去った者、残されたもの
王宮を後にしたのは夕暮れ時、リシェルは泣き続ける私を振り落とすことなく、この国を出るまで走り続けてくれた。
リシェルも疲れ、もうこの辺でいいと判断したのか、森の中の開けたところで止まってくれた。
おそらくこの辺で野宿しようということな気がする。
「ありがとう、リシェル。本当に、ありがとう」
リシェルの体についた汚れを軽く払ってあげ、魔法道具で、リシェルも私も入れる大きさの簡易温泉を出した。お互いに汚れを落とし、身ぎれいにすると、これまた魔法道具でまあまあ大きいテントを出し、夜を明かすことにした。リシェル用の寝床も用意していたが、彼女は私が心配だったのか、寄り添って寝るつもりのようだ。
「本当に、ありがとうね」
温かい羽毛を傍らで感じながら、私は意識を手放した。
翌日。リシェルと何かが言い争うような声がして、目を覚ます。テント内にリシェルがいないということは、外か。簡易結界を張っていたが、危険が迫っているのかもしれない。着の身着のまま、外に出ると、何故か結界内に、鳥小屋にいた淡い紫色の鳥と、どこかで見た顔があった。
リシェルは私に目もくれず、もう一羽の鳥に説教しているように見える。
「よお、遅いお目覚めで」
「リシェル、事情はよく分からないけど、ちょっと落ち着いて。王宮の外にいたときには、仲良かったじゃない」
リシェルはえーというような顔を私に向け、しぶしぶおとなしくなった。リシェルに責め続けられたであろう彼は、しょんぼりし縮こまっている。
「おい、無視か」
「はい、無視です。そうしたいですが、説明お願いします」
男は、あの王女様の護衛で、且つあの国で一番の腕を誇る兵だった。私の魔法で辱められたのを根にもって報復しに来たわけではないらしい。だって、いつでも殺せたんだから。それに、そもそもこの男にわざと負けて、休戦と平和協定にもっていくという大事な情報がいっていなかったのは私のせいではない、国の重鎮たちのずさんさだ。
睨み続けていると、男はやれやれといったようにため息をつき
「フィロは俺専用の鳥だ。で、リシェルとは見ての通り番だった。だが、リシェルはあんたを気に入り、一緒に国を出ていくと決め、ついていきたがるフィロとの番を解消し、昨日出て行った。まあ、リシェルなりの気遣いも分からなくはないが、フィロも諦めきれなかった。職を辞し、国を出てく俺を巻き込んで追ってきたってわけ」
おっちゃんといい、長年一緒にいると彼ら(鳥たち)の言いたいことが分かるようになるらしい。
「なるほど、ご説明感謝します」
事務的に返し、私はリシェルをジト目で見た。あ、目を逸らした。
ふうと、息を吐き
「ねえ、リシェル。私は、あなたたちの幸せを奪ってるなんて思わなかった。リシェルとフィロさえよければ、一緒に連れて行ったのに」
その言葉に、リシェルは申し訳ない顔、フィロは嬉しそうな顔をした。
「おい、だから、フィロは俺専用だって」
「フィロは、リシェルよりもこの人とずっと一緒にいたかった?」
意地悪な質問に、フィロは肯定も否定もできずにおろおろするばかり。
「お前なあ、ったく」
頭をかく男に
「あの、もしよければ、リシェルを一緒に連れて行ってもらえませんか?」
「は?」
男が困惑し、リシェルも驚きの表情を浮かべる。
傷が癒えたわけじゃない、でも、今更あの国の連中の前で片意地はってもしょうがない。あ、元あの国のか。
「きちんと番になっているこの子たちと私とあいつでは多少違いますが、私をどっかの幸せ泥棒にみたいにさせないで欲しいんですよ」
逆切れされるのを覚悟でいうと、男は口を大きく開けて笑い出した。
「幸せ泥棒、ちげえねえ。でもなあ、そうしてもいいが、それじゃリシェルは納得しないぜ」
確かに。だって、さっきからずっと突っつかれてるもの。痛い、まあまあ痛いってば。
「だからさ、嫌かもだけど、しばらくは一緒に行動しないか? 俺は腕だけは立つぜ。それに、俺はあんたの魔法に頼ったりなんかしないと剣に誓おう」
「それ、あなたに何のメリットもないじゃないですか」
「そうでもないさ。それに俺、魔法は多少耐性はあるが使えないから好きじゃなくてな。しかも、願いってのは他人に叶えてもらうんじゃなくて、自分で努力して叶えるからこそ達成感があるものさ」
「そうですね、あなたみたいな考えができる人間が少ないのが嘆かわしいことです」
筋肉馬鹿なイメージを持っていたが、まあまあいいこというじゃないか。
「とりあえず、あんたはしばらく魔法を使うな」
「でもそれじゃ、生計が成り立たな・・・」
「報奨金たんまりもらったし、しばらくは大丈夫だろ。それに俺も退職金がっぽりふんだくってやったし、そこそこ金はある。心配すんな」
「そもそも、なんで国を出ることに?」
「あんたと一緒だよ」
えーと。ああ、そういうことか。なら、大丈夫かな、多分。異性として見られてない、魔法を強要しないっていうなら、しばらくは一緒に行動しても大丈夫か。
