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結果が先、推理は後

上野さんはもはや息も絶え絶えだった。

「そのお連れ様って頭がピンクじゃありませんか?」

まるでこっちの頭がお花畑のようなセリフに何も知らない五郎店長は「はて」と言う風だったが、私達にとって重要な情報を与えてくれた。

「いいえ、皆さま黒髪でいらっしゃいましたが」

「え、お連れ様って一人じゃないんですか?」

「はい、新木場さんの他に3人の男性の方がいらっしゃいました」

上野さんの身売り説が頭の中でよぎる。

だが、自分の借金のかたに人攫ひとさらいをするなんてこと、流石の新木場でもありえない。ほとんど狂っているが、奴なりの倫理観は持ち合わせているはずだ。

「どんな見た目の人達でしたか?いかつい、とか、スーツをきていた、とか、堅気じゃなさそうな雰囲気だったとか」

どうやら、上野さんの方は早くもその説に転じたらしい。

五郎店長を頭から飲み込んでしまいそうな勢いでその襟元を掴みかかる。

そう言えば、人の家にずかずか上がり込む人だった。

すっかり忘れていた記憶を再び手にして、何故私は彼女を常識の世界からの使者だと勘違いしていたのかと自らをいぶかしんだ。新木場に関わる人間に普通の人間がいるはずがないのだ。私と兄以外。

第2の蛙と化した五郎店長は三太郎店長と同じく類まれなるプロ魂で青白い顔に笑みを絶やさず、なんとか店の外を指差した。

「く、詳しい事でしたら、向かいのお店の方に聞かれた方がよろしいかと。

そちらからの帰りに寄られたわけですし」

その指の先には『居酒屋 酒有己治人しゅうこちじん』という孔子もお手上げの名前の居酒屋があった。


×


「え?昨日来た客?」

野太い声が頭上からもたされる。

「この男がいたと思うんですが」

瓶ケースを外の地面に下ろしたタイミングで例の写真を渡すと太くて短い毛が生えた指がくしゃくしゃのそれを掴んだ。

達磨のような顔つきで大将は写真を一睨みすると、すぐさま獣のような唸り声がその分厚いタラコ唇から発せられた。

「ああ!良く知ってるぞ

まったく昨日はぎりぎりまで粘って大賑わいしてたよ。最後にゃ店の外蹴とばしてようやく店仕舞いさ。まあ、愉快な連中だったけどなぁ」

一瞬何かと思うような笑い声に、カラスたちは地鳴りと勘違いしたのかバサバサと羽ばたきの音が遠くから聞こえた。

「それでこいつがどうしたんだ?」

写真を私に返しながら大将は不思議な組み合わせの私達を赤べこのように見比べて尋ねた。

『居酒屋 酒有己治人しゅうこちじん』の大将は見るからに昭和の男で見た目いかつめではあるが、客でもない私達を邪険じゃけんに扱うわけでもなく、また私に合わせて腰をかがめてくれるあたり、人のいいおっちゃんなのだろう。

もちろん、時刻がまだ早いおかげもある。

17時半に開店したばかりで、広い店内にはカウンターの奥の方に一人客がいるだけだった。

それも終始酔っぱらっている類の男と見えて、酷い猫背でカウンターに半分突っ伏しているように飲んでいる。

「他の人と一緒にいたと思うんですけど、その人達に心当たりはありませんか?」

上野さんの問いかけにううむと唸る大将。

「さあな、別に常連ってわけでもないからな。

一人はどっかで顔を見た覚えがある気がするから一回や二回来た事があったかもな」

「1時頃までこちらにいたんですよね?その間、身元が分かるような話とかしてませんでした?

