表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/34

決心

王の居間へは、李関は初めて入った。

龍の宮へ仕えていた頃、自分はまだ序列で30位ぐらいであったし、ここへ来るのは筆頭軍神か次席軍神止まり、李関のような軍神は、滅多に入ることなど許されなかったからだ。

居間へ入ると、維心は維月を引き寄せて額に唇を寄せた。

「では、主は涼と話すのであろう?我はここで李関と話しておるゆえ。」

維月は頷いた。

「はい、維心様。私達はそこのお庭へ出て参りますわ。」

「早く戻るのだぞ。」

維心はそう言うと、名残惜しげに維月を離した。涼は驚いた。ほんの少しそこへ、しかも見える位置へ出るだけなのに。聞いていた通り、維心様は本当に母さんにべったりなのだわ。

涼の驚きを余所に、維月は微笑んで頷くと、涼を見た。

「じゃあ、涼。庭へ行きましょう。」

涼は頷いて、維月について庭へ出た。

それをじっと見送ってから、維心は李関を見た。

「主もそこへ座ると良い。」

維心は言うと、正面の大きな自分の寝椅子に座った。李関は遠慮がちに頭を下げると、維心に示された維心の前の椅子へ腰掛けた。

李関が顔を上げると、維心はまた庭を見ていた。視線の先には、涼と維月が並んで歩いて話している。思えば、維月様も元は人であったのだ。それを、王は強く望んで妃に迎えた…例えそれが月と共に妃とするのであっても、それを我慢して余りあるほどの執着であったのだろう。それを目の当たりにして、李関は自分は涼をそこまで愛しているのであろうかと考えた…確かに愛している。他は何も望まない…。

李関が黙っていると、維心が口を開いた。

「我が妃は天下一ぞ。」維心は言った。「そう思っておるからこそ、我は困難を越えながらこうして正妃にしておる…のう、李関。蒼から聞いておる。涼を妻に迎えたそうだの。」

李関はためらったが、頷いた。

「はい。ですがあれは人であったので…それだけでは共には居てくれませぬ。考え方が違うゆえ、それで行き違いが生じ、未だに共に暮らしてはおりませぬ。妻とも夫とも、まだ周知致しておりませぬ。」

維心は知っていたようで、驚くでもなく頷いた。

「さもあろうの。我が妃と涼は驚くほど似ておる…性質までそっくりぞ。だがの、維月は我を愛して、二人で模索して、我に合わせてあのようになった。もちろん、我も維月に合わせた。お互いの努力で、我らはこうして共に来た。我は王であるし、考え方は人のそれとは徹底的に違っておったがの。しかしお互いに共通しておることがあった…なんだか分かるか?」

李関は答えた。

「想う気持ちでございますか?」

維心は微笑んで頷いた。

「そうだ。それから共に居たいという心よの。いくら行き違っても、歩み寄ろうとお互いに必死に努力した。回りにも助けられ…意外かも知れぬが、十六夜も我らを助けてくれた。」と庭を見た。「此度のことも、我には維月の気持ちを汲んでやることが出来なんだのでの。しばらく離れておったが…宮には王妃は人の世に視察に行っておることにして、我は探しながら待った。そして再び会って、維月の気持ちを知って、我は人の世に住むと決めたのよ。」

李関は仰天して維心を見た。この、地上の王である、龍王が?!そのようなことをしたら…地がどうなることか。

維心は李関の表情を見てクックッと笑った。

「…己のことしか考えておらぬであろう?我にはそれが分かっておったが、維月を失うぐらいなら、それぐらいの犠牲がなんであろうと思った。将維が居るし、あれが王座に就けば良いと思うてな。我の望みは維月であるし、それ以外は要らぬのだから…我はそれでなくとも、1600年も王として君臨して来たのだ。己のために生きても、良いかと思うた。」

李関は、返す言葉がなかった。我には想像もつかぬが、王は生まれた時から、変わらず王だった。確かに長い時を責務に生きてこられたのだ…それを止めることは、我には出来ない。

「王は…王座を捨てて行かれるのですね。」

維心は両眉を上げた。

「いや、我の中ではその予定であったが、維月に止められた。我と共に帰ろうと言ってくれたのだ。なので、我はまだここに居らねばならぬがの。維月が共に居るのなら、我は責務を果たそうぞ。自分勝手であるがの…これほど望むものは、1800年生きておっても初めてであるので。逃しては後悔しようほどに。」

李関は、涼を見た。確かに、我はまだ400年弱しか生きて居ないが、これほど望むものは初めてだ。幼き頃より軍神として生きることを決められ、その為に精進することしかなかった。

