発見
その知らせは、数ヵ月後の明け方に届いた。
嘉韻からの使いが明人の屋敷へ来て、明人は慌てて起きると、紗羅に手伝われて甲冑を身に付け、宿舎へ急いだ。
宿舎では、嘉韻が慎吾と共に自室で待っていた。
「遅くなっちまったな。嘉韻、どうした?」
慎吾が言った。
「甲冑はよかったのに。すまぬの、早くに。」
「主にも知らせておかねばと思うたのよ。」と嘉韻は言った。「父と兄が見つかったのだ。」
明人は息を飲んだ。あれからどれぐらい経つのか…鳥の次席軍神が、見つかったとは…捕まったのか?
「それって…誰が見つけたんでぇ。まさか、龍か?」
嘉韻は頷いた。
「将維殿が見つけたらしい。龍王の命で最近探しに出ておったらしいが、探し始めてすぐにの。」
明人は、力なく椅子に座った。将維殿は、龍王の第一皇子で跡継ぎ。かなりの力を持っているのは、鳥の戦の時に感じた。やはり、将維殿には見つけられたのか…。
「それで…どうなったんだ。」
嘉韻は言った。
「龍王と目通りをするらしいのだが、昨夜のことであったゆえ、本日であろうとのこと。王が取り急ぎ我に知らせてくれたのだ。どういったつもりで龍王が父達を探させておったのかは、王にもわからぬらしいのだが…どちらにしろ、本日分かるの。」
明人は立ち上がった。
「龍の宮へ行こう!慎吾、お前の親父に会いに行くって言えば、入れるんじゃねぇのか。王だってわかってくれるだろう。龍王がどうするつもりかわからないし、考えによっては…。」
慎吾は首を振った。
「無理であろうぞ。龍の宮には、主の言うた通り言えばおそらく行けるがの、龍王がもしも嘉韻の父達をどうにかするつもりであったなら、我らの力ではどうにも出来ぬ。とても太刀打ち出来るかたではない。それほどに強大な力であるのだぞ。」
明人は歯ぎしりした。確かにそうだろうが。だが、何かが起こるなら、現場に居たいと思うであろう。
「…嘉韻は、どうしたい?とりあえず会いたいんじゃないのか。」
嘉韻は少し黙ったが、頷いた。
「父の気持ちはわかったからの。会って話したいと思う…生きておる間に。」
明人は頷いた。
「だったらこんなことはしてられねぇぞ。オレ達も付いて行くから、王に頼もう。龍の宮へ行って、お前の親父と兄貴に会わせて欲しいと。そしたら確実に会えるじゃねぇか…龍王がどう考えているにしても。」
嘉韻は迷うような顔をしたが、立ち上がった。
「わかった。王に願い出ようぞ。これを逃してはもはや機はない。我は後悔したくないのだ。」
慎吾も立ち上がった…そして、先触れを出し、王に会うために謁見の間へ向かった。
謁見の間では、蒼がもう待っていた。
「嘉韻、龍の宮へ参るのか。」
顔を見てすぐ、蒼は言った。嘉韻は驚いたが、慌てて頭を下げた。
「はい。我はどうなろうとも、とにかく父と話したいのです。どうか、龍王に許可を頂きたく、王にあちらへ打診して頂ければと…。」
蒼は頷いた。
「そうだと思って、維心様には願い出てあるのだ。だが、恐らくまだ伝わっては居らぬのだろう。答えがない。あちらから返事が来次第主らに伝えるゆえ、自室で待っておれ。」
嘉韻は、深く頭を下げた。
「王、感謝いたします。」
明人も後ろで膝を付いて頭を下げながら、ホッとしていた。王はいつも、我らのことを考えてくださる…。
ふと、蒼が固まった。明人が顔を上げて見ていると、宙を見て何かを感じ取ろうとしているようだ。しばらくそうしていたかと思うと、三人が見守る目の前で、蒼は我に返ったかのようにこちらを見た。
「…維心様から直接ご連絡があった。」と蒼は言った。「目通りを許すとのこと。すぐに龍の宮へ向かうのだ。」
三人は驚いた。今のは、龍王と念で話していたのだ。龍王の念は、月の宮の結界を越えて来るのだ…。
「は!」
三人は一斉に頭を下げると、すぐに駆け出して飛び立って行った。目指すはここより南西、龍の宮だ。
「…まだ起きぬでも良いぞ。」維心が、隣で目を覚ました維月に言った。「月の宮から連絡が来ておると聞いての、今蒼へ念を送って置いたのよ。」
維月は目を丸くした。
「まあ、なんのお話でございまするか?」
維心はふふんと笑った。