どこで働いているとか、」

私の問いかけに大将はにやにやと笑う。

「お嬢ちゃん刑事みたいな口の利き方するね。

いんや、覚えてないね。俺は酒の席の話は大抵忘れちまうんだ」

また、地鳴りのような笑い声。

両手を耳に添えた私の物言いたそうな顔に大将を「おっとしまった」と言う風にいたずら気な顔で口を閉じると、お詫びのつもりかもう少し詳しく話をしてくれた。

「時間が時間だったからなぁ。

こちとら日付が変わったら仕舞いだって言うのに、調子の良い事言ってえんえんと粘りやがって、お陰で俺がかあちゃんにおかんむりよ。

俺のかあちゃんってのがこれまたとんでもない上玉でね。

いやあ、美人って言うのは怒ると怖いもんさ。ああ、いや勿論姉ちゃんは違うだろうけどな」

上野さんはお愛想あいそににっこりと上等の愛想笑いを返した。

今日一日で色々裏を知っている私はまだしも、そこら辺の男じゃコロッといってしまいそうな女神の微笑みに対して大将は特に感慨を示すわけでもなく、アゴの無精ひげをなぞりながらふうむと唸る。

「うんでまあ、多分俺よりもそういうのはかあちゃんの方が覚えているだろうよ」


さて、私達が250円のソフトドリンク2杯と引き換えに「かあちゃん」の話を聞く事が出来た。

切れ長の目に薄っすらと引かれた口紅__ひっつめの髪から数束こぼれた後れ毛。

『妖艶』の題名がふさわしい美人画のような女将の登場に私も、それから上野さんまで圧倒された。

如何いかにも庶民的な大衆酒場には場違いのように__否、それではまるで女将さんが間違っているかのようだ。正しい印象としては、ロケーションの方が役不足という風であった。

さっきまでカラスを追いやるような笑い声をあげていた人と夫婦とはとても想像がつかない。

大将と話すのとはまた違った緊張感とでもいうものに体を強張らせつつ、私は新木場の写真をそのほっそりとした手に渡す。

あの男の写真をこの雲の上のような女性に見せる自分に恥ずかしさを感じて、やっぱり引き返そうかと思う前にすっと私の手からそれは抜き取られる。

「わっちはこんな間抜け面な男知らんでありんす」とでも言われたらどうしようかなどと心配は直ぐに無用であったと知る。

「ああ、このお客さんねぇ。全く困ったもんだよ」

私の中にあったどこかけだるげで婀娜あだっぽい声が一転する。

さばさばした口調は途端に彼女を大衆居酒屋の女将さんへと様変わりさせて、その唐突の変貌に驚くのと同時に急に親しみがどっとあふれた。

おかげで緊張感も吹っ飛んだ。

「困った、とは?」

私同様に月明りの下、窓から通りを憂いた流し目を寄こす遊女の幻影に囚われていた上野さんも当初の目的を思い出して、女将さんに聞き込みを開始する。

「そりゃ、随分粘ってねぇ。

結局店を出たのは閉店時間の1時間近くたってからだよ。

しかも、まだ飲み足らないなんて言って、もう千鳥足でさあ。

あれじゃどこ行こうが飲ませる店はないよ。さっさと帰って眠りなって蹴とばしてようやく出て行ったんだ。

まったく、うちのは酒飲みに甘いからさぁ」

どうやら居酒屋酒有己治人では酔っ払いは蹴とばすのが主流らしい。

そんな女将さんに新木場の同伴者についての情報を求めたが、大将同様それほど知っているわけではなかった。

しかし、五郎店長しかり、女将も次につながる重要な証言をしてくれたのだった。

「でも、トビーに聞けばいいんじゃないかな。いつも通り昨日もずっと飲んだくれてたからさ」

そう言って、カウンターの端っこに忘れられたオブジェクトのように縮こまっている例の一人客を指差したのだ。

どう見ても日本人なその男は私達の会話を聞いていたようで、その小さな丸まった背中をびくりと揺らした。


× 


「とびぃ?」

私の声にその男はまた肩をびくりと揺らした。

どうやらやたらと存在感が薄かったのは男が意図しての事だったらしい。

もはや私の視線から逃れられないと悟ると、伏せられていたおもてがそろりとへりくだったようなにやけ笑いを張り付けてあげられる。

「いやぁ、へへ。こんなところで奇遇ですねぇ、へへへ」

「へ」を乱用して今にも得意の揉み手でごますりを始めそうな男に反して私は目を鋭く細めた。

「ほんっと!、奇遇ねぇ。確か前に会った時は「ああ、いや!その時はどうも!!おかげさまで、へへへ、いや、ほんっと、へへへ」

小男ではあるが、成人男性と小学2年生とではどう見ても私の方が体格は小さい筈なのだが、両腕を組んで男を睨みつけるとその体がどんどん小さくなっていくようで、私はトビーを見下ろしている錯覚に陥った。

