ある人の話
ニア達がルーキスを連れて医務室から出て行くと、フラウはベッドの隣に置いてあった椅子に腰掛けた。
「さて…今からラーシャに話すことはきっとお前をすごく傷つけてしまうと思う。それでもこれは大事なことだからよく聞いて…よく考えて欲しい」
「…わかった」
素直に頷くラーシャを見てフラウは柔らかく笑った後小さく深呼吸をした。
「ラーシャ、お前の夢は竜使いになって世界を巡る…だったよな?」
「うん」
「この2年間ずっとラーシャとルーキスを見て来た。すごく相性が良くて最高のパートナーを選んだと思う。…でもな、危機回避訓練の授業を見てるとルーキスに世界を巡るのは難しいと思う」
「え…?」
キョトンとするラーシャに今度ははっきりとフラウは言う。
「竜使いになる夢は諦めた方がいい」
「…っ!」
ラーシャは目を見開いて絶句した。
「こんな事言ってすまない…。だが、ルーキスを見ているとラーシャを背に乗せて飛ぶのは問題ないが、今日みたいな試合の時に他の竜に囲まれるとルーキスは何かに怯えたように動かなくなる。竜の中にはソルのベルナデッタのように好戦的な者もいれば戦いを好まない者もいる。…ルーキスは戦いを好む竜じゃないのかもしれない。あるいは戦いに何か強いトラウマがあるのか…。いずれにせよ、ルーキスに世界を巡るのは難しいだろう」
「でも…契約するときにルーキスと一緒に世界を巡ろうって約束したの…だから…」
「それでも戦えない竜では世界を巡れない。竜の国も危険が多いのに世界に出るなら尚更、危険は多い。自衛が出来ない竜なんて話にならない」
あえてキツイ言葉を選んでフラウはラーシャに現実を突きつけた。
ラーシャは唇を噛み締めて涙を堪えようとするが、一粒涙が出て溢れてしまった。
すると、堰を切ったようにボロボロと涙を溢し始めた。
そんなラーシャを見て辛そうな表情をしたがすぐにフラウは厳しい表情に戻して、口を開く。
「…昔話をしよう。ある知人の話だ」
「うっ…ひくっ、昔の話?」
「そう。…昔、騎士団に入りたかった男が居たんだ。だけど、そいつの竜は戦うのが好きじゃなくてな」
「…その人は騎士団入るの諦めたの?」
「いや?入ったよ。契約するときにラーシャとルーキスのように騎士団に入ろうって約束したからな。…竜の方がそいつに合わせてくれたんだ。戦うのが怖いくせに、無理してくれてな。入団テストも無事に通過してそいつは念願の騎士団に入る事が出来た」
フラウは少し懐かしそうに目を細めた。
「騎士団に入って3年目くらい経った頃か。密猟団の討伐の任務に当たんだ。そいつが経験した事の無い戦いだった。敵側にも竜がいてな、混戦を極めた。殺気だった敵の竜の攻撃を躱して攻撃をする。まさにそいつが思い描いていた騎士団の仕事だったわけだ」
フラウは黙り込み暫しの沈黙が医務室に流れる。
「それで…どうなったの?」
いつの間にか涙が止まったラーシャは続きを促す。
「…竜が限界を迎えた。途中までは戦えてたのに急に動けなくなったんだ。敵のど真ん中で。どんなに指示を出しても動かない。戦うことも逃げることさえ出来ない」
「…ルーキスと一緒だ」
ラーシャの言葉にフラウは苦笑した。
「怖かったって言ってたよ。自分が死ぬのが怖いんじゃ無い。自分が無理矢理戦うのが嫌いな竜を戦場に連れて来てしまったせいで、竜が死んでしまうのが恐ろしくて恐ろしくて堪らなかったって。…そいつは悪運が強くて、先輩達に助けられて竜と一緒に生きて帰って来れたけど、すぐに辞表出して騎士団を辞めたよ」
「…」
「なぁ、ラーシャ。お前は自分の夢のためにルーキスを殺す覚悟があるか?」
「私は…私には…わからない」
フラウの問いに俯いてラーシャは絞り出すように答えた。
「卒業まで後2年ある。竜使い以外の道を考えた方が俺はいいと思う。…ルーキスを失いたくないだろ?」
ラーシャはコクンと頷いた。ルーキスを失うなんて考えられない。
ルーキスを死なせるくらいなら自分が死んだ方がマシだと思えた。
だから、フラウの知人の気持ちはわかるような気がした。
「さて、話はこれでおしまい。…長くなって悪かったな。気をつけて帰るんだぞ」
努めて明るい声でフラウがそう言うと医務室を出て行こうとするその背中にラーシャは慌てて声をかけた。
「先生!」
「んー?どうした?」
「その人、騎士団辞めてどうしたの?」
フラウは顔だけラーシャの方に向けて笑った。
「教師になったよ」




