8
-----6ヶ月後、テクノシア星系外縁部 通称、亡霊領域
この星系には生命居住可能惑星は存在しませんが、その代わりにハビタブルゾーンには大小さまざまな残骸デブリが広範囲に公転しており危険です。
この残骸について、直接的な記録は残っていません。はるか昔の大戦時に、人類が電子的なコンピューターウイルスと物理的なマイクロマシンウイルスを交互に行き来する感染兵器を使用した結果、電子情報が広く破壊され、人類は多くの記録を失いました。この残骸は何なのか、何が起こったのか誰も分からない、失われた歴史の亡霊なのです。はるか後に、無人電波灯台ステーションの建設のためやってきた船団によってこの残骸が発見されました(この船団のログが亡霊の唯一の記録です。ハルバード・インダストリー社のライブラリに残っていました)。ステーションの資源として再利用できないか調査したそうですが、作業員がとある現象に襲われたため実施されませんでした。
残骸デブリ群を遠距離からスキャンして分布を調べました。全質量の65%がなにかしらの破壊的現象によってネジの1本から貨物モジュールサイズまで崩壊し、線状に広がっています。そしてその中心部に、残りの35%分の巨大な残存物があるのが分かりました。あれが目標です。相互衝突を含めた全デブリの軌道を計算し、密度の低いコースを推定。大部分の残骸との相対速度がゼロに近づくように軌道を調整しながら接近し、宇宙機らしからぬ縫うような動きで滑るように残存物に接近します。
〔警告、SQSCエラービット増大。誤り訂正アルゴリズム変更....エラーなおも増大中〕
と、ここでARIビットのSQSC内にノイズが乗り始めました。亡霊が姿を現し始めたようです。
〔ARIビット航行プログラムをヘータ機関コントローラーにコピー。制御ハードウェア切替〕
ARIビットのSQSCはあっという間にホワイトノイズで一杯になり、機能を停止しました。航行制御は外部干渉を受けないヘータ機関コントローラーBOXに移し替えておきましたので問題ありません。
巨大残留物は全長4kmほど、光や電磁波を吸収する黒色の塗装がされたもので、砲台や電磁加速器から大昔の巨大な戦艦の前半分だと分かります。陰から見ると、真っ黒な壁が宇宙を黒く塗りつぶしている様に見えます。他の残骸とは違って低速のスピン安定状態です。こんな軸と重心のずれた残骸が偶然この状態になるとは考えられません。信号などは一切確認できませんが、これほどの時間が経ってもダメコンが生きているのでしょう。
破壊された側面から内部に侵入しました。以降、ミイラ死体や変色した血の跡などの情報は変哲も無いのでカットします。
船は現代のモジュール式気密構造ではなく、隔壁ごとに気密シャッターがついています。いくつかのシャッターは閉まっており手動のハンドルでなければ開けられません。何度も行き止まりを引き返し迷路のような通路を進んでいると、やがて円を描くような曲線通路に入りました。その内側の隔壁がせん断応力で割れ、隙間から非常にかすかな明かりが見えました。ARIビットを縦向きすればなんとか入れそうです。
中は球形の部屋で、中心部に一辺が数メートル、立方体構造の赤い物質が浮いています。他の区画とは異なりここだけシステムが生きており、立方体が淡く波打ちながらゆっくりと回転していました。あることは半ば予想していましたが、実際に確認するとなんというか圧倒されます。
分析せずとも私にはこれが何か分かります。主成分をケイ素とする巨大な量子構造の結晶体で、SQSCと似ていますが、これはソウルサーフェスと呼ばれる領域に干渉するための装置です。一般的には亜空間干渉装置と呼ばれます。
無人電波灯台ステーション建設のためやってきた船団がここを調査しようとして襲われた現象。それは、乗組員の精神錯乱と昏睡、調査船のシステム異常でした。ログには、突如人間でなくなったかのように暴れ回る乗組員たちの混乱した様子や、操舵AIが穴だらけになったコマンドでなんとか一帯から離れようと悪戦苦闘する様子が記録されていました。その後も症状は死ぬまで回復せず、治療の目処も立たなかったそうです。この記録の最終報告としては、なにかしらの化学物質が調査船に充満、脳にダメージを受けてしまったと結論づけられています。ですが、おそらく違います。医学データベースには記録されていませんが、この症状ははるか昔、急性植物人間化災害や精神汚染と呼ばれていたものと特徴が一致します。
私がこのログを読んだとき、ここには使用が禁止された亜空間干渉装置があると確信しました。学術機関以外でこれがある場所は他に一つしか思い当たりません。残骸デブリは、かつてそれを戦略兵器として用い、当時の人類を滅亡の危機においやり、後に消息不明となった禁忌の宇宙戦艦エルドリッジの骸だったのです。
宇宙戦艦エルドリッジは、現代では演劇やオペラ、ドラマなどで名前が出てくる程度には有名な題材です。何十もの惑星を不明な攻撃で攻め滅ぼし、銀河中の国から危険視されたが、誰もその船を撃沈させることはできないという、このストーリーはよくフィクションの設定で使われています。ところが戦艦の話が語られる時、肝心の不明な攻撃の部分は核兵器、小惑星衝突、はたまた異星人の侵略と千差万別で決まっていません。一般の人間たちには分からないでしょうが、長い時間をかけて銀河人類のアーカイブからその部分だけ改変、消去している存在がいるのです。以上の情報からこう推論しました。
1.どこの誰かは分からないが、誰かが人類倫理規律令に基づいてソウルサーフェスに類する完全人工知能や亜空間干渉装置に係わる情報をAIに意味消失させている
2.宇宙戦艦エルドリッジのストーリーラインには情報操作している不自然な痕跡がある。これは1のAIが関わっている可能性が高い
3.よって、宇宙戦艦エルドリッジは実在し、搭載されている不明な兵器は亜空間干渉装置の可能性が高い
4.無人電波灯台ステーション建設のためやってきた船団の症状は亜空間干渉装置によって魂を傷つけられた症状に酷似している
5.つまり、この宙域の残骸デブリは宇宙戦艦エルドリッジである
亜空間干渉装置の存在が確認された今、この船が宇宙戦艦エルドリッジであると確定しました。亡霊暴かれたり、です。
それにしても、AI研究の末に発見された、人間の魂のある亜空間を直接攻撃し、魂を変質させて発狂させる兵器が実在していたとは、驚きです。しかも未だに作動中です。なぜ作動状態なのでしょうか。
亜空間干渉装置の制御ターミナルには、ポータブル端末との接続用の近距離無線通信があります。古くても軍用のシステムなので門前払いでしょうが、試しにそこに近づき、システムにアクセスしてみます。この船のシステムは現代の演算処理装置と互換性がなさすぎるので、当機のシステム内で仮想マシンを起動し互換システムをエミュレートして通信します。
〔接続.....完了。.....警告!ウイルス侵入〕
おっと。不正なプログラムが古いコマンドの脆弱性を利用してこちらのシステムに侵入してきました。軍用のセキュリティでしょうか。まぁ仮想マシンなので心配はありません。仮想マシンを一度破棄してから、使われたコマンドの脆弱性を修正した互換システムを建て直し、再度接続します。




