけになってしまった部屋で、レティシアは声を震わせる。
愛し合う二人の仲を引き裂いてしまったかもしれないという罪悪感が一気に押し寄せてくる。
隣のクララを見上げると、王子であるマックウィルを窓から投げ飛ばしたというのに、何故か達成感で満ち溢れた顔をしていた。
レティシアははあぁぁと大きなため息をつく。
「クララ...」
「どうした、お嬢」
「あなた、また服を破いてしまっているわ...」
クララの着ているワンピースの右肩部分が破け、筋肉で盛り上がった肩がはだけてしまっていた。
とりあえず、婚約破棄の件は保留にしよう。
そう結論づけたレティシアは、窓の外から聞こえてくる騒ぎに、今度は頭を悩ませるのであった。