「鳥の宮から出ておった軍神達を将維が昨夜見つけたであろうが。それの息子があちらの宮で軍神をしておるのでの…会いたいとのことだったのだ。それを許可したゆえ、あれらがこちらへ来て話すまで、我は会うのを待とうと思うておる。なので、まだ時間はあるぞ。」と維月に唇を寄せた。「のう、維月…。」
維月は苦笑した。
「維心様ったら…起きて待っておっても良いではありませぬか?」
維心は拗ねたように横を向いた。
「主はなぜにそのように我を遠ざけようとするのよ。居間に座って居ったらこんなことはさせてくれぬし…。」
維月は呆れたが、仕方なく維心の髪を撫でた。
「遠ざけようだなんて…違いまするわ。もう、お子様のようですわよ?」
維心は嬉しそうに微笑んだ。
「では、良いの?維月…。」
維月は微笑んで維心を受けた。
結界を難なく通り、明人達三人は龍の宮へ到着した。
龍の宮は、一部を外に、ほとんどを別の次元にと建設された、とても大きな宮だった。月の宮と違い、厳格な雰囲気の漂う中、宮の入り口に降り立つと、義心が歩み寄って来た。
「よう来たの。王から聞いておる。こちらへ来ると良い。」
三人は頭を下げると、嘉韻を先頭に義心について、その大きな宮の中を歩いた。
しばらく歩くと、義心が言った。
「鳥の宮から出ておった全ての軍神は捕らえられてある。沙汰は王がなされるゆえ、我には分からぬ。」と、目の前の大きな戸に手を掛けた。「ここぞ。話して来るが良い。」
開かれた戸の中へ入ると、そこは応接室の一つのようだった。意外に悪い待遇ではなかったので、嘉韻はホッとしていた。
「…これは珍しいの。」嘉韻に良く似た落ち着いた声がからかうように言った。「金髪の龍とは。」
嘉韻は、その声の主を見た。そこのソファに落ち着いて座っていたのは、嘉韻そっくりで少し年上になった感じの、赤い鳥の甲冑を着た鳥だった。明人は悟った…これが嘉韻の父上だ!
「父上!」嘉韻は走り寄って父の前に膝を付いた。「お久しぶりでございまする。」
嘉韻の父、嘉楠は頷いた。
「壮健のようで何よりであるぞ。宮は…堕ちたようだがの。」
嘉韻は下を向いた。
「…お伝えせねばなりませぬ。嘉晋が…逝きました。最後は龍王に斬り掛かって行ったと聞いておりまする。ただ今は鳥の宮の墓所に眠っておりまする。」
回りに座っていた将達が感嘆したようにため息を付いた。
「ほう…あの嘉晋が。」
嘉楠は眉を寄せて言った。
「あの墓所はまだ残っておると申すか?」
嘉韻は頷いた。
「はい。墓所には一切手を付けられておりませぬ。鳥達はその裏に塚を作って葬られております。」
嘉楠はうむ、と考え込むような目をした。隣りに居た、延史が言った。
「思ったより、龍王は鬼畜でもないのかもしれぬの。まあそんなことで計れるもんでもないがな。」
鳥達は何やら話し始める。そこに居るのは、父と兄の嘉渕、延史、それにあと三人の将であったが、六人とも全くやつれた様子もなく、そこに座っていた。放浪の神になっても、この六人には生きて行く術があったのだろう。その応接室は捕えられているような場所ではなかったが、それでも回りに龍王の結界が別に張られてあって、ここからは出ることは出来ないだろう。それが分かっているので、六人は無駄な足掻きはせず、じっと座っているのだ。
嘉楠が、明人と慎吾を見た。
「…龍か。これらは?」
嘉韻は言った。
「我の友でございます。」
嘉楠は目を細めて二人を見た。そして、言った。
「これへ。」
二人はためらいがちに前へ進み出た。
「初めてお目に掛かります。龍族信明の息子、明人と申します。」
慎吾も言った。
「同じく慎怜の息子、慎吾と申します。」
年上の者に自己紹介する時は、親の名を言わねばならないのは、二人とももう知っていた。嘉楠は頷いた。
「そうか、二人とも知っておる。特に慎怜は、何度も立ち合おうたことがある。なかなかに手強い奴よ…先程、ここへ我に会いに来おったしの。」と、二人をじっと見た。「主らは同じ宮の軍神同士。嘉韻を頼むぞ。」
明人はハッとして嘉韻を見た。嘉韻は父を見ている。
「…もう、そのように沙汰が?」
嘉楠は嘉韻を見た。
「いや。だが、龍王が我らを探す理由など他にないであろうが。龍王相手に我らが束になっても敵わぬ。こうして捕らえられたからには、覚悟するより他ない。しかし、主の無事を確認出来たゆえ、思い残す事もないしの。」
