DAY6 悪夢は続き。けれども醒めず
蝉の声で、目が覚めた。
「……ぁ」
天井が見える。
見慣れた、自室の天井。
白い。
何の変哲もない天井。なのに、酷く現実感がないのは。それはきっと夢と現実が逆転してしまったからだろう。生々しい夢と、空虚なリアル。果たして僕が生きているのはどちらか。
そんなちょっぴり哲学的な思考を抱えながら身体を起こす。
汗でシャツが張り付いている。
心臓はまだ速い。
悪夢から目覚めた朝だからだ。そうラベリングして誤魔化すのは容易い。
けれど、誤魔化すと言う単語が出るくらいには僕の心は固まってしまっていて。
「……夢、じゃない」
喉が掠れる。
机の上には、昨晩まとめた調査メモが残っていた。
『ルルイエ』『隠岐』『渡乃原舟』。
そんな単語が、液晶画面の中に並んでいる。
全部、現実だった。
あの星空も。
裂けた空も。
彼女も。
そして。
「……先輩」
胸の奥が、ぽっかり空いていた。
何か大切なものを丸ごと持っていかれたような。
そんな喪失感。
上手く息が吸えない。
世界はいつも通りの筈なのに。
窓の外では変わらぬ日常が再演されている筈なのに。
どうしてこんなにも静かなんだろう。
スマホを見る。
午前六時三十二分。
通知が一件。
『今日はどうだった?』
康太からだった。
短い文面。
なのに妙に気遣いが滲んでいて、少しだけ笑ってしまう。
『また、殺したよ』
短く返す。
それから、暫く画面を見つめた。
夢は終わった。
怪異も終息した。
世界は救われた。
なら。
これで全部終わりの筈なのだ。
なのに。
どうして。
どうしてこんなにも。
――会いたい、なんて思ってしまうんだろう。
♪ ♪ ♪
「……で、結局世界は救われましたと」
放課後。
オカ研の部室で、康太は缶コーヒー片手にそう言った。
「めでたしめでたし。ハリウッド映画ならエンドロール流れてる頃だな」
「……そんな綺麗な感じじゃないよ」
「まぁ、お前の顔見りゃ分かる」
康太は椅子を軋ませながら天井を仰ぐ。
「にしても、マジでクトゥルフ案件だったとはなぁ……。先先代共が聞いたら泣いて喜ぶぞ」
「嬉しくないだろ、そんなの」
「違いねぇ」
部室に夕陽が差し込む。
赤い。
あの日みたいな夕焼け。
……先輩は、夕焼けが好きだと言っていた。
境界の時間だから、と。
「……なぁ海斗」
「何」
「後悔してるか?」
その問いに、言葉が詰まる。
後悔。
している。いていない訳がない。そもそも本意だった訳でもない。納得もない。
ただ、言い訳がましいけれど、それしか無かったのだ。
彼女を殺さなければ世界は終わっていた。
それは事実だ。実感であり体感だ。揺るぎようがない。
だから、あの時の判断は多分間違ってはいない。
でも。
「……分かんない」
頭でわかっていても、この結末を是と出来るほど僕の神経は太くもない。
康太はそれを聞いて、ふっと笑う。
「ま、青春なんてそんなモンだろ」
「重すぎる青春なんだけど」
「オカ研に軽い青春求めんな」
その時だった。
ピロンとスマホが鳴る。
「……?」
液晶に視線を落とすと、見覚えのない番号からのメールが。
迷惑メールかと思いながら開く。
そして。
僕は、固まった。
『夏休み、暇かな?』
本文は、それだけ。
差出人名もない。
けれど。
文末に、小さく画像ファイルが添付されていた。
震える指で開く。
映し出されたのは――海だった。
青い海。
断崖。
そして、洞窟。
その画像には酷く見覚えがある。
夢の中で、何度も見た景色。
写真の下には、小さく位置情報が記されていた。
『島根県 隠岐郡』
「……は?」
その瞬間。
背後で康太が吹き出した。
「おいおいおいおい」
「いや待って」
「お前、これ」
「待って待って待って」
メールの最後。
そこには、一文だけ追記されていた。
『青春らしいことの続き、まだだろう?』
そして。
署名代わりみたいに。
『P.S.次は水族館の予定だったが、やはり本場の海を見せるべきだと思い直した』
「…………」
数秒の沈黙。
それから。
「ぶっっっははははは!!」
康太が腹を抱えて笑い始めた。
「しっかりばっちり生きてんじゃねぇかあの女……」
「え、な……っ!?」
更に追い打ちを掛けるように連投されるメール。
『続P.S. わたの原、八十島かけて漕ぎ出でぬと、人には告げよ海人の釣り舟』
「これは、どう解釈すれば良いんだ」
「あーん? 小野篁の句だよな。状況から察するに……」
康太はスマホに目を向けると。
「コイツは、小野篁が流刑になる前に人が沢山いるところを目指したって言っといて、みたいな句だろ? ってなると、ん? いや、これ、まさか……」
「何か分かったの!?」
「コレ、ラブレターじゃね?」
「へ?」
予期せぬ返答に思わず素っ頓狂な声が漏れる。
「だってよ、海人の釣り船だろ。海人、海斗の、舟。で、流刑に処されるって事は罪人なんだろうが……なんか、ここに一人、毎晩夢の中で人、というか人外殺してる殺人鬼がいるだろ?」
再びスマホに視線を落とす。
つまり、そういうことなのだろうか。
「意訳すると、愛してるぜダーリンChu❤︎ってトコじゃね?」
僕はそれを聞いて。
「ははっ、何だそれ」
気が抜けて、大きく溜息を吐いた。
何というか。
僕の悪夢は、どうやら暫く終わらないらしい。