「お酒はやめたんじゃなかったっけ?」

「いやぁ、これがなかなか」

「言いつけるわよ」

「それだけは!それだけはご勘弁を!!あやかお嬢様!!」

まったく、こんな時だけ調子がいいんだから。私が呆れていると上野さんがこそりと耳打ちをする。

「お知り合いなの?」

「ええ、まあ腐れ縁と言う奴です」

詳しい事を話すとめんどくさいのと私に対する上野さんの印象が変わってしまう可能性があるので曖昧に濁した。

「そ、そう。随分と広い人脈なのね」

上野さんの返答からすでに手遅れな気もするが、そこに目を向けてはやってられない。

「まあ、いいわ。今回は見逃してあげる」

「お優しい、あやかお嬢様!!さすが、友孝ともちか様の妹君であられる」

「そう言えば、私が喜ぶとでも思っているんでしょう」

「いやいや、そんなことは、へへへ」

そのしたり顔が何よりの証拠だ。まあ、いつまでもトビーと旧交を温めている場合じゃない。

この男はどうしようもなく酒、賭博にだらしないが利点もある。

『片靴下のトビー』には界隈ではもう一つの二つ名があるのだ。__三つ名とでも言うべきか?

「丁度いいところにいたわ。

昨日、あの男がここに来たのは知ってるわよね?」

「へぇ?あの男ですか?あの男とはどの男で??」

「しらばっくれるのはよしなさい!全部、ちょうさんにぶちまけてもいいのよ!!」

まるで取調室の被疑者と刑事のような具合で私はテーブルをダンッと叩いた。

トビーはひぃいっと背中から足先まで電流が走ったかのように震えると、最初渋っていたのもどこへやら新木場と奴の同伴者に関する情報を洗いざらいぺらぺらと話し出した。業界用語で言うなら存分に「うたった」のだ。

18時過ぎからちょろちょろと客が入り始め、お座敷も席が埋まり始めたところで私はトビーを開放した。

いつまでもお金を落とさない客がいるのは迷惑だし、小さな女の子ととびきりの美人、それとあだ名の由来にもなったあの屋敷妖精のような容姿の男の三人組はとにかく人目を引く。

「次はないからね」

テンプレートな捨て台詞をトビーに吐いて店を後にする。

上野さんは私がトビーから情報提供をされている間しばしば姿が見えなかったが、帰るころになると店のバックヤード側から音もたてずに私の隣に立った。疲弊ひへいした表情から大体の事情は察しがついた。


18時半__店に入る前にはまだ青かった空も夕暮れが東の方から徐々に黒く変色していく様を背景に一人ぽつんと自転車置き場のそばに立っている上野さんは家なき子のように心細く見えた。