戸が開く音がした。そこには、龍王、維心が義心と共に立っていた。
そこに居た皆は、にわかに緊張する。強大な気…抑えているにも関わらず、なお溢れるその力は、相手から抵抗する意思を奪ってしまう。
明人と慎吾は頭を下げたが、嘉韻は父の前に立ちはだかった。
維心はそれを見て目を細めた。
「…話は済んだか?」
嘉楠が立ち上がって、嘉韻を横へ避けた。
「済んだ。話を聞こうぞ、龍王よ。」
戸が、維心の背後で閉じられる。明人の目は、思わず龍王の腰にある刀に行った。が、維心はそれに手を掛けず、言った。
「手短に済まそうぞ。我もそう暇はないゆえの。」と、近くの椅子に座った。「主ら、炎翔を見捨てて宮を出たらしいの。理由を聞きたい。」
嘉楠は延史を見た。延史が頷いて、答えた。
「…我らが王の資格なしと判断したからだ。王は、己の感情に振り回される者であってはならぬ。民や臣下の事を考えず、ただ闇雲に威張り散らすのは、王ではない。そのような者に、命を掛けて仕えるいわれはないゆえな。」
維心はほう、と延史を見た。
「時に意地を張ることもあるだろうて。炎嘉だとて勝ち目はないにも関わらず、我に向かって来た事があったであろう…あの折りは、我に戦う意思がなかったゆえ、鳥は存続したがの。主らはあの折り、炎嘉に従って戦ったのではないのか。」
延史は憤ったように言った。
「あれは我ら鳥を守ろうとして、炎嘉様はご自分が討たれる覚悟でいらした。さすれば、我らをぞんざいに扱えぬだろうと…!」
維心はフッと笑って片手を上げた。
「さすがに主らには、その違いが分かるようであるの。安堵したぞ。」と、義心を見た。「こやつの力はどのぐらいであるのか?」
延史は呆然とした。何を言っておるのだ。
しかし、義心は答えた。
「恐らくは慎怜ぐらいかと。」
維心は頷いた。
「ふむ、そこそこはあるの。」と、延史を見た。「主、我に仕えるつもりはないか。」
延史は目を見張った。龍王にと?!
「…鳥が龍の中でどのように仕えると申すか。我にはそのような意思はない。」
維心はふふん、と笑った。
「であろうの。他の者もそうであるか?」
他の五人も迷わず頷いた。
「まあ、わかっておったことであるが…」
維心がそう言って先を続けようとした時、廊下の方で大きな声が近付いて来るのがわかった。
「ほんにこんな朝っぱらから!」廊下に響き渡るような声だ。「都合も考えずすぐに来いとは何事ぞ!」
そこで、戸が勢いよく開いた。
「まだ寝ておったのに!何用ぞ、維心!」
炎嘉だった。維心は呆れたように言った。
「大きな声を出すでない。維月が起きるであろうが…目が覚めたら起き出してしまうわ。あれが起きる前に部屋へ戻ろうと思うておるのに。」
炎嘉はフンと鼻を鳴らした。
「そう何度も相手をさせられたら維月もたまらぬわ。夜までお預け食らうが良い。で、何の用だ。」
「王!」
鳥の軍神達は一斉に立ち上がって膝を付いた。炎嘉はそれを見て、驚いたような顔をしたが、眉を寄せた。
「…そういうことか。」と維心を見た。「で?なぜに我を呼んだのよ。我になんとかしろと言うのか。」
「別に主に決断せよと申しておるのではない。」と維心は答えた。「我が決めたことを、主に説得せよと申しておるのよ。主、南は自分の力に頼り過ぎておって弱い軍神ばかりぞと、我に文句を言っておったの。しかし我とて、己の軍神達を傍から離したくないしの。特に義心は、我は傍に置きたいしの。」
炎嘉はため息を付いて、六人の軍神達を見た。皆、生まれた時から知っている軍神達だ。共に戦って来た。
「主ら…宮を出ておったそうだの。」
炎嘉の言葉に、延史が答えた。
「王、申し訳ございませぬ。我ら、どうしても炎翔様にはお仕え出来ませなんだ。王の治世を知っておった我らは、我らの言葉に耳を傾けてもくださらぬ炎翔様を、どうしてもお止めすることが出来なかったのです。」
炎嘉は頷いた。
「責めておるのではない。我も最後あやつと過ごして、知っておるわ。あれは意地になっておったの…それに、最後まで己の力の無さを憂いてもおった。最後は我が引導を渡してやった…解放してやろうと思うてな。初めに生まれたというだけで、あやつを跡継ぎに選んだ我にも責はあろうぞ。主らには、面倒な思いをさせてしもうたの。」