それが、蒼という王と接し、裕馬という人の友を得た。そして、月の宮の建設と共に移籍し、あの宮の筆頭軍神になった。そして涼に出逢い…初めて、己から欲しいと思うものが出来た。

そして、一年前のあの夜、それが叶えられた時は、これほどの幸福があるのだと思った…これを逃しては、他は無いであろう。我には、龍王のように長い寿命はない。あと400年あるかないかの寿命で、またこれほど望むものは得られないであろう。

「我も…そのように。」

維心はフッと笑った。

「では、一つ我から助言をしようぞ。」維心は庭を見た。「維月も人だった。なので、我らとは根本的に考え方が違う。だが、ぶつかった時、考えるのだ。己が本当に何を求めているのかを。己の意見を通すことではないはず。ただ、共に居たいはずであるぞ。李関よ、これからも主らにはたくさんの問題が降り掛かろうぞ。同じ境遇を歩んで来た我が言うのだ。諦めず、まず、話し合うことぞ。思い込んではならぬ。神の常識では考えられないことを考えておる。なので、我らの常識で勝手に判断せず、必ず話し合うのだ。さすれば、必ず道は開けようぞ。愛情がある限りの。」

李関は、維心を見た。龍王は、我のことを気遣ってくださっておるのか。こんな、我のことを。

「…王。ですが、涼が…我の妻になることを承諾してくれないのです。」

維心はフフンと笑った。

「心配は要らぬ。」とまた、庭の二人を見た。「我が妃は優秀ぞ。涼を赤子から育てた母でもある。間違いなく、涼は首を縦に振るであろうぞ。だからこそ、蒼は主らをこちらへ寄越したのであるからな。主も、我と話して覚悟は出来たであろう?」

李関は仰天した。我が王、蒼様は、我のためにそのようなことを、わざわざ龍王に頼んでくださったのか。

李関は頭を下げた。

「我のためにお時間を…有り難く思っておりまする。」

維心は満足そうに笑った。

「我が妃の娘の婿ならば、我の息子ではないか。そのようなこと、気にするでないぞ。」と、また庭を伺った。「ほれ、戻って参る。」

涼と維月がこちらへ向かって歩いて来る。李関は緊張してそれを見守った。


その少し前、維月と涼は庭へ出た。

龍の宮の庭は広く、木々も大きく年季が入っている。月の宮のように新しい宮ではないので、そこに歴史を感じた。維月は、その庭を慣れた様子で歩いて行く。最近ではすっかり神が板に付いた感じで、涼から見ても母は眩しかった。月になって数年で維心に乞われて嫁ぎ、そこで維心に教えられて神として成長して行った母は、今は紛れもなく女神だった。ただ、維心が乞う通りに成長した結果、このようになったので、尚の事維心の望む通りになったようで、その執着はさらに深くなっていた。それは傍目にも眩しいほどで、たまに里帰りして来る維月を追って、維心はものの三日もしない間に月の宮へやって来るのを、涼はいつも見ていた。あまりの溺愛ぶりに、呆れていたものだ。

それが、自分の母であるなんて。涼は、じっと維月を見ていた。

「本当に、こうして二人で話すなんて久しぶりよね。」維月は言った。「それで?急に話したいなんてどうしたの?」

涼はハッとして目を逸らした。

「あの…李関のこと。蒼から聞いてる?」

維月は頷いた。

「知ってるわ。あなた、でも神の基準じゃもうとっくに妻よね。なのに、よく李関は待ってるわよね。」

涼はため息を付いた。

「わかっているわ。自分がわがままで、李関がとても心が広いことぐらい。でも、母さんだって分かるでしょう?今回のこと、維心様が心配なあまり、出て行ったんでしょう?耐えられなかったって、蒼から聞いたわ。なのに、どうして戻ったの?」

維月は、フッとため息を付いた。

「だって、やっぱり愛してるんだもの。」と、涼が眉をひそめるのを見て、続けた。「そしてね、維心様がとても愛してくれていることを知ったの…全てを捨てて、神の世すら捨てて、私と人の世で生きようとしてくれたのよ。私と共に居るために。」

涼は目を丸くした。

「そんな、維心様は普通の王じゃないのに!」

維月は頷いた。

「そうよ?そんなことは、維心様だってわかっているわ。それでも、私を望んでくれる維心様を見て居たら、私も離れられないほど愛していることを思い出したの…だからこそ、耐えられなかったのだもの…維心様が命の危機にさらされることが。」と涼を見た。「愛する人が不幸になるのを見るのを耐えられる?維心様は私より他は望まないと言っていらしたのに。他の妃なんていらないと。なのに、他のひとが傍に居るようになって、つらそうにしている様なんて、考えたくなかった。あのかたの幸せが私にあるなら、私はあのかたの傍に居るわ。幸せにしてあげたいの…愛してるんだもの。あとは私が、我慢すればいいことなのよ。愛してるのに、出来ない我慢なんてないんじゃない?そう思うと、吹っ切れちゃった。」