「お待たせしました」

「ほしい情報は手に入ったのかしら」

『スーパー高砂』から出てきた私に上野さんは笑みを浮かべて迎えてくれた。ただ、その笑みがなんとも痛々しい。

どちらが言い出すまでもなく私たちはマンションの方へ歩き始めていた。

確かにもう日は暮れるし、これ以上私たちが調べられるものはない。

「こんな時間まで付き合わせちゃって申し訳ないわ。今更だけど親御さんに連絡は__」

「いえ、元から今日は兄のところに泊まる予定だったんです」

「そう言えば、お兄さんは一人暮らしなのよね」

上野さんに問いかけに頷く。

兄の住んでいるマンションは広いし、綺麗だ。

駅からはそこそこ歩くが近くに昔ながらの商店街もあるし、治安もいい。ファミリー層なんかには特に人気がある。

ただ、あまり兄の年代の人が一人暮らしをするタイプのマンションではない。

実際兄と同い年の幼馴染達はここの半分以下の家賃で問題なく暮らせているらしい。

じゃあ、何故兄がそのようなマンションで一人暮らしをしているのか、、別に親が不動産会社をやっているとか資産家だとか、そう言う事ではない。

全部、兄が高校生の時に作っていた自分の会社を売却したことで得た兄個人の資金によるものなのだ。

所謂いわゆる学生起業家と言う奴だ。成功して早々に資金化して、そして表舞台からフェードアウトした。

これから同い年の面々が社会に出る過程に入ると言うのにそれを横目に隠遁いんとん生活を齢18にして始めたのだ。

私としては家に帰れば兄がいる生活の素晴らしさに浸っていたので、兄の隠遁はウェルカムだったのだが両親は違ったらしい。

まあ、常識で考えればそうなのかもしれない。

高校を卒業したばかりの息子が、何もせずに日がな本ばかりと顔を合わせている。

確かに起業時に得た人脈や兄の性質から何かと頼られる事はある。

会社運営の相談から人手不足の仲介役、それから犬猫その他あらゆる生き物の保護活動、、、

でも、それでいいのだろうか?それは60や70になったリタイア勢がやる事ではないのか

同級生たちは各々の青春を愉しんでいると言うのに、、、

そんな両親に兄は言うのだ。「架空の世界の方が現実よりも面白いじゃないですか」と

そんな具合だったから、両親は兄の一人暮らしもそれから金銭面的には必要のないアルバイトも手放しに賛成した。

「事実は小説より奇なり」こんな言葉を使い始めたのも現実に目を向き直したのも、全ては新木場亨のせいなのだ。

全てはフィクションよりもフィクションらしい、嘘のような現実の人間、奇人新木場亨に会ってしまったせい。

奴の存在が兄に衝撃をもたらした。「こんな人間が現実にいるなんて」

そして思った。「もしかしたら、現実もそうつまらないものじゃないのかもしれない」と。

__過ぎた事を悔やんでも仕方がない。いいや、兄の事を思えば悔やむ事ではないのだ。

確かに兄が私と過ごしてくれる時間は減ったが、楽しそうに毎日暮らしている兄に水を差すようなことはできない。もちろん、それが兄にとっていいものであるのならの話だが__もちろん、私の兄があの男であろうがなかろうが誰かに利用されるなんてことは許されない事であり、もしもそんな事実があった場合には私は毒には毒を持って制す覚悟ではあるが。

__意識を現在に戻す。

横を歩いている上野さんは意志の強そうな目や硬く結ばれた唇、すっと通った鼻梁びりょうから如何いかにも仕事が出来そうなキャリアウーマンに見える。

実際、土日休み且つ自分の他に1人の人間を養えていたのだから、給料面はそこそこいいのだろう。

美人で仕事ができて、少し(?)危険思考はあるが一緒にいて不快な面は見当たらない人当たりの良い女性__何から何まで揃い節の上野さんが何故こんな目にあっているのか、

__もしかしたら浅草さんはあまりにも違う上野さんに気圧されたのかもしれない。

だからと言って、浮気はよくないが

「それに付き合ってもらったのは私の方も同じですから」

私の言葉に上野さんは目を細めた。

「ほんと、あやかちゃんは子どもとは思えないほどしっかりしているのね」

上野さんはそこで一度言葉を切ってからおもむろに閉じた口を開いた。

「__ねぇ、まさかだけどあなた「いいえ、私生粋の小学2年生です」

何番煎じの聞きなれた言葉に脊髄反射で言下に否定した。

私はどこかの裏組織から始皇帝も喉から手が出るほど欲しがる半不老不死の薬を与えられたわけではないのだ。(あの薬を上手い具合に改良したら禁断の果実にも手が届くのではないかと思うのだが、どうだろうか)