それにリシェルとフィロもいる。
「そうですか、分かりました。まあ、お互いそりが合わなくてもめたら、どちらかがリシェルとフィロを引き取るということで」
「だな」
そして傷心二人の旅は始まった。
でも、私は知らない。彼が王女様に恋していたのは幼少期だけだったということ。フィロとリシェルのこともあったが、結局私に興味を持っていたということ。
それを知る日はそう遠くない。
また、男が
「はてさて、幸せ泥棒はいったい誰になるやら」
小さく独り言ちたのをエルシャは知らない。
♢♢♢
一方、二人が去った国では、盛大な結婚式が行われていた。一部の国民を除いて、たくさんの国民が二人の結婚を祝福した。
だが、王女だけが結婚相手の機嫌が悪くなっていくのを感じていた。
夜になり、いわゆる初夜というやつだが、アズールの表情は明らかに険しかった。心配する王女や侍女たちに
「ねえ、エルを知らない? 昨日依頼を済ませて別れてから、一度も姿が見えないんだ」
怒気を放つアズールに皆、首を振るばかり。それもそのはず。みんな結婚式で頭がいっぱいだったのだから。実は、エルシャが軟禁されていた部屋の掃除も、エルシャがその部屋に来てからしていない。勿論彼女が去った後、あの部屋に足を運び、彼女のことを気にかけた人物は一人としていなかった。
アズールを除いて。
「ちょっと部屋を見に行くよ」
王女たちの制止も空しく、アズールはエルシャが軟禁されていた部屋に足を運んだ。そして、そこにあった手紙を読み、心配する王女を乱暴に用意されていた部屋に連れていく。
侍女たちは、アズールが部屋の外へ出し、部屋の中にはアズールと王女が二人きり。
いつも優しくしていたアズールの豹変ぶりに王女は怯えるばかり。
「ねえ、俺たちが依頼を達成したのは、この国に定住するためってのは覚えてる?」
こくりこくりとうなづく王女。
「でも、エルはいなくなっちゃったよ。しかも、追跡できるようにしてた手段も残して。君、俺に言ったよね? 婚約したし、意地悪してたエルにも優しくするって。彼女専用のきちんとしたメイドもつけるって。結婚式には、王族関係の席に招待しますわって。でもさ、エルのあの部屋は何? 結局掃除されてなかったし、結婚式にもいない。俺も考えが甘かったよ。王女が結婚式が終わるまで、私だけを見てほしいっていうからそうしたら、エルはいなくなってた。彼女に専属のメイドがついてれば、回避できたよね? ねえ、どうしてくれるの?」
王女は泣き出した。何故ならアズールがここまで怒る人物だとは思ってもいなかったのだ。
「でも、あの子がいなくなって何が困るの? 恋人ではなかったんでしょう?」
「だから? 確かに恋人じゃなかったよ、だって恋人なら替えはきくけど、彼女の替えはいないもの。それに、俺は彼女に約束してるんだよ、ずっと一緒にいるって。今まで苦労かけた分、この国で彼女の家を建ててあげるつもりだったし、楽させてあげるつもりだった、それなのに、すべて水の泡だ」
王女は驚愕した。アズールは遠回しに王女ですら、飽きたら捨てるような発言をしたのだ。そして、恋人でもなかったエルシャのほうが大事な存在だと断言している。
そもそも、王女と結婚したのに彼女は果たしてこの国にとどまれるかといったら、答えは否だ。自分の好きだった男が目の前で違う女に奪われたのだ。それにこの国にいづらくなるような態度をエルシャ対し王宮の皆がした。いくら、好きなアズールに説得されてもエルシャがこの国に残ろうとは万が一にも思わなかったのではないか? 実際エルシャは出て行ったし、王女たちや王宮の皆はそれで良かった。
でも、アズールにそんなことをいってはいけないと王女は恐怖に身を震わせた。
「まあ、この償いはしてもらうよ。一応まだ少しは好きだから、手加減してあげる。こんなこと、かわいいエルにはできなかったからね」
アズールの瞳の怒りはもはや蔑みの色が浮かんでいた。
その日以降、王女は怪我が増え、記憶もあいまいになり、人形のようになってしまったという話だ。
小さい頃から住み勝手知ったる王宮内。結婚を強要するメイドから颯爽と逃げていたとき、たまたま国の重役が呼び寄せながら、蔑ろにしている女の部屋のバルコニーに来てしまっていた。
女は泣いているのか、俺に気づく気配はない。
「アズの、馬鹿。私だって、私だって、幸せになりたかっただけなのに」
そう言っているのが耳に入った。
噂では、相棒の男は彼女を仲間とは思っていても、恋人にはしていなかったとのこと。
もったいない、磨けばなかなか光るものがありそうなのに。
それなら、俺がいただくとしよう。
そうして、俺は紆余曲折を経て、彼女を手に入れるのである。
支離滅裂すぎて自分でも笑ってしまいます。2年の前の勢いのまま執筆できればよかったのですが、うやむやになり、こんな形となってしまいました。
このような作品を読んでくださり、ありがとうございました。