涼は呆気に取られた。そんなあっさりと…。

「母さんみたいに割り切れないわ。」

「だったらあなた、李関を愛してないのね。」維月はあっさり言った。「だって、自分のことしか考えてないじゃない。私もそれに気付いたから、維心様に悪かったと思ったわ。あのかたが許して下さったから、こうして傍に戻ることが出来たけれど。」

涼は憤った。

「愛してるわよ!だから、死んじゃうなんて思ったら居た堪れないんじゃないの!」

維月はちらと涼を見た。

「私もそうだったから分かるけど、あなたね、自分に酔ってない?それが愛情っていうのかしらね。相手は何を望んでいるのよ。傍に居て欲しいって事でしょう。それを何を犠牲にしても叶えてあげようって気持ちが無い癖に、何が愛してるのよ。不安?相手の幸せを考えたら、それぐらい耐えなきゃならないでしょう。だって、傍に居たいし、居て欲しいって望んでくれてるんだもの。」

涼は横を向いた。

「でも…死ぬかもしれないのよ!そんなの耐えられない!」

維月はそう、とあっさり足を居間のほうへ向けた。

「だったら、保留になんかしないで李関にそう言って断りなさい。幸い、近くの宮の姫との縁談が来ているんでしょう。その姫と毎日過ごしてもらって、忘れてもらいなさいな。保留って何よ、はっきりしないわね。私の娘が、そんなにやな女だったなんて。」

涼は維月を睨んだ。

「やな女って何よ!」

「やな女じゃないのよ。考えさせてって期限も切らずに、何か月もほったらかしだなんて。自分がそれをされた時のこと考えてみたの?それで愛してるだなんて笑わせるわ。李関が気の毒よね。維心様からも言って頂くから、安心しなさいな。李関には、お姫様をもらってもらうわ。案外そのほうが幸せかもしれないわね。」

維月はそう言うと、さっさと歩き出した。涼はしばらく固まっていたが、叫んだ。

「待ってよ母さん!」

維月は面倒そうに振り返った。

「何?まだ何かあるの?」

涼は言った。

「私、本当に李関を愛してるのよ!でも…誰かを愛したのは初めてだから、どうしたらいいのか分からないの!」涼は涙を流した。「本当は一緒に居たいの。でも…本当にどうしたらいいのか…。」

維月は涼に歩み寄った。

「ねえ、失う怖さって、お互い様だと思うわ。」維月は、涼の背を撫でながら言った。「李関から見たら、あなただって弱い人の体の仙人なのよ。だから守りたいし、そのために命を懸けるんだと思うわ。だからそれを止められたら、きっと戸惑うのだと思う…あなたが神の軍神と対峙して、生き残れるはずなんてないでしょう?だから、あなたがそんなことにならないように、未然に防ぎたいのよ。私はそう思う…守りたいのよ。」

涼は頷いた。李関は、前に進まねばならないと言った。まだ、守るものがあるからと…。軍神は、何かを守るために出陣する。李関は、私を守りたい。他人任せに出来ないのだ。

「母さん…私、李関に守ってもらわなきゃならないのね。あのひとの不安を、取り除いてあげなきゃならないのね。私が李関を失いたくないように、李関も私を失いたくないから…。」

維月は頷いた。

「そうなのよ。涼、話し合ってみなきゃだめよ。私と維心様が、真っ直ぐにここまで来たのではないことは、知っているでしょう?でも、維心様も理解しようといつでも忍耐強く話してくださった。私も理解しようと話をした。それで、誤解を解いて一つ一つ解決して来たの…とても長い道だけど、愛していて、意地を張らなかったら、絶対に乗り越えられるわ。自分が何を望むのか考えてみて。…一緒に生きることでしょう?ほかの人と一緒に居る姿を眺めていることではないでしょう?」

涼は、涙を流しながら頷いた。そう、一緒に居たい。残りの人生を、ずっと一緒に過ごしたい…。

「わかったわ、母さん。」涼は、涙を拭った。「私、頑張ってみる。李関と一緒に、解決してみせるわ。」

維月は微笑んで、涼を促した。

「さあ、じゃあ中へ戻りましょう。維心様と李関が待っているわ。」

二人で並んで歩いて行くと、維心がこちらに気付いて立ち上がり、続いて李関もこちらを見ながら立ち上がった。涼はその姿に決心した…強くならなければ。私は、李関と生きたいのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