初めての彼氏 ─7─
寝不足のまま夜明けを迎えた割には、清々しい朝だった。
洗面所の鏡に映る自分の顔をマジマジと見つめてみると、いつもならこんなにも眠れなかった日はクマが目立ち、疲れも見える目も当てられない程の顔になるにも関わらず、今日はたっぷりと眠れた日の朝のようにスッキリとした顔をしていた。
「これって……」
「恋やろ」
被せるように声がして、鏡越しに顔面を半分だけ扉の隙間から出し、ジトっとアタシを見ているゴリラがいた。
「……オトン。キモイわ」
一気にテンションが下がる。これから始まるオトンの攻撃を、寝起きからかわす自信もなかった。
「麗美」
「……ん?」
「恋してるんか?」
「何? 急に……」
一瞬ドキンとしたものの、オトンには絶対に知られたくなかったアタシは、平静を保つよう努めた。
「顔に書いたある。私、恋しちゃったんですぅーってな」
細い目を精一杯大きく開き、口を尖らせ、両手の拳を顎にあてながら言うゴリラ……いや、オトンは、見事に鳥肌ものだった。
「……アホな事ゆわんといてや。何もないしな」
二人きりの空間に耐えられなくなったアタシは、オトンを押し退けリビングへと向かう。
「ママおはよう。オトンが朝からウザイんやけど。どないかして」
ママに救いを求めるも、苦笑しながら首を横に振るだけ。
仕方なくオトンは無視する事にして、朝食のフレンチトーストにかぶりついた。途端、オトンが目の前の椅子に腰を下ろす。そしてまた、ジトーっと上目遣いでアタシを見てきた。
「もう! 何なん!? ストーカー? 食事もろくにとられへんわ!」
決意も虚しく、すぐに我慢が出来なくなってしまった。
「だってどう見たって一段と綺麗になってるやん。恋してるに決まってるやん。そんなんオトン気になって気になってしゃーないに決まってるやん。それやのに麗美が何にもゆうてくれへんから……」
そう言うオトンの目は、少し潤んでいた。
これは……多少面倒な事になっても話しておいた方が良いかもしれない。毎日こんな感じだと、きっといつか本気で殺意を覚えてしまいそうだ。
「あのな、落ちついてよう聞いてな? アタシ…… 会社の人と付き合う事になってん。でもまだ始まったばっかりやし、しばらくはそっと見守っててくれる?」
なだめるように、ゆっくりとした口調で柔らかく話してみる。
長い間、俯いたまま顔を上げないオトン。ま、いっか。と冷めてしまったフレンチトーストにフォークを刺すと、ユラーっと首を持ち上げ別人のように無表情になったオトンが呟いた。
「……この前話してた海原さんか?」
「あ……うん」
「海原さんが俺の麗美を奪ったんか?」
「あ……うん」
言い返すのも面倒なので、素直に頷いておいた。
「今日も彼は出社するんか?」
「あ……うん」
「ほんなら俺も行くわ」
「あ……うん?」
ここからは戦場だった。何で彼氏ができたくらいでこんなにもオトンと戦わないといけないのだろう? と一瞬疑問に思ったくらいに朝から体力を消耗した。
ママがオトンを羽交い締めにして止めてくれるまで、本気で一緒に出社するつもりだったみたいだ。
「ホンマ…… 疲れるわ……」
電車に揺られながら、溜息ばかりついていたアタシは、危うく降りる駅を乗り過ごすところだった。




