生き方
あの日龍の宮から帰ってから、嘉韻は肩の力が抜けたようになった。
今まで、何かどこか影があるような所があったが、全てが吹っ切れたような様子だ。明人と慎吾はなんだかホッとしていた。
李関も、たまに険しい顔をしている時があるが、穏やかな気を発していることが多く、涼との結婚が李関にとって本当に望んだものであることがわかった。涼も、今までのように全てにはっきりとものを言うことがなくなり、相手を思いやった、女性らしい感じになっていた。これには、学校関係者も兄弟である王すら驚いていた。やはり、恋は女を変えるのだろうか。
明人はというと、紗羅が相変わらずおっとりとしているが、帰るのが遅くなったぐらいでは文句も言わないし、機嫌も悪くならないので、今までとあまり変わりなく気兼ねなく生活出来ていた。
一度宿舎で嘉韻達と話していてそのまま泊ったことがあった時、朝に慌てて帰ったら、目に涙を溜めて待って居たことがあって、その時は後悔した。なのでそれからは必ず連絡することにしていた。
嘉韻は、相変わらず結界に触れる女達に悩まされていたが、前ほど険しい顔はしなくなった。
慎吾は、女達を跳ね返すための結界の、効果的な作りを考え出すのに一生懸命で、明人は、これ以上面倒を抱え込まないよう、紗羅が泣かないようにと慎吾の新発明の結界を試すことに忙しい。
紗羅のことは、好きであるような気がして来ていた。
屋敷に居る間は、明人様明人様とまとわりつくのだが、鬱陶しいと思いきや、紗羅はおっとりしているので、明人の動きに付いて来れずに、いつも後ろから必死について来るので、かわいそうになってスピードを合わせてやったりする。つまり、逃げようと思えばいつでも逃げられるので、別に鬱陶しくも感じなかった。
また、桜が咲いている。
「維月!どこへ行く?ここに居れ!」
明人はハッとして、真ん中の特等席に座っている王族のほうを見た。紗羅が横に座って、またゆっくりと明人に酒を注いでいた。最早学んでいた嘉韻と慎吾は、別れて端のほうへ腰かけ、女達に囲まれないようにしている。
桜の宴に出ていたのだ。聞こえたのは、龍王の声だった。
「まあ維心様、少しあちらへ参るだけでございまする。ほら、あちらの枝垂桜が見事でしょう?」
龍王はすっくと立ち上がった。
「我も行く。」
維月は呆れたように言った。
「少し参るだけですから…ここから見えますのに。お酒を召していらっしゃればよろしいのに…。」
維心はガッツリと維月の肩を掴んだ。
「またどこかへ行ってはたまらぬ。我があれからどれほどつらかったことか…主にはわからぬであろう。共に行く。」
十六夜が呆れたように言った。
「連れてってやれよ。元はと言えばお前が悪いんだからよ、維月。こいつはすっかりトラウマになっちまってるんだ。」
維心が眉を寄せた。
「トラウマとはなんだ?まあ、いい。とにかく、共に行く。」
維月はため息を付くと、維心と共に枝垂桜の方へ歩いて行った。それを見た明人は言った。
「相変わらずだな、龍王は。あれほど大事な妃ってのも珍しいんじゃないか。」
「たった一人であるしの。」と慎吾は言った。「他は望まんらしいぞ。」
そんな慎吾に嘉韻が言った。
「それで、トラウマとはなんだ?」
慎吾が呆れたような顔をした。
「またか。主の、人の世の辞書を読めと前に申したであろうが。」
明人は苦笑した。慎吾がそんな明人の前で、一生懸命トラウマの意味を説明している。紗羅は横でフフっと微笑んだ。紗羅も人の世に居たので、言葉の意味は分かるようだ。
「仲がよろしいのですね?私も、こちらでお友達が出来れば良いなあと思うておりまする。」
明人は、紗羅を見た。
「そうだな。だったら、今度学校へ行ってみるか?誰でも入れるし、王にオレから頼んでやるぞ。」
紗羅はパアッと明るい顔をした。
「まあ!本当ですか?行ってみたいです…でも、私でも大丈夫かしら…。」
明人は笑った。
「まあお前は就職先探さなくてもいいから、学校に通うだけなら大丈夫だろ。」と、話を聞くのに夢中になって、紗羅が手に持って傾いたままの酒瓶を起こしてやった。「だが、怪我すんなよ。」
「はい。」
紗羅は、花のように微笑んだ。確かにかわいいんだが、こうおっとりしてちゃあ目が離せねぇ…困ったもんだ。
学校へ行って、少しはしっかりしてくれればと、明人は願っていたが、あまり期待はしないでおこうとも思った。
明人は、空を見上げた。
人の世に居た時と何も変わらない空。しかし、その下に居る自分は、たった数年でこれほど変わった…もう、向こうでは生活出来ない。きっと行方不明者とかになっているだろう。いやもしかしたら、誰にもいなくなったことを気付かれていないのかも知れない。
未練がないと言えば、嘘になる。だが、ここに居場所が出来た自分は、確かにここに根を張って、守らねばならないものが出来てしまったのだ。もう、後には退けない。
散り行く桜を見ながら、明人はそっと父を見た。父はそれに気付いて、少し戸惑った顔をしたが、次の瞬間、微笑んだ。
明人も微笑み返して、紗羅がおっとりと不器用に注ぐ酒に口を付けた。
この幸せを、守り抜きたいと思いながら。
ここまでありがとうございました。本当は次作はもっと後に書こうと思っていたのですが、思いも掛けず読んでくださっているかたがいらっしゃるので、慌てて先を書きました。新・迷ったら月に聞け2~理想の相手http://ncode.syosetu.com/n6476bp/は、明日から始まります。またよろしくお願いします。