軍神達は頭を下げた。
「そのような…我らの力不足はわかっておりまする。ですが、どうしても、我らは…。」
炎嘉は、維心を見た。
「維心、先に聞くぞ。本当に良いのか?」
維心はフン、と鼻を鳴らした。
「良いのではないか?我はわきまえのある能力のある者まで片っ端から滅したりはせぬわ。誰かのせいでまるで口を開けば誰かを殺す命を出すような王だと思われておるようだがの。」
炎嘉は横を向いた。
「我は主の陰口など叩かぬ。目の前で堂々と言っておる。」と、鳥達を見た。「主ら、我はもう龍であるのだ。転生したからの。維心は我の友であって、敵ではない…これは前世より変わらぬ。今生では、地を太平の世に保つため、維心に尽力すると決めておる。今は、我は鳥の宮跡南の砦を守っておる将であるのだ。つまりは、維心の臣下よの。」とそこは鬱陶しそうに眉をしかめた。「もう、王ではない。それでも主らは、我に仕えようと思うか。」
延史は、ためらいがちに嘉楠を見た。嘉楠は言った。
「我は、王のおわす所、どこなりと仕えて参る所存。例え王が龍であろうと、かつて我の仕えておった王であることには変わりありませぬゆえ。」
嘉渕も横で、頭を下げた。
「我も、同様に。王にお仕え致しまする。」
延史も、頭を下げた。
「我で王のお役に立ちまするならば、なんなりとお申し付けくださいまするよう。」
他の三人も、同様に炎嘉に頭を下げる。炎嘉は少し、涙を浮かべて頷いた。
「では、無駄に命を捨てず、我と共に南へ帰ろうぞ。しかしの、我のことは王ではなく名で呼べ。何度も言うが、我はもう王ではないのだ。主らの王は、もう維心ぞ。ま、抵抗あるのはわかる。我もそうであるからの。」
維心は憮然として言った。
「あのな、炎嘉。主がいつ我を王と呼んだというのか。一度聞いてみたいわ。」
鳥達はためらいがちに維心を見た。
「では…その、炎嘉様、維心様と。」
維心は苦笑して頷いた。
「それで良いわ。王と呼ばれるのにも飽きておったところよ。何しろ1600年もそう呼ばれて来たからの。そろそろ交代したいものよのう。」
冗談かと思ったが、本気のようだ。炎嘉が呆れたように言った。
「ま、我のように一度死んでみたら良いのだ。しかし主なら、生まれ変わっても王よ。賭けても良いわ。」
維心は心底面倒に思ったらしく、グッと眉根を寄せた。
「嫌なことを言うの。我も次は主のように気楽に生きてみたいわ。もう充分よ。」と立ち上がった。「時間を取ってしもうた。我は戻る。あとは頼んだぞ。」
維心は炎嘉と義心に言うと、応接間を出て行こうとした。炎嘉は面白くなさげに言った。
「我にこんな優秀な将を与えて良いのか?維月を奪いに来るかもしれぬぞ。」
維心は少し振り返ると、フフンと笑った。
「盗れるものなら盗ってみよ。何が何でも阻止してみせるわ。」
そして、本当に出て行った。炎嘉は言った。
「さて、共に参ろうぞ。」と、鳥の軍神達を立たせた。そして、明人達を見た。「主らももう帰るが良い。これからは、我と共に南を守ってもらうゆえ…もう心配は要らぬぞ。」
嘉韻は炎嘉を見た。
「炎嘉様…また、月の宮へもお越しください。」
炎嘉はフッと笑った。
「おお、参ろうぞ。維月が里帰りしておる時にの。維心がどれほどにイライラするか、見ものであるわ。」と、嘉楠を見た。「しかしの、嘉韻。それは父に言いたかったことではないのか?」
嘉楠はハッとしたように嘉韻を見た。嘉韻は言った。
「父上…母上が、毎日父上を心配されて空ばかり見ております。また、月の宮へ一度お立ち寄りください。」
嘉楠は少し微笑んで言った。
「わかった。炎嘉様の供で参る時、立ち寄ろうぞ。」
「こちらへ。」義心が言った。「炎嘉様、王より甲冑を持って帰る様にとのことでございます。」
侍女達が、六つの、龍の青い甲冑を手に立っていた。炎嘉は苦笑した。
「確かに、滅びた宮の甲冑ではの。」と延史たちを振り返った。「では、これに着替え、南へ帰るのだ。」
「は!」
六人の将達は膝を付いて言い、赤い甲冑を脱ぎ、青い甲冑を身に着けると、炎嘉と共に南の領地へと飛び立って行った。