「それで、トビーさん?からは?」

私はポケットの中からしわひとつないメモを上野さんに渡した。

~~~

中野浩一なかのこういち

新木場と同マンション307号室住民

自営業 2児の父親 

趣味 釣り


蒲田義則かまたよしのり

隣町にマンションを借りている。

会社員 新婚で4人の中で一番若い。

趣味 スケートボード


北千住昌きたせんじゅあきら

同マンションの近くの一戸建て 両親と同居

フリーのライター 

趣味 温泉巡り

~~~

「__じゃあ、結局新木場さんはただお友達と楽しく飲んでいただけなのね」

「そうですね、楽しくは飲んでいたみたいです。

楽しすぎて辞め際を忘れてしまったんでしょうね、スーパーでは酒瓶を何本も買っていたそうですよ」

「あきれた」

「まあ、明日休みだからはめを外したというのもあるんでしょうね。

トビーからの話によると、どうやらこの蒲田さんの奥さんが新婚早々実家に帰ってしまって、そのことで結婚について議論を酌み交わしていた、だそうです。蒲田さんは中野さんの仕事関連での付き合いがあり、その中野さんと北千住さんが高校時代からの友人という関係らしいですね」

「新木場さんは?」

「あの男は関係があろうとなかろうと勝手に居座るような男ですから気にすることはないでしょう」

「まるで妖怪の総大将みたいね」

確かに一般人が持っているべき思考というものが欠如しているが、あんなのが総大将では妖怪たちの未来は暗い。

「でも問題は、新木場は下戸ということです」

私の言葉に上野さんはきょとんとする。

「はぁ、別に下戸でもお酒の席で楽しめる人はいるわよ?特にあの人なんて素面でも酔っぱらってるみたいじゃない」

「それはその通りなんですけど、そうじゃなくて奴は酒で口を滑らすこともなく、自分の利益については至極冷静に考えられたということです」

それが、一体どうしたのか。上野さんは戸惑った風だったがそれを口にすることなく代わりにオートロックにマンション住民共有のカギを差し込んでいた。

商店街からマンションは遠くない。アーケード街から出て5分も歩けばそこそこに立派なマンションにたどりつける。

新木場もわざわざこんなところで自分の城とやらを違法に持たなくとも、もっと田舎の地価の安いところで好き勝手やればいいのだ。そのまま私たち兄妹の前からフェードアウトしてくれれば言うことない。

エレベーターホールでエレベーターが来るのを待つ間、上野さんは無言だった。

やっと来たそれに乗り込んで扉が閉まり『5』のボタンを押すとようやく重い口を開いた。

「私、ここから引っ越そうかな」

「どこへ行くんですか?」

「どこか、海の見えるところ。

それから髪も切って、新しい人生をやり直すの」

どこかぼうとした彼女を見上げ、私はまだ迷っていた。

それは彼女にとって何が本当にいいのか、ということだ。

このままいなくなった悪い男のことは忘れて、新しい人生をやり直す、その方がこの美しい女性は幸せになるのではないか?

でも、、、

踏ん切りのつかない私を待たずにエレベータはかたんと小さく揺れてドアが開く。

2人の人間が下りるとドアは静かに閉まった。

その音が聞こえたのか、その人物は自分のつま先を__白いスニーカーに向けていた視線を外し、顔をあげて私たちを見た。

正しくは、一人の女性を。


私が結論を出さずとも、未来は結局決まっていたのだろう。

数秒後には私の隣にいたその人はその男の腕の中にいて、私は茫然ぼうぜんとそこに立ち尽くしたのだ。

後ろからトントンと肩を叩かれる。

振り返ると兄が優しい笑みを浮かべていて、その後ろには同じように誇らしげな表情を浮かべた新木場がいた。

「あれが、浅草さん?」

私の問いかけに兄はうなづく。

浅草冬樹は、自分の恋人の様子に驚いたようだったがその預けられた体をしっかり抱きかかえていた。

そこには誠実そうで、私たちが探していた人物像とはかけ離れた男の姿があった。

なにより、たいていの日本人と同じ真っ黒な頭髪が私にその印象を与えたのだった。

次回更新6月12日月曜予定

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