続く行き止まり、正しい向き
私達は『にこにこ整骨院』の跡地にて会議を開いていた。
土地の所有者は懐古趣味があるか、某青いタヌキの信奉者なのだろう。
『空き地』と大きく書かれた立看板の先、敷地の奥には土管が3本横向きに置かれている。あざとさを感じさせる配置だ。
「なんだか童心に帰るようね」
当初、大の大人が子供達の中に混じって空き地に腰を落ち着かせることに大反対だった上野さんも吹っ切れたのか今は目を細めてキャッキャッとはしゃぐ子供達を眺めている。
子どもたちが外で元気に遊んでいるのは何とも微笑ましい光景だ。
しかし、ようやく乾いてきた地面からわざわざ水分を探し出して、Tシャツに泥のワンポイント、ツーポイントを施すという世代を超えた普遍的なオシャレに、彼らの保護者が同じように慈愛に満ちた表情を浮かべられるかは疑問でもある。
__さて、3時間に渡る追跡を「逃げられました、てへへ」で終わらせるわけにはいかない。
「とるべき手段のない現状で私達が出来る事は、今ある材料を再度吟味することです。
上野さん、発信機の記録は残っていますか?」
「ええ、あるわよ」
「じゃあ、それをもとに奴の行動を紙にまとめていきましょう。
目に見える形にすることによって人間は別の角度から物を見ることができますからね」
上野さんが頷く。
「まず、新木場がマンションを後にしたのが13時10分過ぎ。
奴が非常階段で時間をロスしたおかげで私達は一部始終を見ていたことになります。
最初に訪れたのが駅の向こう側にある業務用スーパー。
マンションから駅までが15分ほどですから大体13時25分あたりに着いたとします」
私の言葉に上野さんは発信機の記録を見ながら頷いた。
それらを繰り返してできたメモがこれだ。
~新木場の足取り(5分刻み)~~
13時10分 マンションを後にする。
13時25分 駅を通過
13時30分 『急務用スーパー』来店(最初のスーパー)
13時40分 退店
13時45分 歩いて5分ほどの位置にある『東友』来店(2番目のスーパー)
14時05分 退店
14時15分 駅を通過(こちら側に戻ってきたことになる)
14時20分 駅前の『戌城岩井』来店(3番目のスーパー)
14時40分 退店
14時45分 八街商店街の駅側の入り口にある『アイバスケット』来店(4番目のスーパー)
14時55分 退店
14時55分 『アイバスケット』の斜向かいにある『ラーソンストア1000』来店(5番目のスーパー)
15時05分 退店
15時15分 商店街から離れて橋を渡る。
15時20分 川沿いの『サラット』来店(6番目のスーパー)
15時45分 退店
15時45分 『サラット』の目の前の橋を渡って川のこちら側に戻る。
15時50分 『十葉銭湯』のある通りに移動。
16時00分 喫茶店の向かいにある『セオロー』来店(7番目のスーパー)
16時25分 新木場逃走
~~~~~~
(参考までに同様のメモを下記に添付。縮尺などはまるっきり頭にない人間が作成した模様。その点ご了承ください)
(注:地図内に『八街商店街』との記載があるが、これは『勝鹿商店街』の事を示している。どこかの誰かさんが修正する事を断念したのだろう、、、)
「やっと終わった」
「中々根気のいる作業だったわね」
「問題はここから何かしら成果を得ないと無駄骨に終わっちゃうって事ですね」
ついつい口に出た言葉に思わず二人とも黙り込む。
その何かしらが存在するかもわからないのだ。
もしかしたら、私達は中年男の休日の過ごし方、を観察していただけの可能性がある。というか新木場の特性から見ても大いにある。
しかし、一度その可能性に目を向けてしまってはもう動き出す事ができなくなる事は明らかだ。
絶望するのはもう打つ手がなくなったと分かった時に、である。
10分程メモ用紙を睨んでいた。
まるでそうすれば字が勝手に動き出して正解を教えてくれるかのように。
あまりの難問を前に鉛筆を握りしめて固まった時を思い出す。あの先生、恥をかかせた嫌がらせだろう。なんで私の周りにはまともな大人が少ないのだろう。まあその教師には、正々堂々思い知らせてやったけど。
自分の思考が脱線しているの事に気づいた。
溜息を吐く。
ふと目をあげると、上野さんも同様で今度は本当に羨ましそうに子供達を見ている。まるで同級生の楽し気に遊ぶ姿を塾の窓から見ている子供のようだ。
「上野さん、上野さん」
はっとして上野さんがトリップから戻ってきた。
「ごめん、ぼーっとしてたわ」
まあ、上野さんを責める事はできない。
3時間以上歩きっぱなしなのだ。しかも楽しくハイキングって訳じゃない。そりゃ目に入るのが美しい花や野鳥でなく、新木場亨とその奇行達、となれば疲れもするし、トリップもするだろう。
「少し、休憩しない?」
上野さんの言葉に私も頷く。
「ちょっと待ってて」と言われ、戻ってきた上野さんの手にはパンパンに膨れたビニール袋が握られている。
「実は気になってたのよね」
そう言って酢ダコさん太郎の包装を破る。
とたんにあの匂いが広がり、口の中で涎が湧いた。
「私も」
いそいそとビニール袋に手を突っ込む私をにこにこしながら上野さんは見ていた。
多分、年相応のところを見て安心したのだろう。
私も自分がちょっとばかし普通と違うのは自覚している。
だが、自覚しているだけマシだろう。
世の中じゃ自分がおかしい事をまったく意識せずにいれる奴もいるものだ。
それが『世の中』のくくりでなく『兄の知人』という近しい存在になってしまったのは全く運が悪かったとしか思えない。
ぷくぷくたい、ガブリチュウ、、普段棚に整頓されている駄菓子たちが袋の中ではお互い重なり合って、もみくちゃになっていた。
__大人ってこういういい意味で節度のない買い物ができるのが羨ましい。
キャベツ太郎もいいよなぁ、、、ポテトフライも捨てがたい。ミルクセーキにココアシガレット、、、
ふと、何かが脳のかたすみを過った。何かを見たせいだった。
それがまるでデジャブのようで確かにどこかで同じものを見たような、もしくは__
私はおもむろに袋から『ベビースター 焼きそば味』を取り出した。
「どうしたの?」
固まった私に上野さんはスダコを齧りながら首をかしげた。
私は慌てて先ほど書いたメモを見返す。
やっぱり変だ。
ちっぽけな事だが、もしかしたら、、
「見つけたかもしれません。
何かのヒントを」
「え、本当?」
「でも、それがどういう答えに繋がっているのか分からないんです。
でも、現状確かめて損はないと思うんです」
「何を?」
「新木場がこの3時間何をしていたか、です」
上野さんはさっきよりももっと困惑した顔でスダコをむちゃむちゃやっていた。
×
「確かめに行きましょう」
あまり気乗りしていない上野さんを追い立てて私達はそのスーパーに向かった。
どこにでもあるスーパーだ。
「すいません、この男に見覚えはありませんか?」
店員の一人に尋ねる。
ポケットからしわくちゃになった新木場の写真を取り出すと、まだ若そうな男性店員は嫌な顔ひとつせず品出しの手を止める。
ちなみに何故、私があの男の写真を持っているのかなどは、少し想像の翼を広げていただければ結構だろう。__私も苦労しているという事だ。
男性店員は受け取ったそれに一瞬、眉間の皺を寄せて記憶をたどっているようだったが、直ぐに「ああ!」と嬉しそうな声が頭上からもたらされる。
「新木場さまですね。
はい、お得意様ですよ。」
「この男が最近こちらに来たと思うのですが」
「はい、いらっしゃってますよ」
「この男で間違いありませんか?」
念押しされて店員は少し戸惑っているようだったが、私の問いかけに肯定した。
「長く当店に通っていただいていますから、間違える事はありません。
私がいる時には必ず声を掛けていただきますし」
この実に幸運なめぐりあわせについつい気が高まってしまう。
偶然声を掛けた人間が目的に合った相手とはラッキーだ。
「その、何か探しているような素振りはありませんでしたか?中々手に入らない珍しい物とか。
それからその探しているものがこちらにはなかった、みたいな事は」
上野さんが緊張した面持ちで私にちらりと視線を寄こしたのが横目で分かった。だが、私は店員の男性の表情から目を離さずにいた。
「いいえ、そのような事はありませんでした。絶対に」
「絶対に?」
「はい、絶対に、です」
上野さんが心配そうな顔つきで私を見やる。
求めていた答えはなかった。
脳裏には『CONTINUE』の文字が浮かぶ。
私はルートを間違えたのかもしれない。
ただその時ふと、大した理由もなく思った。
『本当にそうなのだろうか?
もしかしてスタート地点自体は正しいのではないのか?』
そして、直感のようなものが指を差す。__右ではなく左を。
「隠しルートは左に進む」
頭の中で誰かがそう言ったように思えた。
次回更新6月5日月曜予定




